やあ、いらっしゃい。
8/7~毎晩催して来た怪奇の宴も、今夜でお終い。
続きは来年…同じく8/7より始めたいと考えている。
今夜お話しするのは、自分がグリム童話で、最も気に入ってるものだ。
長い話だが、よければ最後まで聞いて貰いたい。
或る父親に息子が2人居りました。
兄の方は利口で抜け目が無くて、どんな事でも上手くこなしました。
所が弟の方は愚かで何も解らず、何も習い覚える事が出来ませんでした。
だから何かにつけ用事は、兄がやるように決っていました。
人々は弟を見る度に、「この子の事で、親父は何れ苦労するだろう」と噂し合いました。
そんな弟には、1つだけ気に懸かる事が有りました。
父親が兄に使いを頼む折…日が暮れてから、或いは夜中になってからの場合、こと通り道に墓地や気味の悪い場所が在る時等、兄は決って「とんでもない、お父さん、俺は行かないよ。ぞっとするもの」と断るのです。
また、晩に皆が火を囲んで物語を話している内、身の毛もよだつ様な話になると、聞いている人達は必ず「ああ、ぞっとする」と言うのです。
隅の方に座って、その声を耳にする度、弟は何時も不思議に思っていました。
『皆は何時も、ぞっとする、ぞっとする、と言うけれど、俺はちっともぞっとしない。
どうやら、ぞっとする、というのは、俺には解らない、秘密の技らしいぞ。』
或る時父親は、弟のあまりの不出来さに業を煮やし、こんこんと説教しました。
「そこの隅っこに居るの、よく聞けよ。
お前も大きくなって、力が付いて来たのだから、自分で食って行く為に、何かを習わなくてはいけないぞ。
見ろ、お前の兄貴は、しっかりやっているだろ。
なのに、お前ときたら…どうしようもないな。」
それを聞いた弟は、こう返事をしました。
「その事だけどね、お父さん。
僕は出来るのなら、ぞっとする事を習いたいと思ってるんだ。
何の事だか、さっぱり解らないんだもの。」
隣で話を聞いていた兄は、腹の中で嘲笑いました。
『あいつ、正真正銘の大馬鹿だ。
きっと一生かかっても碌な者にはなるまい。
三つ子の魂百までと言うからな。』
父親は溜息を吐き、諦め顔で言いました。
「…勝手に習うがいいや。
だけど、そんな事習ったって、ちっとも食っちゃ行けないぞ。」
暫くして教会の下働きが、この家を訪ねて来ました。
父親はこの人に、下の息子は何をやらせてもからきし駄目で、何も解らず、何も覚えない、と愚痴を零しました。
「ほとほと困っているんですよ…。
私があいつに、『どうやって食って行く積りだ』と訊いたら、『ぞっとする事を習いたい』なんて言い出す始末ですから。」
それを聞いて、教会の下働きは答えました。
「それくらいなら、俺の所で習えるさ。
よかったらその息子、俺に預けてくれないか?
充分に教え込んでやるから。」
父親は、「あいつもちっとはましになるかも」と考え、下働きの元へ息子をやる事に決めました。
教会へ連れて来られた若者は、鐘を鳴らす役目を与えられました。
2、3日経って――下働きは真夜中に若者を起すと、今から教会の塔に登り、鐘を鳴らして来い、と言い付けました。
それから、ぞっとするというのはどういう事か、自分が脅かしてよく教え込んでやろうと考え、先回りをしたのです。
若者が塔の上に着いて、鐘の引き綱を掴もうとした時です。
鐘楼に繋がる階段の上に、何か白い物が立って居るのが目に入りました。
「そこに居るのは誰だ!?」
不審を感じた若者が怒鳴るも、その白い物は無言のまま、ぴくりとも動きませんでした。
再び若者が怒鳴ります。
「おい、返事をしろよ!!
こんな夜中に、こんな所へ、一体何の用なんだ!?
用が無いなら、さっさと行ってしまえ!!」
それでも白い物は、じっと立ったままで居ます。
実はその正体は下働きで、若者を恐がらせようと白い布を被り、幽霊の真似をして居たのでした。
しかしそんな事に気付かない若者は、本気になって怒り、三度怒鳴りました。
「おい、貴様が真っ当な人間なら、何とか言え!!
さもないと、階段から突落すぞ!!」
それでも下働きは、威勢が良いのは口だけだろうと考え、石の様に黙して突っ立って居ました。
三度無視された若者は、全く躊躇せず勢い良く体当たりし、幽霊を階段から突落しました。
可哀想に幽霊は、階段を10段程転がり落ちて、隅の方でのびてしまいました。
その後若者は鐘を鳴らして家へ帰ると、ベッドへ戻り、寝直したのでした。
下働きのおかみさんは、夜中出たまま戻って来ない旦那を、夜中ずっと待っていました。
とうとう心配になり、寝ている若者を起すと、行方を知らないか尋ねました。
「ウチの旦那が何処へ行ってしまったのか、知らないかい?
あんたより先に、塔へ登って行った筈なんだけど…」
若者は寝惚け眼で「知りませんね」と返事した後…ちょっと考えてから、こう答えました。
「…そういえば鐘の前の階段に、誰か立って居たっけ。
声をかけても返事をしないし、出て行こうともしないから、てっきり悪い奴だと思って突落してしまいました。
あれがもしも旦那さんだとしたら…済まない事をしました。」
話を聞いたおかみさんが、慌てて駆け付けて見ると、それは確かに旦那でした。
突落された旦那は、隅の方に転がり、折れた1本の足を抱えて、うんうん唸っていました。
おかみさんは大声で泣き喚きながら旦那を運び下ろし、若者の父親の所へ駆け込むと、カンカンに怒って言いました。
「あんたの所の若造ときたら、とんでもない事を仕出かしてくれたよ!!
ウチの旦那を階段から突落して、足を1本折ってくれたのさ!!
あんなろくでなしは、さっさと引取っておくれ!!」
父親はびっくり仰天して駆け付けると、若者を叱り飛ばしました。
「お前は何て罰当たりな事をしてくれたんだ!!
正気の沙汰とは思えん、悪魔にでも吹き込まれたんだろう!!」
「お父さん、聞いておくれよ。
僕はちっとも悪くないんだ。
夜中にあの人が不審な格好して立って居たから、てっきり悪い事を働きに来た奴だと思って、突落してやったんだ。
その前に、返事をするか、出て行くかしろって、3度も注意したんだぜ。」
息子の言い分を聞き、父親は溜息吐いて返しました。
「やれやれ、お前にゃ、恥を掻かされるばかりだ。
お前の面なんか金輪際見たくねえ…俺の前から消えて無くなれ!」
「いいよ、お父さん。
でも夜が明けるまで待って下さい。
そしたら良い機会だから、ぞっとする事を習いに出掛けます。
その技を覚えたら、自分で食って行く事も出来るでしょう。」
「好きな事を習うがいいや!
…お前の事なぞ、もう知らん!
そら、50ターラーやるから、これを持って彼方までも行っちまえ!
言っとくが、外に出たらお前の生まれが何処で、父親は誰かという事は、人に話すんじゃないぞ!
俺が恥掻いちまうからな!」
「解った、お父さんの言う通りにするよ。
それぐらいなら、気を付けてられるだろうしね。」
そんな訳で夜が明けると、若者は貰った50ターラーの金を懐に入れて、大きな街道へ出て行きました。
そして道を歩いてる間中、引っ切り無しに独り言を呟いて居ました
「ぞっとしたいものだなあ。
ぞっとしたいものだなあ。」
そこへ男が1人追い付いて来て、若者の呟きを耳に入れました。
暫く一緒に歩いて居た2人の前に、7人分の死体がぶら下がった絞首台が見えて来ました。
男がそこで、若者に言いました。
「御覧、あそこに木が在るだろ?
あそこで7人の男が、綱屋の娘と結婚式を挙げたんだ。
今は飛び方を習っている所さ。
あの下に座って、夜になるまで待って居ろよ。
そしたらきっと、ぞっとする事が習えるから。」
これを聞いた若者は、喜んで返事をしました。
「そんな簡単な手段で、ぞっとする事が習えるのかい!?
もしも習えるのなら、俺の持っている50ターラーを、お礼にあんたにあげようじゃないか!
だから明日の朝、俺の所へまた来てくれよ!」
若者は絞首台の所へ行くと、その下に腰を下ろして、日が暮れるのを待ちました。
真夜中になると冷たい風が吹き荒び、体が凍える程の寒さを感じました。
それで火を熾したのですが、当って居ても中々温まりませんでした。
上にぶら下がって居る男達が、風に吹かれてぶつかり合い、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして居ます。
それを見た若者は、火の傍に居る自分がこんなに寒いのだから、上に居る奴等はさぞかし寒かろう…それでじっとして居られないんだなと思いました。
若者は情け深い性質だったので、近くに架けて在った梯子を上ると、順番に綱を解き、7人共降ろしてやりました。
それから火を掻き立て、ぷうぷう吹くと、皆を火の周りに座らせ、体が温まるようにしてやります。
その内、火が男達の着ている物に燃え移りました。
それを見た若者は、男達に注意しました。
「気を付けろよ!
