瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第50話(後編)―

2007年08月31日 21時47分15秒 | 百物語
前編からの続】




日の沈む頃、若者は1人、城へ上りました。
そしてと或る部屋で火を明々と熾し、火の傍に刃物が付いた木工用の台を据え、自分はろくろの台に座りました。

落着いた若者は、「ああ、ぞっとしたいものだなあ」と、お定まりの呟きを漏らしました。

真夜中頃――若者が少し火を掻き起こそうと考えた時です。
突然隅の方から、「うう、なんて寒いんだ、にゃーお」と喚く声が、聞えて来ました。

「寒けりゃ、こっちへ来い!
 火に当って温まるがいいや!」

若者がそう叫んだ途端、大きな黒猫が2匹飛び込んで来て若者の両側に座り、爛々とした目で睨み付けました。
やがて体が温まると、猫は若者に「兄弟、いっちょトランプをやろうじゃないか!」と持ち掛けました。
それを聞いて、若者が返事をします。

「いいだろう!
 だがその前に、前足をちょっと出してみせな!」

すると黒猫は、鋭い爪を伸ばした前足を、にゅっと出して見せました。

「おやおや、なんて長い爪なんだ。
 待て、先ずこいつを切らなくちゃならん。」

そう言ったかと思うと、若者は猫の首っ玉を捕まえて、木工用の台に乗せ、前足をネジでしっかり止めました。
すかさず黒猫共を打殺し、外の池へ放り込みます。

「お前達の指を見たら、トランプをやる気が無くなったよ!」

所が2匹の猫を始末して、若者がまた火に当ろうとすると――あちらの隅から、こちらの隅から、真っ赤に焼けた鎖に繋がれた黒犬や黒猫がどんどん出て来て、終いには若者の身の置き所が無くなりました。

犬猫達は物凄い声で鳴きながら、火を踏ん付けたり蹴散らしたりして消そうとします。

若者は暫く黙って見ていましたが、その内に我慢ならなくなり、木工用の刃物を掴むと、「失せろ、この野郎共!!」と怒鳴って、そいつらに切掛りました。

中には飛んで逃げた物も在りましたが、大半は切殺して外の池へ放り込みました。

漸く独りになった若者は、火種を吹き熾してパチパチと燃やし、体を温めました。
そうやって座っている内…目がくっ付きそうな程、眠くなりました。
辺りを見回すと、隅の方に大きなベッドが在るのが目に入りました。

「これはお誂え向きだ」と思い、中へ潜り込みます。

所が目を瞑ろうとした途端、ベッドが独りでに動き出しました。
そして急に走り出したのです。
まるで馬が牽いてでもいる様に、ベッドは若者を乗せたまま、部屋部屋の敷居を越え、階段を上ったり下りたりして、城中駆け回りました。

