小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

人斬り以蔵の「真実」  14

2006-05-28 18:43:01 | 小説
「以蔵」が着牢して間もない頃、武市半平太の獄舎の牢番がわざわざ「以蔵」の様子を見てきて、「歯のそったやっちゃ」などと半平太に告げている。この牢番のひとことで、半平太は着牢した囚人が以蔵に間違いないと確信したに違いない。以蔵はどうやら現代のタレントでいえば、明石家さんま的風貌の持ち主であったらしい。「歯のそった」男というのが以蔵の風貌をもっともよくあらわす特徴であったのであろう。
 半平太のいる南会所の獄舎は、帯屋町獄舎という別の呼び方もされる。これに対し「以蔵」の入れられた獄舎は山田町獄舎という。町名が違うほどの距離はあるわけで、担当の牢番もむろん別である。以蔵の様子を見に行って、わざわざ半平太に「歯のそったやっちゃ」と半平太にふきこむ牢番の言動は、私には作為的に思われる。
「以蔵」の首は牢内で落され、雁切河原にさらされた。外見がまるきり似ていなくては、さらしたかどうかはわからない。ただ、その処刑の「宣告文」のあて先となる本人認定の部分は、はからずも異様さを露呈している。こうなっているのだ。
「郷士岡田儀平倅同苗以蔵事、出奔無宿者鉄蔵、京師御構入墨者 以蔵」
 これでは以蔵事以蔵になってしまう。たんに岡田以蔵として処分すればすむものを「無宿者鉄蔵」などとあえて入れざるをえなかった。つまり、この人物が以蔵事鉄蔵だったといっているようなものだ。  


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