さもないとまた上に吊るすぞ!」
所が死人達は耳を貸さず、黙って自分達のぼろ服を燃えるに任せています。
若者はその様に腹を立てて、叫びました。
「お前達が自分で気を付けないんなら、俺は手を貸してやらないぞ!
お前達と一緒に焼け死ぬ気は無いからな!」
そしてまた、皆を順番に上へ吊るしました。
それから熾した火の傍に戻ると、気にも懸けず寝てしまいました。
次の朝、話を持掛けた男が、約束通り訪ねて来ました。
「どうだい、ぞっとするのはどういう事か、解ったろう?」
しかし若者は、口を尖らして、男に答えました。
「とんでもない、ちっとも解りゃしなかったよ!
上にぶら下がってる奴等は、ちっとも口を利かないし、おまけに馬鹿で、着ているぼろが焼けても知らん顔だ!」
男はこれを聞くと、ほとほと呆れて、「こんな奴には、未だかつてお目に掛かった事が無い」と呟きつつ、立ち去りました。
若者もまた、何処を目指すでも無しに、道を歩き出しました。
そうしてまた、何時もの独り言を呟くのでした。
「ああ、ぞっとしたいものだなあ。
ああ、ぞっとしたいものだなあ。」
若者の後ろに付いて歩いていた荷馬車引きが、呟きを耳にして、「あんたは誰だね?」と訪ねて来ました。
若者は「知らないよ」と素っ気無く返しました。
荷馬車引きがまた、「あんたは何処の生れだね?」と訪ねて来ました。
「知らないよ。」
「あんたの親父さんは誰だね?」
「それは言う訳にはいかないんだ。」
「あんたは何をしょっちゅう口の中でもぐもぐ言って居るんだね?」
その事なら喋れると、若者は答えました。
「俺はぞっとしたい、と思っているんだけど、教えてくれる人が誰も居ないんだ。」
これを聞くと荷馬車引きは、呆れて言いました。
「くだらない事を考えるのは止しな。
なんなら俺と一緒に来いよ。
泊る所を探してやろう。」
若者は荷馬車引きと一緒に行く事にしました。
日が暮れる頃、2人は1軒の宿屋に着きました。
皆が飲み食いして居る場へ入った時、若者はまた大声で言いました。
「ぞっとしたいものだなあ。
ぞっとしたいものだなあ。」
それを聞いた宿屋の亭主は、笑いながら言いました。
「そんな望みなら、この国できっと叶えられるだろうよ!」
亭主の言葉を聞いて、側に居たおかみさんが、慌てて口を挟みます。
「お止しよ、お城の事を話すのは!
向う見ずの連中が、もう何人も命を落としてるんだよ!
…こんなに若くて綺麗な目をした人が、2度とお日様を拝めなくなったら、可哀想だろう!」
しかし若者は、引き止めるおかみさんに向い、きっぱりと答えました。
「どんなに難しくても、何とかそれを習いたいと思っているんです。
その為に旅立ったのですから。」
そうして若者に煩くせがまれた亭主は、とうとう話を打明けました。
「此処からそう遠くない所に、魔法をかけられた城が在る。
そこで3晩寝ずの番をすれば、ぞっとするのはどういう事か、きっと習えるだろう。
王様は、それを遣り遂げた者に、自分の娘を妻として与えると約束している。
その姫は、お日様が照らす世の中で、1番綺麗な人だと評判の方だ。
城の中には沢山の宝が隠されていて、魔物達がそれを見張って居るらしい。
その魔物をやっつけられれば、きっと大金持ちになれるだろうとの噂だ。
とは言え、これまで大勢の人が城の中へ入って行ったけど、無事出て来れたのは、未だ1人も居ないのだとか…」
話を聞いた若者は、次の朝、城から出て仮住まいをしている王様の前に出ると、城中の番を引受ける事を申し出ました。
王様は命知らずな若者に対し、約束事を告げました。
「城に入る者には、3つの品物を持ち込む事を、許可しておる。
命の無い物であれば、何なりと申し付けるがよい。」
そこで若者は、火とろくろの台と、刃物が付いた木工用の台を願い出ました。
王様は、日の有る内に残らずそれらを、城へ運ばせました。
【後編に続】
8/7~毎晩催して来た怪奇の宴も、今夜でお終い。
