先日、文書が届いて封筒の表に赤字で「重要なお知らせ」とある。
いったい何だろうと開けてみたら「クラウンのリコールの案内」だった。なんでも燃料配管のシール不良で始動直後に燃料が漏れる恐れがあるというのでガスケットの交換と熱圧センサを締め付け直すという。
ヤレヤレ、10年以上経ったクルマでもこうしてきちんと面倒を見なきゃいけないんだからトヨタさんもたいへんだね~。ディーラーと協議の結果、修理日が昨日(22日)の14時半からと決まった。
修理に3時間ほどかかるというので、図書館からの帰りに立ち寄ることにした。待ち時間に借りた本を読もうという算段である。
とても分厚い本で(2016年2月刊)、頁の方も上下二段に分かれて細かい字がいっぱい詰まっており、つい読書意欲が萎えてしまうが、いざ読み始めてみるとこれがとても面白くて興味深い内容。
読み進むにつれて段々と武満氏の天賦の才が露わになってくるように感じてきて思わず慄きを覚えてしまった。この人は稀に見る天才だ!
とうとうクルマの修理が済んで家に帰り着いてもずっと読み耽る始末。
名前だけはよく聞くものの、武満氏(1996年没)の音楽はまだ聴いたことがないので、ここはひとつ腰を据えて聴かねばなるまいという気にさせられた。
もっとも映画音楽の方はそうとう作曲しているようで、たとえば黒沢明監督の代表作「七人の侍」の音楽担当は周知のとおり「早坂文雄」氏だが、仲良しだった武満氏も参画しており木村功と津島恵子の絡みのシーンなどを部分的に担当しているそうだし、石原裕次郎の最初の主演作「狂った果実」の音楽も担当しているというので二度ビックリ。
クラシック音楽との関連では、メシアン、ウェーベルンなどの近代の作曲家の影響を多大に受けており、いわゆる古典ロマン派の音楽家たちとは無縁のようだが珍しくブラームスとモーツァルトの音楽に言及する箇所があったので紹介してみよう。
☆ ブラームスの「クラリネット・ソナタ」(604頁)
「最近ブラームスの音楽に急に目覚めましてこの人は凄いと思うようになった。~中略~。晩年の室内楽、たとえば作品120のクラリネット・ソナタなんか聴くと旋律一つの中に本当に大きな世界がある。人生そのものがそこにあるという感じになってくるんです。実に見事な構造をしています。
真ん中のゆっくりした楽章にアダージョですけど非常に長い旋律がある。その最初の二小節と次の二小節が完全なコントラストになっている。はじめの二小節はこうで(口ずさむ)、次の二小節はこうなんです(口ずさむ)。初めの方は生命感に満ち溢れているのにあとのほうは明らかに死を思わせる。
ひとつの旋律の中に生と死が見事に構造化されている。生の後ろにいつも死があるのが見える。生と死の二つが弁証法的にからんでいって、最後の方になってくると、生も死もない途方もないところに突き抜けるんですね。生死を超越した宗教的といってもいいような非常に高いところに抜け出ている。素晴らしい音楽です。ある意味では実に単純な構造だけど、同時に実に複雑でもある。聴いていてすごく心が励まされる曲です。やはり音楽はここまでいかなきゃダメなんじゃないかと思いました。」
☆ モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K.364」(741頁)
「最近生まれてはじめてモーツァルトの<ヴァイオリン・・・>を聴いてビックリしました。素晴らしいですね。典型的なあの時代の様式の曲だけど時代の古さなんてまったく感じさせない。新鮮でした。ちょっとショックを受けました。
長い間音楽をやってきて自分ではオーケストラのことがかなり分かったつもりになっていて“オレのオーケストレーションもなかなかうまくなったな”なんて思いはじめていたんだけど、とんでもない。あれを聴いたら、自分はまだまだオーケストレーションが何もわかっていなかったじゃないかと思って2、3日ショックでした。~中略~
モーツァルトの音楽は表面的な外観とかロジックではとらえきれないものを持っている。ブラームスなんかにしてもそうですが、ああいう人たちは長い音楽生活の中で濾過されて出来上がった直感力というか西洋音楽の伝統に鍛え抜かれた信じられないような直感力を持っていて、それでもってああいう美しいフォームを作れるんですね。ただ一本の旋律だけ見ても実に単純にして、しかし同時に複雑な内容をもった見事に美しい曲を書いてます。
モーツァルトというのは音楽が頭から流れるままにスラスラ書いて作曲の苦労なんかまるでなかったみたいにいう人がいるけど、この間、モーツァルト学者の海老沢敏さんにちょっと話を聞いたら、そうじゃなくて非常に緻密にスケッチをとったりしているというんですね。やっぱり単純なものの背景に鍛え抜かれたものがあるんですね。」
本書を読了後に武満氏の代表作のひとつ「ノヴェンバー ステップス」のライブ盤を発見。ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウとくればこれは聴かざるを得るまいて(笑)。