「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

作曲家を演じようとした孤高のピアニスト

2017年09月30日 | 音楽談義

明日からいよいよ10月、このところ秋の気配が濃厚に漂いだして一段と音楽に親しみやすい季節になってきた。

オーディオ仲間たちのおかげでシステムの方もどうにか満足できる状態となって一段落し、音楽に専念できる態勢が整ってきたのはほんとうにありがたい。

我が家の場合、音楽といえばモーツァルトがおよそ7割を占めており残りの3割近くが他の作曲家たちやその他のジャンルとなる。

さて、コラムニストの石堂淑朗氏に次のような言葉がある。(「モーツァルトを聴く」~私のベスト1~) 

「一生の間、間断なく固執して作曲したジャンルに作曲家の本質が顕現している。ベートーヴェンは九つの交響曲、三十二のピアノ・ソナタ、十五の弦楽カルテットに生涯の足跡を刻み込んだ。

モーツァルトの真髄はオペラにありで、同じく生涯にわたって作曲されたピアノ・ソナタはいくつかの佳曲を含みながらも、弟子の訓練用に作られたことから、やや軽いといううらみを残す。

その中にあってイ短調K.310とハ短調K.457のソナタと幻想曲は、湧き出る欲求の赴くままに、報酬の当てもなく作られた故か、不思議な光芒を放って、深夜の空に浮かんでいる」

若い頃からモーツァルトのピアノ・ソナタ(全20曲)が好きで、好きで、もうCDが擦り切れるほど(?)聴いてきたが、石堂氏には恐縮だが「軽い」なんてことは毛頭思ったことがなかった。

モーツァルトは35年という短い生涯の中で600曲余を作曲したが、まるで変幻自在といった顔を持っており、深刻な色合いを帯びている調べを垣間見せたかと思えば、すぐに「な~んちゃって」と転調して茶化すところがあったりで、なかなか本性を見せない作曲家だが、このピアノ・ソナタだけは違う。

このソナタからは音楽家モーツァルトの本心から出た飾り気のない”つぶやき”と“ホンネ”がいつも聞えてくるような気がしてしかたがない。

たとえば「コンスタンチェ(妻)が僕の言うことをなかなか聞いてくれなくて困ってしまう」といった感じで自問自答というのか、孤独で淋しそうな独自の世界が貫かれている。

            

 例によって”凝り性”なので、演奏家によって違う解釈を聴き分けてやろうと、これまでいろんなピアニストの全集を手に入れて聴いてきた。

ギーゼキング、グールド、内田光子、ピリス、アラウ、シフの6名。皆、それぞれに個性があって楽しめたが、やはりダントツに印象に残るのはグレン・グールド(カナダ:1932~1982)だ。

彼の演奏を聴いていると、あらゆる雑念が取り払われて、「ただ、ただ音楽だけに没入する」という境地に自然となってしまう。タッチが独特のせいか音にも透明感があって実に明晰な響きで美しいし、まるで文章に句読点がうたれているかのようにメリハリがあって聴きやすい。

また、ピアニストだった母親の手ほどきで小さい頃から「唄うように弾きなさい」との教えのせいか、演奏中に聞えてくる独特のハミングも実に効果的でまるでこちらが呪文をかけられているみたい(笑)。

現代においても一流の演奏家たちがスランプに陥ったときはグールドの演奏を改めて聴き直すと読んだことがあるが、死後35年も経つのになぜこれほどまでに人々を魅了するのか、いったい他のピアニストとどこが違うんだろうかと、これはずっと長年の疑問だったが、「グールド再発見」という番組でようやく自分なりに解答らしきものにめぐりあったような気がした。

以前、音楽専門放送「クラシカ・ジャパン」(CS放送)による「グレン・グールド没後30周年の特集月間」という、まことにうれしい企画があって、すべて録画しておいた。

これまで「ヒア アフター」「ロシアへの道」など続々と関連番組を視聴したが、このうち「グールド再発見」は2005年の「グレン・グールド論」で吉田秀和賞を受賞された宮沢淳一氏(青山学院大教授)の解説によるものだった。

実に説得力があって、その中で展開された「王様と家来」論に大いに示唆を受けたので、参考にさせていただき未熟ながら自説を展開させてもらおう。、

(実はこの番組の冒頭でバッハのゴールドベルク変奏曲が聴こえてきたとき、あまりの崇高さに胸を打たれて思わず鳥肌が立ってしまった!


