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515)チオレドキシン相互作用タンパク質を活性化するがん治療

図:チオレドキシン還元酵素は酸化型のチオレドキシンを還元型に変換する(1)。還元型チオレドキシンは酸化ストレスを軽減する(2)。酸化ストレスの軽減はがん細胞の増殖や転移を促進する(3)。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害することによってがん細胞の抗酸化力を低下させる(4)。チオレドキシン相互作用タンパク質はチオレドキシンに結合してチオレドキシンの活性を阻害する内因性タンパク質である(5)。2−デオキシグルコース、ビタミンD3、フェノフィブラートはチオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進する(6)。したがって、これらの物質は、がん細胞のチオレドキシンの抗酸化活性を低下させることによって、がん細胞の増殖や転移を抑制する。

515)チオレドキシン相互作用タンパク質を活性化するがん治療

【がん治療のターゲットとしてチオレドキシン・システム】
酸化ストレスはがん細胞の増殖や転移を抑制する方向で作用します。酸化ストレスによるダメージを軽減し回復するために、細胞は余分のエネルギーを使うからです。
がん細胞は酸化ストレスを軽減するために、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を抑制し、さらにチオレドキシンやグルタチオンなどの抗酸化システムを亢進しています。(下図)

図:ミトコンドリアの酸素呼吸で発生する活性酸素は酸化ストレスを高める。酸化ストレスはがん細胞の増殖や浸潤・転移を阻害する。そのため、がん細胞内では解糖系を亢進しミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を抑制している(ワールブルグ効果)。さらに、グルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化システムを亢進して、酸化ストレスを軽減している。したがって、ミトコンドリアの酸素呼吸を亢進し、抗酸化システムを阻害すると、がん細胞の酸化ストレスを高めて、がん細胞の増殖や浸潤や転移を抑制できる。

最近の多くの研究報告が、がん細胞の酸化ストレスを高めることをターゲットにしたがん治療の有効性を報告しています。以下のような報告があります。

The thioredoxin system in breast cancer cell invasion and migration(乳がん細胞の浸潤と移動におけるチオレドキシン・システム)Redox Biol. 2016 Aug; 8: 68–78.

【要旨】
乳がんは転移すると生命を脅かす状況になる。がん細胞の転移は、原発のがん細胞が周囲組織に浸潤し、血管に侵入して移動し、他の場所に増殖して転移巣を形成する。
今回の研究は、乳がん細胞の浸潤と移動におけるチオレドキシンの役割を検討し、チオレドキシンとチオレドキシン還元酵素の発現のレベルと乳がん患者の生存との関係を明らかにする目的で行った。
正常の乳腺細胞に比べて乳がん細胞では、チオレドキシンとチオレドキシン還元酵素の発現量が統計的有意に亢進していた。
乳がん細胞株MDA-MB-231にチオレドキシンを過剰発現させると、in vitro(試験管内)の実験系でがん細胞の浸潤能が亢進した。逆に、遺伝子改変でチオレドキシンの活性を不活性化させたり、アンチセンスmRNAでチオレドキシンの発現を阻害すると、がん細胞の増殖は抑制された。
外来性にチオレドキシンを添加すると細胞浸潤は亢進し、チオレドキシンの還元能を阻害するモノクローナル抗体を添加すると細胞浸潤が抑制された。
細胞内のチオレドキシンを過剰発現しても細胞の移動は亢進しなかったが、細胞内のチオレドキシンを不活性な変異型を発現させると細胞の移動は阻害された。
外来性にチオレドキシンを添加すると細胞の移動が亢進したが、不活性な変異型チオレドキシンの投与では変化は認めなかった。
チオレドキシン還元酵素の活性を阻害するオーラノフィンを投与すると、活性酸素種の産生が増え、乳がん細胞株MDA-MB-231細胞の移動能とコロニー形成能は阻害された。
5910人の乳がん患者を含む25の独立したコホートの解析の結果、全生存率や無遠隔転移生存期間や無再発生存期間で評価した予後不良と、チオレドキシンとチオレドキシンの発現は、関連を認めた。
したがって、オーラノフィンやその他の特異的阻害剤を用いてチオレドキシン・システムを阻害することは、がん細胞の浸潤や移動を阻止する作用によって、乳がん患者の予後を良くする手段となる。 

