見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

文豪の怪談/鼠坂ほか(森鴎外)

2007-08-19 23:57:53 | 読んだもの(書籍)
○東雅夫編『文豪怪談傑作選・森鴎外集:鼠坂』(ちくま文庫) 筑摩書房 2006.8

 ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」は全4巻。森鴎外のほか、泉鏡花、川端康成、吉屋信子が取り上げられている。鏡花、川端(表題作は「片腕」)は、納得の人選だろうが、え?鴎外が怪談?というのは意外だった。

 私の場合、森鴎外に関しては、高校時代の国語の教科書の影響で、「渋江抽斎」(読んでいない)をはじめとする、「歴史其の儘」の史伝小説のイメージが強い。その鴎外に、鏡花や川端と並ぶ、幻想的な「怪談」の名作があるなんて、すぐには信じられなかった。この点、鴎外は「教科書的偏見」によって、ずいぶん損をしているのではあるまいか。編者の「あとがき」によれば、石川淳、日夏耿之介、中井英夫、三島由紀夫ら、如何にも”曲者”の文学者たちが、鴎外の文業を一途に称揚していることが分かる。また、鴎外が、中国の志怪伝小説やら西洋のゴシック幽霊小説を偏愛していたことも最近になって知り、私はこの”文豪”に、かなり親近感が湧くようになった。

 というわけで、読んでみた本書。怪談はネタバレになるので批評が難しいが、冒頭の「正体」は、驚愕の怪作である。文豪・鴎外のイメージが一新してしまった。オーストリアの作家、カール・フォルメラーの短編を翻訳したものだが、主人公を魅了する「正体」が何なのか、結局、よく分からない。もとの原作が分からないように書いてあるのか、翻訳が巧くなくて分からないのか、そこのところもよく分からない。ただ、噴き出すような濃厚な猟奇趣味と耽美趣味に圧倒されるばかりだ。しかもそれは、科学とテクノロジーに結びついた新時代の怪談である。

 「二髑髏」「負けたる人」も翻訳もの。前者は、いつとも分からぬ時代のボンベイが舞台。後者は、中世ヨーロッパの騎士と伯爵夫人が登場する。自在に変幻する文体と設定。どちらも、びっくりするほど耽美的でロマンチック。諧謔を帯びた「破落戸(ごろつき)の昇天」「己(おれ)の葬(とぶらい)」もよい。

 一方、日本を舞台にした創作「金毘羅」「鼠坂」「心中」などは、古風な筋立ての怪談。淡々とした筆致で、読んでいる間はさほど怖くないが、夜になって思い出すと妙にぞくぞくと怖い。ああ~夢にうなされそうだ。やっぱり、文体が際立っているので、はっきり記憶に残るんだろうな。「魔睡」「蛇」について、澁澤龍彦は「作者の抑圧された性欲的なものが、じくじくと沁み出しているような作品」と評しているという。確かにそんなところがある。

 それにしても、陸軍軍医総監なんて、立派な官僚をやりながら、こんな小説を書いていたのかと思うと、呆れるやら感心するやら。
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする