旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

ストックホルムから夜行列車で北極圏のキールナへ

2017-11-06 09:09:00 | スェーデン
ヴァーサ号を見学してから旧市街のガムラスタンを少し歩いて、軽い夕食
ペルシャ人の運転するタクシーでホテルにもどりホテルから二百メートルほどのストックホルム中央駅に向かった。

今晩は夜行列車。ストックホルム発17時半。えっと23号車か↓

日本と違い、ヨーロッパでは今も夜行列車が利用されている。
部屋のタイプはこの列車には三つ。今回はいちばん快適な二人一室でシャワーもついている部屋↓

シャワーとはきいていたが、実際どの程度の設備かわからなかったのだが…ああ、これでは日本人は利用しにくいだろう↓


洗面台の水道水は飲まないように。飲料用に紙パックに入った水が用意されている※緑色のパック↓

扉を閉めて、上段への梯子をかけたところ↓

上の段にてドア方向を見る↓


六人一部屋のコンパートメントはこんな感じ↓※撮影したのは明け方近く、すでにこの部屋の人々は降りた後の様子


時間になると音もなく発車。ほんとに「ガタン」という音もしない
★小松が夜行列車の良し悪しを判定するいちばんのポイントは、実はこれ。夜行列車は夜中に何度も、止まる・動き出すを繰り返す。この時に衝撃があると簡単に眠りを破られてしまう。
これまで乗ってきた夜行列車で最上の乗り心地はフィンランドの「サンタクロースエクスプレス」だったが、この列車も(車両は古めだが)乗り心地は良い。


しばらくすると、車掌さんが検札にやってきた↓切符はQRコードであります↓


食堂車(というほど大したメニューはないが)まで渡ってゆこう↓

サンドイッチの他に「チンっ」してくれるメニューもいくつかある↓

テーブルでしばし、車窓を見ながらお話しましょ↓

***

何度か目を覚ましながら、列車は北極圏に近づいていた。現在地を知るのに誰かに訊かなくても大丈夫、近頃は携帯電話がいちばん↓
実は、今回の寝台車量はボーデンで終了し、キールナまで行かない。ルレアというバルト海側の港町へ行ってしまうのである↓下の地図で、下からの線路がT字に突き当り、右下へ行くと海に面したルレアに至っているのが分かるだろうか↓

我々の目指すキールナへの線路はさらに北へ続いている↑
ボーデンからさらに四時間近く乗ることになる。

午前五時半、ボーデンに到着。小雨の中同じ列車の数両先へ移動↓

今度は16号車↓※号車番号は車両の数とは関係ありません↓

乗り換えた列車も座席指定↓幸いこの時期は空いている

十五分ほどで再び発車。今度は内陸へ向かう。
すると、三十分もしないうちに一面の雪景色に変わった↓


キールナ駅到着まであと数時間、ビュッフェカーは簡単なスナック売場に代わっていた。



コーヒーは20スウェーデンクローネ(¥330円ほど)↓カップを持っていけばおかわりできる↓






スーツケースは車内でまとめて置いておける↓


が、降ろす時はちとたいへん↓
午前九時半、雪の中のキールナ駅に到着!↓

バスは駅のすぐ前にいる(写真にも見えてます)ので、ほんの二、三十メートルだけれど雪の中をひきずって行きました↓


今晩から二泊、北極圏の鉄鉱山の街キールナをゆっくり楽しもう(^.^)

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ヴァーサ号博物館

2017-11-05 16:16:34 | スェーデン
個人的にはストックホルムでいちばん見てほしい博物館。1628年に沈没した巨大戦艦を引き上げて展示してある↓

