【前編からの続】
日の沈む頃、若者は1人、城へ上りました。
そしてと或る部屋で火を明々と熾し、火の傍に刃物が付いた木工用の台を据え、自分はろくろの台に座りました。
落着いた若者は、「ああ、ぞっとしたいものだなあ」と、お定まりの呟きを漏らしました。
真夜中頃――若者が少し火を掻き起こそうと考えた時です。
突然隅の方から、「うう、なんて寒いんだ、にゃーお」と喚く声が、聞えて来ました。
「寒けりゃ、こっちへ来い!
火に当って温まるがいいや!」
若者がそう叫んだ途端、大きな黒猫が2匹飛び込んで来て若者の両側に座り、爛々とした目で睨み付けました。
やがて体が温まると、猫は若者に「兄弟、いっちょトランプをやろうじゃないか!」と持ち掛けました。
それを聞いて、若者が返事をします。
「いいだろう!
だがその前に、前足をちょっと出してみせな!」
すると黒猫は、鋭い爪を伸ばした前足を、にゅっと出して見せました。
「おやおや、なんて長い爪なんだ。
待て、先ずこいつを切らなくちゃならん。」
そう言ったかと思うと、若者は猫の首っ玉を捕まえて、木工用の台に乗せ、前足をネジでしっかり止めました。
すかさず黒猫共を打殺し、外の池へ放り込みます。
「お前達の指を見たら、トランプをやる気が無くなったよ!」
所が2匹の猫を始末して、若者がまた火に当ろうとすると――あちらの隅から、こちらの隅から、真っ赤に焼けた鎖に繋がれた黒犬や黒猫がどんどん出て来て、終いには若者の身の置き所が無くなりました。
犬猫達は物凄い声で鳴きながら、火を踏ん付けたり蹴散らしたりして消そうとします。
若者は暫く黙って見ていましたが、その内に我慢ならなくなり、木工用の刃物を掴むと、「失せろ、この野郎共!!」と怒鳴って、そいつらに切掛りました。
中には飛んで逃げた物も在りましたが、大半は切殺して外の池へ放り込みました。
漸く独りになった若者は、火種を吹き熾してパチパチと燃やし、体を温めました。
そうやって座っている内…目がくっ付きそうな程、眠くなりました。
辺りを見回すと、隅の方に大きなベッドが在るのが目に入りました。
「これはお誂え向きだ」と思い、中へ潜り込みます。
所が目を瞑ろうとした途端、ベッドが独りでに動き出しました。
そして急に走り出したのです。
まるで馬が牽いてでもいる様に、ベッドは若者を乗せたまま、部屋部屋の敷居を越え、階段を上ったり下りたりして、城中駆け回りました。
「良いぞ、良いぞ!
もっとやれ、もっとやれ!」
若者は、はしゃいで叫びます。
するとベッドは、いきなり天地逆転引っ繰り返り、若者に圧し掛かりました。
若者は直ぐさま布団や枕を跳ね飛ばすと、外に逃れて「こんな物、乗りたい奴が勝手に乗れ!」と吐き捨てました。
それから手探りで元居た部屋に戻り、火の傍で横になると、夜が明けるまで寝ていました。
朝が来て、王様が城にやって来ました。
見れば若者は死んだ様に床に転がっています。
王様は、ああこの者も化物に殺されてしまったんだなと思い、痛ましげに呟きました。
「良い若者だったのに…惜しい事をした。」
丁度その時目を覚ました若者は、起上がって答えました。
「未だ死んでは居りません。」
王様はびっくり仰天、しかしとても喜んで、「どうであった!?」と昨夜の様子を尋ねました。
「上手く行きましたよ。
残りの2晩もきっと、似たり寄ったりでしょう。」
若者はあっさりと質問に答えました。
昼間、あの宿屋へ若者が行くと、亭主は目を円くさせ、言いました。
「生きてるあんたにまた会えるとは思わなかったよ。
で…ぞっとするのはどういう事か、解ったかね?」
「とんでもない、何1つ解らなかった!
誰か教えてくれないものかなあ。」
若者は溜息吐いて零しました。
次の夜、若者は再び城へ上って行くと、昨夜と同じ部屋で火の傍に腰を下ろし、「ぞっとしたいものだなあ」と、お決まりの文句を言い出しました。
真夜中近い頃――辺りにガタガタという、騒がしい物音が響いて聞えました。
音はどんどん大きくなって行き、ちょっと静かになったかと思うと、終いに凄い叫び声と共に、人間の半身が煙突から落ちて来て、若者の目の前に転がりました。
「おーい、もう半分入り用だ!!
これじゃ足りないぞ!!」
煙突覗いて若者が叫ぶと、騒ぎが再び始まり、轟々わあわあと音を響かせて、残り縦半分も落ちて来ました。
「待ってろよ。
今お前の為に、火を吹き熾してやるからな。」
そう言って若者が火を熾して、ふと後ろを見ると、半分づつの体は1つに合さり、恐ろしい顔で若者の席に座って居ました。
「おい、その台は俺の座る所だぞ!」
若者が男を押し退けて座ろうとすると、男も負けずに抵抗します。
しかし若者は力ずくで男を押し退け、また自分の席に戻りました。
するとまたもや煙突から、次々に男が落ちて来ました。
男達は持って来た人間の脚の骨9本と頭蓋骨2つを使い、九柱戯(ボーリングの1種)を始めました。
見ている内に若者もやりたくなって、「なあおい、俺も入れてくれないか?」と頼みました。
「いいとも、金が有るならな!」
「金なら有るさ!
…所で、お前達の球は真ん丸じゃないな。
それじゃあ遊び難いだろう、俺に貸してみろよ!」
男達から頭蓋骨を借りた若者は、ろくろを回して真ん丸に削りました。
「さあ、これでずっと良く転がるぞ!」
「おお、こいつは良いや!」
若者はゲームに加わって、金を少し取られました。
そして12時の鐘が鳴った頃――何もかも全て、若者の目の前から消えて無くなりました。
それから夜が明けるまで、若者は横になって、ぐっすり眠りました。
次の朝、王様が来て、昨夜の様子を尋ねられました。
「今度はどんな具合だった?」
「九柱戯をやりました。
そして小銭を少し取られました。」
「ぞっとはしなかったか?」
「とんでもない、とても楽しく過しました。
ぞっとするとはどういう事か、知りたいものですね。」
尋ねられた若者は、こう返事をしました。
3日目の夜、若者はまた独り城の中に篭り、何時もの席に座ると、溜息吐いて「ぞっとしたいものだなあ」と零しました。
夜も更けた頃――大男達6人が、棺桶を1つ担ぎ込んで来ました。
若者は『こりゃきっと、つい2、3日前に死んだと言う、俺の従兄弟だろう』と考え、「従兄弟や、こっちへ来いよ!」と指で合図して呼びました。
男達が棺桶を床に置いて出て行くと、若者は傍に寄って蓋を取りました。
中には死んだ男が1人…顔を触ってみたら、冷たくて氷の様でした。
「待ってろ、今温めてやるからな!」と若者は言って火の傍へ行き、自分の手を温めて顔に当ててやりました。
それでも死んだ男は冷たいままです。
そこで若者は男を棺桶から出して膝に乗せ、火の傍に座ると、血がまた巡り出す様に腕を擦ってやりました。
しかし幾ら擦っても効き目は現れません。
若者は聖書に出て来る「2人で寝れば温かい」という言葉を思い出して、男をベッドに入れ布団を掛けてやり、自分も一緒に寝ました。
暫くすると、死んだ男が温かくなって来て、もぞもぞと動き出しました。
「おお、生き返ったか、従兄弟よ!」
所が死んだ男は、「今度は、俺が貴様を絞め殺してやる!」と、恐ろしい顔で喚きました。
「何だと!?それが俺の受取る礼か!!
だったら直ぐに貴様を、元の棺桶へ戻してやる!!」
怒った若者は、そう言って男を抱え上げ、棺桶に放り込んで蓋を閉めました。
すると、さっきの男達6人がやって来て、また棺桶を担いで行ってしまいました。
独り残された若者は、溜息を吐いて呟きました。
「ぞっとしそうもないな…。
此処じゃ一生かかっても、ぞっとする事は習えないだろう。」
そこへ新たに男が1人、入って来ました。
今迄現れた誰よりも大きくて、恐ろしそうな顔付をしています。
白い長髭を生やし、かなり年を取って見えました。
「ちびすけめ!!
ぞっとするのはどういう事か、直に解らせてやる!!
貴様の命を奪ってやろう!!」
男が怒鳴りながら迫って来ます。
「そう簡単に行くものか!!
命を奪りたければ、俺を捕まえてみせろ!!」
負けずに若者が怒鳴り返します。
「捕まえてやるとも!!」と叫んで伸ばされた化物の手を、若者は払い除け、朗らかに話しました。
「まあまあ、落着けよ!
多分俺は、貴様と同じ位、力が有るぞ!
いや、もっと強いだろう!」
「ほう、なら確かめてみようじゃないか!
お前の方が俺より力が有ったら、命は奪らないでおいてやる!
さあ、早速試してみるとしよう!」
老人がせせら笑って言います。
そして若者を部屋から連れ出し、暗い廊下を幾つも通り抜け、鍛冶場の火の側へ案内しました。
壁に掛けてあった重たい斧を手に取ると、若者の目の前で、鉄床を1打ちに地面にめり込ませて見せました。
「その程度の力なら、俺の方が上だ!」
しかし若者は、怯む事無く、もう1つの鉄床の方へと向います。
老人も見物する積りで付いて行き、若者の直ぐ横に立ちました。
白くて長い髭が垂れ下がったのを見て、若者は即座に斧を掴むと、1打ちで鉄床を割り、老人の髭をその割れ目に挟み込みました。
「さあ、捕まえたぞ!!
死ぬのは貴様の方だ!!」
そう叫ぶと若者は、近くに有った鉄棒を取って、老人を滅多打ちにしました。
終いに老人は、「止めてくれ!!宝物を沢山あげるから!!」と、ひいひい泣いて頼みました。
若者は斧を引き抜いて、老人を離してやりました。
老人は若者を連れて、また城へと戻り、地下室に案内して、金貨の詰った箱を3つ見せました。
「この内、1つは貧しい人達に。
1つは王様に。
そして最後の1つは、あんたの物だ。」
老人が話し終ると同時に、12時の鐘が鳴りました。
すると化物は消え失せて、若者は独り暗闇の中に取り残されました。
若者は手探りで元の部屋への道を見付け、夜が明けるまで何時もの様に、火の傍で寝ていました。
次の朝――王様が来て、「今度こそ、ぞっとするのはどういう事か、解ったであろうな?」と尋ねました。
しかし若者は首を横に振って答えました。
「とんでもない、それは一体どういう事なのでしょう?
昨夜、私の死んだ従兄弟がやって来ました。
それから髭を生やした男が来て、地下室で金貨を沢山見せてくれました。
でも、ぞっとするのはどういう事か、誰も教えてくれませんでした。」
話を聞いた王様は大層喜ばれ、若者に感謝の言葉を述べました。
「お前は城の魔法を解いてくれた。
約束通り、わしの娘と結婚するがよい。」
若者は王様に向い、こう返事をしました。
「それは誠に結構な話ですが…。
でも、ぞっとするのはどういう事か、私には今もって解りません。」
金貨が地下室から持出され、そして結婚式が挙げられました。
若くして王様となった若者は、美しい奥方を心から愛し、2人は仲睦まじく暮しました。
ですが彼の、始終「ぞっとしたいものだなあ、ぞっとしたいものだなあ」と呟く癖は、相変らず直りませんでした。
これには奥方もうんざりして、ほとほと困ってしまいました。
すると奥方の侍女が、こう申し出ました。
「私がお手伝い致しましょう。
きっと王様に、ぞっとする事を解らせて御覧にいれます。」
侍女は庭を流れている小川へ出掛けて行き、小魚の沢山入った水を、桶にいっぱい汲んで来ました。
その夜、若い王様が寝ると――奥方は、侍女の勧めに従って、王様の布団を剥ぎ取り、桶に入った小魚入りの冷水を、ざあっっと浴びせ掛けました。
小魚はベッドの上で眠る王様の周りを、ぴちぴちと跳ね回ります。
その感触に驚いて目を覚ました若い王様は、奥方に大声で言いました。
「ああ、ぞっとする、ぞっとする!!
漸く、ぞっとするのはどういう事か、解ったぞ!!」
…オチが実に効いていると言えよう。
人が動物から進化した切っ掛けは、恐怖に立ち向う心…「勇気」だったと、自分は考えている。
とは言え、全く恐れを知らない人間程、恐ろしいものは無い。
それは最早「神」と呼んで差し支え無いのではなかろうか。
これにて今夜の…そして今年分の話はお終いだ。
さあ、今年最後の蝋燭を、吹消して貰おうか。
……有難う。
これで丁度、半分消えた事になる。
今年も最後までお付合い戴き、有難う。
続きはまた来年…この薄暗い小部屋で、残り50本の蝋燭と共に、貴殿が来るのを、お待ちしていよう。
その日まで、御機嫌よう。
…繰り返すが、帰り道の途中、後ろは振り返らないように。
夜に鏡を覗かないように。
いいかい、約束だよ…。
『完訳グリム童話集1巻(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム 作、野村泫 訳、ちくま文庫 刊)』より。
日の沈む頃、若者は1人、城へ上りました。
そしてと或る部屋で火を明々と熾し、火の傍に刃物が付いた木工用の台を据え、自分はろくろの台に座りました。
落着いた若者は、「ああ、ぞっとしたいものだなあ」と、お定まりの呟きを漏らしました。
真夜中頃――若者が少し火を掻き起こそうと考えた時です。
突然隅の方から、「うう、なんて寒いんだ、にゃーお」と喚く声が、聞えて来ました。
「寒けりゃ、こっちへ来い!
火に当って温まるがいいや!」
若者がそう叫んだ途端、大きな黒猫が2匹飛び込んで来て若者の両側に座り、爛々とした目で睨み付けました。
やがて体が温まると、猫は若者に「兄弟、いっちょトランプをやろうじゃないか!」と持ち掛けました。
それを聞いて、若者が返事をします。
「いいだろう!
だがその前に、前足をちょっと出してみせな!」
すると黒猫は、鋭い爪を伸ばした前足を、にゅっと出して見せました。
「おやおや、なんて長い爪なんだ。
待て、先ずこいつを切らなくちゃならん。」
そう言ったかと思うと、若者は猫の首っ玉を捕まえて、木工用の台に乗せ、前足をネジでしっかり止めました。
すかさず黒猫共を打殺し、外の池へ放り込みます。
「お前達の指を見たら、トランプをやる気が無くなったよ!」
所が2匹の猫を始末して、若者がまた火に当ろうとすると――あちらの隅から、こちらの隅から、真っ赤に焼けた鎖に繋がれた黒犬や黒猫がどんどん出て来て、終いには若者の身の置き所が無くなりました。
犬猫達は物凄い声で鳴きながら、火を踏ん付けたり蹴散らしたりして消そうとします。
若者は暫く黙って見ていましたが、その内に我慢ならなくなり、木工用の刃物を掴むと、「失せろ、この野郎共!!」と怒鳴って、そいつらに切掛りました。
中には飛んで逃げた物も在りましたが、大半は切殺して外の池へ放り込みました。
漸く独りになった若者は、火種を吹き熾してパチパチと燃やし、体を温めました。
そうやって座っている内…目がくっ付きそうな程、眠くなりました。
辺りを見回すと、隅の方に大きなベッドが在るのが目に入りました。
「これはお誂え向きだ」と思い、中へ潜り込みます。
所が目を瞑ろうとした途端、ベッドが独りでに動き出しました。
そして急に走り出したのです。
まるで馬が牽いてでもいる様に、ベッドは若者を乗せたまま、部屋部屋の敷居を越え、階段を上ったり下りたりして、城中駆け回りました。
「良いぞ、良いぞ!
もっとやれ、もっとやれ!」
若者は、はしゃいで叫びます。
するとベッドは、いきなり天地逆転引っ繰り返り、若者に圧し掛かりました。
若者は直ぐさま布団や枕を跳ね飛ばすと、外に逃れて「こんな物、乗りたい奴が勝手に乗れ!」と吐き捨てました。
それから手探りで元居た部屋に戻り、火の傍で横になると、夜が明けるまで寝ていました。
朝が来て、王様が城にやって来ました。
見れば若者は死んだ様に床に転がっています。
王様は、ああこの者も化物に殺されてしまったんだなと思い、痛ましげに呟きました。
「良い若者だったのに…惜しい事をした。」
丁度その時目を覚ました若者は、起上がって答えました。
「未だ死んでは居りません。」
王様はびっくり仰天、しかしとても喜んで、「どうであった!?」と昨夜の様子を尋ねました。
「上手く行きましたよ。
残りの2晩もきっと、似たり寄ったりでしょう。」
若者はあっさりと質問に答えました。
昼間、あの宿屋へ若者が行くと、亭主は目を円くさせ、言いました。
「生きてるあんたにまた会えるとは思わなかったよ。
で…ぞっとするのはどういう事か、解ったかね?」
「とんでもない、何1つ解らなかった!
誰か教えてくれないものかなあ。」
若者は溜息吐いて零しました。
次の夜、若者は再び城へ上って行くと、昨夜と同じ部屋で火の傍に腰を下ろし、「ぞっとしたいものだなあ」と、お決まりの文句を言い出しました。
真夜中近い頃――辺りにガタガタという、騒がしい物音が響いて聞えました。
音はどんどん大きくなって行き、ちょっと静かになったかと思うと、終いに凄い叫び声と共に、人間の半身が煙突から落ちて来て、若者の目の前に転がりました。
「おーい、もう半分入り用だ!!
これじゃ足りないぞ!!」
煙突覗いて若者が叫ぶと、騒ぎが再び始まり、轟々わあわあと音を響かせて、残り縦半分も落ちて来ました。
「待ってろよ。
今お前の為に、火を吹き熾してやるからな。」
そう言って若者が火を熾して、ふと後ろを見ると、半分づつの体は1つに合さり、恐ろしい顔で若者の席に座って居ました。
「おい、その台は俺の座る所だぞ!」
若者が男を押し退けて座ろうとすると、男も負けずに抵抗します。
しかし若者は力ずくで男を押し退け、また自分の席に戻りました。
するとまたもや煙突から、次々に男が落ちて来ました。
男達は持って来た人間の脚の骨9本と頭蓋骨2つを使い、九柱戯(ボーリングの1種)を始めました。
見ている内に若者もやりたくなって、「なあおい、俺も入れてくれないか?」と頼みました。
「いいとも、金が有るならな!」
「金なら有るさ!
