
9月28日夜、東京駅から旅に出た。目的地は嫁はんが待つ塩尻だけど、遅い夏休み、寄り道しながら進みます。
まずは臨時格下げの計画がある「
ムーンライトながら」に。今夜も満席とのこと。老若の女性が目立ち、その多くが「
s.m.a.p.」と書かれた袋を持っている。コンサートでもあったのだろう。臨時列車になったらみなどうするのか。拙者個人は積極的に乗りたい列車ではないけれど、こんな人気列車を辞めてしまおうという神経は理解できない。
小田原でしばし足止め。各種新幹線や中央線での事故の影響のため乗り継げなかった人がいたらしく、後の東海道線で追いかけてくるということで救済するらしい。おおよそ35分延で出発した。
いくらか回復して浜松へ。こちらにとっては睡眠時間を多く取れたので好都合ではあったのだけれど。ここは停車時間が長いため列車は所定ダイヤに戻れる。その浜松駅は終夜営業ではなくなった。改札の外にはロープが張られて警備員が立ち、1か所の出口へ半ば強制的に送り出される。そして全員が出ると再び駅の扉を閉じてしまった。タクシー乗り場には例の袋を持った女性たちが長い列を作っている。こちらは地下道でやり過ごす。無宿が何人か寝ているけど警備員が詰めているため物騒さはない。5時ごろに南口の「すき家」で豚丼+みそ汁セット(計370円)の朝食を。高架下では今日から「吉野家」や「やよい軒」などが営業を始め、今秋には「ビックカメラ」も開店するらしい。
遠鉄の始発電車で西鹿島へ(
写真は乗った電車ではありません)。西鹿島では水窪町行きの遠鉄バスに3分の接続。ここはかつて国鉄バスだった路線で、完成せずに終わった鉄道「佐久間線」の先行~代行ルートでもあった。さらに古くは遠鉄の路線だったらしく、いわば“先祖返り”ということか。乗客は拙者の他に2人。それも直に降りてしまって貸切になってしまう。山東では車庫に入って時間調整。『
ジュースを買うんでしたら』と運転手氏に言われて構内の自販機へ。100円であり、しかもDydoのはポイントカードも使えてあれうれしや。
貸切のままバスは快適な走り。鮎釣ではトンネルではなく旧道へ。対向車はおろか人家もなく、道路の半分近くを木の枝や雑草が覆う寂しい場所を走る。道を間違えることはないはずなのに、なんとも心細くなってくるのは雨のせいだけではあるまい。でもたとえ1軒でも家があればそこへと向かうのだ。バスでもなければ通ることのない道だろう。途中でふと走りを止める。何かと思ったら対向するバスとの“交換待ち”だった。道が狭いため、あらかじめ交換場所が決められているのだろう。
再び国道を進み瀬尻へ。放送が「
瀬尻簡易郵便局はこちらで…」と案内するけど時刻はまだ8時前。悔しいから見ないことにしよう。(笑)
630円払って西渡で浜松市自主運行バス(旧佐久間町営バス)に乗換え。でも運行は遠鉄が行なっているため見た感じでは変わらない。佐久間高校行きのため車内はさぞかし高校生で大賑わい…、おやぁ? 拙者しかいない。徐々に乗ってくるのかなと思うも、どこからも乗車はない。臨時休校かなにかか?
