見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

モノありき/観じる民藝(尾久彰三)

2010-06-16 23:56:13 | 読んだもの(書籍)
○尾久彰三『観じる民藝』 世界文化社 2010.5

 横浜そごうで開催中の『尾久彰三コレクション-観じる民藝』展(2010年5月29日~7月4日)の出口で本書を買った。尾久彰三さんの控えめで生真面目な文字で「美神一如」というサイン入りである。展覧会にあわせて刊行された本であるけれど、カタログの形式は取っていない。豊富な写真と誠心誠意のエッセイで構成されていて、本だけ手にとっても、十分楽しめるように編集されている。

 はじめは、尾久彰三氏の文章を中心に感想を書こうと思っていた。柳宗悦の弟子で富山で民藝運動を推進していた伯父の影響で、子供の頃から「民藝」(著者に倣って旧字を使う)に触れ、中学生の頃から自分の好みでモノを買い揃えるようになり、高校生になると、伯父にくっついて、飛騨高山の骨董屋をめぐり歩くようになる。そして、モノ遍歴の末に著者が学びとったこと。「私はモノの価値は美にあると思っています。モノの美しさを通して、真理に触れることに価値があると思っています」。いいな、このサッパリした信仰告白。このあとに続く文章は、本書でお読みいただきたい。

 では、どうしたら美がわかるようになるのか。その答えのひとつは、柳宗悦が、柳の「書生」であった鈴木繁男氏に施した教育を以て語られている。読むよりも、考えるよりも先に「間髪を入れず反応すること」。ほとんどスポーツ選手の鍛え方みたいだ。私は「読んで学ぶ」展覧会も好きだし、直観と反射神経を試されるような展覧会も好きだ。尾久さんが長年、お勤めになっていた日本民芸館の展示は今も後者で、最低限のキャプションしか置かない態度がすがすがしいと思う。もうひとつは、著者いわく、身の回りに甘い物、不健康な物を置かないこと。ああ、これは言うは易く、行うは難いなあ…と思った。

 さて、何度か本書をひっくり返しているうちに、この写真は(文章以上に)すごいんじゃないだろか…という気持ちが湧いてきた。まさに甘い物、不健康な物、美しくない写真が1枚もないのである。陶磁器ひとつを撮るにも、真正面からだったり、斜め上からだったり、畳の上だったり、板の間だったり、背景が白だったり、黒だったり、自然な影があったりなかったり、1点クローズアップだったり、組み合わせたり、果ては食べ物を盛ったりと千変万化。しかし、この1枚がこの器のベストショットに違いない、と納得できる写真が掲載されているのだ。会場で現物を見ているせいもあるかもしれないが、素材の手触りや温度が伝わってくる。やわらかな自然光の風合いなのに、細部がきっちり写し取られている。

 撮影者は大屋孝雄さん。尾久さんの本以外にも、ずっと古民具や民藝の写真を撮り続けている方のようだ。お名前が小さく奥付にしか記されていないのも、「民藝」の精神を思わせて奥ゆかしい。
コメント
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