乳がん細胞ではチオレドキシンとチオレドキシン還元酵素の発現のレベルが高いほど悪性度が高く、予後が悪いという結果です
がん細胞のチオレドキシンとチオレドキシン還元酵素の発現レベルや活性が高いと、がん細胞の酸化ストレスが軽減し、増殖や浸潤や転移を起こしやすくなるので、予後が悪くなるということです。
オーラノフィンはリュウマチの治療薬です。チオレドキシン還元酵素を阻害する作用が知られています。この論文では、オーラノフィンなどを用いてチオレドキシン・システムを阻害すると乳がん患者の予後を良くすることができると言っています。

【オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する】
チオレドキシン(Thioredoxin: Trx)はグルタチオンとならんで細胞内を還元状態に保つ重要な物質で、様々なストレスから細胞を保護する機能を持ちます。
分子内に酸化還元活性を有するSH基を持つ抗酸化酵素で、活性酸素から細胞を保護する作用を示すほか、細胞内シグナル伝達にも関与する多機能タンパク質です。
細胞内における主要な抗酸化機構の一つであり、細菌からヒトに至るまで普遍的に存在しています。チオレドキシン・システムは、チオレドキシン、チオレドキシン還元酵素、NADPHより構成されます。
還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基は酸化されます。
酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、 再び還元型に戻ります。NADPHはペントースリン酸回路で産生されます。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害します。(下図)

 

図:チオレドキシンは活性部位の2つのシステイン残基の間でジスルフィド(S-S)結合を作る酸化型とジチオール(-SH-SH)を作る還元型が存在する(1)。還元型チオレドキシンは酸化された標的タンパク質に結合してタンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基(-SH)は酸化されてジスルフィド(S-S)になる(2)。酸化型チオレドキシンはNADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、再び還元型に戻る(3)。NADPHはペントースリン酸回路で産生される(4)。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する(5)。 

放射線や抗がん剤はがん細胞に活性酸素の産生を高めて酸化傷害を引き起こして死滅させます。放射線照射は放射線が細胞内の水と反応して活性酸素のヒドロキシラジカルが発生して細胞を死滅させます。
抗がん剤は様々な機序で細胞分裂やシグナル伝達を阻害し、酸化傷害と関連しないメカニズムも多いのですが、最終的に細胞が死滅するときには活性酸素が作用します。細胞死の過程で活性酸素が作用するので、抗酸化剤は抗がん剤の効き目を弱めます。
これに対してがん細胞はチオレドキシン・システムを使って酸化傷害を軽減して細胞死に抵抗性を示します。
オーラノフィンはチオレドキシン(Trx)還元酵素を阻害してがん細胞の抗酸化力を低下させることによって、放射線治療や抗がん剤治療の効果を高めることができます。
ケトン食や2-デオキシ-D-グルコースはグルコースの取込みと解糖系とペントース・リン酸回路を阻害してNADPHの産生を阻害するので、抗酸化力を低下させます。
一方、抗酸化剤は放射線や抗がん剤の抗腫瘍効果を阻害します。外来性にグルタチオンやN-アセチルシステインなどの抗酸化剤を摂取すると抗がん剤や放射線治療の効き目を弱めます。
DNAの構造の解明でノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソンは、「抗酸化性のサプリメントは、がん細胞の増殖を促進する」、「がん細胞の抗酸化力を減弱させる抗-抗酸化剤(Anti-antioxidant)はがん治療薬として有望である」という趣旨の発現をしています。(357話参照) 

図:放射線や多くの抗がん剤は活性酸素種を産生してがん細胞にダメージを与えて死滅させる。したがって、このような治療を行っているときに抗酸化剤を摂取すると細胞を死滅させる効果が減弱する。がん細胞はチオレドキシン活性が高めて、活性酸素種によるダメージに抵抗性を示す。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素の活性を阻害して、がん細胞の抗酸化力を減弱させる。したがって、オーラノフィンは放射線や抗がん剤の抗腫瘍効果を増強する。