1950年代に場所が特定され、30メートルの海底からゆっくりゆっくりひきあげられ、様々な処置をほどこした後1990年にやっとこの博物館に公開された。

その圧倒的な迫力↓

↑いちばん下に写っている人の大きさと比べてみてほしい。
全長69メートル、高さ52.5メートル
ずらりと並べられた砲門 全部で64もの大砲を装備していた↓

↓船体全体の高さはパリの凱旋門にも匹敵する↓




17世紀前半はヨーロッパは宗教戦争の真っ最中。スウェーデンも新教側の一国として参戦し、南ドイツまで進軍していった時代。
グスタフ・アドルフ二世王はスウェーデン史の中でも指折りの好戦的な王様。
彼が命じて建造させた巨大戦艦がこのヴァーサ号である。

ところがこの船、完成して処女航海に出発したその日・ストックホルム湾を出る前に横風をうけて大きく傾き、砲門から浸水して沈没してしまったのである!
その時の予想図がこれ↓

あれあれ。
確かに頭でっかちで安定が悪く見える。
目の前にそびえる船体を見てもそう↓

我々のようなど素人が見てもそうおもうのだから、当時この船をつくっていた職人たちはとっくに気づいていただろう。
幾多の船を見て・乗っていたベテランたちが、この船の不安定さに気付かないはずはない。

記録を読んでいると、処女航海の前日に甲板長がこんな実験をしていた。
乗組員三十人を甲板のいちばん端に集め、いっきに逆の端まで走っていかせたのだ。
「三回往復した所で中止しなければならなかった。そうしなければ船は横倒しになっていただろう」
※現地で売られていたガイド本より
まわりの多くの者たちが危惧していたのである。

それなのになぜ、誰にも沈没を止められなかったのか?
建造を正しくすることができなかったのか?

理由は
誰もがグスタフ・アドルフ二世王を怖れていたからにちがいない。

独裁者に諫言するのは、今も昔も、洋の東西を問わず命がけだ。
王が「これでよし」と認可した船の建造を止める者はついに現れず、
この悲劇に至ってしまった。


処女航海の日=沈没の日、王はドイツに居た。
責任者を見つけようとする裁判では多くの「被疑者」があがったが、肝心の設計者は完成前に死亡していた。

**

ひきあげられたとき、副キャプテンの持っていたものと思われる金の指輪がみつかっている↓


貴重な大砲だけは、17世紀の後半にほとんどすべてが海中から引き揚げられた↓


本体は333年間海底に眠っていたが、幸いバルト海の薄い塩分濃度に助けられ、ほとんど損傷せずに、こうして現代までその姿を伝えているのである。



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ストックホルム市立図書館~世界一美しい図書館かもしれない

2017-11-05 12:12:25 | スェーデン
ここは、世界一美しい図書館かもしれない

⇒※こちらに動画を載せました

入口の狭い階段を登りきると、360度を円筒形の書架に囲まれた空間に出る。

今回、この図書館だけのガイドをしてくれた方が、
「設計したアスプルンドがモデルにしていたのはローマのパンテオン神殿だったのです」
と解説してくれて、はっとした。
その証拠に床の「四角と丸」のデザインが同じ」↓

ローマのパンテオンの床って、確かにこんなデザインだった。
よく覚えている。

本というのは、人類の英知の結晶。
人が神話や迷信の時代から理性と知性の時代に踏み出せたのも、書物が人類の英知を繋いできたおかげ。
図書館は人類にとって神殿のような場所なのかもしれない。アスプルンドはこの図書館のかたちにその考え方を反映しているのだ。

導線は外の階段からはじまっている↓階段の幅がだんだんと狭くなりながら建物へ向かってゆく↓

幾何学的なガラスの扉を開けて、エジプトの神殿入口のような門へ足を踏み入れる↓

周囲の壁は、人類がまだ暗黒の時代にいることを表す黒。
そこに神話の代表として、ホメロスの「イリアス」が描かれている。
おお、このシーンは、アキレウスが親友パトロクロスを殺されて参戦し、敵のヘクトールを殺して戦車で遺体をひきずりまわすシーンにちがいない↓
左にはアキレスの足元にひれ伏して息子ヘクトールの遺体を返してもらいにきた老プリアモス王が描かれている↓

黒い空間から登っていくと、明るい冒頭の空間に出る↓劇的なストーリーになっているのだ


今は回転扉に換えられてしまったが、かつての扉はこんな↓幾何学的にシンプルなものだった

ドアの引手は、知恵の実を食べてしまったイブとアダムだった↓
盗もうとする輩がいるので、今は取り外してこんなふうに展示してあるが↓


★最初の完成予想図をガイドさんが見せてくれた↓

入り口前に、古代の教会の前にあった洗礼所のような池がデザインされていた↑
建物の外壁にはエジプトの象形文字のようなデザイン↓

***
四角い建物の中心に円筒形を入れ、四方向にそれぞれ性格のちがった部屋を配置している。そのうちのひとつにアスプルンドがデザインした水飲み場がそのままに残されている↓蛇口に注目↓

四本の腕を上げたギリシャ風の戦士だ↑

建設された1928年当時の、光が良く入るようにあけられた高い窓↓

書架を照らすライトは当初は下からの光だったようだが↓後年、見やすさを考慮して上からに変更されている


ひとつの部屋には一般の人々の働く姿をデザインした大きなタペストリーが飾られている↓

上の書架への螺旋階段のコンクリート部分は、一見、絨毯をひいたように見えるかたちになっている↓芸が細かい


****
今日は日曜日なので、
★一般立ち入り禁止の上階部分も見学させてくださった↓
階段から円筒形の中央広場が見下ろせる↓

階段の突き当りにあったのはアテナ神の胸像↓

上階にはかつての図書館の記憶がたくさん留められていた
アスプルンドがデザインしたオリジナルの椅子がずらり↓

椅子の角のデザインも四角と丸⇒
↓かたわらにあったこの入れ物は?

なんと防火用水だった↑
コンピューター導入まで使われていた図書カード棚が↓


図書館長のデスクとその部屋もオリジナル↓

ランプもアスプルンドのデザイン↓

19世紀的なデザインの椅子とその上の古いクッション↓


アンティークなライトはオリジナル?

****
建築家アスプルンドがこの図書館を出現させるためには、それを採用した発注者が必要である。
今回ガイドしていただいて、ファルフリッド・パルムグレンという女性の存在をはじめて知った。
ひっそりと飾られた理知的な肖像が彼女↓

★彼女について⇒こちらに書きました。

子供のための図書館という概念が、はじめて本格的に実現されたストックホルム市立図書館↓
奥まったところにある夢見るような部屋↓

その手前の部屋に描かれた星空の意味は?
↑上のファルフリッド・パルムグレンについてのページに書きました







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ストックホルム市内

2017-11-04 20:51:06 | スェーデン
1912年のストックホルムオリンピックの会場が見えてきた↓まるで古代の円形闘技場の様↓たしかにそれをイメージしてつくられたのだそうだ↓



ジブリ映画「魔女の宅急便」のシーンにも出てくるアーチ↓


ストックホルム観光の定番になっている市庁舎↓20世紀初頭完成↓

メーラレン湖に面した中庭のある建物↓

入った地上階の中庭は、当初の計画では天井なしで青空が見える「青のホール」になる予定だった↓

実際には寒すぎるし雪は降るし、雨は降るし、イメージしたイタリア小都市の広場のようにはならないということで、外光をたっぷり入れながら天井を付設した。
この場所でノーベル賞の授賞式と晩餐会が12月10日(ノーベルの命日)が行われる。※平和賞のみノーベルの遺志に従いノルウェーのオスロにて
国王や受賞者が降りてくる階段↓