「良いぞ、良いぞ!
 もっとやれ、もっとやれ!」

若者は、はしゃいで叫びます。
するとベッドは、いきなり天地逆転引っ繰り返り、若者に圧し掛かりました。

若者は直ぐさま布団や枕を跳ね飛ばすと、外に逃れて「こんな物、乗りたい奴が勝手に乗れ!」と吐き捨てました。

それから手探りで元居た部屋に戻り、火の傍で横になると、夜が明けるまで寝ていました。

朝が来て、王様が城にやって来ました。
見れば若者は死んだ様に床に転がっています。
王様は、ああこの者も化物に殺されてしまったんだなと思い、痛ましげに呟きました。

「良い若者だったのに…惜しい事をした。」

丁度その時目を覚ました若者は、起上がって答えました。

「未だ死んでは居りません。」

王様はびっくり仰天、しかしとても喜んで、「どうであった!?」と昨夜の様子を尋ねました。

「上手く行きましたよ。
 残りの2晩もきっと、似たり寄ったりでしょう。」

若者はあっさりと質問に答えました。

昼間、あの宿屋へ若者が行くと、亭主は目を円くさせ、言いました。

「生きてるあんたにまた会えるとは思わなかったよ。
 で…ぞっとするのはどういう事か、解ったかね?」

「とんでもない、何1つ解らなかった!
 誰か教えてくれないものかなあ。」

若者は溜息吐いて零しました。


次の夜、若者は再び城へ上って行くと、昨夜と同じ部屋で火の傍に腰を下ろし、「ぞっとしたいものだなあ」と、お決まりの文句を言い出しました。

真夜中近い頃――辺りにガタガタという、騒がしい物音が響いて聞えました。

音はどんどん大きくなって行き、ちょっと静かになったかと思うと、終いに凄い叫び声と共に、人間の半身が煙突から落ちて来て、若者の目の前に転がりました。

「おーい、もう半分入り用だ!!
 これじゃ足りないぞ!!」

煙突覗いて若者が叫ぶと、騒ぎが再び始まり、轟々わあわあと音を響かせて、残り縦半分も落ちて来ました。

「待ってろよ。
 今お前の為に、火を吹き熾してやるからな。」

そう言って若者が火を熾して、ふと後ろを見ると、半分づつの体は1つに合さり、恐ろしい顔で若者の席に座って居ました。

「おい、その台は俺の座る所だぞ!」

若者が男を押し退けて座ろうとすると、男も負けずに抵抗します。
しかし若者は力ずくで男を押し退け、また自分の席に戻りました。

するとまたもや煙突から、次々に男が落ちて来ました。
男達は持って来た人間の脚の骨9本と頭蓋骨2つを使い、九柱戯(ボーリングの1種)を始めました。

見ている内に若者もやりたくなって、「なあおい、俺も入れてくれないか?」と頼みました。

「いいとも、金が有るならな!」
 
「金なら有るさ!
 …所で、お前達の球は真ん丸じゃないな。
 それじゃあ遊び難いだろう、俺に貸してみろよ!」

男達から頭蓋骨を借りた若者は、ろくろを回して真ん丸に削りました。

「さあ、これでずっと良く転がるぞ!」

「おお、こいつは良いや!」

若者はゲームに加わって、金を少し取られました。

そして12時の鐘が鳴った頃――何もかも全て、若者の目の前から消えて無くなりました。

それから夜が明けるまで、若者は横になって、ぐっすり眠りました。

次の朝、王様が来て、昨夜の様子を尋ねられました。

「今度はどんな具合だった?」

「九柱戯をやりました。
 そして小銭を少し取られました。」

「ぞっとはしなかったか?」

「とんでもない、とても楽しく過しました。
 ぞっとするとはどういう事か、知りたいものですね。」

尋ねられた若者は、こう返事をしました。


3日目の夜、若者はまた独り城の中に篭り、何時もの席に座ると、溜息吐いて「ぞっとしたいものだなあ」と零しました。

夜も更けた頃――大男達6人が、棺桶を1つ担ぎ込んで来ました。

若者は『こりゃきっと、つい2、3日前に死んだと言う、俺の従兄弟だろう』と考え、「従兄弟や、こっちへ来いよ!」と指で合図して呼びました。

