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「生命の未来を変えた男」NHKスペシャル取材班

2011-11-11 22:35:43 | Book
今年もノーベル賞発表の季節がやってきて静かに去っていった。残念ながら日本人の受賞者はいなかったが、最もノーベル賞に近い男、あとはノーベル賞だけと言われているのが山中伸弥氏である。昨年、NHKスペシャルでその山中さんを迎えて放映された「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」は反響が大きかったそうだが、弊ブログでもとりあげて「これはわかりやすく本にしてもよいのではないか」とつぶやいていたのだが、何と、嬉しいことにちゃんと1冊の本となって登場した!

前半は生命の未来を変えたiPS細胞、後半はiPS細胞と生命の神秘、各5章という構成になっているのだが、独立してどの章ひとつとっても平易でで読み物としてもおもしろいのである。それは、何といってもやはり山中教授の大きな人間力に負うところが大きい。

山中さんはスゥエーデン地元の新聞でも今年もノーベル医学生理学賞の最有力候補に名前があがっていたとても凄い方なのであるが、弁舌はユーモラスさに溢れ、爽やか系スポーツマンタイプ、しかも人類愛と情熱に溢れる大和男なのだ。そんな山中さんもかっては少年・山中時代の夢をかなえて整形外科の臨床医としてスタートするものの、不器用で手術も下手で”ジャマナカ”と先輩医師に罵倒され挫折した経験をもつ。それは、かなりつらい体験だったと想像される。しかし、その後、大学院に進学して自由な空気のもと、本来のチャレンジ精神が発揮されあだ名も”ヤマチュウ”に昇格。そして、当時まだ新しかったノックアウトマウスを使った研究の技術を学ぶために手紙を書き米国のグラッドストーン研究所に果敢に渡り、”シンヤ”と呼ばれて現在の世界のヤマナカへの道程を走りはじめる。臨床の現場から逃げた彼にとっては、研究の場は水にあっていたのだろう。
山中さんの業績は生命の未来を変えたくらいとてつもなく大きいのだが、成功に酔いしれることもなければそんな時間もない。何故ならば、いかにも臨床医出身者らしいのだが、研究成果を1日も早く、待っている患者さんの治療に役に立てよう、ベットサイトに届けようと今日も必死に走り続けているからだ。

iPS細胞を発表した当初、日本の研究機関や研究者をめぐる環境、投資される資金の規模の違いから、山中さんには栄誉がもたらされるだろうが、果実は欧米にとられるだろうと予測されていた。もしそうなってしまったら、日本人研究者が日本の国民の税金を使って研究して人類に貢献できる発見も、後発隊に特許をとられて治療や投薬の段階では高額特許使用料を支払う必要が生じてしまい、日本人には恩恵にあずかれないことになってしまう。そのため、猛ピッチで公的機関の京都大学を通じて、現在、特許を申請している。それも、欧米流のビジネス上の利益追求などではなく、iPS細胞を使った研究が幅広く人類に普及するようにという山中さんの願いからである。

山中さんが必死になるのも当然で、iPS細胞をめぐる各国の研究の競争の熾烈さは、まるでFIレースさながらである。2006年Cell誌の8月号にiPS細胞の開発成功の論文が掲載された。大半の研究者たちは不可能ときわめて厳しい反応を示したが、ハーバード大学なので追試によって確認できると、批判は驚きに変わった。その瞬間から猛烈なレースがはじまったのである。潤沢な資金と研究者の層も厚く知的財産権の管理体制も充実している米国も圧倒的に強いが、ウミガメ方式で国家により磐石なサポート体制もあり、異なる基準の倫理観によるハードルが低く中国も脅威となってせまってくる、まさに「激しさを増すiPS細胞WARS」というタイトルのとおりである。この競争は、はっきり言ってオリンピック競技観戦のように熱くなる。ちなみに、高校時代、柔道にうちこみ骨折は10回以上という猛者の山中さんの得意技は、一本勝ちを狙える「内股」だそうだ。

そして、若い研究者にチャンスを与えたい、開放的な研究環境を用意したい、オープンに社会に情報を発信したい、そんな願いがかなったのが、京都のCiRAでもある。山中さんの主張はしごくまっとうであり、当然である。逆に今の日本の研究環境の貧しさ、研究者の社会的地位の低さ、それ故に研究の層の薄さがうきぼりになってくる。今回は、異例のスピード早さで、潤沢な資金も投入してCiRAが設立されたのだが、そのかげで他の研究室では予算が縮小されて若い研究者が泣く泣く大学を去ったという現実もある。よい基礎研究は、よい応用研究につながるという格言があるそうだが、大局観をもって日本の将来を考えたら、あらためて日本の学術風土や医療行政の改革が必要だということもよくわかる。

映像でダイジェクトに観るインパクトには及ばないが、iPS細胞をめぐる様々な可能性や逆に発見によって深まる謎など、読み応え充分である。本書の帯には「もはや生命科学を知らなくても済む時代ではない。iPS細胞は人類の未来を”変える”可能性があるのだ」と書かれている。本書がテレビ放映だけでなく、わかりやすい一冊の本となった意味は、社会の受入体制がいまだに整備されていない状況で、本書は未来を生きる私たちへの希望に満ちたプレゼンテーションなのである。

■アーカイヴ
ES細胞のあらたなる研究成果
ips細胞開発の山中教授 引っ張りだこ
「ips細胞 ヒトはどこまで再生できるか?」
「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」


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