千の天使がバスケットボールする

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「ジャン・ジャック=カントロフ」ヴァイオリン・リサイタル

2005-11-19 22:11:23 | Classic
油断していた。オール・ベートーベン・プログラムのヴァイオリン・リサイタル、などというかなり渋いプログラムだから簡単にチケットは売れないだろう、甘く考えていた。発売1週間後王子ホールに電話をしたら、すでに完売。運よくキャンセルがでて、無事にチケットを入手でき、半年前からこの日を楽しみに生きてきた・・・といっても過言ではない。(そういう今日も元気だ、とりあえず生きているという楽しみはいろえろ多いが)
思考を変えてみれば、①オール・ベートーベン・プログラムも、②ジャン=ジャク・カントロフも、尚且つ会場が③王子ホールであることも、これはヴァイオリン好きのものにとっては垂涎の一夜になるとの観測もたつ。地味系60歳のおじさん、ジャンの人気と実力をいまだ知らなかったうかつさを、反省したコンサートだった。

ベートーベンについて。とても語り尽くせない作曲家である。あまり興味のない世間の人々に、ベートーベンと彼の音楽はどのように映っているのだろうか。おりしも、師走もすぐそこ。今年も全国津々浦々で、薄給のオーケストラに正月の餅代を献呈すべく、老若男女善良なるにわかクラシック音楽ファンが、第9「合唱つき」を聴きに華やかなホールに押し寄せる。こどもたちにとっては、「運命」のあまりにも有名な数小節のみ知っている作曲家。そして音楽室でいかめしい顔が肖像画として、クラッシックへの興味を失わすかのように学生たちを睥睨しているベートーベン。音楽を必要としない人種に座っているベートーベン像は正しい。けれども音楽を必要とする楽徒には、世間的なイメージとは全然違う魂と音楽の真髄をみせてくれるのもベートーベンだ。クラシック音楽を聴き始めて、かってのイメージと異なるベートーベン発見は、私にとっての音楽の大きな収穫のひとつである。

そこでジャン=ジャック・カントロフのオール・ベートーベン・プログラムのヴァイオリン・リサイタルとあれば、是非とも行かなければならないのだ。
ジャン=ジャック・カントロフの最初の語り口は静かで品がよいというよりもおとなしく、その後にくる成熟した情念と叙情をイメージしにくい。声楽のように最初の声ですべてが決まるような瞬間一発芸の恐怖はないものの、ヴァイオリン・ソナタにとっても冒頭の出だしは重要である。その点、彼の音のたちあがりに関しては、少々ものたりなさを感じる。「春」はもっとゆくよかでのどかな音を、「クロイツェル」はたっぷりとドラマチックに劇的に始まって欲しい。それがベートーベンの音楽性を好むものの、素人のどろくさい趣味だということはわかってはいるが、それが自分の中のベートーベンなのだ。

そうはいっても、ロシアの大地を連想するD・オイストラフやヴィルトォーゾのイツァーク・パールマンのような豊かで艶やかな音とは異質のジャン=ジャック・カントロフの音色は、全体的に細くて金色の絹糸のような繊細さというよりも、シックでつよさをひめた銀色のトーンである。現代的でスマートな硬質の音といってもいいだろうか。ところが、アンコールで弾いたドビュッシーでは、一転してフランスの印象派の絵画を見ているような繊細で多彩なタッチに驚き、その名人芸に観客は陶酔していくのである。だからやっぱりチケットが完売するのだ。サントリーホールで演奏する故アイザック・スターンのような大家や巨匠とは違う道ではあるが、比類のないヴァイオリニスト、ジャン=ジャック・カントロフの音楽の道も素晴らしいと感動した。まるでヨーロッパの古い歴史のある都市にいるような錯覚がするような、親密でセンスのよい演奏会だ。なんと幸福な夜だったことか。

伴奏のピアニストのジャック・リヴィエの演奏は、ベートーベンの時代性の解釈に説得力をもたせる素晴らしいピアニズムだった。ヴァイオリンとピアノのバランスが絶妙で、アンサンブルの魅力をたっぷりと聴かせてくれた。またCDを購入してサインをしていただいたのだが、至近距離で拝見したジャック・リヴィエは、画家か学者のようなジャン=ジャック・カントロフと並ぶと、チャーミングできさくな笑顔が似合うおっさん風な方だった。
アンコールが、一般的なアンコールピースでなく、すべてソナタの1楽章。この選択は、感動ものである。しかも誰ひとり帰らずに最後の最後までふたりのジャックを堪能した事実が、彼らのレベルの高さを証明する。会場で、補聴器をつけられたご年配の男性を見かけた。きっと若い頃からクラシック音楽が大好きで、彼がデビューした頃からの長い歳月をともにしたファンなのだろう。私は年齢を忘れるタイプなので今まであまり想像したことがないのだが、年をとってもし耳が遠くなったらどんなにか寂しいことだろうか。もはや音楽のない生活は考えられない。だからきっと私も老後は、補聴器をつけてコンサートに行くお婆ちゃんになる。。。その方の補聴器が性能が非常に優れていて、私たちと同じように音楽が鳴っていることを願うばかりだが。

-------   2005年11月18日   王子ホール-------------------

ヴァイオリン・ソナタ 第8番 ト長調 Op.30-3

ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調「春」Op.24

ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調「クロイツェル」Op.47

■アンコール曲

ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調「クロイツェル」Op.47 1楽章のみ

ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ 1楽章

プーランク:ヴァイオリン・ソナタ 1楽章