821)乳がん治療におけるドコサヘキサンエン酸(DHA)の有効性

図:オメガ3系多価不飽和脂肪酸(あるいはn-3系多価不飽和脂肪酸)のα-リノレン酸(①)は亜麻仁油や紫蘇油(エゴマ油)やクルミに多く含まれる(②)。エイコサペンタエン酸(③)とドコサヘキサエン酸(④)は微細藻類(⑤)や魚類(⑥)に多く含まれるが植物油には含まれない。α-リノレン酸を摂取すると一部はエイコサペンタエン酸に変換される(⑦)。しかしドコサヘキサエン酸への変換は極めて少ない(⑧)。オメガ3系多価不飽和脂肪酸は、乳がんの発生や再発を予防する効果、抗がん剤治療の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める効果、悪液質を改善する効果、がん縮小効果などによって乳がん患者のQOL(生活の質)を改善し、生存率を向上する(⑨)。しかし、乳がんの予防や治療に対する効果はドコサヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸に比べてα-リノレン酸は弱い。したがって、亜麻仁油や紫蘇油やくるみを多く摂取しても乳がんの予防や治療に対する効果は低い。

821)乳がん治療におけるドコサヘキサンエン酸(DHA)の有効性

【ドコサヘキサンエン酸(DHA)は乳がん細胞の抗がん剤感受性を高める】
DHAは細胞膜の構造成分です。 DHAは、α-リノレン酸からの伸長および不飽和化ステップによる内因性合成の速度が制限されているため、主に食事によって提供されます。食事やサプリメントで摂取後、DHAは血漿リン脂質に組み込まれます。
細胞分裂しているがん細胞は、がん細胞の細胞膜を合成する過程で血漿リン脂質から脂肪酸をとりこみます。したがって、血漿リン脂質のDHAが多いと、がん細胞にDHAが多く取り込まれます。
DHAは1分子に不飽和結合が6個存在し、活性酸素を産生しやすく、DHAを多く取り込んだがん細胞は、アントラサイクリンなどの酸化ストレスを高める抗がん剤の効果が高まることが報告されています。
以下のような報告があります。

Improving outcome of chemotherapy of metastatic breast cancer by docosahexaenoic acid: a phase II trial(ドコサヘキサエン酸による転移性乳がんの化学療法の結果の改善:第II相試験)Br J Cancer. 2009 Dec 15; 101(12): 1978–1985.

【要旨の抜粋】
背景:遠隔転移が発生すると、乳がんは致命的になる。この段階でのがん治療は、追加の毒性をもたらすことなく、症状を緩和し、死を遅らせることが目標になる。正常細胞とがん細胞には抗酸化システムに違いがあり、ドコサヘキサエン酸(DHA)は酸化ストレスを高めるので、細胞膜の脂質にDHAが多く取り込まれると、がん細胞は正常細胞より抗がん剤に対して酸化障害によるダメージを受けやすい。

方法:この臨床試験はオープンラベルのシングルアーム第II相試験で、急速に進行する遠隔転移を伴う乳がん患者(n=25)のアントラサイクリンベースの化学療法に毎日1.8 gのDHAを追加することの安全性と有効性(奏功率)を主要エンドポイントとして評価した。二次エンドポイントは、無増悪生存期間と全生存期間であった。

結果:客観的奏功率は44%であった。平均追跡期間は31か月(範囲2〜96か月)で、無増悪生存期間の中央値は6か月で、全生存期間の中央値は22か月であった。血漿DHAの取り込みが最も高かった患者の亜集団(n = 12)では全生存期間の中央値は34か月に達した。最も一般的なグレード3または4の毒性は好中球減少症(80%)であった。

結論:化学療法中のDHAには有害な副作用がなく、がん細胞に高度に組み込まれると化学療法の結果を改善することができる。 DHAは、がん細胞を特異的に抗がん剤感受性にする可能性がある。

この研究ではコントロール群のないシングルアーム第II相試験で、遠隔転移を伴う乳がん患者のアントラサイクリンベースの化学療法の従来の成績と比較して、その安全性と有効性を検討しています。その結果、「DHAの併用には有害な副作用がなく、がん細胞に高度に組み込まれると化学療法の結果を改善することができる」という結論になっています。

