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見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。
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2013年10月・京都の展覧会拾遺

2013-10-23 23:23:42 | 行ったもの(美術館・見仏)
京都府立総合資料館 開館50周年記念『東寺百合文書展・筆跡』(2013年10月12日~11月10日)

 10/14(月)三連休最後の一日は、東京の友人と入れ替わりに、京都在住の友人につきあってもらう。渋い選択で申し訳ないと思いながら、私の趣味で、まず文書展。ユネスコ記憶遺産推薦候補に決定した「東寺百合文書」から47件を展示。私は、2005年に同館で開催された『国宝・東寺百合文書展』も見ているし、さらに遡って、1998年に東京の根津美術館で開催された展示会も見ているので、感慨深い。今回、東寺の近くの路地に軒を連ねて住んでいた庶民の名前や、家の中にあった財産(衣料、食器、食品など)目録とか、こんなものまで残っているのか、と驚く記録資料がいろいろあった。テキストだけでなく、情報を「図示」して書き留めた文書も意外と多い。八条大宮西の地図に「門脇平中納言跡」(平教盛だ!)という文字を見つけて、にやにやしてしまう。

 解説が分かりやすく、古文書が読めなくても楽しい、という声をネット上で見た。確かにそのとおりだが、自分が行ったときは、解説パネルだけ読んで、実際の文書を見ていない人が多かったのが残念。全展示資料の翻刻文が欲しかったというのはわがままだろうか。私が興味を持った資料は、ちょうど無かったので。

承天閣美術館 開館三十周年記念『円山応挙展~相国寺・金閣寺・銀閣寺所蔵~』(2013年10月11日~12月15日)

 次は絵画。承天閣美術館で応挙!? ということは、当然アレも出るんだろう、と思って行く。第一展示室には、応挙だけでなく、蘆雪や呉春の作品もあった。円山四条派って、関東人の私から見ると「京都」の香気が芬々と感じられて、憧れである。第二展示室に、出た!『七難七幅図巻』(福寿巻、人災巻、天災巻)、同下絵と同画稿。連れの友人は何も知らないので、「福寿巻」に見入っているが、私は既にドキドキしている。血まみれの「人災巻」は、度胸を決めないと、眼をそむけずに見ることができない。なお、今回は2010年のような奇妙な順路になっておらず、全て右から左に進むことができた点はありがたかった。

 写生図も各種。樽の中に入ったような人物を頭の上から描いた図が、ツボにはまる。応挙って、奇想の画家ではないけど、この偏執的な写生好きは絶対おかしいと思うのよねーと感想を述べてみる。

泉屋博古館 『仏の美術-ガンダーラから日本まで-』(2013年9月7日~10月20日)

 ガンダーラの石彫や中国の金銅仏・仏具、日本の木彫仏など、アジア全域に拡がる仏教美術の諸相を多角的に紹介。たぶん一度は見ているのではないかな、と思ったが、やっぱり仏像は魅力的。同館コレクションのほかに、京大人文科学研究所、龍谷大、奈良博、京博などの所蔵品が出陳されている。「京都・西寿寺」の阿弥陀如来坐像というのは、どこのお寺かよく分からなかったが、2005年に「京都西寿寺阿弥陀如来坐像が平安後期の作と判明(2005年4月2日)」という記事の残っている、右京区鳴滝の西寿寺のことだろうか。本展の目録では「鎌倉時代 13世紀」の制作になっている。何度か見ていても好きなのは、雲南大理国の観音菩薩立像。すらりとしたプロポーション。北魏時代の獅子像、有翼獅子像もかわいい。

 蓮弁形の光背を背負った黄金の弥勒仏立像(北魏・太和2年、重要文化財)は、同館仏像コレクションの中でも白眉の名品だと思うが、よく見ると、台座に線刻された供養者は、中国美術には珍しいくらいの脱力系である。台上の弥勒仏の威容と、どうしてこんなに差があるのか、不思議で仕方ない。これに比べると、日本・平安時代の線刻仏諸尊鏡像(国宝)は端正すぎて、ゆるキャラ度で負けている。
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2013秋@大徳寺:高桐院宝物曝涼展、黄梅院、龍源院

2013-10-23 20:57:15 | 行ったもの(美術館・見仏)
■高桐院 宝物曝涼展

 10月第二日曜は大徳寺本坊大方丈だけでなく、塔頭寺院の高桐院でも宝物曝涼(むしぼし)が行われる。そこで本坊拝観のあとは、こちらにも寄る。



 入口で東京の永青文庫のポスターが目にとまり、理由も考えずに、懐かしく眺めた。あとから、高桐院が細川家の菩提寺であると知って納得。拝観受付を済ませると、細長い書院に通される。細川忠興(三斎)の肖像など、細川家ゆかりの書画(桃山~江戸時代)が10点ほど掛けられていたが、本坊の曝涼があんまり凄かったので、え?これだけ?という感じ。

 書院の奥の一室は「意北軒」と呼ばれ、千利休の邸宅書院を移築したと言われる。壁も襖も薄墨色で、褪色した銀かと思ったら「イカ墨を練り込んでいる」という解説を見つけた。さらに奥は、忠興(三斎)がつくった茶室「松向軒」。