【チオレドキシン相互作用たんぱく質はチオレドキシンを阻害して抗がん作用を示す】
チオレドキシンは酸化ストレスを軽減する作用があります。したがって、チオレドキシンは酸化ストレスから生体を守る働きがあるという観点では、我々の味方と言えます。
実際に、チオレドキシン・システムは細菌からヒトに至るまで普遍的に存在しており、進化の過程で保存されてきたのは、体の生存に必須の存在だったからです。
しかし、がん治療の場合は逆です。チオレドキシンはがん細胞の増殖や生存や転移を促進し、がん細胞の味方になっています。チオレドキシンの活性を阻害する内因性のたんぱく質が抗がん作用を示すことが明らかになっています。
チオレドキシン相互作用タンパク質(Thioredoxin-interacting protein, TXNIP)というたんぱく質があります。チオレドキシン結合タンパク質2(Thioredoxin-binding protein 2, TBP-2)やビタミンD3誘導タンパク質1(Vitamin D3 up-regulated protein 1, VDUP-1)としても報告されています。
このTXNIPはチオレドキシンに結合して、チオレドキシンの活性を阻害する作用があります。(下図)

 

図:チオレドキシン(TRX)は分子内に酸化還元活性を有するSH基を持つ抗酸化酵素で、還元型チオレドキシンが酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元する。チオレドキシン相互作用タンパク質(thioredoxin-interacting protein:TXNIP)はそのCys247(247番目のシステイン残基)がチオレドキシン(TRX)の活性部位のCys32(32番目のシステイン残基)とジスルフィド結合(S-S結合)することによって、チオレドキシンの酸化還元活性を阻害する。(引用:Antioxid Redox Signal. 2012 Mar 15; 16(6): 587–596.) 

TXNIPは細胞増殖抑制作用があり、TXNIPは様々ながん組織で発現が低下していることが報告されています。
TXNIPの発現が多いと乳がんの予後が良い(生存率が高い)ことが報告されています。TXNIPはチオレドキシンの活性を阻害して酸化ストレスを高め、がん細胞の増殖を抑えるからです。以下のような報告があります。

Role of thioredoxin reductase 1 and thioredoxin interacting protein in prognosis of breast cancer.(乳がんの予後におけるチオレドキシン還元酵素1とチオレドキシン相互作用たんぱく質の役割)Breast Cancer Res. 2010;12(3):R44. doi: 10.1186/bcr2599. Epub 2010 Jun 28. 

この論文では、リンパ節転移のない乳がん患者788例を対象に、乳がん組織のチオレドキシン還元酵素1とチオレドキシン相互作用たんぱく質のmRNAの発現レベルと、無転移生存期間を指標にした予後との関連を検討しています。
その結果、チオレドキシン還元酵素1の発現量は予後不良(無転移生存期間が短い)と関連し、チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現量は良好な予後と関連していました。
上皮成長因子受容体のERBB2(Her2と同じ)陽性の腫瘍組織ではチオレドキシン還元酵素1の発現が亢進していました。
乳がんの培養細胞(MCF-2)にERBB2を過剰発現すると、チオレドキシン還元酵素1の発現が亢進し、チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現は低下しました。
チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現亢進は、活性酸素の産生を亢進し、その結果がん細胞の増殖は停止しました。
ERBB2(Her2)はヒト上皮成長因子受容体(HER/EGFR/ERBB)ファミリーのがん遺伝子で、この遺伝子の増幅や過剰発現ががんの発生や進展に重要な役割を果たすことが明らかになっています。
この論文では、臨床例のERBB2陽性の乳がんでは、チオレドキシン還元酵素1の発現が亢進し、チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現は低下していました。
さらに、培養乳がん細胞にERBB2を過剰発現させると、同様にチオレドキシン還元酵素1の発現が亢進し、チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現は低下しました。
つまり、ERBB2の活性化による乳がん細胞の増殖亢進作用に、チオレドキシンとチオレドキシン相互作用タンパク質が関与している可能性を示しています。
乳がん細胞において、チオレドキシン相互作用たんぱく質の発現量や活性を高めてチオレドキシン還元酵素の発現量や活性を阻害すると、がん細胞内の活性酸素の産生が増え、乳がん細胞の増殖を抑制できるという結論です(下図)。

