見もの・読みもの日記

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恐れずに生きる/映画・花の生涯―梅蘭芳

2009-03-30 19:44:23 | 見たもの(Webサイト・TV)
○チェン・カイコー(陳凱歌)監督『花の生涯―梅蘭芳

http://meilanfang.kadokawa-ent.jp/(※音が出ます)

 中華芸能サイトでこの作品を知ったときは、またえらく昔の名優を取り上げた映画を作るんだなあ、と思っただけで、興味は湧かなかった。けれども、私はそこそこの京劇好きである。舞台を見た経験は少ないけれど、早稲田演劇博物館『京劇資料展』の展示図録、加藤徹さんの著書『京劇』などを深く愛好している。映画の宣伝をネットで見て、おお、けっこう本格的な京劇シーンがありそうだな、と思ったこと、そして、私が京劇の魅力を知ったおおもと、懐かしい映画『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993)と同じチェン・カイコー監督作品であることに気づいて、ふらふらと見に行ってしまった。

 なかなか、よかったと思う。前半では、私の好きな清末~民国初年の中国の雰囲気が大画面でたっぷり味わえた。あの、没落する王者の栄光と、薄汚れて猥雑なエネルギーが同居している感じが好きなんだなあ、私は。芝居小屋は、まさにそれらが凝縮された空間である。進歩派ブレーンとともに進める演劇の革新。守旧派の名優との戦い。アメリカ公演の成功。家庭内の不和。演劇人の生涯として、型どおりといえば型どおりだが、基本的には史実に沿ったストーリーである。そのメッセージは、「活得不害怕」(恐れずに生きる、勇敢に生きる)のひとことに集約されるだろう。

 後半、日本軍の占領時代に入ってからは、私はどきどきしていた。前述の加藤徹さんの本で、梅蘭芳が日本軍のために舞台に立つことを拒否して髭を生やした、というエピソードを読んで、非常に驚いた経験があったので、果たしてその場面は再現されるのか?と構えていたのだ。その場面は、後半のクライマックスとして用意されていた。中国人にとっては、梅蘭芳を語るうえで外せないエピソードなのだろう。同時に、たぶん多くの日本人は、名女形・梅蘭芳の名前は知っていても、この事実は初めて知るものだろうと思う。

 映画『さらば、わが愛』でも、レスリー・チャン演じる主人公の女形が、日本の軍人たちの前で京劇を演じる場面があったと記憶するが、本作では、梅蘭芳に好意と尊敬を抱き、上官の命令との間で苦悩する田中少佐(安藤政信)をわざわざ配して、ずいぶん日本人に好意的な描き方をしているなあ、と感じた(逆に、日本のメディアが避けたがる「支那」という国名を連呼させている点も興味深かった)。梅蘭芳は1961年、67歳で死去。やや早い没年だが、いい時に亡くなった、という感じもする。文革(1966~1976)の混乱、それによって京劇俳優が被った悲劇を知らずにこの世を去ったという点では。

 考えてみると、中国の映画やTVドラマには、伝統演劇の俳優を扱ったものが、けっこう多い。『心の香り』『變臉(へんめん)』など。あと、あまり知っている人はいないと思うが、CCTV(中国中央電視台)のドラマ『人生幾度秋涼』でも、さりげなく脇役に京劇一座が配されていて印象深かった。日本にはこういう作品ってあるのだろうか? あまり思い浮かばないような気がする。加藤徹さんの本を読んでも感じたのだが、中国における(伝統)演劇と庶民の生活の近さは、かなり日本と異なるように思う。

※あわせておすすめの本。なお、梅蘭芳に関する加藤徹さんの新著も、追ってレビューの予定。

  
コメント
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