ドコサヘキサエン酸(DHA)が抗がん剤の効き目を高める効果があることが、多くの研究で示されています。
食事やサプリメントから摂取されたDHAは、特に腫瘍細胞や腫瘍組織などの急速に成長または増殖する細胞の細胞膜リン脂質に組み込まれます。
培養乳がん細胞株を使用して、これらの細胞をDHA存在下で培養すると、さまざまな抗がんクラスの薬剤に対する感受性が高まることが報告されています。

さらに臨床試験で、化学療法の前に開始され、化学療法中に継続されたDHA(魚油または藻類由来のDHA)の長期(数週間)補給は、抗がん剤に対する乳がん細胞の感受性を増加させることが示されています。
特に、アントラサイクリンなどの酸化ストレス誘発性抗がん剤の抗腫瘍効果を高めます

同様の結果が放射線療法でも観察されています。 これは、DHAが乳がん細胞を抗がん剤や放射線に対してより感受性を高める可能性があることを示しています。
抗がん剤や放射線に対するがん細胞のDHA誘発性の増感は、抗酸化物質であるα-トコフェロールを添加することによって用量依存的に阻止されました。 これはDHAの抗腫瘍効果が酸化傷害と関連することを意味します。
6つの二重結合を持つDHAは、最も過酸化性の高い脂肪酸の1つであり、化学療法に対する腫瘍細胞の感受性の増加は、抗がん剤によって誘発される酸化ストレスの結果として、膜に富むDHAの過酸化に一部起因する可能性があります。

がん細胞の抗酸化力を阻害すれば、DHAによる抗がん剤や放射線に対する感受性をさらに高めることができます。がん細胞の抗酸化力を抑制する方法として2-デオキシ-D-グルコースメトホルミンなどが有効です。さらにオーラノフィンジスルフィラムなどもがん細胞の酸化ストレスを高めます。したがって、これらを併用すると、がん細胞を酸化ストレスによって死滅できます。(下図)

図:放射線照射や抗がん剤はがん細胞の活性酸素の産生を高め(①)、細胞増殖抑制や細胞死誘導を引き起こす(②)。がん細胞はNrf2の活性を亢進し(③)、活性酸素消去酵素や抗酸化物質の産生を増やすことによって活性酸素種を消去し、酸化ストレスを軽減している(④)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはNrf2の活性を阻害する作用がある(⑤)。オーラノフィンとジスルフィラムは活性酸素の産生を増やす(⑥)。ドコサヘキサエン酸(⑦)が細胞膜の脂質に多く取り込まれると、活性酸素による過酸化脂質を増やすことによって細胞膜を傷害し(⑧)、細胞死を誘導する。

アントラサイクリン関連の心筋毒性は、化学療法によって生成された活性酸素種による直接的な心筋傷害の結果として考えられているため、DHAの追加はこの毒性を潜在的に増幅する可能性があります。しかし、この試験では心臓毒性の増強は報告されていません。
その理由の一つは、心筋細胞は細胞分裂していないので、食事から摂取したDHAは細胞分裂しているがん細胞に多く取り込まれ、心筋細胞にはあまり取り込まれないためと考えられます。
つまり、乳がんのアントラサイクリンベースの抗がん剤治療にDHAを併用しても、副作用は増強せず、抗腫瘍効果を高めることができます
この際、抗酸化物質のサプリメントは摂取しない方がよいと言えます。むしろ、抗酸化作用を阻害する治療法の併用が有効になります。

乳がんの手術前の補助化学療法の効果をDHAが増強することが報告されています。以下のような報告があります。

Effects of Omega-3 Supplementation on Ki-67 and VEGF Expression Levels and Clinical Outcomes of Locally Advanced Breast Cancer Patients Treated with Neoadjuvant CAF Chemotherapy: A Randomized Controlled Trial Report(術前補助化学療法の CAF 化学療法で治療された局所進行乳がん患者の Ki-67 および VEGF 発現レベルと臨床転帰に対するオメガ-3 補給の効果: 無作為化比較試験報告)Asian Pac J Cancer Prev. 2019 Mar 26;20(3):911-916.