山中の細道をひたすら走り、明るくなったと思ったら佐久間の街だ。この便は中部天竜駅には入らず、最寄りの中部口(なかべぐち)で降りる。運賃は300円なり。
駅前の佐久間レールパークを外から眺めるだけ。残念ながら土休日のみの開館で、今日は休みなのだ。さてそろそろ9時になるため、吊り橋を渡って再び対岸へ。佐久間郵便局を訪問し、経験値1とゴム印1を入手する。駅へ戻り9時18分発の自主運行バスで今度は佐久間地域自治センターに。運転手がさっきと同じ人というのはローカルバスなら珍しくない。いろいろと気にかけてくださったりと親切な人だった。
地域自治センター内には佐久間町簡易局があり、不退転の決意で正面突破して経験値1とゴム印1を入手。各種案内パンフが並ぶ棚から町の地図をもらっておいた。
徒歩で佐久間駅へ戻って久しぶりのような電車に。長い峯トンネルを抜けて次の相月で途中下車。ところが降りてから局があるのは次の城西だと思い出す。まぁここで降りたのも何かの縁…。
でも寂しい駅です。斜面の上に民家が何軒かと、下の国道に「観光トイレ」なるものがあるだけ。そういえば駅の看板もない。駅とを結ぶ階段下の国道上に「相月駅前」のバス停ポールがあるけど、それで兼ねているのか。
その相月駅前から再度バスの客となり、ここもまた旧道を走ります。旧道マニヤにはたまらないのではないかな。途中に「切開」というバス停があり、「
きなま」と読む。他にも難読バス停がいくつかあり、独特の方言なのだろうか。
水窪橋で降りて商店街方面へ。水窪局で経験値(略)する。昼食の後、吊り橋を渡って駅へ。その吊り橋「やすらぎの橋」は人が渡ると音楽が流れ始める仕組みでギョッとさせられる。高知県は大正町(現四万十町)にあるミュージックトイレといい勝負かもしれない。
電車を待っていると上りホームに事業用車が来ました(キヤ97形)。電化路線の飯田線に気動車が来ると新鮮な感じがします。
高名な小和田駅は無人。先客がいないことで舌打ちをするのが斬新だろうか(笑)。でもここでは降りず温田で途中下車。徒歩3分ほどの温田局で(略)。天竜峡まで“急行”「
伊那路」に310円を投資する。天竜峡からは普通列車で辰野まで。乗っている119系は足回りが103系とほぼ同じなので、コイルバネ台車特有の全身マッサージのような揺れ、そして高速域では脳天を突き抜けるようなモーター音と、日々の喧騒の中で忘れかけていた何かが蘇ってくるようだ。そして天井の扇風機には「JNR」マークが今も何かを主張しているかのよう。
飯田で7分停まるため改札外の売店へ。改札口で乗車券を提示して途中下車である旨を申告すると、駅員氏は「では下車印を押しますので」と券面にポン。職務に忠実であり感心感心。今回の乗車券は「川崎(横浜市内)→豊橋→辰野→塩尻→立川→鹿島田」の片道券を買いました(川崎までは別途購入)。浜松までで切って佐久間で再開するよりも安いのです。これは国鉄の乗車券が長距離になるほど粁単価が下がるために生じるカラクリです。
さて、車内は下校の高校生が増えてくるけど、なぜかボックス席での相席というものを極端に嫌う。ボックス内に入り込んで立つくらいならむしろ座ってほしい。あまり続くようなら強く注意するところだが、やがてひとりが座り、残りの空席は荷物置場になった。
伊那北から先は初乗車の区間。しっかり目を開けておきたいところなのに、昨晩が徹夜に近かったため睡魔に襲われる。外が暗くなってきたころに辰野着。
善知鳥峠越えは十何年ぶりだろう。東塩尻信号場跡はなんとか確認できた。塩尻駅から松電バスで嫁はんの実家へ。ご家族は10月1日まで所用兼旅行で北海道に行っているため、嫁はんが24日から留守番で来ていたのだ。家ではご馳走を構えて待っていてくれた。
【今日の昼食】
いそへい還暦食堂(浜松市天竜区水窪町奥領家2962-2)
☆日替り定食 300円
店頭の貼り紙に一瞬目を疑ったけど、中はそこそこ人がいるし他に店はないしで、キツネにつままれたようだけど入ってみます。今日はチキンカレー、ポテトサラダ、味噌汁、お新香。値段から信じられないほどしっかりしたものが出てきて美味しい。カレーは本当に家庭の味という感じで、ピーマンも入ってる(^^;。この店は他もラーメン、玉子丼200円、親子丼300円などで社食や学食並み。客層は近隣のお年寄りに斜向かいの農協職員と思しき面々。旅行バッグを持った拙者を見て不思議な顔をされました。観光シーズンでもないし、さもありなん。店名で検索してみたところ、昨年暮れに東京から移住して店を始めたらしい(
2008年1月11日付静岡新聞夕刊の記事=pdf形式)。思わぬ場所で思わぬ店を見つけました。水窪駅から徒歩4~5分です。
【行程】
[東京] 23:10(391M「ムーンライトながら」7号車8B クハ372-2 =9両)3:25ごろ [浜松]~[新浜松] 6:08(遠州鉄道 1002 =2両 \460)6:40 [西鹿島] 6:43(遠鉄バス \630)7:50 [西渡] 7:51(浜松市自主運行バス \300)8:08 [中部口]~[中部天竜駅] 9:18(同 \150)9:26 [佐久間地域自治センター]~[佐久間] 10:23(飯田線511M クモハ119-10 =2両)10:29 [相月]~[相月駅前] 11:10ごろ(遠鉄バス \330)11:23ごろ [水窪橋]~[水窪] 12:53(飯田線 519M クモハ119-5008 =2両)13:43 [温田] 14:09(同23M「(ワイドビュー)伊那路3号」 サハ373-6 =3両)14:25 [天竜峡] 14:38(同247M クモハ119-5008 =2両)17:18 [辰野] 17:53(中央本線1545M クモハ115-1564 =3両)18:14 [塩尻]