がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
918)タンパク質毒性ストレスを高めるがん治療法(その1):ヒドロキシクロロキンとジスルフィラム

図:抗がん剤治療は変異タンパク質や折り畳み不全タンパク質を増やし(①)、小胞体ストレスを増強し(②)、タンパク質毒性ストレス(proteotoxic stress)による細胞死を誘導する(③)。細胞のタンパク質分解システムのオートファジー(④)とプロテアソーム(⑤)は不良タンパク質の分解を促進して小胞体ストレスを軽減する。ヒドロキシクロロキンはオートファジーを阻害し(⑥)、ジスルフィラムはプロテアソームを阻害する(⑦)。その結果、ヒドロキシクロロキンとジスルフィラムは抗がん剤によるタンパク質毒性ストレスによる細胞死を促進する。
918)タンパク質毒性ストレスを高めるがん治療法(その1):ヒドロキシクロロキンとジスルフィラム
【タンパク質は小胞体で折り畳まれる】
タンパク質なしでは生命は存在しません。このタンパク質が正しく機能するためには、3次元的に正しく折り畳まれる必要があります。
タンパク質はアミノ酸が複数結合した直鎖状の分子で、可能な立体構造は無数に存在しますが、細胞内では熱力学的に最も安定な立体構造を自発的にとります。
このようにタンパク質が機能するために特定の立体構造に折り畳まれることを「タンパク質折り畳み(Protein Folding)」と言っています。
タンパク質折り畳みは小胞体で行われます。小胞体は真核生物の細胞内小器官の一つで、一重の生体膜に囲まれた板状あるいは網状の膜系の器官です。
細胞質を横断するようにして核膜までつながる袋状の膜構造によって構成されます。
小胞体は、その構造と機能によって、2つに分けられます。一つは粗面小胞体 (Rough endoplasmic reticulum) と呼ばれ、小胞体膜の細胞質側にリボソームが付着しています。粗面小胞体は、主にタンパク質合成に関与します。
もう一方は、滑面小胞体 (Smooth endoplasmic reticulum) と呼ばれ、リボソームが付着していない小胞体です。滑面小胞体は、酵素およびその代謝産物の貯蔵を行います。
リボソームで合成された膜タンパク質や分泌タンパク質は、小胞体内やゴルジ体で「タンパク質の折り畳み」や、「糖鎖の結合」などたんぱく質の翻訳後修飾を受けて正しい機能を発揮できるたんぱく質として完成します。
小胞体はタンパク質の折り畳み以外にも、脂肪やステロイドの合成、解毒、エネルギー代謝、細胞内カルシウムの制御、酸化還元反応を制御など多彩な機能を果たしています。
つまり、小胞体の機能が破綻すると、細胞は増殖も生存もできなくなります。これが、がん細胞に小胞体ストレスを誘導・亢進する方法ががん治療法となる理由です。
図:細胞核の中でDNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNA(メッセンジャーRNA)が生成される過程を転写という(①)。リボソームではmRNAの情報に基づき、アミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成され、これを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖(③)は小胞体で3次元的に折り畳まれて、機能を発揮する(④)。小胞体には、リボソームが付着した粗面小胞体と付着していない滑面小胞体がある(⑤)。
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、側鎖の違いによって個々の性質を持ちます。その性質の一つに、水になじみやすい親水性のアミノ酸と、水になじみにくい疎水性のアミノ酸があります。この親水性と疎水性という性質がタンパク質の3次構造の決定に重要な要素になります。
タンパク質には親水性のアミノ酸が密に存在している部分と、疎水性のアミノ酸が多数集まっている部分が混在しています。この場合、細胞内は水分で満たされているため、疎水性アミノ酸の多い部分はタンパク質の内部に折り込まれ、親水性のアミン酸の多い部分は外側に集まるような力が働いて、ある程度は自然に安定的な3次元構造に折り畳まれるのです。
多くのタンパクやペプチドはさらに様々な化学修飾を受けます。これは翻訳後修飾と呼ばれます。
例えば、リン酸化や糖鎖付加、ジスルフィド(S-S)結合の形成の他にメチル化、イソプレニル化などの化学修飾や、酵素による切断などが知られています。
ジスルフィド結合(S-S結合)はシステインが持っているイオウ原子(S)同士が共有結合します。