手術前の補助化学療法としてシクロホスファミド/ドキソルビシン/5-フルオロウラシル(CAF)療法を受けた48人の局所進行乳がん患者を対象として、オメガ3不飽和脂肪酸(介入群)またはプラセボ(対照群)の無増悪生存期間と全生存期間を比較した二重盲検ランダム化比較試験です。
細胞分裂の指標のKi-67の発現率は対照群が42.4±4.8%に対して介入群(オメガ3投与群)では39.2±5.3%で統計的有意な低下を認めました。(p=0.032)
血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現もオメガ3不飽和脂肪酸投与群で有意に低下しました。

介入群の全生存期間(30.9±3.71週間)は、対照群(25.9±3.6週間)と比較して有意に延長しました。無増悪生存期間は、対照群(23.7±3.6週間)と比較して介入群(28.5±3.3週間)で有意に延長しました 。
つまり、オメガ3脂肪酸の補給は、CAF補助化学療法と乳房切除術で治療された局所進行乳がんの全生存期間と無増悪生存期間を改善することが示されました。

【DHAはがん細胞のフェロトーシスを促進する】
私たちの体内には、体重60kgで平均4g程度(2~6gくらい)の鉄が存在します。鉄は全て食事から体内に摂取しています。鉄はイオンの価数が変化する遷移金属で、簡単に二価イオン(Fe2+)と三価イオン(Fe3+)の両方の型を行き来するので、電子の移動を伴う生体反応に利用されます。
血液中では鉄イオンはトランスフェリンに結合して細胞まで運ばれます。トランスフェリンは細胞膜にあるトランスフェリン受容体と結合し,エンドサイトーシスによって取り込まれ、細胞内に鉄イオンを放出します。 
増殖活性の高いがん細胞は、細胞膜のトランスフェリン受容体の発現量が増え、正常細胞に比べて鉄の取込みが増えています。鉄イオンは細胞の呼吸、核酸合成、増殖などに必須な補助因子として重要な役割を果たしています。したがって、がん細胞は鉄の需要が増え、鉄の取込みが増えています。   

さらに、がん細胞内では鉄イオンの調節に破綻をきたし、酸化還元活性のあるフリーの2価鉄(Fe2+)が過剰に存在する状況になっています。 鉄は過剰になると活性酸素発生の触媒作用を発揮することによって細胞の酸化傷害を引き起こします。フリーの2価鉄は過酸化水素(H2O2)と反応して酸化作用の強いヒドロキシルラジカルを発生させ、さらに脂質と反応して脂質ラジカルを発生させて強い細胞傷害を引き起こします。

がん細胞内に過剰な2価鉄イオンが存在することを利用して、がん細胞を死滅させる治療が注目されています。鉄が関与するフェロトーシス(ferroprosis)という細胞死の存在とメカニズムが明らかになってきたからです。フェロトーシスでは、鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって細胞死が起こります。細胞内の鉄に依存する細胞死であり,ほかの金属類には依存しません。「フェロ(Ferro)」は「鉄」という意味です。

図:がん細胞はトランスフェリン受容体の発現が増加し、鉄の取り込みが増えている。細胞内の鉄は活性酸素種の産生を増やし、細胞膜の脂質を過酸化して細胞膜を傷害し、細胞膜を破綻して細胞死を誘導する。この細胞死をフェロトーシスという。

がん細胞は細胞分裂をして数を増やし、増殖します。細胞数を増やすために、細胞膜に使う脂肪酸の合成が亢進しています。さらに、がん細胞は自分で作った脂肪酸以外に、食事から摂取して血液中に存在する脂肪酸を積極的に取り込んで、細胞膜の合成に使います。つまり、食事からのDHAやEPAの摂取を増やすと、がん細胞の細胞膜にDHAやEPAが多く取り込まれます。
 EPAは二重結合が5個、DHAは二重結合が6個存在する多価不飽和脂肪酸です。不飽和脂肪酸は酸化されて過酸化脂質になります。EPAやDHAは酸化されやすいので、鉄を多く含み、活性酸素の産生が増加しているがん細胞では、EPAとDHAは過酸化脂質を増やし、細胞膜の酸化傷害を増強します。つまり、EPAやDHAを多く取り込んだがん細胞はフェロトーシスを起こしやすくなるのです

放射線治療や多くの抗がん剤は、がん細胞に活性酸素を産生してフェロトーシスで最終的に死滅することが明らかになっています。したがって、食事からのDHAとEPAの摂取を増やすと、放射線や抗がん剤による細胞死を起こしやすくなります。