「クラシックの場合、王様とは作曲家のことであり、家来とは演奏家(指揮者を含めて)のことである。この世界は主従関係が実にはっきりしていて、基本的に家来は王様の意向に逆らうわけにはいかない。家来が可哀想~(笑)。

通常、私たちが演奏家たちから例外なく聞かされる言葉は常に「作曲家が遺したスコア(楽譜)に忠実に」で、まるでどれだけ(楽譜を)深読みできるかがその人の音楽家という資質の中で最大の要素を占めているかのようだ。 

ところが、グールドはまったく違うのである。彼の演奏は、作曲家の枠にとらわれることがなく、極端に言えばいったん曲目の音符をバラバラにして再構築するというやり方である。それも彼が一番尊敬する作曲家「バッハ」風にという注釈がつく。楽譜上における作曲家の指示なんて勝手に無視して、しかも原曲以上の効果を狙うのだから凄いといえば凄い。

しかし「お前はいったい何様だ。演奏家ふぜいで作曲家以上の存在なのか!」


たとえば、グールドの演奏で一番評判が悪いベートーヴェンの「熱情ソナタ」のように異常なスローテンポによる演奏がある。実はグールドは「熱情ソナタ」が大嫌いで「悪い曲ですからせいぜいこういう弾き方しかできませんよ」とばかりに極端なテンポで演奏しているというのだ。いくら楽聖ベートーヴェンが作曲したものだって、「悪いものは悪い」という姿勢だから、まさに空前絶後のピアニストである。

これに関連して、以前「グールド書簡集」を拾い読みしたことがあるが、残念なことにモーツァルトのソナタもグールドはそれほど高く評価していなかった。

同じピアニストのイングリット・ヘブラー女史が「グールドはなぜあんなに早く弾くのかしら」と驚いていた記事を見かけたことがあるが、ソナタ15番以降の滅茶苦茶に早いテンポの演奏は、いかにグールドが弾いたとはいえ二度と聴く気がしないが、そういうことだったのかとようやく納得がいった。異常な速さは(15番以降への)せめてもの「抵抗」の証しだったのだ。

かくして、グールドが他のピアニストと一番違うところ、そして今でも人気を誇る秘密の一端は作曲家が遺した楽譜の枠にとらわれず、「俺は作曲家だ」といわんばかりに演奏に独自のスタイルを貫いたことにある。

その一方、楽譜にあくまでも忠実に仕え、その枠内に閉じこもって音楽人生を無難にまっとうした演奏家たちが大半だが、残念なことに彼らは時の経過とともに次第に忘れ去られていくのが通例だ。

つまるところ「王様=作曲家」は永遠に名を残し、「家来=演奏家」は風化していく運命にあるとこれまでのクラシックの歴史が物語っている。

生存している間、当代一流の指揮者だったマーラー(1860~1911)がいい例で、今では作曲家としてだけ名を留めているのがせいぜいだ。大指揮者フルトヴェングラーに至っては王様になろうとして自ら楽譜を書いたが夢は適わなかった。

クラシックの歴史の中でグールドが放つ独特の魅力、それは「作曲家を演じようとしたピアニスト」だったことにあると思うがどうだろうか。

 


音質を左右するプリアンプの真空管

2017年09月28日 | オーディオ談義

ブログを始めてからこれまで1700件余に及ぶ過去記事の中で、いまだにアクセスが絶えない記事のうちの一つが「プリアンプはもう要らない?」(2010年)だ。

もう7年近いロングランだから、プリアンプの存在に懐疑心というか興味を持っている人が多いのだろう。

周知のとおりプリアンプはレコードでは必須だが、CDではそれ無しでも聴ける(パワーアンプにボリューム付きの場合)ので、きっと身近な問題になっているに違いない。

念のため、この記事の内容を振り返って要点をかいつまむとこういう中味だった。

プリアンプの機能を絞ると、次の5点に絞られる。

1 種々の入力信号の切り替え  

2 フォノ入力をラインレベルに増幅 

3 ボリュームの調整 

4 高音や低音の調整 

5 正しい入力負荷インピーダンスを与え、低いインピーダンスを出力する。

このうちまず、2はレコード用の機能のためCDを聴くときには要らないし、4は余計な回路でかえって音を悪くするだけなのでこれまた不必要、そして5はよっぽど特殊なCDプレーヤーとメインアンプを使っていない限りこれまた必要なし。

となると、1と3
の機能が必要なだけなので、そうなると「パッシブプリアンプ」で十分間に合ってしまう。 

「パッシブプリアンプ」とは入力切替スイッチとボリュームだけの機能でまったく増幅を行わない制御装置のこと。」

とまあ、こういう調子だったが、何といっても機能の面で一番肝心な「音の増幅機能」を挙げ忘れていたのだからまったく世話はない(笑)。

当時は、プリアンプを使っていなかったので、滔々と「プリアンプ不要論」をぶったわけだが、今となっては現実にプリアンプを使っていることもあって若気の至りと深く反省しつつ「プリアンプの必要性はその状況によってケースバイケース」という考え方に落ち着いている。

現時点での我が家の場合、プリアンプを外すと何だか音が蒸留水のようになるし力感も無くなるので、プラス面、マイナス面の差し引きを考慮した結果、使う方がプラス面が多いと判断している。

もちろん、良質のプリアンプを使うというのが絶対に欠かせない条件だが、その点では過去にはない実に恵まれた状況にある。

4台もの真空管式のプリアンプが選り取り見取りの状態で、その内訳だが知る人ぞ知るクリスキットの「マークⅥカスタム」(2台)、プリアンプ3号機(12AX7を6本使用)、同4号機(12AX7を3本使用)と、いずれも甲乙つけ難し。

これらの4台を手に入れた経緯を述べると、いずれも半年前から懇意になったオーディオ仲間が絡んでいる。

まず、「マークⅥカスタム」の改造機を譲ってもらったところ、これまで使ってきた中で一番気に入ったのでオークションで完品として整備済みの2号機を手に入れて予備とした。

すると、仲間が「プリアンプならまだあるよ」と、ご自宅の倉庫から2台見つけて持参されたので試聴してみたところ、いずれもGOODで是非にと譲っていただいた。これをプリアンプ3号機、4号機としておこう。

肝心のお値段の方だが「使ってくれればそれでいいです。気持ちだけいただいておきます。」ということなので、ご好意に甘えて雀の涙のような金額で決着させてもらったのは、ほんとうにありがたい限り(笑)。

現在は「マークⅥカスタム」1号機とプリアンプ3号機を同時並行して接続しスピーカーごとに使い分けしている。

詳細なツクリは省くが「マークⅥカスタム」では使用真空管が「12AU7」を6本使用してあり、片や「プリアンプ3号機」では「12AX7」が6本使用してある。

通常、プリアンプに使用されている定番ともいえる真空管は「12AU7」と「12AX7」なので、この2種類の比較がモロに出来るので実に興味深い。

両者の比較でいちばん違うのは「μ(ミュー)=増幅率」で、前者が20前後で、後者は100前後と5倍も違う。こんなに違うと音質の傾向も違ってきて当たり前だろう。

もちろんμだけで比較するのは短慮の謗りを免れないだろうが、あえて全般的な印象を述べてみると「12AU7」は穏やかでおとなしいもののチョット刺激が物足りない印象を受けるし、その一方「12AX7」は切れ味が良くて音がやや前に飛び出してくる感じで、上滑り気味の印象を受ける。

ずっと以前にあの有名な「マランツ7」(復刻版)を使っていたことがあり、これは12AX7を6本使用してあったが、やはり同様の傾向があった。

したがって、我が家では12AU7がクラシック向きとすると、12AX7はジャズ向きの傾向にあると勝手に判断している。

そういうわけでクラシック向きのグッドマン(AXIOM80や150マークⅡ)を聴くときはクリスキット1号機を使うことが多いものの、つい接続が面倒くさくなってプリアンプ3号機で聴くことも再々あり、その都度「もう少しおとなしく鳴ってくれると言うこと無しなんだが・・・。」

そこで、元の持ち主だった仲間に訊ねてみた。

「プリアンプに使ってある12AX7ですけど、12AU7に差し替えが利きますかね?基板の印字にはわざわざ12AX7とハッキリ書いてありますけどねえ」

「ああ、別に構いませんよ。何を挿しても鳴ると思いますよ~。」 

何ともおおらかな返事に
「エ~ッ、ほんとにいいんですか!?」とビックリ。

さっそく、12AX7(6本)を総入れ替えして実験してみることにした。

しかし、ありきたりの12AU7を挿し込むのではあまりにも芸が無いので代わりに挿し込んだのが「E180CC」だった。これはヨーロッパ系の真空管で手元に10本近くもあり、使ってやらないと勿体ないといつものビンボー性が手伝っている(笑)。

これがプリアンプ3号機の内部画像で、稀少なジャデスの回路基板が使ってある。大きめの電源トランスといい、容量の大きな電界コンデンサーといい、部品類に不足なし。

          

肝心の「E180CC」の「μ=増幅率」は50前後なので、これならクラシックにもジャズにも両方いけるかもしれないと、やや乱暴な思考法になるが、期待感がいやが上にも増してくる。

そして出てきた音といえば、まったく期待以上で、実にバランスが良くこれはまさしく12AU7と12AX7の「いいとこ取り」だと感激!