タンパク質の3次元構造は、このジスルフィド結合と、疎水性アミノ酸同士が集合する性質による疎水性相互作用、アミノ酸が持つ水素原子間の相互作用(水素結合)、アミノ酸側鎖のプラスとマイナスの電気的な引力や斥力からなる静電的相互作用などによって、構造が安定化されます。
【折り畳みの異常なタンパク質が増えると小胞体ストレスを起こす】
折り畳みに失敗した異常なタンパク質は小胞体にとどまります。
このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常タンパク質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic reticulum stress)と言います。
小胞体ストレスの原因となる変性タンパク質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質(抗がん剤など)、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。
変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。
小胞体ストレスはアルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。
小胞体ストレスが生じると、細胞は小胞体ストレスを軽減する応答が発動します。これを小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR) と言います。
小胞体に異常タンパク質が増えると、まず、タンパク質の翻訳(合成)を抑制します。さらに、折り畳み不全の異常タンパク質を正常化する分子シャペロンのGRP78と言うタンパク質の合成を亢進し、異常タンパク質の修復を行います。それでも異常タンパク質が減らなければ、異常タンパク質をプロテアソームやオートファジーで分解します。
しかし、小胞体ストレスが強度で長期に及んだり、小胞体ストレス応答が阻害されたりすると、細胞はアポトーシスのシグナルのスイッチが入り、自滅します。(下図)
図:栄養飢餓(グルコース枯渇)や虚血や低酸素が起こると(①)、折り畳みに異常をきたした不良タンパク質が小胞体に蓄積する(②)。これを『小胞体ストレス』という(③)。小胞体ストレスに対して細胞は小胞体ストレス応答で対抗する(④)。すなわち、タンパク質の合成を抑制したり(⑤)、分子シャペロンのGRP78の発現を亢進して、異常タンパク質の折り畳みを助けて、不良タンパク質の軽減を行う(⑥)。さらに、異常タンパク質のプロテアソームでの分解を促進して小胞体ストレスを軽減する(⑦)。しかし、小胞体ストレスが軽減できず、強い小胞体ストレスが長期に及ぶと、細胞はアポトーシスによる細胞死を起こす(⑧)。したがって、がん細胞に小胞体ストレスを高め、小胞体ストレス応答を阻害すると、がん細胞を自滅できる。
【細胞内のタンパク質はプロテアソームとオートファジーで分解される】
細胞におけるタンパク質の分解には、ユビキチン・プロテアソーム系とオートファジー・リソソーム系の2つがあります。
ユビキチン・プロテアソーム系はタンパク質に付加されたユビキチン鎖をプロテアソームが認識し,ATP依存的に標的タンパク質を分解するシステムです。
ユビキチン(Ubiquitin)は,アミノ酸76残基からなり,酵母からヒトまであらゆる真核細胞に存在する進化的に保存されたタンパク質です。
ユビキチンは不要なタンパク質、たとえば折り畳み不全などの出来損なったタンパク質や古くなったタンパク質にユビキチンリガーゼによって複数個付加(ポリユビキチン化)されることで、タンパク質分解のシグナルとして働きます。つまり、「このタンパク質を分解してくれ」という目印になります。
ユビキチン自体はあくまで目印なので、分解を行うのは他の物質です。ユビキチンが結合した不要たんぱく質をシュレッダーのように分解する酵素をプロテアソームといいます。
プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼ複合体で、分解目印として働くユビキチンが結合したたんぱく質を選択的に壊す複雑な細胞内装置です(下図)。
図:分解されるタンパク質はユビキチンが複数個結合し、ユビキチンが結合したタンパク質をプロテアソームが認識して、タンパク質を分解する。分解されたタンパク質に結合していたユビキチンは再利用される。
オートファジー (Autophagy) は、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つです。「auto-」はギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語で「phagy」は「食べること」の意で、「自食(じしょく)」と日本語訳されています。「自分を食べる」という意味です。
