ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

タンゴ酒場の夢

2007-03-09 05:40:02 | 南アメリカ


 ”Solo Tango”by Raul Parentella

 ”聞いているところを人に見られたら恥ずかしいなと思うアルバム”というものがあり、その一つがこれである。”ソロ・タンゴ”というタイトルだが、なにかの楽器がソロで奏せられるわけではない。単なるタンゴ、みたいな意味合いであろうか。そのような言葉遣いがあるのかどうか知らないが。

 シンプルな、シンプル過ぎるリズム隊を従え、サックスとピアノとバンドネオンがタンゴの、”ベタベタな感傷を歌う歌謡曲”としての側面にのみスポットライトを当て、ひたすらむせび泣く趣向の盤である。その臆面もない感傷の歌い上げようが実に恥ずかしい。

 ”世界的に通用するワールドミュージック”などという晴れがましい音楽とは対極にある、ドメスティックな人肌の音楽。アルゼンチン人にとってはあまりに卑近な感傷にかかわる音楽であり、スーパーの店内に流しておくのもウザイと感ぜられるのではあるまいか。

 もっとも似合いなのは、安い飲み屋のBGMである。深夜の、だらしのない酔っ払いにはきわめて居心地のいい空間を演出するであろうし、スカスカの音作りのインストゆえ、そのままカラオケ代わりに歌いだすのも可能だ。選曲も、アルゼンチン人の掌に良く馴染んだ昔懐かしいメロディの連発のようだ。

 でも、こういうのが聴きたいんだよ。ご立派な芸術作品なんかじゃなく、現地の人々の下駄履きの喜怒哀楽にかかわる音楽。こんな音楽に「恥ずかしながら」と溺れつつつ、ブエノスアイレスの下町の気の置けない酒場で、人々とベタな感傷に酔い、夜が明けるまで飲んだくれていたいと思う。