”EISITIRIA DIPLA”by NATASSA BOFILIOU
夕刻、降り始めた雨は夜半に入ってさらに勢いを増し、軒先を伝い落ちる雨の雫の垂れ落ちる音が妙に存在感を持って響いて、こちらの気持ちを憂鬱にさせます。明日は一日、雨なのかなあ。
こんなときは逆療法と言いますか、雨に振り込められた表通りと同じくらい湿度の高い感じの音楽を聴いてしまったりすることもあるわけで。
ナターシャ・ムポフィリオウとでも読むんでしょうか?ギリシャの歌い手であります。まだ20代の半ば、これが3枚目のアルバムとのことなんで、今が美味しい感じの(?)新人歌手と言うところでしょうか。
挿入されている歌詞カードを兼ねたブックレットに詳細な解説が掲載されているようだがギリシャ語なんで一言も分からず、というか、どう発音するのかも見当がつかないギリシャ文字。彼女がどんな歌手なのか、まったく分からぬまま聴き始めたわけですが、まあ、毎度お馴染み、彼女が美しかったがゆえのジャケ買いですけん、これでいいのだ。
実はジャケで彼女が着ているのを最初、古いタイプのトレンチコートと勘違いしていて、なんか昔のスパイ映画の一シーンみたいだなあ、なんて思ったのでした。
当時、冷戦の最中だったから、ポスポラス海峡を抜けて黒海の向こうはすぐソビエト連邦というロケーションのギリシャは、結構諜報戦の舞台だったんじゃないか。
ブズーキの妖しげな旋律が響く喧騒のアテネの街の雑踏に紛れて消息を絶つ女スパイ一人。
昔の映画ってさあ、物憂い昼下がりの窓から差す弱い陽光、なんてものまで風情があったもんですなあ、あれはどういうわけですかね。それともこれは、年寄りの感傷に過ぎませんか?
ナターシャ嬢の歌うのは多くはマイナー・キーで、どれも濃厚な哀歌。悲痛で、時にミステリアスな影を宿す、深い深い何かを秘めた旋律。達者な歌唱力で、それを切々と歌い上げて行くナターシャ嬢であります。重々しい、堅牢と言っていいアレンジを付されてそれらは、落日の町並みで悪巧みを凝らす古きヨーロッパの屈折した苛立ちの表出みたいに響きます。
長い歴史を秘めた街角の底を蛇のように這いまわり、そして物語は孤独なスパイの背後から放たれる一発の銃声で突然の終わりを告げる。そして街は、何事もなかったかのように、また新しい一日を始めるのです。