オートファジーは細胞内タンパクや小器官を二重の脂質膜で包み込み,これをリソソームに輸送して分解する仕組みです。リソソーム(Lysosome)は酸性で働く種々の加水分解酵素を内包しており,細胞内外から取り込まれた生体分子を加水分解する細胞内小器官の一つです。
細胞は栄養飢餓に陥るとオートファジーにより細胞質や細胞内小器官の一部を分解および再利用し、細胞の生存に必要なエネルギーやアミノ酸を得ています。
さらに、オートファジーを使い老廃物や損傷したミトコンドリア、病原体、異常タンパク質を除去しており、それにより神経変性疾患、がん、糖尿病、心不全、各種の炎症や感染症など、さまざまな疾患の発症を抑制していることが明らかになっています。
細胞が飢餓条件下におかれると、細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れます。その後、膜は細胞質内の異常タンパク質や細胞内小器官を取り込みながら伸長し、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成されます。オートファゴソームがリソソームと融合して内包物は分解されます。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用されます。(図)
図:細胞質に隔離膜と呼ばれる扁平な小胞が現れ、異常なタンパク質や細胞内小器官を取り込む(①)。その後、膜は細胞質を取り込みながら伸長し(②)、先端どうしが融合して、オートファゴソームが形成される(③)。 オートファゴソーム内にはミトコンドリアなどの大きなオルガネラも含まれる。オートファゴソームがリソソームと融合すると(④)、内包物は分解される(⑤)。自己消化で得られたアミノ酸は栄養源として再利用される(⑥)。
【オートファジーは抗がん剤や放射線によるダメージからがん細胞を保護する】
オートファジーは細胞内の異常タンパク質を分解してリサイクル(再利用)するシステムです。抗がん剤などでダメージを受けた細胞内小器官や異常タンパク質を分解して細胞のストレス負荷(小胞体ストレス)を軽減し、同時に栄養枯渇した状態において、細胞内のタンパク質やエネルギーを産生するための物質を得るために分解した栄養素をリサイクルすることによって生存を維持します。
オートファジーの細胞保護機能は栄養欠乏の条件下で細胞の生存に必要なエネルギーと代謝中間体を提供するものとして一般的に理解されています。抗がん剤治療に対する抵抗性のメカニズムの一つとしてオートファジーが注目されています。
抗がん剤治療で小胞体ストレスが亢進すると細胞に死滅しやすくなります。オートファジーは異常タンパク質を分解して小胞体ストレスを軽減すると同時に、タンパク質を分解してアミノ酸を再利用して増殖に使うことができます。
つまり、オートファジーはがん細胞を抗がん剤によるダメージから守る作用があります。
したがって、抗がん剤治療にオートファジー阻害剤を併用すると、小胞体ストレスの亢進と、栄養飢餓が亢進して細胞が死滅しやすくなって、抗がん剤の効き目を高めることができます。
図:リボソームで合成されたタンパク質は小胞体で折り畳みや翻訳語修飾を受けて正常な機能を持ったタンパク質になる(①)。抗がん剤治療は小胞体にダメージを与え(②)、小胞体ストレスを引き起こし(③)、小胞体内で折畳み不全の異常タンパク質が増える(④)。小胞体内に異常タンパク質が凝集して蓄積し(⑤)、細胞機能が阻害されて細胞死が誘導される(⑥)。異常タンパク質はオートファゴソームに取り込まれ(⑦)、リソソームと癒合してオートファジーのメカニズムで分解される(⑧)。オートファジーは小胞体ストレス負荷を軽減し、栄養素をリサイクルすることによって(⑨)、細胞死を阻止する(⑩)。
【ヒドロキシクロロキンはオートファジーを阻害する】
クロロキン(chloroquine)はマラリアの治療もしくは予防のために1940年代から用いられています。クロロキンの側鎖末端にヒドロキシル基(-OH)が付加したのがヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)です。
図:ヒドロキシクロロキンはクロロキンの側鎖末端にヒドロキシル基(-OH)が付加している。
ヒドロキシクロロキンの薬物動態はクロロキンと同様ですが、消化管からの吸収がより速やかで腎臓からの排泄も速く、クロロキンより毒性が低いので、ヒドロキシクロロキンの方が主に使用されています。
シトクロムP450酵素(CYP 2D6、2C8、3A4、3A5)で代謝されます。
WHO必須医薬品モデル・リストに収載されている薬です。