図:上皮成長因子受容体(ERBB2)が活性化されると、チオレドキシン還元酵素の発現と活性が亢進し、チオレドキシン相互作用タンパク質の発現は低下する。その結果、がん細胞内での還元型のチオレドキシンが増え、酸化ストレスに対する抵抗性が亢進するので、がん細胞の増殖・転移が促進され、予後不良になる。したがって、チオレドキシン還元酵素の働きを阻害し、チオレドキシン相互作用タンパク質の発現を増やす方法は、がん細胞の増殖や転移を抑制する手段になる。

多くの研究結果が、がん細胞のチオレドキシン・システムを阻害すると増殖や転移を抑制できると報告しています。以下のような総説論文もあります。

Roles of thioredoxin binding protein (TXNIP) in oxidative stress, apoptosis and cancer.(酸化ストレスとアポトーシスとがんにおけるチオレドキシン相互作用たんぱく質の役割)Mitochondrion. 2013 May;13(3):163-9.

【要旨】
チオレドキシン結合タンパク質(TXNIP)は多彩に機能を持ち、細胞内の酸化還元状態の恒常性維持に重要な役割を担っている。TXNIPは活性酸素種の産生を増やし、酸化ストレスを高め、アポトーシスを誘導する。多くの固形がんや造血器腫瘍においてがん抑制遺伝子として働くと考えられている。
この総説においては、TXNIPのたんぱく質の構造と機能をまとめ、さらにがんにおいてTXNIPの発現がしばしば低下していることを示す主要な研究を総括する。TXNIP遺伝子を欠損させたマウスの性状をまとめる。
TXNIP発現を亢進する薬剤が新規のがん治療法となる可能性を議論する。

チオレドキシン結合タンパク質(TXNIP、チオレドキシン相互作用たんぱく質と同じ)の発現や活性を高めるということはチオレドキシンの活性を阻害して、酸化ストレスを亢進させることになります。TXNIPの発現や活性を亢進する医薬品ががん治療に効果が期待できるという意見です。

【2-デオキシグルコースはTXNIPの発現を亢進する】
チオレドキシン相互作用たんぱく質(TXNIP)の発現や活性を亢進するものは抗がん活性が期待できることになります。
2-デオキシ-D-グルコースがTXNIPの発現を亢進するという報告があります。以下のような論文があります。 

2-Deoxyglucose induces the expression of thioredoxin interacting protein (TXNIP) by increasing O-GlcNAcylation - Implications for targeting the Warburg effect in cancer cells.(2-デオキシグルコースはO-結合型Nアセチルグルコサミン化を亢進することによってチオレドキシン相互作用たんぱく質の発現を誘導する:がん細胞におけるワールブルグ効果をターゲットにすることとの関連)Biochem Biophys Res Commun. 2015 Oct 2;465(4):838-44.

