小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

謎の人 サヤカ  7

2006-03-09 18:55:01 | 小説
 司馬氏の文章につられて、うっかり『慕夏堂記』と書いてしまったが、正しくは『慕夏堂文集』である。日韓併合の頃、著名な歴史家によって偽書と決めつけられた。しかし、サヤカのことはこの史料以外に『朝鮮王朝宜祖実録』などによって、実在が確認されている。朝鮮王朝から官職を受け、慕夏堂の号も受けた。壬申倭乱後も女真の侵攻の警備、朝鮮国内のイグアルの反乱、あるいは清軍との戦いで軍功を立て、朝鮮王朝に貢献した。だから、日本にあったときも、ひとかどの武将であったとしなければ釣り合いが取れないという意識が、おそらく『慕夏堂文集』の誇張につながっている。
 しかし鉄砲のことに詳しく、火薬の調合法など弾丸の製法にも精通してとなると、指揮官というより実務的な技能者をイメージするほうが順当ではないか。彼は特異な戦士であったはずだ。
 サヤカは加藤清正の家来、岡本越後守(阿蘇宮越後守)あるいは九州糸島の原田五郎衛門信種ではないかという説がある。これらの説を私はとらない。名もない傭兵であって、なんのさしつかえがあるだろうか。彼は母国を捨て、名を捨てたのである。雑賀の者という誇りをのぞいては、だ。雑賀つまりサヤカである。
 ちなみに私はサヤカを鈴木孫一の嫡男とする見方にもくみしない。同じ雑賀の著名人物ならば、むしろ傭兵隊長として活躍した佐竹伊賀守の二代目としたほうが小説的には面白いと思う。伊賀守は私称であるが「伊賀」と略されていた。大陸に渡った日本人は姓をよく一字名にした。たとえば小野妹子は「小」と名のった。佐竹は「佐」になる。佐伊賀つまり語呂合わせ的には、サヤカになる。


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