ヒドロキシクロロキン硫酸塩(Hydroxychloroquine sulfate)は、マラリア、皮膚エリテマトーデス、全身性エリテマトーデスの治療薬として世界中で広く使用されています。 現在ではクロロキンに耐性を持つマラリア原虫が出現しているため、マラリア治療にはクロロキンやヒドロキシクロロキを単独で用いることはあまりなく、他の薬剤と併用されています。
日本では2015年に全身性エリテマトーデス(SLE)の治療薬として承認されていますが、米国では1955年に承認され、現在では欧州諸国を含む70カ国以上で、全身性エリテマトーデスの標準的治療薬として広く使用されています。 関節リュウマチや皮膚筋炎などの他の自己免疫疾患の治療にも使用されています。
ヒドロキシクロロキン硫酸塩(商品名:プラケニル)は免疫調節薬に分類されており、免疫系を抑制することによって自己免疫疾患の活動性を抑制します。全身性エリテマトーデスでステロイドと免疫抑制薬を使用している場合、ヒドロキシクロロキン硫酸塩(プラケニル)を加えることによってステロイドをより減量しやすくなります。
近年、ヒドロキシクロロキンががん治療で注目されています。
その理由は、ヒドロキシクロロキンは細胞内のタンパク質を分解するオートファジー(autophagy)を阻害する作用があるためです。
オートファジー阻害薬はがん治療薬として開発が行われていますが、ヒドロキシクロロキンは現時点でFDA(米国食品医薬品局)が承認している医薬品の中でオートファジ阻害作用が証明されている唯一の医薬品です。
オートファジー阻害作用は、がん細胞の細胞死を誘導し、抗がん剤感受性を高めます。
オートファジーは細胞内の異常タンパク質を分解してリサイクル(再利用)するシステムです。 抗がん剤などでダメージを受けた細胞内小器官や異常タンパク質を分解して細胞のストレス負荷(小胞体ストレス)し、同時に栄養枯渇した状態において、細胞内のタンパク質やエネルギーを産生するための物質を得るために分解した栄養素をリサイクルすることによって生存を維持します。
したがって、抗がん治療にオートファジー阻害剤を併用すると、小胞体ストレスの亢進と、栄養飢餓が亢進して細胞が死滅しやすくなって、抗がん剤の効き目を高めることができます。
がん治療におけるヒドロキシクロロキンの投与量は、通常1日400mgから600mgで、1日2回に分けて投与されることが多いです。
図:リボソームで合成されたタンパク質は小胞体で折り畳みや翻訳語修飾を受けて正常な機能を持ったタンパク質になる(①)。抗がん剤治療は小胞体にダメージを与え(②)、小胞体ストレスを引き起こし(③)、小胞体内で折畳み不全の異常タンパク質が増える(④)。異常タンパク質はオートファゴソームに取り込まれ(⑤)、リソゾームと癒合してオートファジーのメカニズムで分解され、小胞体ストレスを軽減する(⑥)。ヒドロキシクロロキンはオートファジーの過程を阻害する(⑦)。したがって、抗がん剤治療とヒドロキシクロロキンを併用すると、小胞体ストレスが亢進し、小胞体内に異常タンパク質が凝集して蓄積し(⑧)、細胞機能が阻害されて細胞死が誘導される(⑨)。
【ジスルフィラムは小胞体ストレスを亢進してアポトーシスを誘導する】
小胞体ストレス(Endoplasmic reticulum stress)とは、正常な高次構造にフォールディング(折り畳み)されなかったタンパク質(変性タンパク質; unfolded protein)が小胞体に蓄積し、それにより細胞への悪影響(ストレス)が生じることす。
小胞体ストレスは細胞の正常な生理機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避し、恒常性を維持する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞の反応を小胞体ストレス応答(unfolded protein response:UPR)といいますが、変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。
ジスルフィラムは小胞体ストレスを亢進してがん細胞のアポトーシスを誘導する作用が指摘されています。以下のような論文があります。
Induction of autophagy-dependent apoptosis in cancer cells through activation of ER stress: an uncovered anti-cancer mechanism by anti-alcoholism drug disulfiram.(小胞体ストレスの活性化によるがん細胞のオートファジー依存性アポトーシスの誘導:アルコール中毒治療薬ジスルフィラムによる新規の抗がんメカニズム)Am J Cancer Res. 2019 Jun 1;9(6):1266-1281.