**
建物には議会もはいっている↓天井はバイキング船の船底をイメージしている↓

建物の塔の下↓ちょっとイスラム建築の雰囲気がある↓

市民が結婚式をあげる「絨毯の間」↓

この空間は絨毯の大きさにあわせてつくられた↓シャンデリアも、絨毯の中に描かれたと同じものを注文してつくらせた↓


実はこの絨毯はデンマークと戦争の際に戦利品としてもってこられたものなのだけれど。

この建物のあった場所には、かつて1805年に建設された「エルドクヴァン」と呼ばれた製粉工場があった↓

それが火事で燃えてしまったのが1878年↓

だが、粉ひき用の水車は1906年まで動いていたのだそうだ。
建物の外見にどこか以前の建物の記憶が織り込まれているように感じられる。

***
旧市街、ガムラ・スタンへ移動。
王宮の衛兵さんは女性も↓


ノーベル博物館の定番お土産メダルチョコ↓

受賞者が残していくサインはカフェの椅子の裏側に↓

★路地裏にある小さな鉄の少年像↓以前はたいして面白いと思わなかったのだけれど…
⇒※こちらに少し書きました




****
少し早目にホテルに入った。中央駅に近い三角の敷地にあるので、端っこはこんな面白いとがり方をしている↓

すっきりしたロビー↓

*****
夕方近く、地下鉄で移動。ストックホルムの地下鉄駅はどこも一見の価値がある↓

ハロウィンはこの町でも大人気↓

レストランはどこも混んでいたが、フランス料理のお店を確保↓

  
タルタル・ステーキは日本ではたべられません↓


明日朝は、いよいよストックホルム市立図書館へ

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シリヤライン コモドア・クラスで別格の食事を楽しんでストックホルムへ

2017-11-04 03:40:59 | スェーデン

ヘルシンキを午後五時に出港するシリヤ・ラインに乗船。

カードキーでゲートを通る。部屋へもすべてコレで↓

あ!ムーミンとミーがお見送りだ↓

今回は上位クラスの部屋コモドア・クラスを利用。専用の通路への入口もキー必要↓


充分な広さ↓

バスルーム↓



ウェルカムのフルーツ↓

あ。ミニバーも無料でシャンペンもありました。

**
出航前夕暮れのデッキ

カジノは公海へ出てからオープン↓


サウナ↓




すし屋もある↓こんなメニュー・・・


***
コモドア・クラスの夕食はバッフェ(スモーガスボードのバイキング)ではなく、ボン・ヴィヴァンというレストランを利用できる↓


今回のコースは五つの皿それぞれにワインがセットされている。
まずはアミューズ黒パンにのせるとちょっとロシア風?

一皿目は●生の牛肉をビールベースのスープででマリネしたもの キクイモの付け合せ、ナナカマドのソース↓



●カワカマスを品よく焼いて、ディルとホエーの黄緑色のソースと共に↓ 日本人全般に好まれる味だと思う↓




●玉ねぎにスグリとグリュイエルチーズを混ぜたものを詰めて焼いたもの↓




●エルクの肉をビーツとサワークリーム二つの味わいで↓

まだ食べちゃだめ!ソースを注がれるのを待つ
完成、ビートとサワークリームというとロシア風に感じる↓



●ブルーベリーサワークリームのシャーベット、ブルーベリーの実と燕麦といっしょに↓

デザートにも合ったワインが選ばれてついてくる↓


遅くまで賑わう店内




*****
翌朝


朝食もボン・ヴィヴァンのは格別
バッフェの他
こんなお皿を追加料金なしでいくらでも注文できる↓
●ボン・ヴィヴァン・プレート↓

●クレープ

●パンケーキ 

食べ過ぎちゃいますね

そろそろストックホルム港が近づいてくる午後八時半ごろ。
周囲には魅力的な島々が続く、デッキへ出てみると、ワンちゃんのトイレもちょっとおもしろい↓

下船する地元の方々はビールを十ケースぐらい持った人もたくさんみかける↓免税で買える国際航路ですから↓


下船した所でバスに乗って市内へ↓


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