持続可能社会という言葉を聞くと、地球環境問題を思い浮かべるのが一般的ですが、最近は国や地方の財政の持続可能性の問題を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。最近の例では、夕張市の財政再建の問題があります。
■夕張市職員の給与
なんと、職員の給与カットで、生活保護水準以下となるケースがあるようです。→北海道新聞
記事によると、
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市職員の間には「財政再建とはいえ、『最低限度の生活』は保障されるはずではなかったのか」との憤りや嘆きが広がっている。
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とのこと。
■責任のありか
しかしこれの責任は誰にあるのだろうか。市長だけでなく、市職員にも責任はあったのではないかと思います。そして、財政悪化を放置していた夕張市民にこそ責任があります。
もっと言うと、各地の自治体財政が悪化しているということを知っていたにもかかわらず、何もしていない私のような人間にもある程度の責任があると思います。財政再建を国が支援するのですから、すべての日本人に多少なりとも関係があるわけです。それなのに、私を含めほとんどの日本人は無視してきたのです。
確かに、そんな間接的な責任を言い出すと、キリがありません。とはいえ、われわれはこのような間接的な責任、多くの人で分け合って分担しなければならない責任を無視しすぎだと思います。自分の住んでいる市町村の財政運営の監視、地域の防犯活動への参加、幼児虐待があった場合に通報したり親に声をかけたり、献血をしたり、家庭ごみの分別によるリサイクルの推進、、、いくらでも挙げられます。
厄介なことに、これらは通常お金にならない活動ですが、とっても重要です。社会の持続可能性に関することが多いからです。もちろん、環境問題もその一部です。
この問題、ちゃんと考えないといけないと思います。
■夕張市職員の給与
なんと、職員の給与カットで、生活保護水準以下となるケースがあるようです。→北海道新聞
記事によると、
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市職員の間には「財政再建とはいえ、『最低限度の生活』は保障されるはずではなかったのか」との憤りや嘆きが広がっている。
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とのこと。
■責任のありか
しかしこれの責任は誰にあるのだろうか。市長だけでなく、市職員にも責任はあったのではないかと思います。そして、財政悪化を放置していた夕張市民にこそ責任があります。
もっと言うと、各地の自治体財政が悪化しているということを知っていたにもかかわらず、何もしていない私のような人間にもある程度の責任があると思います。財政再建を国が支援するのですから、すべての日本人に多少なりとも関係があるわけです。それなのに、私を含めほとんどの日本人は無視してきたのです。
確かに、そんな間接的な責任を言い出すと、キリがありません。とはいえ、われわれはこのような間接的な責任、多くの人で分け合って分担しなければならない責任を無視しすぎだと思います。自分の住んでいる市町村の財政運営の監視、地域の防犯活動への参加、幼児虐待があった場合に通報したり親に声をかけたり、献血をしたり、家庭ごみの分別によるリサイクルの推進、、、いくらでも挙げられます。
厄介なことに、これらは通常お金にならない活動ですが、とっても重要です。社会の持続可能性に関することが多いからです。もちろん、環境問題もその一部です。
この問題、ちゃんと考えないといけないと思います。
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