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新しい6割理論

今日、久しぶりに居場所に行って相談をした。
半年間の振り返りをした。
もちろんこの半年間の最大の出来事は、
僕のブルース・スプリングスティーンを追っかけての
ワシントンDC旅行だ。

僕はコンサート観戦は失敗したが、
その後に得るものが大きかったと話した。
すると僕は今までも今回と同じようなことをしてきていると言われた。
目標を自分で勝手に高くして超えるハードルを高くして飛べなくなっていると。

そう言われると確かに僕は思い当たる。
今回もスプリングスティーンのコンサートはこうなるだろうと、
次々に想像を増していき、最高のものでなければ満足出来なくなっていた。

理想を希望を高くするのは良いことなのだろうけれど、
僕はそれにしばられて身動き出来なくなっていた。
陸上競技の棒高跳びに例えれば、
低いバーの高さで順々と慣らしていけば良いのに、
いきなり自己記録の6メートルに挑戦する。
しかも挑戦出来る試技は1回のみで臨んだようなものだと思う。

僕は気持ちだけは大きいのを持つのが好きだけれど、
気持ちが弱いので自分の作り出したプレッシャーに負けて
力を出せなくなってしまう。

何度この同じ失敗を繰り返したことか。
高校受験からそうだった。
人付き合いでも、相手を良い人だと思うのは良いが
この人は良い人だ、絶対に良い人なんだと思い過ぎて、
その後に起きた小さな不信感を絶対的な許せないものにしてしまう。
本当に僕の人生はこれの繰り返し。
数え始めたら両手でも足りない位思い出せそうだ。

僕がこの失敗を挽回しようと考え出したのが「6割理論」
最近すっかりこれを忘れていた。
全てが自分の思うようにはいかなくても6割出来ていたらそれでよしとする。

今まで、この「6割理論」を考え出して僕は随分と楽になれた。
今までの「6割理論」の解釈では自分の行った結果に対して6割の出来でよいとしていたが、
今回はさらに『目標設定を6割にする』
これを新たに加えようと思う。

何か志を低くするように思われるかもしれないが、
これが違う。

棒高跳びの例にもどせば、
一番低いバーの3メートル位からでも跳び初めて、
何回も試技を重ねるうちに調子に乗ってきて、
最後には世界新記録まで達成してしまおうという試みだ。
それは試技の回数を重ねれば体力的に疲れるし、
他選手と同じ高さの結果で終わった場合、試技の回数の少ない選手の方が勝ちだけれど、
そこは僕は気持ちで生きている人間。
気持ちさえ盛り上がればいくらでもやれてしまう。
僕はそういう人間なんだ。

この最初の目標を最終目標の6割に設定することを
今までの「6割理論」に追加することにした。
この新しい6割理論
僕はすごく輝いているように感じる。
これからの僕は新しい6割理論で生きて行こうと思う。
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