小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

謎の人 サヤカ  15

2006-03-21 18:10:33 | 小説
 あまり知られていないことだが、戦国時代の中世においては半島と日本間で、交易それもいわゆる私貿易が盛んだった。朝鮮の綿布は戦陣における保温性が高く評価され、これを入手するための交易といった側面がある。日本からは赤色染料の蘇木、胡椒、あるいは銅、硫黄などの鉱物が見返り品だった。
 紀州の雑賀衆が交易の民でもあったことは前にも記した。若きサヤカは交易船に便乗して半島の地を踏んだことがあったと私は推測するのである。
 秀吉の紀州攻めで壊滅状態となった雑賀を離れ、九州で傭兵となっていたサヤカにとっては、朝鮮出兵はまさに文字通り渡りに船だった。彼は慕情の国に渡ったのである。その半島に寄せる慕情の主体をなしていたのは異性の存在でもあったと類推したら、あまりにも通俗的なドラマ仕立てのようになるだろうか。
 サヤカに半島に思いを寄せた女性がいたという史料は、むろんあるわけではない。しかし私には彼が30才のときに結婚した現地の女性が気になる。なんと慶尚道晋州の豪族の娘である。30才といえば、サヤカが半島に渡って8年後になる。その間、朝鮮で傭兵の部隊長的な地位にあって、二度の軍功をあげ、金海の金氏という姓を賜わるわけだが、とはいえ、降倭からいきなり豪族の娘と結婚というなりゆきに、私は常ならざるものを感じるのだ。ほんとうは、その豪族とも昔からの知り合いで、娘とも面識があったのではないか、その娘こそサヤカの初恋の人ではなかったのか。そんな楽しい空想を私はめぐらすのである。
『承政院日記』という朝鮮の史料がある。その史料のサヤカを評した言葉を紹介して、この稿を閉じよう。
サヤカは「人となりは、胆勇であったばかりでなく、性質が恭謹であった」 
 


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