『シン・ゴジラ』
~比喩(ひゆ)としての姿~
1 『シン・ゴジラ』
「いや、あれは福島原発事故を取り上げた映画のようですよ」
と教え子には珍しく、少し熱の入った調子で言った。私はよく、映画を見もしないであれこれ言ってしまうのだが、そのあとだった。
「夏休みと正月は、誰でも映画を見る」
と、観客動員の良さも一蹴(いっしゅう)したのだが、そう簡単に言いきれるものではない、と言われた気がした。
そうなのかなあと、少しばかり思い返し、少しばかり反省し見に行った。なるほどだった。『エヴァンゲリオン』の庵野秀明によって、新しいゴジラ映画が作られるという話を、だいぶ前に聞き気になっていたことも、確かに思い出した。
間違いなく、この映画は「福島原発事故」の検証と言えるものだった。このブログのジャンルを「エンターテインメント」とするかどうか、ずいぶん迷った。
2 福島原発=ゴジラ
もっとたくさんあったに違いない。しかし、不注意な私でも、福島のあの時を彷彿(ほうふつ)とさせるものは7点見えた。
① ゴジラの確認
「巨大生物」などというバカなことを言うな、あり得ない話だ等々。しかし、官邸の議論はちっとも要領を得ない。
「理論的に、この生物が二本足で立ち上がることはあり得ない」
という学者のお墨付きも登場する。
事実を明瞭にを示したのは「テレビ」だった。情報が錯綜(さくそう)する中、もう限界だとでも言うように、首相が言う。テレビをつけろ! すると、そこに「あり得ないはず」の映像が写される。官邸に送られる情報よりテレビの方が早かった。あの原発建屋が水素爆発したのを、官邸はもちろんのこと、人々/我々は「テレビ」で見た。これは、原子力安全委員の斑目委員長が「爆発はあり得ない」ことを、首相菅直人に伝えた直後に起こったことを思い起こさせる。あの時の衝撃だ。
② 逃げ後(おく)れる人たち
ゴジラがすぐそこまで来ている。でも何せ、情報/指示が後手後手になっているので、人々は逃げ惑(まど)い、次々とゴジラの惨禍(さんか)に会う。あの時もそうだった。放射能が拡散したあとに、避難が始まったのだ。防護服を着た隊員たちが普段着の住民を誘導するという、信じられない光景も「再現」されている。
③ 避難
「5キロ圏外の人は、屋内で退避してください」
という防災無線&広報車を無視して避難をする人たち。あの時もそうだった。当たり前だ。でも東北の人たちは、大渋滞に耐え、パニックを起こすこともしなかった。
また今度事故が起きても、みんな真っ先に逃げるはずだ。「誰にもどうすることも出来なかった」ことを、そして安全/確実な避難経路は未(いま)だ確保されていないということが、私たちの中で生きているからだ。
④ ゴジラの急旋回
おそらく、原子雲(プルーム)が北西に向きを変え、原発から20~30キロを越えて、浪江町や飯館村を襲ったことを言ってる。ゴジラ/原発事故は、非情で無慈悲だ。人を人とも思わない、無表情な姿だ。
⑤ データのアメリカへの提出
「SPEEDI(放射能影響予測)」のデータを、日本に渡さず、文科省から外務省へとわたり、米軍に渡したというものだろう。この時の、
「それを明らかにしたら、福島のみならず、首都圏や日本中がパニックとなる」
という閣僚の発言はリアルだ。ホントなんだから。あくまでも映画で「明らかにした」ことだが、官邸の議論は鬼気せまっている。あの時のことを未だに、
「SPEEDIはあくまで予測データだから、それをもとに避難指示を出すのはいかがなものか」
などと言葉を濁すにとどまっている。今度ことが起きたら、ホントにどうするつもりなのか。そして、私たちはどうするのだろう。
⑥ 偵察のために送られた機械
映画では、無人戦闘機/探索機がみんなゴジラに壊(こわ)される。確かに、原発事故のあとも、建屋内部を見るため派遣されたロボットは、ことごとく壊れたり役に立たなかった。
⑦ 首都東京にたたずみ続けるゴジラ
そして、ラストシーンだ。ゴジラは凝固剤で「収まった」。凝固剤を注入したのは、福島で放水のために使われた、あの「キリン」である。そして、ゴジラの固まった姿は、東京のど真ん中で威容を誇ったままだ。
「どう処理したらいいか」
分からないまま、
「いつまた活動し始めるか分からない」
