まつたけ秘帖

徒然なるままmy daily & cinema,TV drama,カープ日記

毒入りココアをありがとう

2012-09-30 | フランス、ベルギー映画
 お松のクロード・シャブロル映画祭③
 「甘い罠」
 数年前スカパーで日本初公開となった時は、「ココアをありがとう」という邦題でした。
 2度目の妻を事故で亡くした有名ピアニストのアンドレは、最初の結婚相手だったチョコレート会社の社長ミカとヨリを戻し再婚する。平穏さを取り戻したアンドレの前に、自分の娘だと名乗るジャンヌが現れて…
 シャブロル監督のブルジョアサスペンス劇場シリーズ第3弾。これまで同様、静かで淡々とした、これといってドラマチックなシーンや展開、意表を突くドンデン返しもないのですが、何か得体の知れない不吉で不穏な、今に何かイヤなことが起こるだろうという悪い予感で充満してる雰囲気に、いつの間にか惹きつけられて退屈しない、シャブロル監督円熟の演出手腕に今回も感嘆するばかりです。
 演出もすぐれているのですが、やはりシャブロル監督のサスペンスといえば、イザベル・ユペールの存在と魅力に尽きるでしょう。どのコンビ作を観ても、いかにイザベル・ユペールが監督に、刺激的で安定したインスピレーションや創作意欲をもたらしているのかがよく理解できます。

 大げさにわめいたり暴れたり、いかにも狂ってますなサイコ女なんかとは異なり、見た目はフツー、いや、誰よりも理知的で冷静沈着なのに、実は…な女を演じさせたら、間違いなく世界一な女優であるユペりん。今回の、優雅で気さくな女社長ミカも、そのパターン。誰からも敬われ信頼されている女社長にして良妻賢母のミカ、でも…どこか、何かおかしい。ズバリどこと指摘できない、誰にもはっきりとは見えない奥深くに隠れ沈んでいる禍々しいもの。さりげない仕草なにげない言葉で、やばい女なのかも?と怖い期待を抱かせてくれますミカから、観客は目が離せなくなります。

 アンドレの亡妻は、本当に事故死なのか?彼の息子に火傷を負わせたのは故意?不可解な出来事の背後に潜むミカは、まるで細くて冷たい糸を吐き出し獲物を狙い捕らえる、静かで危険な女郎蜘蛛のよう。100%ヤバい女なのに、狂気的で異常な言動など皆無。誰よりもまともに見える、けどハリウッド映画でよく見る女殺人鬼とかストーカー女などより怖いのです。女だから解かる女の心理、みたいな単純なキャラじゃないところが、ミカの面白さ。なぜ?どういうつもり?何を考えてる?曖昧で不可解、靄のような疑惑と不審、謎を身にまとったミカは、まるで底が見えない深く冷たい沼のような女です。
 今回も、イザベル・ユペールのクールな毒に、心地よく当たることができます。もう、そこに存在するだけで見る者を不安に陥れてしまう女。彼女が淹れると、美味しそうなココアも危険な凶器に見えてしまう。ラスト、歪んだ真っ黒な感情をさらけだす演技には圧倒されます。怒鳴ったり号泣したりなどしない、あくまで死のような冷ややかさで激情を表現してしまうユペりん、やっぱ唯一無二な名女優です。世界中の才ある監督から彼女が引く手あまたな理由が、ほんとよく解かります。それと今回の彼女は、表面的はエレガントで機知にあふれたブルジョア夫人役なので、いつになく美しいです。上流社会マダムファッションも、上品で素敵。
 それにしても。すべて破壊してしまったかのようなラスト、あの後ミカがどうなるのかがすごく気になる。まさか、何事もなかったかのようにシレっと生きていくのだろうか、と。私なら無理だが、映画の中のイザベル・ユペールならやりかねない。
 ロケ地となったレマン湖などスイスの美しい風景、屋敷や食事などブルジョアライフも見どころです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする