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瀬戸際の暇人

今年も休みがちな予定(汗)

異界百物語 ―第42話―

2007年08月23日 22時17分29秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
関東地方では久し振りに雨が降って、少しだけ気温が下がった様だが…何時までも残暑が厳しくて嫌になるね。
しかし秋は直ぐそこ…夏バテしている人は、後少しの辛抱だ。
小まめに水分を補給して、もう一頑張りしようじゃないか。

…前置きはこれくらいにして。
今夜はイギリス、ヘブリディーズ諸島の内の、ルイス島に伝わる話をしよう。



或るおかみさんの所には、何時も『平和の女』と呼ばれる妖精が、鍋を借りに来ていた。
その度におかみさんは、「お礼に、スープを取る為の骨を入れて、返しておくれ」と言って、渡すのが習いだった。

しかし或る日の事だ。

その日おかみさんは用事が有って、家では旦那が留守を守っていた。
そして何時もの如く妖精の女が鍋を借りに来たのだが…応対に慣れていなかった為、決められた条件を口に出して言わないまま、鍋を貸してしまった。

家に帰ったおかみさんは、旦那の口からそれを聞き、慌てて妖精の住処まで、鍋を取り返しに行った。

もしも取り返しに行かなければ、鍋は永遠に失われていただろう。

妖精の住処に入ったおかみさんは、口をしっかり閉じて台所に向った。

昔から妖精を相手にする時は、「口を閉じて1言も漏らさず黙っていろ」と伝えられていたからだ。

台所には誰も居らず…赤々と燃える暖炉には、おかみさんの家から持ってった鍋がかかっていた。

素早くそれを手にして出て行こうとした時、何処からか妖精のヒソヒソ声が聞えて来た。


「だんまり女房、だんまり女房が、
 追跡の国から追い駆けて来る。
 妖精の住処の上に居る男よ。
 黒いヤツを放せ、獰猛なヤツを放せ。」


その途端、背後から真っ黒な恐ろしい犬が、何匹も襲って来た。

おかみさんは脇目も振らず、必死で逃げた。

犬は恐ろしい唸り声を上げながら、何処までも何処までも追って来る。
おかみさんはそれはもう、心臓が爆発しそうなくらい、死に物狂いで駆けて逃げた。

後少しで追い付かれそうになった所で、漸く家に帰り着き、おかみさんは難を逃れたのだと云う。



…妖精というのは、現代では人間と異なる世界に居ると定義されている。
それだから滅多にお目にかかれない種族なのだと。
しかしこの様な伝説を見る限り、昔はずっと近しい存在だったらしい。
鍋を頻繁に借りに来るとは、まるで人間同士の近所付合いだ。
しかしやはり種族の違いからか、根底では相容れられず、胡散臭い。
同時に向うでも人間に対し、胡散臭い気持ちで見ている所が面白く。
こんな恐ろしい目に遭い、その後おかみさんは付合いを続けたのか否かが、非常に気になる所だ…。


…短いが、今夜の話は、これでお終い。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。

……有難う。

それでは、帰り道くれぐれも気を付けて。
決して後ろを振返らないように。
深夜、鏡を覗いてもいけないよ。

では、御機嫌よう。
また次の晩に会えるのを、楽しみにしているよ…。



『イギリスの妖精――フォークロアと文学――キャサリン・ブリッグズ著、石井美樹子、山内玲子 訳、筑摩書房 刊』より。
コメント
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