男達が棺桶を床に置いて出て行くと、若者は傍に寄って蓋を取りました。

中には死んだ男が1人…顔を触ってみたら、冷たくて氷の様でした。

「待ってろ、今温めてやるからな!」と若者は言って火の傍へ行き、自分の手を温めて顔に当ててやりました。

それでも死んだ男は冷たいままです。

そこで若者は男を棺桶から出して膝に乗せ、火の傍に座ると、血がまた巡り出す様に腕を擦ってやりました。

しかし幾ら擦っても効き目は現れません。

若者は聖書に出て来る「2人で寝れば温かい」という言葉を思い出して、男をベッドに入れ布団を掛けてやり、自分も一緒に寝ました。

暫くすると、死んだ男が温かくなって来て、もぞもぞと動き出しました。

「おお、生き返ったか、従兄弟よ!」

所が死んだ男は、「今度は、俺が貴様を絞め殺してやる!」と、恐ろしい顔で喚きました。

「何だと!?それが俺の受取る礼か!!
 だったら直ぐに貴様を、元の棺桶へ戻してやる!!」

怒った若者は、そう言って男を抱え上げ、棺桶に放り込んで蓋を閉めました。

すると、さっきの男達6人がやって来て、また棺桶を担いで行ってしまいました。

独り残された若者は、溜息を吐いて呟きました。

「ぞっとしそうもないな…。
 此処じゃ一生かかっても、ぞっとする事は習えないだろう。」

そこへ新たに男が1人、入って来ました。
今迄現れた誰よりも大きくて、恐ろしそうな顔付をしています。
白い長髭を生やし、かなり年を取って見えました。

「ちびすけめ!!
 ぞっとするのはどういう事か、直に解らせてやる!!
 貴様の命を奪ってやろう!!」

男が怒鳴りながら迫って来ます。

「そう簡単に行くものか!!
 命を奪りたければ、俺を捕まえてみせろ!!」

負けずに若者が怒鳴り返します。

「捕まえてやるとも!!」と叫んで伸ばされた化物の手を、若者は払い除け、朗らかに話しました。

「まあまあ、落着けよ!
 多分俺は、貴様と同じ位、力が有るぞ!
 いや、もっと強いだろう!」

「ほう、なら確かめてみようじゃないか!
 お前の方が俺より力が有ったら、命は奪らないでおいてやる!
 さあ、早速試してみるとしよう!」

老人がせせら笑って言います。

そして若者を部屋から連れ出し、暗い廊下を幾つも通り抜け、鍛冶場の火の側へ案内しました。

壁に掛けてあった重たい斧を手に取ると、若者の目の前で、鉄床を1打ちに地面にめり込ませて見せました。

「その程度の力なら、俺の方が上だ!」

しかし若者は、怯む事無く、もう1つの鉄床の方へと向います。
老人も見物する積りで付いて行き、若者の直ぐ横に立ちました。
白くて長い髭が垂れ下がったのを見て、若者は即座に斧を掴むと、1打ちで鉄床を割り、老人の髭をその割れ目に挟み込みました。

「さあ、捕まえたぞ!!
 死ぬのは貴様の方だ!!」

そう叫ぶと若者は、近くに有った鉄棒を取って、老人を滅多打ちにしました。

終いに老人は、「止めてくれ!!宝物を沢山あげるから!!」と、ひいひい泣いて頼みました。

若者は斧を引き抜いて、老人を離してやりました。

老人は若者を連れて、また城へと戻り、地下室に案内して、金貨の詰った箱を3つ見せました。

「この内、1つは貧しい人達に。
 1つは王様に。
 そして最後の1つは、あんたの物だ。」

老人が話し終ると同時に、12時の鐘が鳴りました。

すると化物は消え失せて、若者は独り暗闇の中に取り残されました。

若者は手探りで元の部屋への道を見付け、夜が明けるまで何時もの様に、火の傍で寝ていました。

次の朝――王様が来て、「今度こそ、ぞっとするのはどういう事か、解ったであろうな?」と尋ねました。

しかし若者は首を横に振って答えました。

「とんでもない、それは一体どういう事なのでしょう?
 昨夜、私の死んだ従兄弟がやって来ました。
 それから髭を生やした男が来て、地下室で金貨を沢山見せてくれました。
 でも、ぞっとするのはどういう事か、誰も教えてくれませんでした。」

話を聞いた王様は大層喜ばれ、若者に感謝の言葉を述べました。

「お前は城の魔法を解いてくれた。
 約束通り、わしの娘と結婚するがよい。」

若者は王様に向い、こう返事をしました。

「それは誠に結構な話ですが…。
 でも、ぞっとするのはどういう事か、私には今もって解りません。」

金貨が地下室から持出され、そして結婚式が挙げられました。

若くして王様となった若者は、美しい奥方を心から愛し、2人は仲睦まじく暮しました。

ですが彼の、始終「ぞっとしたいものだなあ、ぞっとしたいものだなあ」と呟く癖は、相変らず直りませんでした。

これには奥方もうんざりして、ほとほと困ってしまいました。

すると奥方の侍女が、こう申し出ました。

「私がお手伝い致しましょう。
 きっと王様に、ぞっとする事を解らせて御覧にいれます。」

侍女は庭を流れている小川へ出掛けて行き、小魚の沢山入った水を、桶にいっぱい汲んで来ました。


その夜、若い王様が寝ると――奥方は、侍女の勧めに従って、王様の布団を剥ぎ取り、桶に入った小魚入りの冷水を、ざあっっと浴びせ掛けました。

小魚はベッドの上で眠る王様の周りを、ぴちぴちと跳ね回ります。
その感触に驚いて目を覚ました若い王様は、奥方に大声で言いました。


「ああ、ぞっとする、ぞっとする!!
 漸く、ぞっとするのはどういう事か、解ったぞ!!」



…オチが実に効いていると言えよう。

人が動物から進化した切っ掛けは、恐怖に立ち向う心…「勇気」だったと、自分は考えている。
とは言え、全く恐れを知らない人間程、恐ろしいものは無い。
それは最早「神」と呼んで差し支え無いのではなかろうか。


これにて今夜の…そして今年分の話はお終いだ。
さあ、今年最後の蝋燭を、吹消して貰おうか。

……有難う。

これで丁度、半分消えた事になる。

今年も最後までお付合い戴き、有難う。
続きはまた来年…この薄暗い小部屋で、残り50本の蝋燭と共に、貴殿が来るのを、お待ちしていよう。

その日まで、御機嫌よう。
…繰り返すが、帰り道の途中、後ろは振り返らないように。
夜に鏡を覗かないように。

いいかい、約束だよ…。



『完訳グリム童話集1巻(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム 作、野村泫 訳、ちくま文庫 刊)』より。
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異界百物語 ―第50話(前編)―

2007年08月31日 21時47分02秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
8/7~毎晩催して来た怪奇の宴も、今夜でお終い。
続きは来年…同じく8/7より始めたいと考えている。

今夜お話しするのは、自分がグリム童話で、最も気に入ってるものだ。
長い話だが、よければ最後まで聞いて貰いたい。



或る父親に息子が2人居りました。
兄の方は利口で抜け目が無くて、どんな事でも上手くこなしました。
所が弟の方は愚かで何も解らず、何も習い覚える事が出来ませんでした。
だから何かにつけ用事は、兄がやるように決っていました。

人々は弟を見る度に、「この子の事で、親父は何れ苦労するだろう」と噂し合いました。

そんな弟には、1つだけ気に懸かる事が有りました。

父親が兄に使いを頼む折…日が暮れてから、或いは夜中になってからの場合、こと通り道に墓地や気味の悪い場所が在る時等、兄は決って「とんでもない、お父さん、俺は行かないよ。ぞっとするもの」と断るのです。

また、晩に皆が火を囲んで物語を話している内、身の毛もよだつ様な話になると、聞いている人達は必ず「ああ、ぞっとする」と言うのです。

隅の方に座って、その声を耳にする度、弟は何時も不思議に思っていました。

『皆は何時も、ぞっとする、ぞっとする、と言うけれど、俺はちっともぞっとしない。
 どうやら、ぞっとする、というのは、俺には解らない、秘密の技らしいぞ。』

或る時父親は、弟のあまりの不出来さに業を煮やし、こんこんと説教しました。

「そこの隅っこに居るの、よく聞けよ。
 お前も大きくなって、力が付いて来たのだから、自分で食って行く為に、何かを習わなくてはいけないぞ。
 見ろ、お前の兄貴は、しっかりやっているだろ。
 なのに、お前ときたら…どうしようもないな。」

それを聞いた弟は、こう返事をしました。

「その事だけどね、お父さん。
 僕は出来るのなら、ぞっとする事を習いたいと思ってるんだ。
 何の事だか、さっぱり解らないんだもの。」

隣で話を聞いていた兄は、腹の中で嘲笑いました。

『あいつ、正真正銘の大馬鹿だ。
 きっと一生かかっても碌な者にはなるまい。
 三つ子の魂百までと言うからな。』

父親は溜息を吐き、諦め顔で言いました。

「…勝手に習うがいいや。
 だけど、そんな事習ったって、ちっとも食っちゃ行けないぞ。」

暫くして教会の下働きが、この家を訪ねて来ました。
父親はこの人に、下の息子は何をやらせてもからきし駄目で、何も解らず、何も覚えない、と愚痴を零しました。

「ほとほと困っているんですよ…。
 私があいつに、『どうやって食って行く積りだ』と訊いたら、『ぞっとする事を習いたい』なんて言い出す始末ですから。」

それを聞いて、教会の下働きは答えました。

「それくらいなら、俺の所で習えるさ。
 よかったらその息子、俺に預けてくれないか?
 充分に教え込んでやるから。」

父親は、「あいつもちっとはましになるかも」と考え、下働きの元へ息子をやる事に決めました。


教会へ連れて来られた若者は、鐘を鳴らす役目を与えられました。

2、3日経って――下働きは真夜中に若者を起すと、今から教会の塔に登り、鐘を鳴らして来い、と言い付けました。
それから、ぞっとするというのはどういう事か、自分が脅かしてよく教え込んでやろうと考え、先回りをしたのです。

若者が塔の上に着いて、鐘の引き綱を掴もうとした時です。
鐘楼に繋がる階段の上に、何か白い物が立って居るのが目に入りました。

「そこに居るのは誰だ!?」

不審を感じた若者が怒鳴るも、その白い物は無言のまま、ぴくりとも動きませんでした。
再び若者が怒鳴ります。

「おい、返事をしろよ!!
 こんな夜中に、こんな所へ、一体何の用なんだ!?
 用が無いなら、さっさと行ってしまえ!!」

それでも白い物は、じっと立ったままで居ます。
実はその正体は下働きで、若者を恐がらせようと白い布を被り、幽霊の真似をして居たのでした。
しかしそんな事に気付かない若者は、本気になって怒り、三度怒鳴りました。

「おい、貴様が真っ当な人間なら、何とか言え!!
 さもないと、階段から突落すぞ!!」

それでも下働きは、威勢が良いのは口だけだろうと考え、石の様に黙して突っ立って居ました。
三度無視された若者は、全く躊躇せず勢い良く体当たりし、幽霊を階段から突落しました。
可哀想に幽霊は、階段を10段程転がり落ちて、隅の方でのびてしまいました。
その後若者は鐘を鳴らして家へ帰ると、ベッドへ戻り、寝直したのでした。

下働きのおかみさんは、夜中出たまま戻って来ない旦那を、夜中ずっと待っていました。
とうとう心配になり、寝ている若者を起すと、行方を知らないか尋ねました。

「ウチの旦那が何処へ行ってしまったのか、知らないかい?
 あんたより先に、塔へ登って行った筈なんだけど…」

若者は寝惚け眼で「知りませんね」と返事した後…ちょっと考えてから、こう答えました。

「…そういえば鐘の前の階段に、誰か立って居たっけ。
 声をかけても返事をしないし、出て行こうともしないから、てっきり悪い奴だと思って突落してしまいました。
 あれがもしも旦那さんだとしたら…済まない事をしました。」

話を聞いたおかみさんが、慌てて駆け付けて見ると、それは確かに旦那でした。
突落された旦那は、隅の方に転がり、折れた1本の足を抱えて、うんうん唸っていました。
おかみさんは大声で泣き喚きながら旦那を運び下ろし、若者の父親の所へ駆け込むと、カンカンに怒って言いました。

「あんたの所の若造ときたら、とんでもない事を仕出かしてくれたよ!!
 ウチの旦那を階段から突落して、足を1本折ってくれたのさ!!
 あんなろくでなしは、さっさと引取っておくれ!!」

父親はびっくり仰天して駆け付けると、若者を叱り飛ばしました。

「お前は何て罰当たりな事をしてくれたんだ!!
 正気の沙汰とは思えん、悪魔にでも吹き込まれたんだろう!!」

「お父さん、聞いておくれよ。
 僕はちっとも悪くないんだ。
 夜中にあの人が不審な格好して立って居たから、てっきり悪い事を働きに来た奴だと思って、突落してやったんだ。
 その前に、返事をするか、出て行くかしろって、3度も注意したんだぜ。」

息子の言い分を聞き、父親は溜息吐いて返しました。

「やれやれ、お前にゃ、恥を掻かされるばかりだ。
 お前の面なんか金輪際見たくねえ…俺の前から消えて無くなれ!」

「いいよ、お父さん。
 でも夜が明けるまで待って下さい。
 そしたら良い機会だから、ぞっとする事を習いに出掛けます。
 その技を覚えたら、自分で食って行く事も出来るでしょう。」

「好きな事を習うがいいや!
 …お前の事なぞ、もう知らん!
 そら、50ターラーやるから、これを持って彼方までも行っちまえ!
 言っとくが、外に出たらお前の生まれが何処で、父親は誰かという事は、人に話すんじゃないぞ!
 俺が恥掻いちまうからな!」

「解った、お父さんの言う通りにするよ。
 それぐらいなら、気を付けてられるだろうしね。」

そんな訳で夜が明けると、若者は貰った50ターラーの金を懐に入れて、大きな街道へ出て行きました。
そして道を歩いてる間中、引っ切り無しに独り言を呟いて居ました

「ぞっとしたいものだなあ。
 ぞっとしたいものだなあ。」

そこへ男が1人追い付いて来て、若者の呟きを耳に入れました。
暫く一緒に歩いて居た2人の前に、7人分の死体がぶら下がった絞首台が見えて来ました。
男がそこで、若者に言いました。

「御覧、あそこに木が在るだろ?
 あそこで7人の男が、綱屋の娘と結婚式を挙げたんだ。
 今は飛び方を習っている所さ。
 あの下に座って、夜になるまで待って居ろよ。
 そしたらきっと、ぞっとする事が習えるから。」

これを聞いた若者は、喜んで返事をしました。

「そんな簡単な手段で、ぞっとする事が習えるのかい!?
 もしも習えるのなら、俺の持っている50ターラーを、お礼にあんたにあげようじゃないか!
 だから明日の朝、俺の所へまた来てくれよ!」

若者は絞首台の所へ行くと、その下に腰を下ろして、日が暮れるのを待ちました。


真夜中になると冷たい風が吹き荒び、体が凍える程の寒さを感じました。
それで火を熾したのですが、当って居ても中々温まりませんでした。
上にぶら下がって居る男達が、風に吹かれてぶつかり合い、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして居ます。
それを見た若者は、火の傍に居る自分がこんなに寒いのだから、上に居る奴等はさぞかし寒かろう…それでじっとして居られないんだなと思いました。
若者は情け深い性質だったので、近くに架けて在った梯子を上ると、順番に綱を解き、7人共降ろしてやりました。
それから火を掻き立て、ぷうぷう吹くと、皆を火の周りに座らせ、体が温まるようにしてやります。
その内、火が男達の着ている物に燃え移りました。
それを見た若者は、男達に注意しました。

「気を付けろよ!
 さもないとまた上に吊るすぞ!」

所が死人達は耳を貸さず、黙って自分達のぼろ服を燃えるに任せています。
若者はその様に腹を立てて、叫びました。

「お前達が自分で気を付けないんなら、俺は手を貸してやらないぞ!
 お前達と一緒に焼け死ぬ気は無いからな!」

そしてまた、皆を順番に上へ吊るしました。
それから熾した火の傍に戻ると、気にも懸けず寝てしまいました。

次の朝、話を持掛けた男が、約束通り訪ねて来ました。

「どうだい、ぞっとするのはどういう事か、解ったろう?」

しかし若者は、口を尖らして、男に答えました。

「とんでもない、ちっとも解りゃしなかったよ!
 上にぶら下がってる奴等は、ちっとも口を利かないし、おまけに馬鹿で、着ているぼろが焼けても知らん顔だ!」

男はこれを聞くと、ほとほと呆れて、「こんな奴には、未だかつてお目に掛かった事が無い」と呟きつつ、立ち去りました。

若者もまた、何処を目指すでも無しに、道を歩き出しました。
そうしてまた、何時もの独り言を呟くのでした。

「ああ、ぞっとしたいものだなあ。
 ああ、ぞっとしたいものだなあ。」

若者の後ろに付いて歩いていた荷馬車引きが、呟きを耳にして、「あんたは誰だね?」と訪ねて来ました。

若者は「知らないよ」と素っ気無く返しました。

荷馬車引きがまた、「あんたは何処の生れだね?」と訪ねて来ました。

「知らないよ。」

「あんたの親父さんは誰だね?」

「それは言う訳にはいかないんだ。」

「あんたは何をしょっちゅう口の中でもぐもぐ言って居るんだね?」

その事なら喋れると、若者は答えました。

「俺はぞっとしたい、と思っているんだけど、教えてくれる人が誰も居ないんだ。」

これを聞くと荷馬車引きは、呆れて言いました。

「くだらない事を考えるのは止しな。
 なんなら俺と一緒に来いよ。
 泊る所を探してやろう。」

若者は荷馬車引きと一緒に行く事にしました。

日が暮れる頃、2人は1軒の宿屋に着きました。
皆が飲み食いして居る場へ入った時、若者はまた大声で言いました。

「ぞっとしたいものだなあ。
 ぞっとしたいものだなあ。」

それを聞いた宿屋の亭主は、笑いながら言いました。

「そんな望みなら、この国できっと叶えられるだろうよ!」

亭主の言葉を聞いて、側に居たおかみさんが、慌てて口を挟みます。

「お止しよ、お城の事を話すのは!
 向う見ずの連中が、もう何人も命を落としてるんだよ!
 …こんなに若くて綺麗な目をした人が、2度とお日様を拝めなくなったら、可哀想だろう!」

しかし若者は、引き止めるおかみさんに向い、きっぱりと答えました。

「どんなに難しくても、何とかそれを習いたいと思っているんです。
 その為に旅立ったのですから。」

そうして若者に煩くせがまれた亭主は、とうとう話を打明けました。


「此処からそう遠くない所に、魔法をかけられた城が在る。
 そこで3晩寝ずの番をすれば、ぞっとするのはどういう事か、きっと習えるだろう。
 王様は、それを遣り遂げた者に、自分の娘を妻として与えると約束している。
 その姫は、お日様が照らす世の中で、1番綺麗な人だと評判の方だ。
 城の中には沢山の宝が隠されていて、魔物達がそれを見張って居るらしい。
 その魔物をやっつけられれば、きっと大金持ちになれるだろうとの噂だ。
 とは言え、これまで大勢の人が城の中へ入って行ったけど、無事出て来れたのは、未だ1人も居ないのだとか…」


話を聞いた若者は、次の朝、城から出て仮住まいをしている王様の前に出ると、城中の番を引受ける事を申し出ました。
王様は命知らずな若者に対し、約束事を告げました。

「城に入る者には、3つの品物を持ち込む事を、許可しておる。
 命の無い物であれば、何なりと申し付けるがよい。」

そこで若者は、火とろくろの台と、刃物が付いた木工用の台を願い出ました。
王様は、日の有る内に残らずそれらを、城へ運ばせました。



後編に続】
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