続きは来年…同じく8/7より始めたいと考えている。
今夜お話しするのは、自分がグリム童話で、最も気に入ってるものだ。
長い話だが、よければ最後まで聞いて貰いたい。
或る父親に息子が2人居りました。
兄の方は利口で抜け目が無くて、どんな事でも上手くこなしました。
所が弟の方は愚かで何も解らず、何も習い覚える事が出来ませんでした。
だから何かにつけ用事は、兄がやるように決っていました。
人々は弟を見る度に、「この子の事で、親父は何れ苦労するだろう」と噂し合いました。
そんな弟には、1つだけ気に懸かる事が有りました。
父親が兄に使いを頼む折…日が暮れてから、或いは夜中になってからの場合、こと通り道に墓地や気味の悪い場所が在る時等、兄は決って「とんでもない、お父さん、俺は行かないよ。ぞっとするもの」と断るのです。
また、晩に皆が火を囲んで物語を話している内、身の毛もよだつ様な話になると、聞いている人達は必ず「ああ、ぞっとする」と言うのです。
隅の方に座って、その声を耳にする度、弟は何時も不思議に思っていました。
『皆は何時も、ぞっとする、ぞっとする、と言うけれど、俺はちっともぞっとしない。
どうやら、ぞっとする、というのは、俺には解らない、秘密の技らしいぞ。』
或る時父親は、弟のあまりの不出来さに業を煮やし、こんこんと説教しました。
「そこの隅っこに居るの、よく聞けよ。
お前も大きくなって、力が付いて来たのだから、自分で食って行く為に、何かを習わなくてはいけないぞ。
見ろ、お前の兄貴は、しっかりやっているだろ。
なのに、お前ときたら…どうしようもないな。」
それを聞いた弟は、こう返事をしました。
「その事だけどね、お父さん。
僕は出来るのなら、ぞっとする事を習いたいと思ってるんだ。
何の事だか、さっぱり解らないんだもの。」
隣で話を聞いていた兄は、腹の中で嘲笑いました。
『あいつ、正真正銘の大馬鹿だ。
きっと一生かかっても碌な者にはなるまい。
三つ子の魂百までと言うからな。』
父親は溜息を吐き、諦め顔で言いました。
「…勝手に習うがいいや。
だけど、そんな事習ったって、ちっとも食っちゃ行けないぞ。」
暫くして教会の下働きが、この家を訪ねて来ました。
父親はこの人に、下の息子は何をやらせてもからきし駄目で、何も解らず、何も覚えない、と愚痴を零しました。
「ほとほと困っているんですよ…。
私があいつに、『どうやって食って行く積りだ』と訊いたら、『ぞっとする事を習いたい』なんて言い出す始末ですから。」
それを聞いて、教会の下働きは答えました。
「それくらいなら、俺の所で習えるさ。
よかったらその息子、俺に預けてくれないか?
充分に教え込んでやるから。」
父親は、「あいつもちっとはましになるかも」と考え、下働きの元へ息子をやる事に決めました。
教会へ連れて来られた若者は、鐘を鳴らす役目を与えられました。
2、3日経って――下働きは真夜中に若者を起すと、今から教会の塔に登り、鐘を鳴らして来い、と言い付けました。
それから、ぞっとするというのはどういう事か、自分が脅かしてよく教え込んでやろうと考え、先回りをしたのです。
若者が塔の上に着いて、鐘の引き綱を掴もうとした時です。
鐘楼に繋がる階段の上に、何か白い物が立って居るのが目に入りました。
「そこに居るのは誰だ!?」
不審を感じた若者が怒鳴るも、その白い物は無言のまま、ぴくりとも動きませんでした。
再び若者が怒鳴ります。
「おい、返事をしろよ!!
こんな夜中に、こんな所へ、一体何の用なんだ!?
用が無いなら、さっさと行ってしまえ!!」
それでも白い物は、じっと立ったままで居ます。
実はその正体は下働きで、若者を恐がらせようと白い布を被り、幽霊の真似をして居たのでした。
しかしそんな事に気付かない若者は、本気になって怒り、三度怒鳴りました。
「おい、貴様が真っ当な人間なら、何とか言え!!
