千の天使がバスケットボールする

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“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~

2010-09-19 15:57:54 | Nonsense
ダンカン・ジョーンズの映画『月に囚われた男』は、地球に必要なエネルギー源を採掘するためにたった一人派遣させられた男、サムの物語である。3年の契約期間の任期が修了する2週間前、事故に遭遇したサムは自分しかいないはずの月で、もう一人の男に出会う。自分と全く同じ体格と同じ顔をした男サムに・・・。もう一人のサムはクローン人間。それでは、自分はいったい誰なのか。。。

毎度、映画でクローン人間を観るといつも違和感を感じるのは、或る日、突然、自分と同じ顔をした同じ年齢の、しかも記憶まで共有するクローン人間に遭遇することは、それこそタイムマシン制作クラスの、どんなに科学が進歩しても殆ど不可能な発明の成功以外にありえない。クローン人間とは、自分の一卵双生児なのだから、忽然と成人した人間をつくれるわけがないのである。もっとも『月の囚われた男』を派遣したルナ産業が、生まれたばかりのサムの頭髪から、ips細胞をつくってクローン人間を何体も密かに育成していたとしたら別なのだが。

そう、ips細胞だったら自分のコピーを何体も作れるばかりか、同性愛者のカップルとの間にこどもが誕生することもありえる。そんな近未来のSF小説を見るかのようだったのが、NHKスペシャル「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」だった。2006年、新聞の二面の片隅に掲載された山中伸弥教授のips細胞樹立の小さなニュースを見つけ時のインパクトを今でもはっきりと覚えている。「サイエンス」のような論文誌に掲載される発見が報道される中でも、これはあきらかに別格。「これが本当だったら、このセンセイ、ノーベル賞だな」とたまげたのだった。山中教授の写真が掲載されるには、まだ数日待たなければならなかったのだが、あれから4年、次々と世界的な賞を受賞した山中教授の論文と彼が生んだips細胞は世界中で利用されている。

さすがにNHKスペシャル、立花隆さんと国谷裕子キャスターという強力な聞き手を用意して、超多忙な山中教授をつかまえて5時間ものロングインタビューを行った。これはわかりやすく本にしてもよいのではないか、というくらい内容の濃い番組だった。山中教授がips細胞によってめざしているのは、「再生医療」と「創薬」である。人間の体は、200種類以上の60超個の細胞でできている。病気や怪我で損なわれた細胞を健康で元気な細胞を移植することによって復活する可能性がある。その基となるのがips細胞なのだが、番組では現実にips細胞からの治療を希望をもちながら待っている筋萎縮性側索硬化症の患者を紹介。ハーバード大学の研究室では、ips細胞を使って健康な神経細胞の発達に比較して、アルツハイマー患者では細胞そのものが消滅していく現象を見つけた。勿論、彼だけはなく、今や何千もの科学者がips細胞を利用して、パーキンソン病などの難病の解明や治療に役立てようと取り組んでいる。そこには、莫大な利益という報酬がぶらさがっているからだが、今回の番組ではそこにはあまりふれていなかった。

”山中ファクター”と呼ばれる4つの遺伝子を使って細胞を初期化、皮膚からとった細胞から別の臓器ができる可能性が生まれた。いみじくも立花隆さんが「不可逆の過程にヒトは生きていると思ったが、細胞が”タイムマシン”のようになる」とおっしゃたのは名言である。しかし、臓器再生も失敗すれば癌が発生し、脳に腫瘍ができて頭部が腫れた異様なマウスの画像も紹介される。そのためだろうか、山中氏の構想では、実用化にあたっては、全身に使うよりも薬を使う方法を考えているそうだ。今、一番のダーゲットは糖尿病。オーダーメイドの治療の時代がやってくるのも、そう時間がかからないかもしれない。

また慶応大学ではips細胞を使ってヒトの精子と卵子をつくる研究を学内の倫理審査委員会に申請したそうだが、米国では、男性同士のカップルがふたりの遺伝子をもつこどもの誕生に期待を寄せている。可能性としては、髪の毛だけでサムのこどもが大勢つくれる状況がやってくるかもしれない。大切なわが子を失った場合のコピーとしても?

患者にとっては福音をもたらすのips細胞だが、使い方次第では悪夢を生むのも諸刃の科学だ。当初、番組のタイトルは「パンドラの箱を開けた男」だったそうだが、確かにパンドラの箱を開けたのは山中教授だが、これでは開けてはいけないパンドラを開けてしまったというニュアンスの方が強くでてしまい、功績よりもマイナス面の方が大きくなってしまうから、それは山中教授に対して失礼ではないだろうか。
さて、番組ではなんとマウスとラットのキメラ動物も登場。一見、毛色がツートンカラーのただのねずみに見えるのだが、キメラだと説明されると妙に気持ちが悪いものである。山中氏は将来は豚を使ってヒトの内臓をつくることも考えているようだが、そこには非常に大きな倫理的な問題がある。あの国谷さんは顔をしかめて思わず首をふったのだが、立花氏は「怖いから止めましょうというと、日本はプリミティブな国になってしまう。ヒトと動物の混合について研究はやるべきだと思う。」とはっきり明言した。ヒトと動物の混合というと誤解を招きやすいが、別に豚の顔をした人間をつくるわけではない。立花さんが主張したいのは、「批判があっても、基礎研究はやらなければいけないことがものすごくある」ということだ。これには私も同感。

最後に山中教授は、再分化しても自己複製するプラナリアのように、人間にも復活する秘めたる能力があるかもしれない。そして研究者にもわかっていないことだらけで、実験や治験をありのままに受け入れた方がよいのではないだろうか。今まであきらめていたこともできるようになるのではないか、と語ってしめくった。
山中伸弥教授は、現在48歳になったばかり。いや、もう48歳なのか、と驚くくらい若々しい。番組の最後は、時間がもったいない、とエレベーターがくる前にリュックを担いで階段を早足で颯爽と一気にかけあがっていく姿が印象に残った。その姿には教授自身の研究活動が、激化する国際競争の中で世界最高をめざしてかけのぼる願いが重なってみえた。

■いろいろあったアーカイヴ
ES細胞のあらたなる研究成果
ips細胞開発の山中教授 引っ張りだこ
「ips細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」

■その後、緊急出版されたそうだ
「生命の未来を変えた男」