【要旨】
がん細胞における高い増殖活性とがん組織における微小環境によって、がん細胞の代謝系は正常細胞と大きく異なるように変化している。がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分に存在する状況でも、解糖系によるグルコース代謝が亢進していることであり、これをワールブルグ効果と言っている。
このワールブルグ効果をターゲットにすることは、がん治療法として効果が期待されている。この点において、解糖系の阻害剤である2-デオキシグルコース(2DG)は臨床的に評価されている。
2DGはヘキソキナーゼとフォスフォグルコイソメラーゼの段階で解糖系を直接阻害する。さらに、2DGはチオレドキシン相互作用たんぱく質(thioredoxin interacting protein: TXNIP)の発現を誘導することが知られている。TXNIPはがん抑制性のたんぱく質で、細胞のグルコースの取込みを抑制する作用がある。
したがって、2DGがTXNIPの発現を制御するメカニズムを解明することは、がん細胞におけるワールブルグ効果をターゲットにした新たなアプローチが見つかるかもしれない。
そこでこの研究では、2DGによるTXNIPの発現制御のメカニズムに関する様々な仮説を検討した。
2DG誘導性TXNIP発現は炭水化物応答配列(carbohydrate response element)を介する転写とは関係なかった。
さらに、TXNIP発現誘導は、2DGによる細胞内ATPの枯渇や小胞体ストレスとも関連を認めなかった。
2DGによるTXNIPの発現誘導は、少なくとも部分的には、O-結合型Nアセチルグルコサミン除去酵素(O-GlcNAcase)の阻害によるO-結合型Nアセチルグルコサミン結合タンパク質の蓄積が関与していることが明らかになった。
これらの結果は、がん細胞におけるTXNIP発現を高める治療法の開発につながる。

タンパク質は遺伝子によって決められた配列によってアミノ酸が結合して作られます。タンパク質が作られるとき、まず遺伝子(DNA)からメッセンジャーRNAが転写されます。このメッセンジャーRNAからタンパク質が合成される過程を「翻訳」と言います。
できたタンパク質はさらにリン酸アセチル基糖鎖などが結合して、タンパク質の活性や働きが変化します。このようなタンパク質の修飾を翻訳後修飾と言います。このような翻訳後修飾によってタンパク質の働きが制御されています。
糖鎖には、O-結合型糖鎖(セリン・スレオニン結合型糖鎖)と、N-結合型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)とが存在します。
O-結合型糖鎖はアミノ酸のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)側鎖の水酸基に結合していて、N型糖鎖はアスパラギン残基に結合しています。
タンパク質のセリンやスレオニン残基に、糖供与体ウリジン2リン酸-N-アセチルグルコサミン (UDP-GlcNAc) からのN-アセチルグルコサミンの転移を触媒するのが、O-GlcNAc転移酵素 (OGT)で、タンパク質からN-アセチルグルコサミンを除去する酵素がO-GlcNAcase(N-アセチルグルコサミニダーゼ)です。
この論文では、2-デオキシグルコースがタンパク質からN-アセチルグルコサミンを除去するO-GlcNAcaseの活性を阻害して、O-結合型Nアセチルグルコサミン結合タンパク質が蓄積することによってチオレドキシン相互作用タンパク質の発現が亢進するという結果を報告しています。
O-結合型Nアセチルグルコサミン結合タンパクの蓄積がチオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進するメカニズムは不明です。
O-結合型Nアセチルグルコサミンによるタンパク質の修飾は、細胞増殖において重要な働きを担っています。ある種のがん細胞ではO-GlcNAcase活性が亢進しているという報告もあります。
2-DGによるO-GlcNAcase活性の阻害は抗腫瘍効果とも関連しているかもしれません。
2-DGはがん細胞の解糖系の阻害の他、小胞体でのタンパク質のN-グリコシル化(糖鎖の結合による修飾)を阻害し、小胞体ストレスを引き起こす作用も報告されています(341話参照)。
その他にも多彩な機序での抗腫瘍効果が報告されています。
カロリー制限模倣化合物(Calorie restriction mimetics)の一つとして、2-DGは老化とがんの両方の研究分野で有用性が指摘されています。(381話参照)

図:タンパク質のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)にN-アセチルグルコサミンが結合することによってタンパク質の働きが制御されている。N-アセチルグルコサミンの結合は、結合を触媒する酵素(O-GlcNAc転移酵素)と除去する酵素(O-GlcNAcase)によって制御されている。2-デオキシ-D-グルコースはO-GlcNAcase活性を阻害する作用がある。

2-DGの抗腫瘍効果に関して、最近以下のような報告があります。

2-Deoxyglucose Reverses the Promoting Effect of Insulin on Colorectal Cancer Cells In Vitro(2-デオキシグルコースは試験管内の実験において結腸直腸がん細胞に対するインスリンの細胞増殖促進作用を阻止する)PLoS One. 2016; 11(3): e0151115 