 あぶなくこれだけで帰ってしまうところだったが、連れの友人と「お抹茶をいただいていこう」という話になり、受付に申し出る。すると、書院とは逆の方向を示され、「この先の、赤い布が敷いてあるところでお待ちください」と言われた。見通しのよくない廊下の先に広い本堂(客殿)があり、濡れ縁に緋毛氈が敷いてあった。そして、本堂の中央に掛けてあったのが『山水図』二幅を左右に従えた『楊柳観音像』。この『山水図』がもう、遠目にも息が止まるくらい凄い。まずは、庭を眺めながら、運ばれてきたお抹茶で一服。

 おもむろに立ち上がって、絵画を拝観。絹本墨画で、左右の山水図は南宋の李唐筆。特に私は、向かって左、手前の踊るように身をよじる巨木と、重なりあって次第に霞む山の峯が、見るものの視線を奥に誘い込む構図に惹かれる。動的な風景とは裏腹に、大きな荷物をかついでのんびり歩む旅人が見える。向かって右は、画面を覆い尽くすような岩壁、中ほどより下に流れ落ちる滝。話し込む二人の高士の姿がある(と、私のメモにあるのだが、高桐院で入手した冊子に載っている写真は左右が逆)。中央の『楊柳観音像』は、とびきり太い線をぐにゃぐにゃさせた衣の表現がオドロオドロしい。これは国宝『山水図』の附(つけたり)。もとは無関係だった作品を、いつの頃からか取り合わせたものらしい。

 その先(右)の部屋には、絹本着色『牡丹図』二幅。たたずむ雲雀を配した「静」と、雀の群れを描く「動」の対比。銭選(銭舜挙)筆と伝える。美術館でもめったに見られない元代絵画の傑作を前にして、テンションが上がる。秀吉の北野大茶会に用いられたという解説を読んで、北野大茶会のイメージを、かなり修正しないといけないな、と思った。

 そのあと、庭内限定のスリッパ(クロックス)を借りて、庭に下りる。潅木を効果的に配置し、狭いながらも多様な表情を見せる庭で、由来のある石灯籠や手水鉢が点在している。それにしても、細川忠興が愛好のあまり、参勤交代にも持ち歩いた石灯籠って…どれだけ数寄者なんだ。袈裟型の手水鉢は、加藤清正が朝鮮の王城の羅生門礎石を持ち帰り、忠興に贈ったものという。故国に知れたら、返せと迫られそうだな。低い塀の外側には、細川家の墓所もあった。

 再び本堂に戻ると、柱の前に座って拝観客の様子を見守っていた背広姿のおじさんが、絵画の説明をしているので、聞き耳を立てる。「この三幅対は、ふだん京都国立博物館に寄託されています。平成2年にうちで修復をさせていただいて以来、20年間、毎年10月の第二日曜には、ここで公開しています。台風で大雨の年もありましたよ。曝涼が終わると、またすぐ京博に持ち帰ります」云々。おじさんは、表具と文化財修復で有名な宇佐美松鶴堂の方らしい。なるほど、この『山水図・楊柳観音像』にとって10月第二日曜は、「曝涼」というより「里帰り」の日であるのだな。でも、20年間、そうやって我が子のような絵画の晴れ姿を見守り続ける仕事っていいなあ。うらやましい。

 以上、大徳寺の「曝涼」は予想をはるかに超えてすごい!ということを実感。興奮さめやらないまま、遅めの昼食を泉仙で。

■黄梅院

 まだ少し時間があるので、特別公開中の塔頭をいくつか拝観していくことにする。まず寄ってみたのがここ。毛利家、織田家の墓所、小早川隆景、蒲生氏郷などの墓塔があるという説明に惹かれたのだが、これらは非公開。院内には、創建時の古い建造物もあるが、大人数の参拝客の受入にも配慮した近代的な施設が建て増しされており、要所要所に案内人が待っている。親切といえば親切。「禅寺では庫裏に韋駄天を祀ります。足の速い神様なので、お金まわりがよくなるという意味もあるようです」という説明を聞いて、本当かな?と思ったが、和尚に書いていただくご朱印が千円と知って、宜(むべ)なるかなと思う。

■龍源院

 仕切りなおして、すぐ隣の龍源院に寄る。ここは、ふだんから拝観可能な塔頭寺院。参拝客はほったらかしで、写真も撮り放題。実は大徳寺内で最も古い寺院のひとつで、由緒も格式もあるのだが、そうとは思えない「ゆるい」雰囲気に和む。直球勝負みたいな石庭もいい。奇をてらって、却って平凡に堕す作風の真反対。キツネの妖怪・白蔵主(はくぞうす)の屏風が気になったので、調べたら、作者の鈴木松年(1848-1918)って、ずいぶん面白そうな画家だ。覚えておこう。ご朱印がもらいたかったが「和尚さんもいないし、もう書いたのなくなっちゃたの」と受付のおばあちゃん。またお訪ねします。

※参考:2008年、京博常設展で李唐筆『山水図』を見たときの記録→こちら
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