さもないと、階段から突落すぞ!!」
それでも下働きは、威勢が良いのは口だけだろうと考え、石の様に黙して突っ立って居ました。
三度無視された若者は、全く躊躇せず勢い良く体当たりし、幽霊を階段から突落しました。
可哀想に幽霊は、階段を10段程転がり落ちて、隅の方でのびてしまいました。
その後若者は鐘を鳴らして家へ帰ると、ベッドへ戻り、寝直したのでした。
下働きのおかみさんは、夜中出たまま戻って来ない旦那を、夜中ずっと待っていました。
とうとう心配になり、寝ている若者を起すと、行方を知らないか尋ねました。
「ウチの旦那が何処へ行ってしまったのか、知らないかい?
あんたより先に、塔へ登って行った筈なんだけど…」
若者は寝惚け眼で「知りませんね」と返事した後…ちょっと考えてから、こう答えました。
「…そういえば鐘の前の階段に、誰か立って居たっけ。
声をかけても返事をしないし、出て行こうともしないから、てっきり悪い奴だと思って突落してしまいました。
あれがもしも旦那さんだとしたら…済まない事をしました。」
話を聞いたおかみさんが、慌てて駆け付けて見ると、それは確かに旦那でした。
突落された旦那は、隅の方に転がり、折れた1本の足を抱えて、うんうん唸っていました。
おかみさんは大声で泣き喚きながら旦那を運び下ろし、若者の父親の所へ駆け込むと、カンカンに怒って言いました。
「あんたの所の若造ときたら、とんでもない事を仕出かしてくれたよ!!
ウチの旦那を階段から突落して、足を1本折ってくれたのさ!!
あんなろくでなしは、さっさと引取っておくれ!!」
父親はびっくり仰天して駆け付けると、若者を叱り飛ばしました。
「お前は何て罰当たりな事をしてくれたんだ!!
正気の沙汰とは思えん、悪魔にでも吹き込まれたんだろう!!」
「お父さん、聞いておくれよ。
僕はちっとも悪くないんだ。
夜中にあの人が不審な格好して立って居たから、てっきり悪い事を働きに来た奴だと思って、突落してやったんだ。
その前に、返事をするか、出て行くかしろって、3度も注意したんだぜ。」
息子の言い分を聞き、父親は溜息吐いて返しました。
「やれやれ、お前にゃ、恥を掻かされるばかりだ。
お前の面なんか金輪際見たくねえ…俺の前から消えて無くなれ!」
「いいよ、お父さん。
でも夜が明けるまで待って下さい。
そしたら良い機会だから、ぞっとする事を習いに出掛けます。
その技を覚えたら、自分で食って行く事も出来るでしょう。」
「好きな事を習うがいいや!
…お前の事なぞ、もう知らん!
そら、50ターラーやるから、これを持って彼方までも行っちまえ!
言っとくが、外に出たらお前の生まれが何処で、父親は誰かという事は、人に話すんじゃないぞ!
俺が恥掻いちまうからな!」
「解った、お父さんの言う通りにするよ。
それぐらいなら、気を付けてられるだろうしね。」
そんな訳で夜が明けると、若者は貰った50ターラーの金を懐に入れて、大きな街道へ出て行きました。
そして道を歩いてる間中、引っ切り無しに独り言を呟いて居ました
「ぞっとしたいものだなあ。
ぞっとしたいものだなあ。」
そこへ男が1人追い付いて来て、若者の呟きを耳に入れました。
暫く一緒に歩いて居た2人の前に、7人分の死体がぶら下がった絞首台が見えて来ました。
男がそこで、若者に言いました。
「御覧、あそこに木が在るだろ?
あそこで7人の男が、綱屋の娘と結婚式を挙げたんだ。
今は飛び方を習っている所さ。
あの下に座って、夜になるまで待って居ろよ。
そしたらきっと、ぞっとする事が習えるから。」
これを聞いた若者は、喜んで返事をしました。
「そんな簡単な手段で、ぞっとする事が習えるのかい!?
もしも習えるのなら、俺の持っている50ターラーを、お礼にあんたにあげようじゃないか!
だから明日の朝、俺の所へまた来てくれよ!」
若者は絞首台の所へ行くと、その下に腰を下ろして、日が暮れるのを待ちました。
真夜中になると冷たい風が吹き荒び、体が凍える程の寒さを感じました。
それで火を熾したのですが、当って居ても中々温まりませんでした。
上にぶら下がって居る男達が、風に吹かれてぶつかり合い、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして居ます。
それを見た若者は、火の傍に居る自分がこんなに寒いのだから、上に居る奴等はさぞかし寒かろう…それでじっとして居られないんだなと思いました。
若者は情け深い性質だったので、近くに架けて在った梯子を上ると、順番に綱を解き、7人共降ろしてやりました。
それから火を掻き立て、ぷうぷう吹くと、皆を火の周りに座らせ、体が温まるようにしてやります。
その内、火が男達の着ている物に燃え移りました。
それを見た若者は、男達に注意しました。
「気を付けろよ!