放射線治療や抗がん剤治療以外で、がん細胞に活性酸素の発生量を増やす方法として、高濃度ビタミンC点滴アルテスネイトジクロロ酢酸ナトリウムなどがあります。がん細胞にDHAを多く取り込ませた後に、このような活性酸素を多く発生する治療を行うと、がん細胞を選択的に死滅できます。

図:食事(①)からのドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は細胞膜に取り込まれる(②)。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいので、がん細胞内で鉄介在性に活性酸素の産生が高まると(③)、脂質の過酸化によって細胞は酸化傷害を受け(④)、フェロトーシスの機序で死滅する(⑤)。抗がん剤、放射線照射、アルテスネイト、鉄剤、高濃度ビタミンC点滴、スルファサラジン、ジクロロ酢酸ナトリウムはがん細胞に比較的選択的にフェロトーシスを誘導する(⑥)。食事からのDHA/EPAの摂取量を増やすと、がん細胞のフェロトーシスを増強できる。(赤丸は活性酸素による脂質酸化を示す。多価不飽和脂肪酸は酸化を受けやすいことを示している。)

【DHAとEPAは脂質ラフトの性状を変えて、抗腫瘍効果を発揮する】
細胞膜はリン脂質を基本成分とする油の膜(脂質二重層)から成り、そこに膜タンパク質が挿入されて出来ています。細胞膜は流動的で、膜タンパク質は生体膜上をダイナミックに移動しています。
細胞膜は均一な構造体ではなく、ところどころに分子の集合体を作っています。このように分子が集まった微小領域を膜マイクロドメイン、あるいは脂質ラフト(lipid raft)と言います。
ラフト(Raft)とは筏(いかだ)のことで、細胞膜中に特定の脂質(スフィンゴミエリンやコレステロールなど)とタンパク質(受容体など)が集合した領域(構造)が存在し、それが脂質ラフトです。
脂質ラフトはステロールとスフィンゴ脂質に富んだ10-200 nmサイズの小さく不均一で非常に動的なドメイン(領域)であり、細胞機能のコンパートメント化(区画化)を担っています

脂質ラフトには飽和脂肪酸が多く存在、飽和脂肪酸とコレステロールの含有が多い結果、周囲の膜よりも流動性が低くなります。Srcファミリーキナーゼ、Gタンパク質、成長因子受容体、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)など、シグナル伝達に関与する多くのタンパク質は主に脂質ラフトに見られます。様々なシグナル伝達成分を共局在化させ、それらの相互作用を促進することで、シグナル伝達のプラットフォーム(土台や基盤)およびハブ(複数のネットワークの接続点)として機能しています。(下図)

図:細胞膜(①)の脂質分布は均質ではなく、一部の脂質は限局したドメイン(領域)を形成している。これを流動膜に浮かぶ筏(いかだ)になぞらえて脂質ラフトと呼ぶ(②)。脂質ラフトの脂質およびタンパク質組成は周囲の細胞膜とは異なり、コレステロールやスフィンゴ脂質が多い(③)。脂質ラフトにはシグナル伝達系のタンパク質が集合し、シグナル分子間の相互作用のプラットフォームおよびハブとして機能している。

食事は細胞膜の組成に大きな影響を与える可能性があります。細胞膜自体はリン脂質で構成されているため、食物中の脂質が膜構造に影響を与えます。
哺乳類細胞は、ほとんどの脂肪酸を内因的に生成できますが、オメガ6(n-6) または オメガ3(n-3)脂肪酸を新たに生成するのに必要な酵素を欠いています。したがって、これらの脂質は食事から摂取する必要があり、不可欠であると考えられています。
がん細胞は細胞分裂をして数を増やし、増殖します。細胞数を増やすために、細胞膜に使う脂肪酸の合成が亢進しています。さらに、がん細胞は自分で作った脂肪酸以外に、食事から摂取して血液中に存在する脂肪酸を積極的に取り込んで、細胞膜の合成に使います。食事からのDHAやEPAの摂取を増やすと、がん細胞の細胞膜にDHAやEPAが多く取り込まれます。