のである。現実に起こったのは福島である。第一原発は、いまも白煙と汚染水を吐き出しながら「完全にコントロール下にある」。銀座/日本橋をも圧倒するゴジラの固まった姿は、これが福島でなく、東京だったらどうだったのか、という問いかけにも思えて来る。
ゴジラに総攻撃を仕掛ける前、高速道路は上り線も下り線として開放された。すべての道路が下りという、本当は絶望のシーン。では現場に向かう緊急車両の道はどうなってたんだろう。福島のときは、上下線が分かれていた。原発に向かう側の道路を、自衛隊や緊急車両が走った。
怖い映画だった。本当に起こったことなのだ。そして、また起こるかもしれないのである。行政・閣僚の責任の押し付けあいや、銃火器使用や家屋の取り壊しの、法的な扱いをめぐるやりとりもリアルだ。難を言えば、政治家の、自分の席にしがみつく姿勢や、大事な女優の演技がひどく安っぽかった。みんな疲弊(ひへい)し切っているはずなのに、血色がいいこと等。ダメを出せばあるにはある。しかし、それらが細かいことだと思わせる、近未来の、十分に起こり得る恐ろしい映画だ。お勧(すす)めだが、福島の双葉/相馬郡の人たちには、とても見られない映画だろう。「忘れたくても忘れられない」ことなのだ。しかし、私たちには「忘れてはいけないこと」だ。
繰り返すが、映画上でも現実でも、ゴジラは「終わってない」。
教え子に感謝である。
☆☆
イチローの記念Tシャツもらっちゃいました。
インタビューで、
「え、達成感って感じてしまうと前に進めないんですか。そこがそもそも僕には疑問ですけど……」
というイチローの答がすごくさわやかでした。体操の内村君が、団体優勝でのインタビューで、次に控えた個人総合への気持ちを聞かれましたよね。
「今は何も考えてません」
という内村君の答が、イチローの言葉に重なりました。
今の私たちに欠けているものを、この超一流アスリートたちが、教えてくれている気がします。
☆☆
金曜の8時から、7チャンでやってる『ヤッさん~築地発!美味しい事件簿』見てますか。面白いですね~。思えば『美味しんぼ』も、第20巻まではあんな面白さ/リアルさを持っていました。「ご馳走になる」とか「もてなす」とか、それは深いところに根ざしているんですよね~
~比喩(ひゆ)としての姿~
1 『シン・ゴジラ』
「いや、あれは福島原発事故を取り上げた映画のようですよ」
と教え子には珍しく、少し熱の入った調子で言った。私はよく、映画を見もしないであれこれ言ってしまうのだが、そのあとだった。
「夏休みと正月は、誰でも映画を見る」
と、観客動員の良さも一蹴(いっしゅう)したのだが、そう簡単に言いきれるものではない、と言われた気がした。
そうなのかなあと、少しばかり思い返し、少しばかり反省し見に行った。なるほどだった。『エヴァンゲリオン』の庵野秀明によって、新しいゴジラ映画が作られるという話を、だいぶ前に聞き気になっていたことも、確かに思い出した。
間違いなく、この映画は「福島原発事故」の検証と言えるものだった。このブログのジャンルを「エンターテインメント」とするかどうか、ずいぶん迷った。
2 福島原発=ゴジラ
もっとたくさんあったに違いない。しかし、不注意な私でも、福島のあの時を彷彿(ほうふつ)とさせるものは7点見えた。
① ゴジラの確認
「巨大生物」などというバカなことを言うな、あり得ない話だ等々。しかし、官邸の議論はちっとも要領を得ない。
「理論的に、この生物が二本足で立ち上がることはあり得ない」
という学者のお墨付きも登場する。
事実を明瞭にを示したのは「テレビ」だった。情報が錯綜(さくそう)する中、もう限界だとでも言うように、首相が言う。テレビをつけろ! すると、そこに「あり得ないはず」の映像が写される。官邸に送られる情報よりテレビの方が早かった。あの原発建屋が水素爆発したのを、官邸はもちろんのこと、人々/我々は「テレビ」で見た。これは、原子力安全委員の斑目委員長が「爆発はあり得ない」ことを、首相菅直人に伝えた直後に起こったことを思い起こさせる。あの時の衝撃だ。
② 逃げ後(おく)れる人たち
ゴジラがすぐそこまで来ている。でも何せ、情報/指示が後手後手になっているので、人々は逃げ惑(まど)い、次々とゴジラの惨禍(さんか)に会う。あの時もそうだった。放射能が拡散したあとに、避難が始まったのだ。防護服を着た隊員たちが普段着の住民を誘導するという、信じられない光景も「再現」されている。
