小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

新選組・大石鍬次郎ミステリー  5

2007-12-05 21:26:51 | 小説
 さて、大石鍬次郎である。
 刑部省口書では彼の年齢は32才となっている。人生はまだ半ばにすぎず、前途を絶望するには若すぎる年齢だ。その彼がなぜ、いったんは龍馬暗殺を認めたのであろうか。加納道之助ら薩摩藩サイドの訊問が想像を絶する厳しさだったと理解するしかない。ちなみに子母沢寛に『人斬り鍬次郎』(『新選組物語』所収)なる小説がある。加納の拷問後に斬首されたことになっていて、史実を無視した創作の好例である。子母沢寛の新選組関係著作を鵜呑みにしてはいけない。
 それにしても、薩摩藩サイドは大石を龍馬暗殺犯のひとりとして仕立て上げることに、なぜこれほど執拗になるのであろうか。なにか龍馬暗殺は新選組の仕業だと世間に思い込ませたい事情があるのかと疑いたくなるほどだ。表題を大石鍬次郎ミステリーとしたゆえんである。
 その大石は、実は横井小楠の暗殺に関しても嫌疑をかけられたようである。明治2年の公文録『横井刺客処刑始末』に、唐突のように大石鍬次郎の名が登場するのだ。
 該当箇所を以下に写す。(画像参照)

 …大石鍬次郎ハ前罪ノ事ニ而関係無之事故前後ヲ不論草々引出シ行刑可致旨申出候ニ付即答同意則引出シ候処又々(略)大声ニテ呼唱候故前同断相進候処処刑人申立候ニハ伊藤甲子太郎儀ニ付テノ事ニテハ決シテ伏罪不在候段申張候ニ付…
 
 要するに、大石は横井暗殺には無関係であるけれど、「処刑人」として確定しているのだから、早々と刑を実行するべく本人に申し渡ししたら、大石が大声で不服を唱えたということである。その罪状は「伊藤(東)甲子太郎」に関すること、つまり伊東殺害の罪ということが、ここで明らかである。
 それなのに大石は龍馬殺害の冤罪で処刑されたという俗説がある。あるというより、俗説の流布に手を貸す論者が今もいる。
 龍馬暗殺あるいは横井小楠暗殺などの余罪に関しては大石は無関係と、もとより刑部省は承知した上で、彼を断罪しているのである。ものごとは正しく見るべきである。


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