ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

シルクロード吠え王

2007-01-28 00:32:38 | イスラム世界

 ”Love's Deep Ocean”by Alim Qasimov

 一部の人の間で以前から話題になっていてちょっと気になった、中央アジアはアゼルバイジャン共和国のイスラム歌謡、”ムグハム”を歌う、現地では名人の誉れ高いという男性歌手のアルバムであります。

 なんだかその髪型や、”アジア”を濃厚に漂わす風貌から、ウチの町内に住んでいる寿司屋の板さんか大工の棟梁が歌手してるような印象をジャケだけ見ると受けて仕方ないんだけど、CD廻して飛び出してきた歌には、なるほど恐れ入りました。確かに迫力の歌声。伴奏の民俗楽器を従えて、堂々の渋い歌唱が響き渡る。

 同じイスラム圏の豪腕の歌い手、ということでカッワーリーのヌスラットなど引き合いに出して語られる事の多い人のようで、なるほど、鋼の喉が天を突いてイスラミックなコブシをグルグル廻しながら法悦境へ舞い上がって行く様は、かのパキスタンのイスラム宗教歌、カッワーリーを連想させないでもない。

 しかし、カッワーリーのあの、強力なコーラスや手拍子を伴って濃厚に盛り上がる濃密な熱さはなく、Qasimovの音楽には終始、中央アジアの草原を渡る風が吹いている。歌いかける相手も、アラーの神よりは果てしなく広がる平原やら太陽や月、といった大自然であるように、とりあえず私には聞こえる。一人馬上で旅を行く者の、ひんやりとした孤独を内に秘めた歌声。”シルクロード風馬子唄”って感じなのね。

 ああでも、彼ら中央アジアの騎馬民族が大々的に勢力拡大した昔、地平線の彼方からこんな歌声が聞こえてきたら、攻め込まれる側の兵士たち、怖かったろうなあ。

 まだまだローカルな民俗音楽として存在しているだけで、外国に進出するどころか現地の流行り歌としてさえ機能する以前のもののようだけど、何かのきっかけでこの味わいをキープしたままで”ムグハム”が国境を食い破って走り出したら凄いだろうなあと、多いに妄想するものである。