天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

コレリ大尉と娘、最後の会話「努力したんだ 君なしで生きていこうと」「傷が消えたわ」は真実の愛の証明

2009-11-22 23:52:21 | 日記
『コレリ大尉のマンドリン』を再度鑑賞した映画感想・続編その2です。イタリア軍大尉(ニコラス・ケイジ)と島の娘(ペネロペ・クルス)の敵味方の国境を超えた愛について、娘の父親医師(ジョン・ハート)が、娘にその覚悟を諭している含蓄ある言葉が、私にはとても印象的でした。その語った言葉を引用します。
『恋とは一時的に衝撃におそわれるようなものだ。地震のように揺れてやがて治まる。治まったら考えるのだ。二人の根があまりにも深く絡まっていたら、別れることはもう不可能だ。それが愛というものなんだよ。愛は胸の高まりや息苦しさ、抱き合うことじゃない。体中に這う彼のキスを夜中に想像することでもない。』
『人は自分に言い聞かせる「ああ 私は恋をしている」そういう恋が燃え尽きて、後に残るのが”愛”なのだ。それが”愛”なんって幻滅か?だが、真実だ。よく考えるのだ。お前はコレリ大尉にそのような愛を抱けるか?』
その問いに、娘ペネロペ・クルスは黙って頷いています。とても親子の情愛が溢れた感激の名シーンです。
そして、ドイツ軍のイタリア軍捕虜虐殺で九死に一生を得たニコラス・ケイジは母国イタリヤに落ち延び、ナチスドイツが降伏しギリシヤの戦争が終わりました。最後のシーンで、島を訪れたニコラス・ケイジがペネロペ・クルスと再会する時の会話はとても感動的で私は涙しました。その二人の会話を紹介します。
・(ニコラス)努力したんだ 君なしで生きていこうと
・(ペネロペ)傷が消えたわ
最後に二人は、彼女の父親が語った真実の”愛”の証明を見せてくれました。私もニコラス・ケイジのように生きたい。
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映画『コレリ大尉のマンドリン』はナチスドイツとイタリアの国民性の違いを際立てて描いた不朽の愛の名作

2009-11-22 20:12:12 | 日記
今日の日記は、私が以前『戦争の悲劇を語るイタリア・愛の映画3部作「ブーベの恋人」「ひまわり」「コレリ大尉のマンドリン」』で紹介した『コレリ大尉のマンドリン』を再度鑑賞した映画感想です。この映画は、2001年にアメリカで製作された、第二次世界大戦時、音楽を愛するイタリア軍大尉(ニコラス・ケイジ)と占領地ギリシヤ・ケファロニア島の情熱的で聡明な娘(ペネロペ・クルス)の戦争という悲劇の中で芽生えた愛の真実を描いたジョン・マッデン監督の名作です。
私は今日その映画を再度鑑賞して、占領地でお互いの母国であるナチスドイツとイタリアの国民性の違いを際たたせている二人の軍人が語り合う、とても印象深いシーンが二つありました。ここに、その会話を紹介します。
1.島を共同占領しているナチスドイツ将校と浜辺で同僚達と楽しんでいるニコラス・ケイジの初めての会話
・(将校)ハイル ヒトラー!
・(ニコラス)ハイル プッチーニ!
・(将校)降伏の話し合いよりこういう遊びが得意なのか?
・(ニコラス)イタリア人だからね 歌って 食って 愛に生きる
・(将校)君のランク・階級は?
・(ニコラス)僕の音列ランクは二全音符 それがオペラのランク 陸軍での階級は大尉だ
2.その二人がその後、夜の広場で町民と集会中、連合軍がイタリアに上陸したと聞いて、帰れるぞ!とのイタリア軍人の叫び声を聞いた時の会話
・(将校)信じられん 君らは戦争が終わることを望んでいるのか?
・(ニコラス)ドイツ人は結構なもんだ。自分を他民族より優秀だと思っている
・(将校)科学的事実だから仕方がない
・(ニコラス)科学の問題ではない 理念の問題だよ
・(将校)君の理念は?
・(ニコラス)僕は足蹴にされている人間を兄弟と思う それが僕の理念だ それを生き方としている
この映画でのナチスドイツ将校の理念は、「他人の不幸が蜜より甘い」意識の「私は世の光 私に従う者は命の光を得る」の独善的応援教義を信奉する親衛隊の理念そのものです。だから、私はその応援隊を「親衛隊」と命名したのです。
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