がん細胞の細胞膜に取り込まれたDHAやEPAががん細胞の脂質ラフトの性状を変えることによって、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する作用が報告されています
がん細胞を使った実験で、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)を投与すると、脂質ラフトのコレステロールとスフィンゴミエリンの含有量が減少し、脂質ラフト自体が減少することが報告されています。
つまり、DHAやEPAは脂質ラフトのコレステロールや飽和脂肪酸の量を減らし、がん細胞の脂質ラフトとそこに分布する増殖関連タンパク質を減らして増殖シグナルの伝達系を抑制します。その結果、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導することが報告されています。

【DHAは副作用の少ない抗がん剤になる】
DHAの代謝産物が直接的な抗がん作用を発揮することが報告されています。
以下のような報告があります。米国のペンシルバニア州立大学医学部やコロラド州立大学の研究グループからの報告です。

Lipoxygenase catalyzed metabolites derived from docosahexaenoic acid are promising antitumor agents against breast cancer(ドコサヘキサエン酸に由来するリポキシゲナーゼ触媒代謝物は、乳がんに対する有望な抗腫瘍剤である)Sci Rep. 2021 Jan 11;11(1):410.

【要旨】
ドコサヘキサエン酸(DHA)は、ラットの乳がんを抑制することが知られている。ここでは、DHA自体またはその代謝物の抗腫瘍作用を検討した。リポキシゲナーゼ経路に由来する代謝物に焦点を当てたのは、それらがDHAと比較して優れた抗がん作用を発揮することを以前に示したからである。 4-OXO-DHAが最も抗がん作用が強いことが示されていた。
DHAを与えられたラットの血漿と乳腺でいくつかのDHAのリポキシゲナーゼ代謝物が検出された。また、ラット血漿中の4-OXO-DHAを初めて同定した。レポーターアッセイでは、4-OXO-DHAと4-HDHAはDHAよりもPPARɣのより効果的な活性化因子であった。
乳がん細胞株では、4-OXO-DHAはPPARɣと15-ヒドロキシプロスタグランジンデヒドロゲナーゼ(15-PGDH)を誘導し、NF-κBの活性を阻害し、PI3KとmTORのシグナル伝達を抑制した。
4-OXO-DHAは他のヒドロキシル化DHAには無い特殊な構造特性を有し、NF-κBのシステイン残基を共有結合的に修飾できることを示した。
また、DHAの化学予防効果は、発がん物質(MNU)によって誘発されたラット乳腺腫瘍と、非腫瘍性乳腺組織の両方で、PGE2レベルの有意な低下と関連していることが示された。
まとめると、我々の結果は、4-OXO-DHAが将来の化学的予防研究で選択される代謝物であることを示している。

つまり、DHAがリポキシゲナーゼによって代謝されて産生される4-OXO-DHAがPPARɣを誘導し、NF-κBの活性を阻害し、PI3KとmTORのシグナル伝達系を抑制して、強力な抗がん作用を発揮するということです。がん組織はリポキシゲナーゼ活性が高いので、DHAを多く摂取すると、抗がん作用のあるDHA代謝産物も増えます。
以下のような報告があります。

Role of docosahexaenoic acid in enhancement of docetaxel action in patient-derived breast cancer xenografts(患者由来の乳癌異種移植片におけるドセタキセル作用の増強におけるドコサヘキサエン酸の役割)Breast Cancer Res Treat. 2019 Sep;177(2):357-367.

この報告では、2つの異なる薬剤耐性トリプルネガティブ乳がん患者由来異種移植片(MAXF574とMAXF401)を用いた実験系で、ドセタキセルの抗がん作用をDHAが増強するかどうかを検討しています。
雌のNSGマウスに2種類のトリプルネガティブ乳がん患者由来乳がん細胞を移植し、食事は対照群(0%DHA)またはDHA群(総脂肪の3.9%w / wのDHA) の2群に無作為に分けて投与し、ドセタキセルを週2回投与を6週間行いました。
DHA食餌を与えられドセタキセルで治療されたMAXF574異種移植片を有するマウスの腫瘍重量は、対照食餌を与えられたマウスと比較して57%減少し(P <0.004)、対照食餌+ ドセタキセル群と比較して64%減少し(P <0.01)、ドセタキセルなしのDHA食餌群と比較して34%減少しました(P <0.04)。
MAXF401異種移植片のマウスでは、DHA + ドセタキセル併用群は、対照食餌および対照食餌+ ドセタキセルと比較して、腫瘍重量がそれぞれ43%および34%減少しました(P <0.05)。
両方の異種移植片において、DHA + ドセタキセル併用群は、対照食餌+ドセタキセル群と比較して、アポトーシス促進タンパク質Ripk1およびBidの発現が高く、増殖マーカーKi67および抗アポトーシスタンパク質Bcl-2およびParpの発現が低く、細胞周期停止のより大きな増加をもたらしました。
つまり、化学療法治療中のDHA補給が、トリプルネガティブ乳がんにおけるドセタキセルの抗がん作用を増強することを示しています。作用機序として、アポトーシス、細胞増殖、および細胞周期経路の変化を介して起こったことを示唆しています。