さもないとまた上に吊るすぞ!」
所が死人達は耳を貸さず、黙って自分達のぼろ服を燃えるに任せています。
若者はその様に腹を立てて、叫びました。
「お前達が自分で気を付けないんなら、俺は手を貸してやらないぞ!
お前達と一緒に焼け死ぬ気は無いからな!」
そしてまた、皆を順番に上へ吊るしました。
それから熾した火の傍に戻ると、気にも懸けず寝てしまいました。
次の朝、話を持掛けた男が、約束通り訪ねて来ました。
「どうだい、ぞっとするのはどういう事か、解ったろう?」
しかし若者は、口を尖らして、男に答えました。
「とんでもない、ちっとも解りゃしなかったよ!
上にぶら下がってる奴等は、ちっとも口を利かないし、おまけに馬鹿で、着ているぼろが焼けても知らん顔だ!」
男はこれを聞くと、ほとほと呆れて、「こんな奴には、未だかつてお目に掛かった事が無い」と呟きつつ、立ち去りました。
若者もまた、何処を目指すでも無しに、道を歩き出しました。
そうしてまた、何時もの独り言を呟くのでした。
「ああ、ぞっとしたいものだなあ。
ああ、ぞっとしたいものだなあ。」
若者の後ろに付いて歩いていた荷馬車引きが、呟きを耳にして、「あんたは誰だね?」と訪ねて来ました。
若者は「知らないよ」と素っ気無く返しました。
荷馬車引きがまた、「あんたは何処の生れだね?」と訪ねて来ました。
「知らないよ。」
「あんたの親父さんは誰だね?」
「それは言う訳にはいかないんだ。」
「あんたは何をしょっちゅう口の中でもぐもぐ言って居るんだね?」
その事なら喋れると、若者は答えました。
「俺はぞっとしたい、と思っているんだけど、教えてくれる人が誰も居ないんだ。」
これを聞くと荷馬車引きは、呆れて言いました。
「くだらない事を考えるのは止しな。
なんなら俺と一緒に来いよ。
泊る所を探してやろう。」
若者は荷馬車引きと一緒に行く事にしました。
日が暮れる頃、2人は1軒の宿屋に着きました。
皆が飲み食いして居る場へ入った時、若者はまた大声で言いました。
「ぞっとしたいものだなあ。
ぞっとしたいものだなあ。」
それを聞いた宿屋の亭主は、笑いながら言いました。
「そんな望みなら、この国できっと叶えられるだろうよ!」
亭主の言葉を聞いて、側に居たおかみさんが、慌てて口を挟みます。
「お止しよ、お城の事を話すのは!
向う見ずの連中が、もう何人も命を落としてるんだよ!
…こんなに若くて綺麗な目をした人が、2度とお日様を拝めなくなったら、可哀想だろう!」
しかし若者は、引き止めるおかみさんに向い、きっぱりと答えました。
「どんなに難しくても、何とかそれを習いたいと思っているんです。
その為に旅立ったのですから。」
そうして若者に煩くせがまれた亭主は、とうとう話を打明けました。
「此処からそう遠くない所に、魔法をかけられた城が在る。
そこで3晩寝ずの番をすれば、ぞっとするのはどういう事か、きっと習えるだろう。
王様は、それを遣り遂げた者に、自分の娘を妻として与えると約束している。
その姫は、お日様が照らす世の中で、1番綺麗な人だと評判の方だ。
城の中には沢山の宝が隠されていて、魔物達がそれを見張って居るらしい。
その魔物をやっつけられれば、きっと大金持ちになれるだろうとの噂だ。
とは言え、これまで大勢の人が城の中へ入って行ったけど、無事出て来れたのは、未だ1人も居ないのだとか…」
話を聞いた若者は、次の朝、城から出て仮住まいをしている王様の前に出ると、城中の番を引受ける事を申し出ました。
王様は命知らずな若者に対し、約束事を告げました。
「城に入る者には、3つの品物を持ち込む事を、許可しておる。
命の無い物であれば、何なりと申し付けるがよい。」
そこで若者は、火とろくろの台と、刃物が付いた木工用の台を願い出ました。
王様は、日の有る内に残らずそれらを、城へ運ばせました。
【後編に続】