ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

不可視の煉獄

2007-03-12 22:47:19 | 音楽論など


 ”Le Sacre Des Lemmings”by Tete

 なんかフランスの音楽を紹介する人たちに共通するおかしな雰囲気、というものを私は感じてならないのだが、あなた、どうですか?

 ともかくそれらの人々の文章においては、手放しのフランス賛歌が延々と展開され、音楽を紹介したいのかフランスなる国のコマーシャルをしたいのか、ついにはわからなくなってくる。宗教の勧誘なのかこれは?フランス真理教とか、そういうものの?うさんくさい。どうにも臭う。
 私が最近のフランス発の音楽に興味が持てないのも、そのあたりに原因の一つが確実にある。

 ここでラテン音楽の雑誌である”ラティーナ誌”の07年3月号、「スラム」なるフランスで起こっているムーブメントについて述べた昼間賢氏の文章を例にとる。(ちなみに「スラム」とは、昼間氏の解説によれば”ラップから音楽を取り除いたポエトリー・リーディングの一種”なのだそうだが)

 まず、スラムなるムーブメントへの賞賛が続くのだが、それはそういった類の記事であるのだから良いとして。文章が佳境に入ると、”長らく「自由・平等・友愛」の理想を掲げてきたフランスでスラムが好まれるのは自然なこと”なんてフレーズが飛び出し、「一体今はいつなのだ?」と唖然とさせられてしまうのだ。

 やがて”黒人でイスラム教徒のスラマー”なる人物の「フランス人であることとは、宗教を問わない民主主義的な哲学と常に連帯しているということだ」なんて発言が引用され、ああまた始まったのだなと頭を抱えさせられる。いつの間にか論の主題は音楽ではなく、”フランス”になってしまっている。
 そんな具合に記事は音楽に関する話のようでいて、その裏面に、”異なる宗教や人種を飲み込む度量のある、偉大なるフランス文化”賞賛のメロディを盛大に奏でながら進行して行く。

 他の人々の文章も大体がそんな具合。いちいち引用しているときりがないのでやめておくが、ともかく論の決着するところは常に”フランスは偉い。フランスは偉大だ”であり、この人たちはほんとに日本人か?と、以前、南太平洋で世界中からの非難を横目に行なわれたフランスの核実験など、ふと思い出したりするのである。

 そんなに異なる世界からの流入者に寛容なフランス社会であるならば、なぜいつぞやのように移民たちが暴動など起こすのだと突っ込みたくなるが、それを見越して、すでに”フランス信奉者”の人々からの答えが用意されている。
 いわく、”それこそフランスが時代の最先鋭である証拠である。他の国々は、暴動を内包するレベルにさえ達していない”と。なんだかここまで来ると汚職がばれちゃった政治家の言い訳みたいになってくるが、ご当人は大真面目のようだ。

 これに関しては私が突っ込まずとも、同じ”ラティーナ”07年2月号誌上にインタビューが掲載されている、西アフリカ生まれフランス育ちの黒人ミュージシャン、”テテ”がフランスにおける人種差別に関して重要な発言を行なっていてくれている。やや長めであるが引用する。記事は、各務美紀氏による。

 「今、フランスでは、誰もそういう問題について指摘してはいけない、とっても気味の悪い雰囲気があるんだ。ストレートな表現の歌をラジオでかけてももらえない、というように。(中略)アメリカでの人種差別とフランスでの人種差別はまったく違うものなんだ。アメリカでは誰もが人種差別があると意識していて、コミュニティも混在している。フランスでは共和制の秩序として、個人と民族的コミュニティとの関係を断ち切らなければいけない。(中略)この国でマイノリティが人種差別について何か体験を発言するということは、差別された分の責任を負うということなんだ。”問題を抱えているのはあなただけではありません。それは、あなたの努力不足が原因です。あなたこそ社会に溶け込もうとしていないのでは?あなたの責任です”と。」

 何が”自由・平等・博愛”だろうかと。こいつは巧妙に仕組まれた偽善の煉獄ではないか。

 ”フランス文化に敬意を払い、それを学べば、土人のお前も人間扱いしてやろう”というのがフランス文化の異人種への基本姿勢と当方は認識しているのだが、ここで話題にしている”日本人にしてフランス真理教信徒”の人々というのも、その”フランス文化の関門”の蟻地獄に真っ正直にはまり込み、”フランス文明を称揚すること、すなわち自分の存在証明”くらいに思い込まされてしまっている、ある意味、被害者ではあるまいか。

 などと考察している私なのですが、冒頭にジャケ画像を掲げたテテの最新アルバムを買おうかどうしようか迷っております。興味は惹かれるものの、フランス語の歌が苦手でしてね。いや、もはやフランス語そのものさえうさんくさく聴こえてしまうこの頃なのでありまして。