【DHAは乳がん患者のアロマターゼ阻害剤による骨粗鬆症を予防する】
以下のような報告があります。

High-dose eicosapentaenoic acid and docosahexaenoic acid supplementation reduces bone resorption in postmenopausal breast cancer survivors on aromatase inhibitors: a pilot study.(エイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸の高用量補給は、アロマターゼ阻害剤による閉経後の乳がん生存者の骨吸収を減少させる:パイロット研究)Nutr Cancer, 2014;66(1):68-76.

【要旨の抜粋】
閉経後の乳がん患者は長く生存する。しかし、再発予防で使用されるアロマターゼ阻害剤は、エストロゲンレベルを低下させ、骨量減少を促進し、骨折のリスクを高める
エイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)は、アロマターゼ阻害剤の骨量減少の作用を抑制する可能性が報告されている。
この研究では、アロマターゼ阻害剤療法を受けた閉経後の乳がん生存者38人を対象にして、毎日4gのEPAとDHAを3ヶ月間投与した場合に骨吸収が減少するかどうかを検討するランダム化二重盲検プラセボ対照パイロット試験を実施した。ベースライン(試験開始時)と3カ月後で、血清脂肪酸、骨代謝回転、および炎症マーカーを分析した。

血清中のEPAおよびDHA、総オメガ-3多価不飽和脂肪酸が増加したのに対し、アラキドン酸、総オメガ-6多価不飽和脂肪酸、およびオメガ6:オメガ3不飽和脂肪酸の比率はプラセボと比較して減少した(すべてP <.05)。
骨吸収は、プラセボと比較して魚油投与群で阻害された(P <.05)。炎症マーカーに変化は認めなかった。この短期間の高用量の魚油補給研究の結果は、魚油が骨吸収を減らすことができることを示している。

【乳がん患者と生存者は治療の状況に応じて1日1〜5グラムのDHAを摂取するメリットがある】
乳がんの治療や再発予防や治療薬の副作用予防においてドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)の補充やメリットがあります。
その服用量は治療の状況やがんの進行状況に応じて決める必要があります。

ホルモン療法中の副作用軽減や再発予防の目的では1日1から2グラム程度で十分のようです。
しかし、アロマターゼ阻害剤による閉経後の乳がん生存者の骨吸収を減少させることを明らかにした臨床試験では1日4gのDHA+EPAを投与しています。
抗がん剤や放射線治療の副作用軽減や抗腫瘍効果増強の目的では1日2gから4g程度が推奨されます。
がん治療に抵抗し、有効な治療法が無くなった状況では、がん細胞に酸化ストレスを高める他の方法(アルテスネイト、高濃度ビタミンC点滴、など)と併用して1日4g以上のDHA+EPA摂取を試してみる価値はあります。

乳がんの術前化学療法にDHAを併用した場合の効果について臨床試験(DHA WIN)が行われています。このDHA WIN試験は現在進行中の臨床試験です。

Comparing docosahexaenoic acid (DHA) concomitant with neoadjuvant chemotherapy versus neoadjuvant chemotherapy alone in the treatment of breast cancer (DHA WIN): protocol of a double-blind, phase II, randomised controlled trial(乳がんの治療における術前化学療法単独と術前化学療法+ドコサヘキサエン酸の比較(DHA WIN):二重盲検第II相ランダム化比較試験のプロトコル)BMJ Open. 2019 Sep 17;9(9):e030502.