この論文では、ジスルフィラムの抗がん作用の新規のメカニズムとして、小胞体ストレスの誘導を報告しています。強い小胞体ストレスが長期間持続すると細胞は死滅するということです。
図:リボソームで合成されたタンパク質は小胞体で折り畳みや翻訳語修飾を受けて正常な機能を持ったタンパク質になる(①)。小胞体内で折り畳み不全のタンパク質が増えると小胞体ストレスを引き起こし(②)、小胞体ストレスが亢進すると異常タンパク質の凝集と蓄積によって(③)、細胞死(アポトーシス)が起こる(④)。細胞はオートファジー(⑤)とユビキチン・プロテアソーム系(⑥)で異常タンパク質を分解することによって小胞体ストレスを軽減する。ジスルフィラムはプロテアソームでのタンパク分解を阻害する(⑦)。さらに、ジスルフィラムは活性酸素の産生を増やし(⑧)、酸化ストレスを亢進して変異タンパク質を増やし(⑨)、さらに細胞死を促進する(⑩)。
がん細胞は、正常な細胞に比べてストレスの多い状況で生きています。それは、低酸素や低グルコースや異常タンパク質の蓄積や活性酸素の産生増加などによって細胞内でストレスの高い状況が起こっているのです。
ストレスの代表が小胞体ストレスと酸化ストレスです。
この小胞体ストレスと酸化ストレスをがん細胞に特異的に高めることによってがん細胞を選択的に死滅させようという治療法が注目されています。
抗がん剤治療や放射線治療は、がん細胞に小胞体ストレスや酸化ストレスを高めて死滅させます。これに対して、がん細胞や小胞体ストレス応答や抗酸化システムを亢進して対抗します。
がん細胞の抵抗(小胞体ストレス応答や抗酸化システム)を阻害すると、抗がん剤治療や放射線治療の効果を高めることができます。(図)
図:がん組織内ではがん細胞は低酸素や低グルコースによるストレスを受け、さらに抗がん剤や放射線もがん細胞にダメージを与える(①)。その結果、がん細胞は異常タンパク質や活性酸素種の産生増加と蓄積によって、小胞体ストレスと酸化ストレスを受ける(②)。これに対して、がん細胞は小胞体ストレス応答、抗酸化システム、オートファジーやプロテアソームにおけるタンパク質分解などのメカニズムで細胞内ストレスに対して応答して、細胞死を免れようとする(③)。このバランスが崩れて、小胞体ストレスおよび酸化ストレスが増強すると、細胞傷害の増大によって細胞死(アポトーシス、フェロトーシス)が起こる(④)。2-デオキシグルコース、メトホルミン、ジスルフィラム、アルテスネイト、ジクロロ酢酸ナトリウム、ヒドロキシクロロキンは小胞体ストレス応答や抗酸化システムやオートファジーやプロテアソームを阻害することによってストレス応答を阻害する(⑤)。さらに、異常タンパク質や活性酸素の蓄積を亢進して小胞体ストレスと酸化ストレスを亢進する(⑥)。がん細胞内のストレスを増強し、ストレス応答による恒常性維持機構を破綻させると、タンパク質毒性ストレス(Proteotoxic stress)によってがん細胞を死滅できる。
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