見もの・読みもの日記

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『長谷雄草紙』ハイライト場面(永青文庫)

2009-03-02 23:34:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
永青文庫 冬季展『源氏千年と物語絵』(2009年1月10日~3月15日)

 始まってすぐに行った展覧会だが、その後も2回、出かけている。お目当ては、もちろん『長谷雄草紙』。先月は、いちばん見たかった場面「長谷雄と男、朱雀門の楼上で双六の勝負をする。男、鬼の本性を現す」が見られて感無量だった。画面いっぱいにかぶさる、くねくねと印象的な枝ぶりの樹。背後の朱雀門は巨大すぎて、たなびく雲の切れ目に部分部分が覗くだけだ。楼上の小窓に、長谷雄と鬼の姿が見える。

 鬼の本性を現した男は、朱塗りの楼門と同じ顔色、髪を逆立て、腰を浮かせ、双六盤の上に身を乗り出し、肩の上ではっしと掌を打ったところか。黒い衣に埋もれたような長谷雄は、冷静な表情に見えていたのだが、よく見ると、右腕の袖をぐるぐる巻きにたくし上げており、左手のポーズにも熱が入っている。サイの入った(?)筒の上方に、放射線状の短い墨線が5本書き添えられているのは、現代のマンガの表現と同じ。今しも、筒が力強く双六盤に叩き付けられたことを示すのだと思う。むかし、この線を見つけたときから、私の絵巻偏愛が始まったのだ…。小さな窓に漲る熱気。対照的に冷え冷えした空気の広がる、人気どころか生き物の気配もない窓の外。屋根の下にちらりと見える門額は空海の筆だったかな?

 さて、物語のクライマックスは「長谷雄、100日を経ずして女を抱こうとし、女、水と化して流れ去る」場面。これも画面の大部分を占めるのは、曲がりくねった樹木と、その根元に向かって滔々と流れる泉水。がっちりした石組みが丹念に描かれているわりには、草花が少なくて、妙に殺風景な庭だ。その片隅の室内では、まさに長谷雄の腕の中で、水となって流れ出す女。簾の枠で女の顔をほとんど隠し、落胆する長谷雄の表情も半分しか見せない処理が、ものすごく巧い。この場面も、2人の男女のほかには誰ひとり登場しないところが、当たり前だけど、不思議な絵巻である。

 このあとの展開だが、朱雀門の鬼は「君は信こそおはせざりけれ」と長谷雄をなじりに来る。何でなんだろう。長谷雄の自業自得なのに。水になった女は、死人のよい(美しい)所を寄せ集めて鬼が作ったものであった、と物語は簡潔に語るのみ。行間にいろいろな想像が楽しめて面白い。

 なお、大きな声ではいえないが、こちらのサイトに全編の画像あり。ありがたいけど、ほんとはしてはいけないこと。

 ほかの絵巻類も展示替えあり。僧侶と稚児の恋愛を主題とする『秋夜長物語』は、比叡山に焼き討ちされた三井寺の惨状(瓦が散乱し、基壇の上には礎石しか残らず)が赤裸々に描かれていた。比叡山と三井寺(園城寺)の対立抗争は激しく、「比叡山宗徒による三井寺の焼き討ちは永保元年(1081年)をはじめ、中世末期までに大規模なものだけで10回、小規模なものまで含めると50回にも上るという」とWikipediaにある。このこと、『国宝 三井寺展』の会場ではあまり意識しなかったけど、図録を読むとちゃんと詳しく書いてあって、興味深い。
コメント
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