やあ、いらっしゃい。
来る頃だと思ってね…ローズマリーティーを用意して、待っていた所さ。
ハーブの様な強い香りを発する物には、魔を祓う力が有ると言われているからね。
この時期に飲むには、ぴったりだろうと考えてさ。
今日は迎え盆…死者が生前住んでいた家に帰ると云われている日だ。
家でも朝、死んだ爺さん婆さんにお供えしたお茶が、夜見たら半分に量が減っていてね…。
この暑さに、ただ蒸発しただけとは思うが…ひょっとしたら、帰って来て飲んだのかも知れないなぁと…。
そんな日にぴったりの話を、今夜はしよう。
続けてで済まないが、この話も小泉八雲の作品から採り上げたもので、八雲曰く禅宗の老僧から伺ったのだとか。
霊の存在に疑いを持ち、迷信には一切耳を貸さない、坊さんにしては珍しい人だそうだが…一度だけ不思議な体験をしたらしい。
「どうも、霊魂だとか幽霊とかいう話には、私は平生から疑いを持っていますよ」と、その老僧は言った。
「時折檀家の人が見えて、幽霊を見たとか、不思議な夢を見たとか言う話をされますが、よく聞き出してみると、何時もちゃんと筋の通った説明が付くものです。
所が、私も生涯にただ一度だけ、ちょっと説明の付きかねる、妙な目に遇うた事が有りますよ。
その頃、私は未だ年の行かぬ見習い僧で、九州に居りました。
そして、行――つまり、見習い僧は誰でも皆やらねばならん托鉢――をやっておりました。
或る晩の事、山地を行脚している内に、或る小さな村に着きましたが、そこに一軒の禅寺が在りました。
私はその寺へ行って、行脚僧のしきたり通り、一夜の宿を乞いました。
所が住職は、二、三里離れた村へ葬式に行っていて、年取った尼さんが一人、寺を預かっておりました。
その尼さんが言うのに、和尚さんの留守中にお泊めする訳には行かぬ、和尚さんは七日の間お帰りになるまい、という事でした。
……この地方では、檀家に不幸が有ると、住職はその家で、七日の間毎日お経をあげて、仏事を行う慣わしになっておりました。
……そこで私は、食べ物は何も要らぬ、ただ寝る所さえ有れば結構だと言い、更に何分くたくたに疲れているのだからと、頻りに頼みました。
とうとう尼さんも気の毒がって、本堂の須弥壇の近くに、蒲団を敷いてくれました。
そこへ横になると、直ぐ眠ってしまいました。
所が真夜中頃――大層寒い晩でしたが――私の寝ている直ぐ側で、木魚を叩く音と、念仏を唱える人声がするので、目が覚めました。
目を開けてみましたが、本堂は真っ暗で、鼻を抓まれても解らぬ程でした。
で、こんな暗がりの中で、木魚を叩いたり、念仏を唱えたりするのは、一体誰だろうかと、訝しく思いました。
所がその音は、始めは直ぐ近くの様に思えたが、どうもはっきりしない様でもあるので、これは自分の思い違いだろう。
――住職が帰って来て、寺の何処かでお勤めをしているのだろうと、私は努めてそう考えました。
こうして、木魚の音も念仏の声も聞き流しながら、また寝込んでしまい、朝まで眠りました。
それから夜が明けて、顔を洗い、着物を整えると、直ぐ年取った尼さんの所へ行って、会いました。
親切に泊めて貰ったお礼を述べてから、私は思い切って尋ねてみました。
『和尚さんは、昨夜お帰りになられたようですね?』
すると、尼さんは酷く不機嫌そうに、『いえ、帰られません。昨夜申し上げた通り、七日の間は帰られませんよ』と言うのです。
『こりゃ失礼しました。実は昨夜、何方か念仏を唱えて、木魚を叩いて居られたので、和尚さんがお帰りになられたかと思いました』と、私は言いました。
すると尼さんは大きな声で、『ああ、あれは和尚さんではありません。檀家の方ですよ』と言いました。
何の事だか、尼さんの言う事が、さっぱり解らんので、『何方です?』と尋ねますと、尼さんが答えて言うのには、『そりゃ、無論死んだ人ですよ。檀家の人が亡くなると、何時もそういう事が有ります。その仏が、木魚を叩き念仏を唱えに来るのです。』
……この尼さんは、もう長年、こんな事には慣れっこになっているんで、わざわざ話す程のものではない、と言った様な口振りでした。」
…寺社仏閣、病院等、人の死に立ち会う機会の多い場所で働く人は、比較的霊の存在を当り前の様に信じて居るものだと伺うが……
果たしてこれは、尼さんに担がれただけか…それとも………
貴殿はどの様にお考えになられるかな…?
それにしても今夜は随分、盛況な様だねぇ。
先刻から、実に賑やかだ…。
……え?何を言ってるんだって…?
……貴殿の耳には、この喧騒が聞えないのかい……?
