”300Miles”by Janet Dowd
俺なんか日本人だからさあ、やっぱ秋になるとトラッドを聴きたくなるわけだよね。スコティッシュとかアイリッシュとかね。いいよなあ、あの荒れ狂っていた下品な夏の気配がいつの間にか去って。空気がシンと澄んでさ、空が高く高く感じられる季節がやってくる。トラッドの季節だ。
旅に出たくなるよねえ。紅葉の中で落ち葉かなんか踏んで歩こうじゃないか。ティン・ホイッスルが朗々とエアーとか吹き鳴らすのが聴こえてくれば最高なんだけど、それは無理があるから、特に要望はしない。まあ、心の中で鳴っていればそれで十分だから。
とはいえ、真夏が間を置かず真冬に直結するのが当たり前になった昨今では、秋なんて季節はもはやどこかに失われてしまった。今年もついに秋らしい日を感じることなく冬になってしまったよなあ。
年々歳々人同じからず。我らは秋を失えど、海の彼方よりトラッドの新作は届く。
北アイルランドの女性シンガー、2009年度作品。まあ、最近手に入れたんだから私にとっては新譜です。
冒頭の一曲が流れ出すのを聴いただけで、いやあ、良い歌手だなあと彼女のファンになることを決めたのだった。澄んだ声で素直な歌唱を聴かせる。新鮮なミルクのような、あるいは牧場を覆う朝霧の手触りのような、生まれたての生命の息吹きが伝わってくるような爽やかさを伴う、素敵な歌声なのだ。しかもその素直さの中に一筋、アイドルっぽいと言ってもいいようなコロコロした媚びのようなニュアンスが潜んでいる。たまりまへんな。
トラッド半分、オリジナル曲半分。そのトラッド部分の選曲が、Water is Wide とか、Lark in the Clear Air みたいな、もはやベタと言いたいような定番を持ってきているんだけれど、それが退屈じゃなくて新鮮なのだ。とはいえ、特に変わったアプローチをしているわけじゃなくて、彼女の素材勝負の歌いきり方が逆に新鮮なのだった。
音を絞りきったバッキングも好感。これもまるで朝の通りで耳をすませると、どこからか聴こえてくる、くらいの静けさに満ちた佇まいで、聴かせる。
失われた秋を想って、さあ、今夜も一杯・・・