この臨床試験では、乳がんの術前化学療法を受けている52人の女性を対象として、 DHAサプリメントグループは4.4g/日のDHAを経口摂取し、プラセボグループは植物油の同等の脂肪サプリメントを摂取しています。
この臨床試験はカナダのアルバータ大学(University of Alberta, Edmonton, Alberta, Canada.)のがん治療や栄養学の専門家の研究グループです。
乳がん治療の専門家は乳がんの術前化学療法の効果を高めるためには1日4から5g程度のDHA摂取が妥当と考えているということです

術前補助化学療法(NeoAdjuvant Chemotherapy)は、手術前に抗がん剤を投与して、がんを小さくさせることで、がんの切除を可能にしたり、臓器の機能を温存させる目的で行います。目にみえない小さな転移を根絶させることも目的としています。 
抗がん剤治療が非常に良く効いて、病理学的完全奏功やがん組織が顕著に縮小した場合は、術前補助化学療法は生存率を高めることは多くの臨床試験で確かめられています。 「病理学的完全奏功」というのは、摘出した組織を病理検査して、がん細胞が見つからない状態です。ほとんどのがん細胞が死滅したか、全て消滅した可能性を意味します。 

しかし、抗がん剤であまり縮小しなかった場合は、むしろ血行性転移を促進して、再発を促進する可能性があることも指摘されています。高用量の抗がん剤治療が様々なメカニズムで転移を誘発することは多くの研究で指摘されています。 
つまり、術前補助化学療法を受けるときは、病理学的完全奏功を目指すと、再発リスクを極めて低下させることができます。 
そのためには、抗がん剤治療だけでなく、抗がん剤の効き目を高めることを自分で行う必要があります。標準治療ではそのような方法を使わないからです。 
病理学的完全奏功を達成するためには、がん細胞(特にがん幹細胞)の抗がん剤感受性を高める方法として、2-デオキシ-D-グルコース、メトホルミン、ジクロロ酢酸ナトリウムなどが有効です。さらに、1日4gから5g程度のDHAの併用も有効です。

【シンバスタチンとドコサヘキサエン酸(DHA)の相乗効果】
コレステロールはアセチルCoA(グルコースや脂肪酸などの分解によって生成される)からメバロン酸を経由して合成されます。この生合成経路をメバロン酸経路と言います。メバロン酸経路の律速酵素は3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoA還元酵素(3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase ;HMG-CoA還元酵素)です。
HMG-Co還元酵素阻害剤のシンバスタチンが脂質ラフトのコレステロールを減らし、脂質ラフトを減らすことによってがん細胞の増殖を抑制し、細胞死を起こしやすくする作用については818話で解説しています。スタチンとドコサヘキサエン酸の併用は抗がん作用における相乗効果が期待できます。(下図)

 

図:細胞膜でコレステロールが増えると、細胞膜の流動性が低下する(①)。細胞膜の脂質二重層にはコレステロールとスフィンゴ脂質が豊富なミクロドメイン(脂質ラフト)が存在する(②)。ラフトは筏(いかだ)の意味で、脂質ラフトには細胞増殖を促進する増殖因子受容体やシグナル伝達分子が集まっており(③)、がん細胞の増殖や細胞死抵抗性を促進する(④)。ドコサヘキサンエン酸(DHA)は脂質二重層のコレステロールの量を減らし(⑤)、シンバスタチンはコレステロールの合成を阻害する(⑥)。その結果、DHAとシンバスタチンはがん細胞の脂質ラフトを減少して増殖を抑制し、細胞死を起こりやすくする。

以上のように、乳がんの治療に再発予防において1日1から5g程度のDHA摂取は、副作用を軽減し生存率を高める効果があります。そのエビデンスは十分にあると思います

通常の魚油の場合、DHA含有量は10%から20%程度です。1日5グラムのDHAを摂取するには25gから50gの魚油の摂取が必要になります。
そこで、微細藻類の中でもDHA含有量が極めて多いシゾキトリウム(Schizochytrium sp.をタンク培養して製造したDHA(フランス製)を原料にした「微細藻類由来オイル(DHA含有量51%)」を製造してがん治療に使用しています。閉鎖環境での培養のため、汚染の心配がありません。しかも、植物由来なので、菜食主義者(ベジタリアン、ヴィーガン)も摂取できます。

詳細は以下のサイトで紹介しています。

http://www.f-gtc.or.jp/DHA/DHA-51.html

フェロトーシス誘導をターゲットにした進行乳がんの治療法については以下のサイトでまとめています。

http://www.f-gtc.or.jp/breast_cancer/ferroptosis-1.html

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