ヴョールカ・セルデューチカ。今、現地では受けに入っているらしい、ウクライナのロック・ミュージシャンである。
「ウクライナのデヴィット・ボウイ」なんて異名を取ってもいるようだ。これを言い出したのがミュージシャン・サイドなのか、音楽マスコミなのかは知らないが、その路線で売り出そうと思ったら、まず体重を10キロ、いやもしかしたら20キロくらいは落とさねばきつそうな気がするぞ。
退廃を気取るミュージシャンが小太りってのはどうかと思うし、そもそもお前、女装を売りにしているようだが”美形”方向を期待されても困るだろうが。
と、とりあえず言っておこう。この文章をヴョールカ・セルデューチカ本人が読むことがあるはずはないが。
で、そんな彼の音楽なのだが、これが面白いのだ。べつにデビット・ボウイなんか持ち出さなくとも、そのユニークなサウンドで勝負すればよかろうものを、と言いたかったわけで。
どうやら彼の音楽の基本コンセプトは、”ウクライナの民謡を今日化して、独自のポップ・サウンドを提示する”あたりにあるようだ。ロシア民謡と比べると、どことなく楽天的で明るい印象のあるウクライナの音楽。それはそのまま、セルデューチカの音楽の持ち味になっているようにも思える。
エレクトリックなリズムがバシバシと打ち込まれ、それをはぐらかすようにのどかなアコーディオンが奏でられ、イスラムの香りがするバルカン半島風のブラスの響きが渦巻くように駆け抜ける。その、今日性と土の香りと東洋と西洋の文化のせめぎ合いがなかなかに楽しめる。
セルデューチカのヴォーカルは常にクールに皮肉っぽい色彩を帯びており、中ジャケにある口をひん曲げた写真から受ける印象通り、パンクの洗礼を受けた世代なのかも知れない。
ウクライナ語なんて一言も知らないし、ジャケに並ぶのはアルファベットではなく例のロシア語を表記するキリル文字という奴なので、アルバムタイトルも曲名も、意味はおろかどう発音するのかさえ見当もつかない。
今回取り上げたアルバムも、タイトルの意味が「婚約者がそう望んだ」であることは教えられて知っているのだが、どのような事をテーマに取り上げているのかまったく分からず。だがセルデューチカというミュージシャンが日々感じているのであろう、周囲の世界への違和感と、それをポップに笑い飛ばしてしまおうとする反骨精神は、結構切実に感じ取れる。
ウクライナのこと、何も知らないな。かって”旧ソ連”における穀倉地帯であったこと、あのチェルノブイリ原発があることくらい。あと、東欧ユダヤ人の音楽について調べていたら、頻繁にウクライナの地名が出てきたこととか。
今聴いているこのアルバムは2004年の作品なのだが、実はさっき、彼が昨年出した最新作、”Trailli-Valli”が届いたばかりだ。まだ内容は聞いていないのだが、最近はロシアにも活動の場を広げていて、音の作りもグッと重層的になって来ているとのこと。こいつも楽しみだ。しかしセルデューチカ、ジャケ写真を見ると、また太ったように見えるぞ(笑)
「ウクライナのデヴィット・ボウイ」なんて異名を取ってもいるようだ。これを言い出したのがミュージシャン・サイドなのか、音楽マスコミなのかは知らないが、その路線で売り出そうと思ったら、まず体重を10キロ、いやもしかしたら20キロくらいは落とさねばきつそうな気がするぞ。
退廃を気取るミュージシャンが小太りってのはどうかと思うし、そもそもお前、女装を売りにしているようだが”美形”方向を期待されても困るだろうが。
と、とりあえず言っておこう。この文章をヴョールカ・セルデューチカ本人が読むことがあるはずはないが。
で、そんな彼の音楽なのだが、これが面白いのだ。べつにデビット・ボウイなんか持ち出さなくとも、そのユニークなサウンドで勝負すればよかろうものを、と言いたかったわけで。
どうやら彼の音楽の基本コンセプトは、”ウクライナの民謡を今日化して、独自のポップ・サウンドを提示する”あたりにあるようだ。ロシア民謡と比べると、どことなく楽天的で明るい印象のあるウクライナの音楽。それはそのまま、セルデューチカの音楽の持ち味になっているようにも思える。
エレクトリックなリズムがバシバシと打ち込まれ、それをはぐらかすようにのどかなアコーディオンが奏でられ、イスラムの香りがするバルカン半島風のブラスの響きが渦巻くように駆け抜ける。その、今日性と土の香りと東洋と西洋の文化のせめぎ合いがなかなかに楽しめる。
セルデューチカのヴォーカルは常にクールに皮肉っぽい色彩を帯びており、中ジャケにある口をひん曲げた写真から受ける印象通り、パンクの洗礼を受けた世代なのかも知れない。
ウクライナ語なんて一言も知らないし、ジャケに並ぶのはアルファベットではなく例のロシア語を表記するキリル文字という奴なので、アルバムタイトルも曲名も、意味はおろかどう発音するのかさえ見当もつかない。
今回取り上げたアルバムも、タイトルの意味が「婚約者がそう望んだ」であることは教えられて知っているのだが、どのような事をテーマに取り上げているのかまったく分からず。だがセルデューチカというミュージシャンが日々感じているのであろう、周囲の世界への違和感と、それをポップに笑い飛ばしてしまおうとする反骨精神は、結構切実に感じ取れる。
ウクライナのこと、何も知らないな。かって”旧ソ連”における穀倉地帯であったこと、あのチェルノブイリ原発があることくらい。あと、東欧ユダヤ人の音楽について調べていたら、頻繁にウクライナの地名が出てきたこととか。
今聴いているこのアルバムは2004年の作品なのだが、実はさっき、彼が昨年出した最新作、”Trailli-Valli”が届いたばかりだ。まだ内容は聞いていないのだが、最近はロシアにも活動の場を広げていて、音の作りもグッと重層的になって来ているとのこと。こいつも楽しみだ。しかしセルデューチカ、ジャケ写真を見ると、また太ったように見えるぞ(笑)