③ 避難
「5キロ圏外の人は、屋内で退避してください」
という防災無線&広報車を無視して避難をする人たち。あの時もそうだった。当たり前だ。でも東北の人たちは、大渋滞に耐え、パニックを起こすこともしなかった。
また今度事故が起きても、みんな真っ先に逃げるはずだ。「誰にもどうすることも出来なかった」ことを、そして安全/確実な避難経路は未(いま)だ確保されていないということが、私たちの中で生きているからだ。
④ ゴジラの急旋回
おそらく、原子雲(プルーム)が北西に向きを変え、原発から20~30キロを越えて、浪江町や飯館村を襲ったことを言ってる。ゴジラ/原発事故は、非情で無慈悲だ。人を人とも思わない、無表情な姿だ。
⑤ データのアメリカへの提出
「SPEEDI(放射能影響予測)」のデータを、日本に渡さず、文科省から外務省へとわたり、米軍に渡したというものだろう。この時の、
「それを明らかにしたら、福島のみならず、首都圏や日本中がパニックとなる」
という閣僚の発言はリアルだ。ホントなんだから。あくまでも映画で「明らかにした」ことだが、官邸の議論は鬼気せまっている。あの時のことを未だに、
「SPEEDIはあくまで予測データだから、それをもとに避難指示を出すのはいかがなものか」
などと言葉を濁すにとどまっている。今度ことが起きたら、ホントにどうするつもりなのか。そして、私たちはどうするのだろう。
⑥ 偵察のために送られた機械
映画では、無人戦闘機/探索機がみんなゴジラに壊(こわ)される。確かに、原発事故のあとも、建屋内部を見るため派遣されたロボットは、ことごとく壊れたり役に立たなかった。
⑦ 首都東京にたたずみ続けるゴジラ
そして、ラストシーンだ。ゴジラは凝固剤で「収まった」。凝固剤を注入したのは、福島で放水のために使われた、あの「キリン」である。そして、ゴジラの固まった姿は、東京のど真ん中で威容を誇ったままだ。
「どう処理したらいいか」
分からないまま、
「いつまた活動し始めるか分からない」
のである。現実に起こったのは福島である。第一原発は、いまも白煙と汚染水を吐き出しながら「完全にコントロール下にある」。銀座/日本橋をも圧倒するゴジラの固まった姿は、これが福島でなく、東京だったらどうだったのか、という問いかけにも思えて来る。
ゴジラに総攻撃を仕掛ける前、高速道路は上り線も下り線として開放された。すべての道路が下りという、本当は絶望のシーン。では現場に向かう緊急車両の道はどうなってたんだろう。福島のときは、上下線が分かれていた。原発に向かう側の道路を、自衛隊や緊急車両が走った。
怖い映画だった。本当に起こったことなのだ。そして、また起こるかもしれないのである。行政・閣僚の責任の押し付けあいや、銃火器使用や家屋の取り壊しの、法的な扱いをめぐるやりとりもリアルだ。難を言えば、政治家の、自分の席にしがみつく姿勢や、大事な女優の演技がひどく安っぽかった。みんな疲弊(ひへい)し切っているはずなのに、血色がいいこと等。ダメを出せばあるにはある。しかし、それらが細かいことだと思わせる、近未来の、十分に起こり得る恐ろしい映画だ。お勧(すす)めだが、福島の双葉/相馬郡の人たちには、とても見られない映画だろう。「忘れたくても忘れられない」ことなのだ。しかし、私たちには「忘れてはいけないこと」だ。
繰り返すが、映画上でも現実でも、ゴジラは「終わってない」。
教え子に感謝である。
☆☆
イチローの記念Tシャツもらっちゃいました。
インタビューで、
「え、達成感って感じてしまうと前に進めないんですか。そこがそもそも僕には疑問ですけど……」
というイチローの答がすごくさわやかでした。体操の内村君が、団体優勝でのインタビューで、次に控えた個人総合への気持ちを聞かれましたよね。
「今は何も考えてません」
という内村君の答が、イチローの言葉に重なりました。
今の私たちに欠けているものを、この超一流アスリートたちが、教えてくれている気がします。
☆☆
金曜の8時から、7チャンでやってる『ヤッさん~築地発!美味しい事件簿』見てますか。面白いですね~。思えば『美味しんぼ』も、第20巻まではあんな面白さ/リアルさを持っていました。「ご馳走になる」とか「もてなす」とか、それは深いところに根ざしているんですよね~