梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

褒めて叱って

2013-02-14 18:07:33 | 雑記
先日電車に乗っているとき恐らく広告だと思うが朝日新聞の「天声人語」の抜粋が載っていた、「三つ叱って五つ褒め、七つ教えて子は育つ」と言う言葉について書かれたものだった、全体の内容は覚えていないがこの言葉が残っている、
確かに人は褒めて伸びる物だろうとはこの歳になって良く解る、自分も子供の頃親から怒られもしたが褒められた事を良く覚えている、小学校の担任も褒められた記憶の方が多い、
しかし思い返すと自分は息子を余り褒めなかった気がする、それでも曲がらずに大人になってくれたのは息子に感謝しなければならないのかもしれないな、
仕事で人を使う立場になってからもそう言う意味では余り褒めるのは上手ではなかったのではないだろうか、しかし人を叱ると言うのも余り得意ではないので我が社で働いていた人達は余り居心地の良い環境ではなかったかも知れない、
どうも色々考えてしまう様で褒めるにしても叱るにしてもどう言う言葉を使ったら良いのかが解らないと言うのが実情で結局「有難う、助かった」位、「拙いなあ、此れから気をつけてくれよ」程度の言葉しか掛けなかったと思うが若しかすると其れが会社を大きく出来なかった理由のひとつかもしれないな、
今では人を使わず出来る範囲の仕事をこなしているだけなのでその点は楽なのだが果たして其れでいい物か本当の所は解らない、
子育てに関しても自信を持って接していた訳ではなく何が正解なのか解らず兎に角子供には「お父さんの言う事はその度に変る」と言われる事だけは避けようとなるべく感情に押し流されないでと気をつけて居たのだが其れが返って温かみの欠ける対応になったのかもしれない、
大人である自分は子供に取ってやはり敵わない存在で居なければという気持ちも大いにあった、その為につい褒めるより咎める方が多くなっていた事は否めない、
「五つ叱って1つ褒め」位になっていたのでは無いだろうか、もしもう一度親をやる事があればと言うのは下らない繰言だ、せめてこれからの生き方は「五つ褒めても叱ることは無し」と言う様な後半をとも思うのだが、
逆にこの歳になると気になる事ばかり、赤の他人のやる事に一々口を出せる物ではないがついつい独り言を言う様になってしまう、心落ち着けて「人には春の風の様に」接する事を心掛けようとは思うのだが中々思うに任せる事が出来ないのが悔しい物だ