…所で、お前達の球は真ん丸じゃないな。
それじゃあ遊び難いだろう、俺に貸してみろよ!」
男達から頭蓋骨を借りた若者は、ろくろを回して真ん丸に削りました。
「さあ、これでずっと良く転がるぞ!」
「おお、こいつは良いや!」
若者はゲームに加わって、金を少し取られました。
そして12時の鐘が鳴った頃――何もかも全て、若者の目の前から消えて無くなりました。
それから夜が明けるまで、若者は横になって、ぐっすり眠りました。
次の朝、王様が来て、昨夜の様子を尋ねられました。
「今度はどんな具合だった?」
「九柱戯をやりました。
そして小銭を少し取られました。」
「ぞっとはしなかったか?」
「とんでもない、とても楽しく過しました。
ぞっとするとはどういう事か、知りたいものですね。」
尋ねられた若者は、こう返事をしました。
3日目の夜、若者はまた独り城の中に篭り、何時もの席に座ると、溜息吐いて「ぞっとしたいものだなあ」と零しました。
夜も更けた頃――大男達6人が、棺桶を1つ担ぎ込んで来ました。
若者は『こりゃきっと、つい2、3日前に死んだと言う、俺の従兄弟だろう』と考え、「従兄弟や、こっちへ来いよ!」と指で合図して呼びました。
男達が棺桶を床に置いて出て行くと、若者は傍に寄って蓋を取りました。
中には死んだ男が1人…顔を触ってみたら、冷たくて氷の様でした。
「待ってろ、今温めてやるからな!」と若者は言って火の傍へ行き、自分の手を温めて顔に当ててやりました。
それでも死んだ男は冷たいままです。
そこで若者は男を棺桶から出して膝に乗せ、火の傍に座ると、血がまた巡り出す様に腕を擦ってやりました。
しかし幾ら擦っても効き目は現れません。
若者は聖書に出て来る「2人で寝れば温かい」という言葉を思い出して、男をベッドに入れ布団を掛けてやり、自分も一緒に寝ました。
暫くすると、死んだ男が温かくなって来て、もぞもぞと動き出しました。
「おお、生き返ったか、従兄弟よ!」
所が死んだ男は、「今度は、俺が貴様を絞め殺してやる!」と、恐ろしい顔で喚きました。
「何だと!?それが俺の受取る礼か!!
だったら直ぐに貴様を、元の棺桶へ戻してやる!!」
怒った若者は、そう言って男を抱え上げ、棺桶に放り込んで蓋を閉めました。
すると、さっきの男達6人がやって来て、また棺桶を担いで行ってしまいました。
独り残された若者は、溜息を吐いて呟きました。
「ぞっとしそうもないな…。
此処じゃ一生かかっても、ぞっとする事は習えないだろう。」
そこへ新たに男が1人、入って来ました。
今迄現れた誰よりも大きくて、恐ろしそうな顔付をしています。
白い長髭を生やし、かなり年を取って見えました。
「ちびすけめ!!
ぞっとするのはどういう事か、直に解らせてやる!!
貴様の命を奪ってやろう!!」
男が怒鳴りながら迫って来ます。
「そう簡単に行くものか!!
命を奪りたければ、俺を捕まえてみせろ!!」
負けずに若者が怒鳴り返します。
「捕まえてやるとも!!」と叫んで伸ばされた化物の手を、若者は払い除け、朗らかに話しました。
「まあまあ、落着けよ!
多分俺は、貴様と同じ位、力が有るぞ!
いや、もっと強いだろう!」
「ほう、なら確かめてみようじゃないか!
お前の方が俺より力が有ったら、命は奪らないでおいてやる!
さあ、早速試してみるとしよう!」
老人がせせら笑って言います。
そして若者を部屋から連れ出し、暗い廊下を幾つも通り抜け、鍛冶場の火の側へ案内しました。
壁に掛けてあった重たい斧を手に取ると、若者の目の前で、鉄床を1打ちに地面にめり込ませて見せました。
「その程度の力なら、俺の方が上だ!」
しかし若者は、怯む事無く、もう1つの鉄床の方へと向います。
老人も見物する積りで付いて行き、若者の直ぐ横に立ちました。
白くて長い髭が垂れ下がったのを見て、若者は即座に斧を掴むと、1打ちで鉄床を割り、老人の髭をその割れ目に挟み込みました。
「さあ、捕まえたぞ!!