高血糖や高インスリン血症の状態は結腸直腸がん(大腸がん)の発症リスクを高め、また細胞増殖を促進することは良く知られています。
グルコースとインスリンはがん細胞の発生と増殖と転移を促進します。
2-デオキシグルコース(2DG)はがん細胞の解糖系を阻害し、ATPと乳酸の産生を減らし、細胞周期を止めて増殖を抑制し、アポトーシス(細胞死)を誘導します。
インスリンは大腸がん細胞の増殖を促進します。さらに、がん細胞のグルコースの取込みを増やします。2-DGはグルコースと同じように取り込まれるので、インスリンは2-DGの取込みも促進します。
この論文では、培養した大腸がん細胞を用いた実験系で、2DGがインスリンによる細胞増殖を阻止することを示しています。さらにインスリンが2DGの取込みを促進するので、インスリンと2DGを一緒に投与すると2DGの細胞死誘導作用が増強される実験結果を報告しています。
以上の結果から、インスリンが高い状態や治療でインスリンの投与を受けている大腸がん患者は、2DGを服用するとがん細胞の増殖抑制効果を高めることができるとコメントしています。
2-DGはがん治療にあまり利用されていませんが、もっと積極的に使って良いように思います。

【フェノフィブラートはチオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進する】
フェノフィブラート(Fenofibrate)は、肝細胞内のペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(Peroxisome Proliferator Activated Receptor α:略してPPARα)という核内受容体に結合してPPARαを活性化することによって、コレステロールや中性脂肪を低下させる薬です。
PPARαアゴニストは様々ながんの予防や治療に役立つことが知られています。
フェノフィブラートは、PPARαに依存する機序と、非依存性の機序の2つで、様々な作用メカニズムでの抗腫瘍効果が報告されています。(326話437話438話479話参照)
さらに、フェノフィブラートがチオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進して酸化ストレスを高める機序で抗がん作用を示すことが報告されています。以下のような報告があります。

Fenofibrate suppressed proliferation and migration of human neuroblastoma cells via oxidative stress dependent of TXNIP upregulation.(フェノフィブラートはチオレドキシン相互作用タンパク質の発現亢進と関連する酸化ストレスを介して、ヒト神経芽細胞腫の増殖と移動を抑制する)Biochem Biophys Res Commun. 2015 May 15;460(4):983-8.

【要旨】
神経芽細胞腫は小児の頭蓋外の固形腫瘍としても最も頻度の高い悪性腫瘍で、他の臓器に転移した場合は有効な治療法が無い。
チオレドキシン相互作用タンパク質(TXNIP)は活性酸素種を除去する酵素を阻害する内因性物質で、種々の固形がんにおいてがん抑制性に作用することが示されている。
フェノフィブラートが幾つかのヒトがん細胞株において抗腫瘍作用を示すことが報告されている。
しかしながら、その抗腫瘍作用の詳細なメカニズムは解明されていない。
本研究では神経芽細胞腫に対するフェノフィブラートの効果を評価し、その抗腫瘍効果におけるチオレドキシン相互作用タンパク質(TXNIP)との関連について検討した。
細胞増殖、細胞移動、細胞内の活性酸素種、TXNIPを阻害するsiRNA(低分子干渉RNA)、PPARα(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α)発現レベル、アポトーシスなどを解析した。
フェノフィブラートは神経芽細胞腫の増殖と移動を抑制し、細胞内の活性酸素の産生を増やし、TXNIPの発現を亢進し、細胞のアポトーシスを亢進した。
さらに、TXNIPの発現を阻害するとフェノフィブラートの抗腫瘍活性は低下した。しかし、PPARαの阻害はフェノフィブラートの抗腫瘍活性に影響しなかった。
これらの実験結果は、酸化ストレスを亢進させてアポトーシスを誘導するという神経芽細胞腫に対するフェノフィブラートの抗腫瘍効果は、TXNIPの発現亢進に依存する機序によることを示している。

高脂血症治療薬のフェノフィブラートはペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)の活性化とは関係ないメカニズムで、チオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進して、がん細胞の酸化ストレスを高める機序で抗腫瘍活性を示すということです。

【TXNIPはビタミンD3で発現が亢進する】
チオレドキシン相互作用タンパク質(Thioredoxin-interacting protein, TXNIP)は、別名がチオレドキシン結合タンパク質2(Thioredoxin-binding protein 2, TBP-2)やビタミンD3誘導タンパク質1(Vitamin D3 up-regulated protein 1, VDUP-1)とも言います。

このタンパク質は、最初はビタミンD3によって発現が亢進するタンパク質(Vitamin D3 up-regulated protein 1)として発見され、その後、チオレドキシンの活性を阻害する働きが明らかになりました。したがって、ビタミンD3の抗がん作用にもTXNIPの発現誘導が関与している可能性があります。

以下のような報告があります。

Effects of vitamin D3 stimulation of thioredoxin-interacting protein in hepatocellular carcinoma(肝臓がん細胞におけるチオレドキシン相互作用タンパク質のビタミンD3刺激の効果)Hepatol Res. 2014 Dec; 44(13): 1357–1366.

【要旨】
チオレドキシン相互作用タンパク質(TXNIP)はチオレドキシンの活性を阻害する作用によって酸化ストレスを亢進する。このタンパク質はインスリン抵抗性や動脈硬化や発がんを含む多くの疾患の発症に関与している。
本研究の目的は肝臓疾患のin vitro(試験管内)モデルとヒト肝臓がん組織におけるTXNIPの発現と機能を検討することである。さらに、肝細胞がん細胞株におけるビタミンD3によるTXNIPの発現誘導の作用を検討することも目的としている。
方法:TXNIP発現量は定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)とウェスタン・ブロット法で測定した。TXNIP発現はビタミンD3投与や遺伝子導入で誘導した。細胞増殖やアポトーシスや活性酸素種の測定は通常の方法で測定した。
結果:培養細胞を使った実験では、TXNIPの発現レベルは肝細胞がん細胞株では低値を示し、ビタミンD3の添加でTXNIPの発現量は増加した。
TXNIP遺伝子を肝臓がん細胞内に導入したり、ビタミンD3の添加でTXNIP発現を亢進させると細胞増殖は抑制され、アポトーシスによる細胞死が増加した。
TXNIPの発現が亢進している細胞では、塩化コバルトや細菌のリポ多糖で誘導される酸化傷害を顕著に受けやすくなっていた。
非がん組織と比較して、多くのヒト肝細胞がんの組織ではTXNIPの発現は低下もしくは欠損していた。
結論:ヒト肝細胞がん組織と肝細胞がん由来細胞株においてチオレドキシン相互作用タンパク質(TXNIP)の発現は低下もしくは欠損していた。
ビタミンD3はTXNIPの発現を刺激し、その結果、細胞増殖を抑制し、アポトーシスを亢進した。
TXNIPの発現の亢進した肝がん細胞は酸化傷害によるダメージを受けやすくなっていた。これらの実験結果は、ビタミンD3などの因子によってTXNIPの発現を亢進することは、慢性肝疾患を有する患者の発がんを予防できる可能性を示唆している。 

ビタミンD3には様々な機序での抗腫瘍効果が報告されています(263話371話394話395話429話461話462話参照)。
がんの予防や治療にビタミンD3を1日2000〜4000 IU(50~100μg)摂取するメリットはあると思います。
進行がんの場合、がん細胞の抗酸化力を低下させる方法として、ビタミンD3と2-デオキシグルコースとオーラノフィンとフェノフィブタートは有用かもしれません。
その他に、ジスルフィラムやアルテスネイト、半枝蓮、ケトン食、ジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミン、レスベラトロールなどがん細胞の酸化ストレスを高める治療法を加えれば、さらに抗腫瘍効果を高めることができます。

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