瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

異界百物語 ―第47話―

2007年08月28日 19時36分19秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
学生さんの多くは、そろそろ夏休みが終るけど、もう宿題は済ませたかい?
9月からスパートをかける積りの、かつての自分の様な人も居るだろうが…より清々しく2学期を迎えられるよう、今の内に頑張られる事をお勧めしたいね。

さて、今夜の話も、妖精についてだ。

とは言え…今迄の妖精譚を聞いていて、思っていたイメージと随分違うと驚かれた人も居るに違いない。
本来向うで言う妖精とは、日本で言う所の『妖怪』に近い。
蝶の様に羽の生えた美しい小人の姿をしていると云うのは、後年シェークスピアの作品等に影響を受けて広がったイメージだ。

妖精の起源は、キリスト教伝来時に異端とされ、堕とされた土地神だとの説が有る。
更に、その土地で亡くなった死者の霊だとの説も有る。


日本には『ザシキワラシ』と呼ばれる、屋敷を守る妖怪が居るが、西洋にも同様の妖精が居る。

ドイツでは屋敷に憑く妖精を『コーボルト』と呼ぶ。
この精はあらゆる家事を片付けてくれる。
厩で水を運んだり、馬の背を擦ったり、家畜の糞尿を片付けたり。
薪を割ったり、麦酒を汲んで来たり、その他何でもやってのける。
家精が憑いて居る家では家畜が増え、諸事万端目出度く運ぶ。

コーボルトは、家に居付こうとする時、必ずその前に試験をする。
夜間に鋸屑を、その家の中へ掃き入れたり、牛乳の壺に様々な家畜の糞を投げ入れたりする。
そうされた時は、家主が良く注意して、鋸屑が散らばらない様にし、糞が入ったままの乳壺から家族皆が飲む様にすると、コーボルトはその家に居付く事を決め、家の住人が1人でも存命して居る限り、そこを離れない。

料理番の女がコーボルトの助けを借りる為には、毎日決った時刻に、家の中の決った場所へ、美味しい料理を盛った皿を置き、直ちにその場を去らねばならない。
この約束を実行し続ける限り、女は怠けて居られ、夜は早く床に就ける。
朝起きると、女の為すべき仕事は、きちんと済まされているからだ。
もし彼等に食事を宛がうのを1度でも忘れたら、以後は再び自分だけで仕事を片付けねばならなくなる。
それ所か、途端に手が不器用になって、熱湯に突っ込んで火傷をしたり、皿や鉢を割ったり、料理を零したりといった事が度重なり、挙句の果ては主人に油を絞られる破目になるだろう。
そんな光景をコーボルトは大層愉快がり、くすくす笑いを何処からともなく漏らして聞かせるのだとか。

女中が入替わっても、コーボルトはずっと居続ける。
だから出て行く女中は、新入りにコーボルトの面倒を良く見るように、伝えておかなければならない。
もし新入りが嫌がったり怠けたりしたら、入った家では何をしても上手く行かず、結局直ぐに出て行く事になるだろう。

逆に、仕事をてきぱきと片付ける女中を見ると、周囲は「あの娘には、コーボルトが憑いている」と言ったりした。

コーボルトの大きさは人間の子供並で、派手な色模様の上着を着ていると伝えられている。
そういった形から、『クルト・ムーゲン』、『ハインツヘン』等…即ち『小僧さん』とも呼ばれている。
更に或る人が言うには、殺された時に使われた凶器を付けたままの、世にも恐ろしい格好をした物も居るとか。
その人の考えでは、コーボルトとは昔、「その家で殺された人間の霊魂」だという事らしい。



…説明が長くて済まないが…こっからがメイン話だ。


或る屋敷での事――


1人の女中がコーボルトと仲良くなり、その姿を見たくて堪らなくなって、「どうか姿を見せて欲しい」と、しつこく頼んだ。

コーボルトは遂に折れて、或る日「何処そこへ来れば姿をお見せしよう。…ただ冷や水をバケツ1杯持って来る事を、くれぐれも忘れぬように」と答えた。


言われた通りにして女中が行って見ると――コーボルトは床に敷いた座布団の上に裸で伏していて、背中には大きな肉切り包丁が突き立っていた。


これを見た女中は、驚愕と恐怖のあまり、泡を食って倒れてしまった。

コーボルトは女中が気を失うと直ぐに飛び起きて、バケツに用意された冷水を彼女の顔に浴びせ掛けて、意識を覚まさせた。


――以来、この女中は、2度とコーボルトの姿を見たいとは、言わなくなったそうだ。



…この話は『グリム童話』の作者、ヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリムが著した、『グリム・ドイツ伝説集』の中に載っていたものだ。
グリム兄弟はドイツに残る伝説を、約10年かけて蒐集し、本にして纏めた。
童話と違い、有りの侭伝えようと言うコンセプトなので、起承転結に欠けるものばかりだが、後年創作の素材に使われたと思しき説話が、かなり多く収録されている。

それにしても…もしコーボルトの正体が、家で殺された者の霊魂だとしたら…昔ドイツのお屋敷では、人殺しがポピュラーだったと考えられやしないかと…そっちの方が恐い話だ。


今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。
夜道の途中で後ろは振返らないように。
深夜に鏡を覗いてもいけないよ。

そうそう、今丁度フジで怪奇番組をやっているね。
最近は芸能人お祓い云々等余計な企画が多いが…再現フィルムに毎回1本位は恐い物が有り、自分は気に入っているのだよ。
オカルト好きな人には観賞を勧めたいね。

では御機嫌よう。
また次の晩を楽しみにしているよ…。



『グリム・ドイツ伝説集(ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム 著、桜沢正勝、鍛冶哲郎 訳、人文書院 刊)』より。
コメント
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