今日の続編日記は、今再読している塩野七生著『ローマ人の物語〈XV)ローマ世界の終焉』に登場する東ローマ帝国ユスティニアヌス皇帝の皇后テオドラのことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
私は、前の日記で、『今回トルコ旅行をして、アマゾン発生地・カッパドキア地方から、このアマゾン伝説に繋がる遺物・出来事・体験に、私はまったく残念ながら遭遇しませんでした。』と書きました。しかし、塩野七生氏の著書に出てくる西暦527年東ローマ帝国の皇帝になったユスティニアヌスの皇后・テオドラのことを思い出して、今再読しています。
そして、このテオドラが伝説の”アマゾン”の血脈を引き継ぐ女性ではと、私は確信しました。以下にこの著書から、テオドラに関する記述を引用・掲載します。
『ユスティニアヌスは、不思議な人であった。・・そのうえ、従来の慣習には捕われない面もあった。テオドラという名の踊り子を愛したのだが、東ローマ帝国では、元老院議員と下層出身の女を禁じている。ユスティニアヌスも元老院議員になっていたのだが、美しく勝気で魅力的な女を妻にするのに、帝国の法律のほうを変えたのである。皇帝になって以後も、同じように行動している。テオドラを、皇帝の単なる妻ではなくて皇帝とほぼ同格の皇后にするのを強行して、重臣たちの眼を丸くさせることになるのだ。・・北アフリカ進攻の一年前に、ニカ(Nika)の乱の名で有名な暴動が首都コンスタンティノープルで起こったときのことです。・・三万もの暴徒に皇宮に迫れて、五十歳になっていながらユスティニアヌスは恐怖に我を忘れた。皇宮の官僚たちの進言で、皇宮を逃げ出すことに決めたのである。その彼の前に立ちふさがったのがテオドラだ。皇后は、逃げ出すとは皇帝たる者の振舞いではないとユスティニアヌスを叱りとばし、ベリサルウスに鎮圧を命じよと言って一歩も引かなかった。・・ビサンチン帝国の歴史上、最も有名な皇帝はユスティニアヌスである。東方(オリエント)色が強くなる一方の東ローマ帝国で、血筋は良いが性格となるとはっきりせず、女らしく温和で子供を生む能力はある女たちならばあふれていた社会で、テオドラのような女に惚れこんだのだから愉快だった。』
塩野七生氏は、同性だからテオドラを選択したユスティニアヌスを”愉快”だと評しています。異性の私には、ユスティニアヌス皇帝の深層心理には、古代ギリシ神話の”アマゾン神話”が生き続けており、アマゾネスにとても強い”憧憬”があったのだと思っています。
だから、古代エフェソスで1か月開催されたアルテミスの祭りに集まった踊り子と同じDNAを持った女性として、東ローマ帝国(注:当然そのエフェソスも領地内)ユスティニアヌス皇帝は、下層出身の踊り子テオドラを自国の法律を変えてまでも、自らの皇后にしたのです。
しかし、現在私が知っているストリップ劇場の踊り子嬢の中で、このようなテオドラのような男まさりの勝気で魅力的な女性は、残念ながら今のところ出現していません。その背景となる時代がまったく違うから、単純に現在と過去を比較できませんが、私にはとても悲しい現実です。
私は、前の日記で、『今回トルコ旅行をして、アマゾン発生地・カッパドキア地方から、このアマゾン伝説に繋がる遺物・出来事・体験に、私はまったく残念ながら遭遇しませんでした。』と書きました。しかし、塩野七生氏の著書に出てくる西暦527年東ローマ帝国の皇帝になったユスティニアヌスの皇后・テオドラのことを思い出して、今再読しています。
そして、このテオドラが伝説の”アマゾン”の血脈を引き継ぐ女性ではと、私は確信しました。以下にこの著書から、テオドラに関する記述を引用・掲載します。
『ユスティニアヌスは、不思議な人であった。・・そのうえ、従来の慣習には捕われない面もあった。テオドラという名の踊り子を愛したのだが、東ローマ帝国では、元老院議員と下層出身の女を禁じている。ユスティニアヌスも元老院議員になっていたのだが、美しく勝気で魅力的な女を妻にするのに、帝国の法律のほうを変えたのである。皇帝になって以後も、同じように行動している。テオドラを、皇帝の単なる妻ではなくて皇帝とほぼ同格の皇后にするのを強行して、重臣たちの眼を丸くさせることになるのだ。・・北アフリカ進攻の一年前に、ニカ(Nika)の乱の名で有名な暴動が首都コンスタンティノープルで起こったときのことです。・・三万もの暴徒に皇宮に迫れて、五十歳になっていながらユスティニアヌスは恐怖に我を忘れた。皇宮の官僚たちの進言で、皇宮を逃げ出すことに決めたのである。その彼の前に立ちふさがったのがテオドラだ。皇后は、逃げ出すとは皇帝たる者の振舞いではないとユスティニアヌスを叱りとばし、ベリサルウスに鎮圧を命じよと言って一歩も引かなかった。・・ビサンチン帝国の歴史上、最も有名な皇帝はユスティニアヌスである。東方(オリエント)色が強くなる一方の東ローマ帝国で、血筋は良いが性格となるとはっきりせず、女らしく温和で子供を生む能力はある女たちならばあふれていた社会で、テオドラのような女に惚れこんだのだから愉快だった。』
塩野七生氏は、同性だからテオドラを選択したユスティニアヌスを”愉快”だと評しています。異性の私には、ユスティニアヌス皇帝の深層心理には、古代ギリシ神話の”アマゾン神話”が生き続けており、アマゾネスにとても強い”憧憬”があったのだと思っています。
だから、古代エフェソスで1か月開催されたアルテミスの祭りに集まった踊り子と同じDNAを持った女性として、東ローマ帝国(注:当然そのエフェソスも領地内)ユスティニアヌス皇帝は、下層出身の踊り子テオドラを自国の法律を変えてまでも、自らの皇后にしたのです。
しかし、現在私が知っているストリップ劇場の踊り子嬢の中で、このようなテオドラのような男まさりの勝気で魅力的な女性は、残念ながら今のところ出現していません。その背景となる時代がまったく違うから、単純に現在と過去を比較できませんが、私にはとても悲しい現実です。