杉田水脈という議員

いうまでもなく自民党所属の衆議院議員だ。先日「女性はいくらでもうそをつけますから」と公言したことで話題になっている。以前にも「LGBTは生産性がない」とか選択的夫婦別姓の訴えに対して「だったら結婚しなければいい」などの発言をしていた。

それぞれ一時的ではあってもマスコミで話題になった。話題になったら本人は「言っていない」とか、「真意は別だ」などといってごまかしている。最近の「うそ」についてもそんなことは言っていない、と言っているようだ。

だから「女性はいくらでもうそをつけます」という「女性」を「私」に意訳していうとそのものずばりだ。

政治家の資質に関連するコメントをするとき、いつも思うのは、「こんなオソマツ議員がどうして国権の最高機関の一員を構成しているのか」という疑問だ。この人も大学出で、夫も子どももいるし、若くして政治家を目指していたらしい。

プロフイールのページを見ると「好きな言葉」として「過去と人は変えられない、しかし自分と未来は変えられる」、「置かれた場所で咲きなさい」をあげている。あの言動が今いる場所(国会)で咲いているシルシなのか、ジョウダンはカオだけにしてくれ、といいたくなる。

心でひそかに思うことがあっても外に出してはマズイことがあるのはいうまでもない。人間のいわば「成長」というのはこのいいか悪いか、適切か不適切か、を判断できる力を身につけることでもあるだろう。水脈(みお)など古歌にある語を名前にしてくれた親の顔にどろを塗らないで過ごせる力量をつけるべきだ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 札幌エルムラ... 札幌の「中秋... »