死ぬのは貴様の方だ!!」
そう叫ぶと若者は、近くに有った鉄棒を取って、老人を滅多打ちにしました。
終いに老人は、「止めてくれ!!宝物を沢山あげるから!!」と、ひいひい泣いて頼みました。
若者は斧を引き抜いて、老人を離してやりました。
老人は若者を連れて、また城へと戻り、地下室に案内して、金貨の詰った箱を3つ見せました。
「この内、1つは貧しい人達に。
1つは王様に。
そして最後の1つは、あんたの物だ。」
老人が話し終ると同時に、12時の鐘が鳴りました。
すると化物は消え失せて、若者は独り暗闇の中に取り残されました。
若者は手探りで元の部屋への道を見付け、夜が明けるまで何時もの様に、火の傍で寝ていました。
次の朝――王様が来て、「今度こそ、ぞっとするのはどういう事か、解ったであろうな?」と尋ねました。
しかし若者は首を横に振って答えました。
「とんでもない、それは一体どういう事なのでしょう?
昨夜、私の死んだ従兄弟がやって来ました。
それから髭を生やした男が来て、地下室で金貨を沢山見せてくれました。
でも、ぞっとするのはどういう事か、誰も教えてくれませんでした。」
話を聞いた王様は大層喜ばれ、若者に感謝の言葉を述べました。
「お前は城の魔法を解いてくれた。
約束通り、わしの娘と結婚するがよい。」
若者は王様に向い、こう返事をしました。
「それは誠に結構な話ですが…。
でも、ぞっとするのはどういう事か、私には今もって解りません。」
金貨が地下室から持出され、そして結婚式が挙げられました。
若くして王様となった若者は、美しい奥方を心から愛し、2人は仲睦まじく暮しました。
ですが彼の、始終「ぞっとしたいものだなあ、ぞっとしたいものだなあ」と呟く癖は、相変らず直りませんでした。
これには奥方もうんざりして、ほとほと困ってしまいました。
すると奥方の侍女が、こう申し出ました。
「私がお手伝い致しましょう。
きっと王様に、ぞっとする事を解らせて御覧にいれます。」
侍女は庭を流れている小川へ出掛けて行き、小魚の沢山入った水を、桶にいっぱい汲んで来ました。
その夜、若い王様が寝ると――奥方は、侍女の勧めに従って、王様の布団を剥ぎ取り、桶に入った小魚入りの冷水を、ざあっっと浴びせ掛けました。
小魚はベッドの上で眠る王様の周りを、ぴちぴちと跳ね回ります。
その感触に驚いて目を覚ました若い王様は、奥方に大声で言いました。
「ああ、ぞっとする、ぞっとする!!
漸く、ぞっとするのはどういう事か、解ったぞ!!」
…オチが実に効いていると言えよう。
人が動物から進化した切っ掛けは、恐怖に立ち向う心…「勇気」だったと、自分は考えている。
とは言え、全く恐れを知らない人間程、恐ろしいものは無い。
それは最早「神」と呼んで差し支え無いのではなかろうか。
これにて今夜の…そして今年分の話はお終いだ。
さあ、今年最後の蝋燭を、吹消して貰おうか。
……有難う。
これで丁度、半分消えた事になる。
今年も最後までお付合い戴き、有難う。
続きはまた来年…この薄暗い小部屋で、残り50本の蝋燭と共に、貴殿が来るのを、お待ちしていよう。
その日まで、御機嫌よう。
…繰り返すが、帰り道の途中、後ろは振り返らないように。
夜に鏡を覗かないように。
いいかい、約束だよ…。
『完訳グリム童話集1巻(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム 作、野村泫 訳、ちくま文庫 刊)』より。