小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

人斬り以蔵の「真実」  完

2006-05-29 16:21:13 | 小説
 さて、私はいわば以蔵生存説について、るる書いてきた。処刑されたのは以蔵の替え玉であって、岡田以蔵という男は慶応3年には江戸にいたという証言のほかに、なにかもっと強固な根拠はあるまいかと探しあぐねたが、史実をたどる道はぷつりと途絶えている。以蔵のその後は、もはや小説の世界で書くしかない。
さまざまに想像はたくましくできるのだが、蓋然性の高いのは、以蔵は外国に渡ったのではないかということだ。国内にいたならば、どこかに消息の痕跡があってもよさそうだからである。以蔵と同じく武市半平太の傘下にあった刺客が慶応年間にロンドンに出没している例もあるからである。その刺客とは、吉田東洋を暗殺した三人組のひとり、大石団蔵である。大石団蔵の消息には、私は以蔵その後のヒントが隠されているような気がしている。大石のことを書いて、この稿の最後としたい。
 東洋暗殺後、大石は薩摩に潜入、名も高見弥市(弥一)さらに松元誠一と変えた。ジョン万次郎が教授をしていた薩摩開成所の「第二等所生、蘭学専修」生17人の中に選ばれ、慶応元年5月にロンドンに留学している。あの森有礼と同じ下宿先だった。帰国後は薩摩藩校造士館の数学教師になっている。刺客にもこんな人生があったのである。
 以蔵を渡航させるとなると、やはりキーパーソンはジョン万次郎しかないとだけ、付記しておこう。
 蛇足ながら、土佐生まれの私が小学生の一時期過ごした二階家からは、鏡川と雁切橋が見渡せた。吉田東洋の首がさらされ、「以蔵」の首がさらされたすぐ傍に住んでいたことになる。雁切という意味はなんとなく聞かされていた。その雁切橋はいま紅葉橋と改名されていることを最近になって知った。橋の名を変えても歴史的事実を変えるわけにはいかない、と私などは思うけれど。


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3 コメント

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人斬り以蔵の「真実」感想 (かな)
2006-05-29 21:20:25
はじめまして、こんばんは

最近ここを見つけておもしろく見ておりました



確かに岡田以蔵に関しては不思議な点が多いですね

個人的に何故危険な京都に留まったのか疑問に思っていたので、なるほどなーと思いました。

替え玉説・生存説を裏付けるもっと有力なものが見付かればいいんですが・・。



久松喜代馬も自白したというのは不勉強で知りませんでした。そうすると何故以蔵だけ勤王党名簿から削られたのでしょうか?また疑問が生まれます



この説が鏡川さんのお力で世間に流布されることを

望みます。頑張ってください
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いらっしゃいませ (伊一郎)
2006-05-30 13:34:04
かなさん、コメントありがとうございます。

おまけに励ましのお言葉まで頂戴し、恐縮です。



さて勤王党名簿の件ですが、流布しているのは「土佐勤王党血盟者姓名簿の写し」ですよね。つまり原簿は文久年間に焼却されていますから、「写し」なわけですが、原簿には以蔵の名はむろんあったのを、写したものの思惑で削ったものと私は理解しております。それだけ以蔵は誤解されているのだと思います。ちなみに流布されている名簿と異なるものもあるようです。



それはさておき、よろしければ、龍馬関連の記事もお読みいただければ幸甚です。
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人斬り以蔵の真実 (ようこ)
2013-06-19 15:02:54
初めまして。だいぶ遅い感想で恐縮ですが、最近このブログを見つけ、大変興味深く、一気に読んでしまいました。岡田以蔵の評価については主に武市半平太等の獄中書簡によるもので、あのような非日常的な空間、というより異状事態における評価ではやや一方的で客観性にかけると私も常々思っておりました。もう少し、客観的で具体的な評価があればと、いろんなものに目を通したり、聞いたりしております。
今回の以蔵替え玉説も大変面白いと思い、そうあってもらいたいという期待もありますね。ただ、以蔵が着牢時に長州がどうの、吉村寅太郎がどうのと大声で自慢していたと武市の書簡にあったそうですが、これは替え玉であればちょっと考えにくいこととだと思います。ただ、以蔵は寡黙で口下手であったという話もありますので、本当にそのように自慢していたのかということももう少し検証したほうがよろしいですね。
また、同じ自白組みの久松喜代馬等も収監されたのは以蔵が入牢し、彼らの名前を自白したからということになっておりますが、もし替え玉でありましたら、彼らの名前を自白したのは他化の人ということになりますね。
ただ、さらされた首は以蔵には似ても似つかないものであったという口伝が現地にあるという話もありますので、これもやはり興味深いテーマですね。
岡田以蔵に関する新しい事実が見つりましたらどんどん発表してくださるようお願いいたします。
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