まぁ、いいさ…何時もの様に、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
また1つ…明りが消えたね。
それでは御機嫌よう。
…いいかい…帰る途中で、後ろを振り返ってはいけないよ。
深夜、鏡を覗いてもいけない。
お休みなさい、気を付けて。
また次の晩に、お待ちしているからね…。
『怪談・奇談(小泉八雲 著、田代三千稔 訳、角川文庫 刊)』より
来る頃だと思ってね…ローズマリーティーを用意して、待っていた所さ。
ハーブの様な強い香りを発する物には、魔を祓う力が有ると言われているからね。
この時期に飲むには、ぴったりだろうと考えてさ。
今日は迎え盆…死者が生前住んでいた家に帰ると云われている日だ。
家でも朝、死んだ爺さん婆さんにお供えしたお茶が、夜見たら半分に量が減っていてね…。
この暑さに、ただ蒸発しただけとは思うが…ひょっとしたら、帰って来て飲んだのかも知れないなぁと…。
そんな日にぴったりの話を、今夜はしよう。
続けてで済まないが、この話も小泉八雲の作品から採り上げたもので、八雲曰く禅宗の老僧から伺ったのだとか。
霊の存在に疑いを持ち、迷信には一切耳を貸さない、坊さんにしては珍しい人だそうだが…一度だけ不思議な体験をしたらしい。
「どうも、霊魂だとか幽霊とかいう話には、私は平生から疑いを持っていますよ」と、その老僧は言った。
「時折檀家の人が見えて、幽霊を見たとか、不思議な夢を見たとか言う話をされますが、よく聞き出してみると、何時もちゃんと筋の通った説明が付くものです。
所が、私も生涯にただ一度だけ、ちょっと説明の付きかねる、妙な目に遇うた事が有りますよ。
その頃、私は未だ年の行かぬ見習い僧で、九州に居りました。
そして、行――つまり、見習い僧は誰でも皆やらねばならん托鉢――をやっておりました。
或る晩の事、山地を行脚している内に、或る小さな村に着きましたが、そこに一軒の禅寺が在りました。
私はその寺へ行って、行脚僧のしきたり通り、一夜の宿を乞いました。
所が住職は、二、三里離れた村へ葬式に行っていて、年取った尼さんが一人、寺を預かっておりました。
その尼さんが言うのに、和尚さんの留守中にお泊めする訳には行かぬ、和尚さんは七日の間お帰りになるまい、という事でした。
……この地方では、檀家に不幸が有ると、住職はその家で、七日の間毎日お経をあげて、仏事を行う慣わしになっておりました。
……そこで私は、食べ物は何も要らぬ、ただ寝る所さえ有れば結構だと言い、更に何分くたくたに疲れているのだからと、頻りに頼みました。
とうとう尼さんも気の毒がって、本堂の須弥壇の近くに、蒲団を敷いてくれました。
そこへ横になると、直ぐ眠ってしまいました。
所が真夜中頃――大層寒い晩でしたが――私の寝ている直ぐ側で、木魚を叩く音と、念仏を唱える人声がするので、目が覚めました。
目を開けてみましたが、本堂は真っ暗で、鼻を抓まれても解らぬ程でした。
で、こんな暗がりの中で、木魚を叩いたり、念仏を唱えたりするのは、一体誰だろうかと、訝しく思いました。
所がその音は、始めは直ぐ近くの様に思えたが、どうもはっきりしない様でもあるので、これは自分の思い違いだろう。
――住職が帰って来て、寺の何処かでお勤めをしているのだろうと、私は努めてそう考えました。
こうして、木魚の音も念仏の声も聞き流しながら、また寝込んでしまい、朝まで眠りました。
それから夜が明けて、顔を洗い、着物を整えると、直ぐ年取った尼さんの所へ行って、会いました。
親切に泊めて貰ったお礼を述べてから、私は思い切って尋ねてみました。
『和尚さんは、昨夜お帰りになられたようですね?』
すると、尼さんは酷く不機嫌そうに、『いえ、帰られません。昨夜申し上げた通り、七日の間は帰られませんよ』と言うのです。
『こりゃ失礼しました。実は昨夜、何方か念仏を唱えて、木魚を叩いて居られたので、和尚さんがお帰りになられたかと思いました』と、私は言いました。
すると尼さんは大きな声で、『ああ、あれは和尚さんではありません。檀家の方ですよ』と言いました。
何の事だか、尼さんの言う事が、さっぱり解らんので、『何方です?』と尋ねますと、尼さんが答えて言うのには、『そりゃ、無論死んだ人ですよ。檀家の人が亡くなると、何時もそういう事が有ります。その仏が、木魚を叩き念仏を唱えに来るのです。』
……この尼さんは、もう長年、こんな事には慣れっこになっているんで、わざわざ話す程のものではない、と言った様な口振りでした。」
…寺社仏閣、病院等、人の死に立ち会う機会の多い場所で働く人は、比較的霊の存在を当り前の様に信じて居るものだと伺うが……
果たしてこれは、尼さんに担がれただけか…それとも………
貴殿はどの様にお考えになられるかな…?
それにしても今夜は随分、盛況な様だねぇ。
先刻から、実に賑やかだ…。
……え?何を言ってるんだって…?
……貴殿の耳には、この喧騒が聞えないのかい……?
まぁ、いいさ…何時もの様に、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
また1つ…明りが消えたね。
それでは御機嫌よう。
…いいかい…帰る途中で、後ろを振り返ってはいけないよ。
深夜、鏡を覗いてもいけない。
お休みなさい、気を付けて。
また次の晩に、お待ちしているからね…。
『怪談・奇談(小泉八雲 著、田代三千稔 訳、角川文庫 刊)』より