ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

モスクワの倦怠、偽の左岸を夢見る

2011-05-27 23:21:32 | ヨーロッパ

 ”12 историй”by Настя Задорожная

 さて、ロシアの美少女歌手として、その筋では知られるナースチャ・ザドロジュナヤちゃんの2009年度作品、「12の歴史」であります。彼女のアルバムを聴くのは初めて。「ジャケ買いですまん」とか言って浮かれた文章を書きたいところだけど、そういう気分にもならない。まるでアイドルのアルバムって作りでないからであります。
 歌詞カードには歌手のさまざまなポーズを取った写真が載っていて、彼女の容姿に惹かれてCDを手にするような連中相手の商品であるのは明白なんだけど、収められている音がさっぱり心浮き立つようなものではないのですな。

 まず冒頭、聴こえて来るのは延々とむさい男の声によるロシア語のラップでありまして、手違いで別の歌手のCDが封入されているのかと心配になってくるほど。やっとナースチャの歌声が聞こえてきても、彼女は結構ドスの効いた声でぶっきらぼうに歌う人なんで、華やぎというものがないのですな。収録曲のメロディラインも薄暗い印象が強いし。あ、サウンドはロシア名物、打ち込み音も冷え冷えとしたスラブ風ファンクです。
 それにしても、アルバムを覆う武骨とさえ呼びたい雰囲気はなんだろう。変な言い方だが、各歌の一人称単数を直訳すれば「俺」になるみたいな印象。アイドル・ソングっぽくないどころではない、オヤジくさいとさえ言えそうなタッチで語り下ろされる日々への違和感が、無機的なリズムを打ち込まれたダルいメロディに乗って流れて行く。

 冒頭のラップを聴かせた男は何者なんだろう。その後も再三、歌ったり語ったりでアルバムに顔を出し、単なるゲスト以上の存在である事を誇示しているようだ。そういえばよくナースチャと写真に写ったりしているヒゲ面の中年男がいるけど、この歌声が彼なのだろうか。と、ここまで考えて、やっと分かったのだった。この男、ナースチャのプロデューサーのような立場にいる男で、セルジュ・ゲーンズブールを気取っているのだ。

 だらしなく着崩したファッションで無頼を気取り、使えそうな女を見つけてきてはスターに仕立て上げるのを得意技としている、あの無精ひげと咥えタバコが売り物のフランスの洒落男に、この、どういう立場か分からん、プロデューサーなのか作曲家なのか、この男は憧れている。そしておそらく、それなりの実績をロシア国内ではあげて来ているのではないか。
 たとえばここではナースチャが彼の”作品”であるのだろう。彼女はブリジット・バルドーなのか、ジェーン・バーキンなのか。彼女自身も、彼の”芸術的なプロジェクト”に、そんな形で参加できるのを誇りに思っていたりするのではあるまいか。

 もちろんロシア語は分からないのだけれど、歌詞の内容が理解できたら。ますますうんざりするんだろうなあ。とは思ったものの、もう二度と聴きたくないかと問われたらそうでもないような。変なことやらされてるナースチャを聴く、不愉快な面白さみたいなものを、このアルバムに見出してしまったから。
 でも、ちゃんとした軽薄なアイドルアルバム(?)を、一度、作ってやってくれないものか。そういうの聴きたいんだよ、ロシアのゲーンズブールさんよ、と私は名前も分からないその男の写真に向って呟いたのであります。まったくややこしいぞ、大衆音楽の真実。





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