小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

謎の人 サヤカ  9

2006-03-12 17:49:42 | 小説
 朝鮮王朝の脅威となったのは、秀吉軍の保有する鉄砲であった。フロイスも書いている。「日本人は高麗人の想像だにせざりし鉄砲を有し、城壁を囲みければ、高麗人はその射撃の面に立つことかなわず」と。
 朝鮮にも火砲はあったが武器としての能力は劣っていたので、あくまで弓矢主体で戦い、あれよあれよという間に劣勢となった。
 皮肉なことに、朝鮮国王宣祖は二年前に日本から鉄砲を贈られていた。国王に鉄砲を献上したのは、ほかならぬ今は攻め手となっている対馬の宗義智であった。その頃は宗と朝鮮国王は友好的な関係にあったのである。その二年前、鉄砲の威力に国王は気づくべきであった。朝鮮では「鳥銃」と呼ばれた献上の火縄銃を国王はただ軍器寺に保管、大事にしまったに過ぎなかった。その銃をモデルに研究も開発もしなかったのである。朝鮮王朝の危機管理の欠如ぶりは史家がひとしく言及するところだが、それはこんなところにもあらわれているのだ。
 いわゆる文禄・慶長の役は年号がふたつにまたがり、途中停戦時期はあるものの7年の長きにわたって、半島の陸と海で続いた戦争である。秀吉軍の侵攻後一年ほど経って、朝鮮では「今後は軍士は鉄丸を習うべきである」という兵曹の上申があり、大臣が賛意を示すという状態だった。国王はやっと日本の銃と火薬の製法に重要な関心を持つようになった。手っ取り早く捕虜とした日本人から銃の取り扱いそのほかを教わるのが早道として、降倭懐柔策を打ち出すのであった。
「凶狡にして制止できない降倭以外は殺さず、他国の技を伝習せよ」という命令が下った。捕虜は殺すな、むしろ厚遇せよというわけだ。
 自ら投降したサヤカなどが、いかなる処遇をうけたか、察しがつくというものである。


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