第49回日本推理作家協会賞受賞作品にして、文藝春秋の2012年『東西ミステリーベスト100』の第9位にランクインしている『魍魎の匣』。本当は金田一耕助シリーズのようにシリーズの最初から読んだ方がよかったのかもしれませんが、第1弾の『姑獲鳥の夏』をすっ飛ばしていきなり第2弾のこの作品を読んだので主要人物のキャラクターが掴みづらいということはあったかもしれません。横溝正史ワールドとはまた違ったおどろおどろしさで、出だしは純粋に怪談かと思いました。それがいきなり楠木頼子という中学生とその同級生の柚木加奈子のエピソードが頼子視点で語られ始めてかなり戸惑いました。彼女らは湖に行こうとして夜遅い時間に中央線武蔵小金井駅で電車を待っていましたが、電車が入って来た時に加奈子が線路へ転落してしまい、瀕死の重傷を負います。これが事件の発端でした。事件の目撃はしていなかったもののその場に居合わせてしまった刑事・木場修太郎は、いきがかり上頼子の事情聴取をし、加奈子が運ばれた病院に行き、そこに駆けつけてきた加奈子の姉という柚木陽子はなんと木場刑事がファンだった元女優・美波絹子で、彼女は「加奈子を死なせはしない」と応急処置終了後に知り合いのいる美馬坂医学研究所へ加奈子を転院させ、木場もそれについて行きます。
一方で連続(?)バラバラ殺人・死体遺棄事件が起こり、次々と切り取られた腕や脚が発見され、その真相を探りに三流雑誌の編集者・鳥口と小説家・関口巽が相模湖へ行き、収穫のないまま帰る途中で道に迷って木場が張っている医学研究所にぶつかってしまいます。一見全然関係なさそうですが、少女転落事故と連続バラバラ殺人事件になんらかの接点はある、と考えるのがまあ常道です。
ところどころに挿入されている奇妙な旧仮名遣いの文章も重要なピースであることには違いないのですが、なんの説明も前後の文脈もなくいきなり来るので、これもかなり戸惑います。のちにこれが久保竣公という新進幻想小説家の発表前の小説の一部であることが分かるのですが、かなり薄気味悪い代物です。
この他にもいろいろな伏線があちこちに散りばめられ、3巻を費やして回収されていくわけですが、長口舌で論理的にすべての謎を解きほぐすのが探偵でも科学者でもなく陰陽師・京極堂こと中禅寺昭彦という人物であることがこのシリーズ独特の味わいというか「ひねり」なのでしょう。この京極堂の友人である関口巽の役割というのがいまいち不明ですが、本人の言うように「巻き込まれて右往左往していただけ」みたいな感じなのに、木場刑事と面識があることで回りが何やら探偵的なイメージを彼に抱いてしまっているために新たに事件に巻き込まれる羽目になった、ということなのでしょうか。探偵小説にありがちな「刑事と探偵」のタッグで事件を解決するというパターンではなく、人物関係が少々入り組んでいて人数が多いのも変わっていますね。
ただ、怪しい人物はかなり早い段階で特定されてしまい、意外性と言えば美馬坂所長と柚木陽子の関係と柚木加奈子の出自、それから陽子の女優時代に付き人をしていて、その後もずっと一緒に暮らしていたという雨宮が行方不明になった事情とその後くらいでしょうか。面白くなかったわけではありませんが、推理小説としてはなんか違うような気がしないでもないです。むしろ人間の精神の闇と狂気との境目を「魍魎」という境界の存在と「箱(匣)」という譬えを使って浮き彫りにするための大掛かりな物語、という印象を受けます。