愛の伝道師・マルチンデター

TBSラジオ金曜パック(イン・ミュージック)卒業から45年「愛の伝道師こと札幌のー」から現在、U.Sなどで「不況」活動中

2020年5月3日 「さようなら」一慶さん

2020-05-03 | Weblog
「蓮の写真」はがき

2015年7月18日赤坂草月ホール「我が青春のパック・イン・ミュージック」で、小島一慶さんにお会いいたしました。
その際、一慶さんから上野・不忍池で撮影した「蓮」の写真をポストカードに仕立てたものを数枚頂き・・・、
どこにしまったっけ?
探したんですけど見つからず、鎌倉・鶴岡八幡宮で撮影した我写真を代替えにアップ。
この写真、日中なので花弁は閉じてますが…いただいたのは確か開いていたはず。
朝早くに不忍池に行って撮ったそうで、関係の皆さんにお配りしておりました。
まぁー、いろいろな事件を起こしてしまった過去もあり、表舞台から離れ、「訃報」報道も小さなものでしたが…。

「ポストカード」を探していた時、草月ホールで頂いた昭和47年5月1日のTBSラジオ番組表を発見。

これを見ると(ちょっと見づらくてゴメンね…)あの時代、一慶さんは火曜、金パの後の2部に林美雄さんが出られていたんですね。
この番組表、曜日順で追うと小島一慶さん、愛川欽也さん、野沢那智さん、白石冬美さん、林美雄さん…と、あちらの世界で一週間のパック編成ができるほどに…。時代の流れですね。。。

このところ時間を余してしまい、この本(1,600円⇒中古で250円なんとも安い…久米さんゴメンナサイ!)を読んでいると…

久米宏さんは、金曜・ナッチャコパックの第2部を5週間やった後、結核治療のため林美雄さんが担当されることになった経緯があるのですね。
久米さんは治療していた2年半のことを「同期(林美雄さんもそうですが…)には、どんどん仕事が入り、忙しそうに駆け回っている。一年後輩の小島一慶さん、見城美枝子さんには、あっという間に追い抜かれた・・・」と。
しかしその後、復活し小島一慶、林美雄と並んで、TBSの若手三羽ガラスといわれるようになり、飛ぶ鳥を落とす勢いで「独立」、テレビに「新しい歴史」を刻み、「政治的摩擦」も享受、ただ・ただ信念を貫き今があるのでしょうか。
radikoで「久米宏 ラジオなんですけど」を聴いていると、今が一番、肩の力も抜け、のびのびされている感じがします。これもひとつの人生のカタチ、人生いろいろ。
この年になると、「お三方なりの人生いろいろ」…を見つつ、自分もいろいろ…と、感慨深いものがあったりします。十人十色とはよく言ったものです。
その中でも、一慶さんは波乱万丈の人生だったかもしれません。ご冥福をお祈りいたします。

さて皆様、今月いっぱい「自粛」です・・・でもその後は誰も判りません。。。
わたしたち人類の大先輩「微生物」さんと共存できる道を求めて、なんとか頑張りましょう