千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「死の泉」皆川博子著

2008-11-23 21:17:17 | Book
かあさん、かあさん、おなかがすいた
パンをちょうだい、飢え死にしそう

待っておいで、かわいい坊や
明日、パンを焼くよ

パンは焼けたけれど
子供は床にたおれ、死んでいた

マーラーの「少年の魔法の角笛」を清冽なボーイ・ソプラノで歌うのは、第二次大戦下のドイツ、「レーベンスホルン」(生命の泉)に収容されている金髪と青い虹彩、白い肌の4歳のエーリヒと10歳のフランツ。私生児を身ごもり、そのナチの施設レーベンスホルンに身をおくマルガレーテは、やがて不老不死の研究をして芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を受け入れる。ミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学でヨーゼフ・メンゲレの後輩だったクラウスの研究室に、不気味な脇腹で結合された双頭のネズミやホルマリン漬けにされた奇形児がおいてあることに不安を感じるマルガレーテ。財閥の御曹司でもあるクラウスは、芸術面にも造詣が深く、特に最後のカストラート、アレッサンドロ・モレスキの声をこよなく愛していた。美はいかなる時にあっても絶対であり、天賦の美は、最大限、最高に生かされるべきだという信念の彼は、天使の声をもつエーリヒに異常な執着心をもつようになっていく。異常な戦渦の中、愛児を無事に出産して育てるための手段だったのだが、やがてクラウスの狂人のような熱情にまきこまれていくのだった。。。

カストラート、双頭の美しい顔立ちの双子、人体実験、伝説の古城と秘密の地下道に眠るフェルメールなどの名画。漫画家の萩尾望都や山岸涼子にも通じるようなブンガク好きの女子の妖しいざわめきを挑発する小道具が豪華に並ぶ。しかも、作者はその小道具の使い方が超一流!
優生学的な人種問題、神話、ゲーテの「ファウスト」、人権上の観点から今では禁止されているカストラートなどの多くの美しくも不協和音を盛り込んだ濃厚な本書は、豪華絢爛で重厚、最終コーナでは派手な銃撃戦や格闘技まで展開し、しかも謎を残したまま最後の最後までいくつもの凝ったしかけに驚嘆させられる物語文学の最高峰とも断言できる。
こんな本があったなんて、知らなかった。こんな凄い作家がいたことを知らなかったなんて、迂闊だった。。。

恐るべし皆川博子さんなのだが、その皆川博子さんは1930年生まれ。本書を書きあげたのは、なんと67歳。写真にある穏やかで上品な雰囲気のクラシックな御婦人の面差しから想定外の円熟の匠の技にたっぷり酔わせていただく上下二段組の400ページ。誰が読んでも、これはドイツ人作家の翻訳本・・・に読めるのだが、そのいかにも翻訳したかのような言い回しの仕掛けに、文章が巧いと生意気申し上げていたら、めまいがするような結末に戦慄が走り呆然とするばかり。
かくして、嗚呼、、、私の心には、いつまでもクラウス医師の爆笑がこだましている。

ぼくらを殺した お母さん
ぼくらを食べた お父さん
ぼくらは 決して忘れない
いつか あなたの子を殺す

■カストラートを描いた傑作映画
『カストラート』