            

左がムラードのECC83(12AX7)、右が「E180CC」(7062:メイド・イン・フランス)で、ご覧のとおりやや大きめ。

これまで、プリアンプ用の真空管をいろいろ使ってきた。たとえば12AX7、12AT7、12AU7、ECC88、6FQ7、12BH7、E80CCなど多岐に及ぶが、このE180CCが我が家のシステムにはベストの相性だった。

真空管式プリアンプにご不満があったり音の変化に興味がある方で、もし差し替え可能であればこの「E180CC」を使ってみるのも面白いと思いますよ~。

「叩けよ、されば開かれん」というわけで、いっちょうやってみますか。もちろん自己責任ですが(笑)。

 

 


僧侶が長生きするワケ

2017年09月26日 | 独り言

先日は94歳で亡くなった母の7回忌の法事だった。忌々しい18号台風が九州に襲ってくる寸前でのタイミングで、遠路、福岡と神戸から親族がやってくるのでヒヤヒヤものだったがどうにか滑り込みセーフだった。

総勢10人あまりのこじんまりとした法要だったが、親族一同で亡き母を偲ぶいい機会になった。

作家の村上春樹さんが「生きてる人間が亡くなった人にしてあげられることはただ一つ、それは思い出してあげることです。」と書いてたが、自分の場合、30年近く同居した母のことをこの6年間、一日たりとも思い出さなかった日はなかった。

最後の4年間程は認知症が進んでたいへんだったけど、「もっと自分に出来ることはなかったかなあ。おっかさん、ゴメンねえ・・・・。」

さて、法要といえば僧侶の出番だが、お見えになったのは高齢にもかかわらずいかにも矍鑠(かくしゃく)としたお坊さんだった。声もよく通るし、ウットリと聴き惚れてしまい、まるで20分間オペラのバリトンを聴いている気分だったといえば不謹慎だろうか(笑)。

先日のブログで取り上げた書籍「肺炎が嫌なら喉を鍛えなさい」で、発声の重要性が指摘されていたが、年中「お経」を上げている僧侶さんたちはきっと肺炎には縁遠いことだろう。

僧侶といえば何といっても芥川賞受賞作家の玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)さんを思い出す。氏
のエッセイは、自分にとっては珠玉のような存在で随分学ぶべきものが多い。(長編はやや難解なので自分の読解力ではとても歯が立たない)。

以下は先年の文芸春秋7月臨時増刊号に収められたもので、演題は「僧侶が長生きするワケ」である。

とある大学が発表した職業別寿命一覧表によると「僧侶が長寿の第1位」になっている。その理由を玄侑氏は自ら次のとおりに分析されている。

 僧侶の主な仕事であるお経、座禅、念仏などの効果によるもの

中公新書「ゾウの時間 ネズミの時間」によるとあらゆる動物は5億回の呼吸を終えると大体死ぬそうだが、僧侶の大事な日課であるお経、座禅などは呼吸数が非常に少なくてすむ。

 
「動く仕事」と『動かない仕事」のバランスが良く取れている

 
ストレスを引きずらない

怒り」「悲しみ」「憂い」「思い」、こうした感情を数多くの葬儀に出ることや座禅、瞑想体験等によって引きずらない能力に長けている。

 
「楽しさ」「リラックス」を目指す思考法

「苦」の反対語は「幸せ」ではなく「楽」である。「幸せ」は「お金」「長寿」「愛情」などに左右され、求めてもきりがない。常に目標が上方修正され「幸せ」を感じ取る暇がない。

一方「楽」というのは「安楽な状態」でわかるように身体状況を伴い、「足るを知る」という感情面での基盤も重要となるので限度がある。そして、僧侶は年をとるほどに深い「楽」を味わい、最も円熟するのは、死ぬ間際なのだと思考している。

以上、僧侶が長生きするのは主にこの4点の理由によるものだと指摘してあるが、ややテレ気味に茶化してある印象を受けた
ものの「幸せ」と「楽」との違いは流石に僧侶ならではの独自のものの見方で、一般人にはなかなか気が付かないポイントのように思う。

自分も「幸せ」とは「つかの間の幻想」に過ぎないと思っているが、よく考えてみるとオーディオだってその通りかもしれない。

いろいろシステムを弄ってみた結果、とても気に入った音が出てこの上なくハッピーだと思っても、ほんの一時のことでしばらくすると何だか色褪せてきてしまうのが常である。いくら「いい音」を追いかけてもきりがない。

したがって、現在の自分に一番必要なことは「幸せ」という感覚から、「楽=リラックス」の境地へと移行することかもしれないと思う今日この頃。

音楽とは本来リラックスして楽しむはずのものなんだから、早くオーディオから足を洗って音楽に専念したいものだが、いつのことになるものやら、ヤレヤレ(笑)。

     


ウッドホーンの誘惑~その3~

2017年09月22日 | オーディオ談義

先週、登載した「ウッドホーンの誘惑」(シリーズ2回)だが、なかなかの好評振りでアクセス数がグ~ンと伸びたが、惜しいことにネタ切れで、これでお仕舞にする予定だったが、メル友の「I」(東海地方)さんから次のようなメールが届いたので励まされる思いで続編に挑戦してみた。

「ウッドホーンのシステム、いいですね。かなり大型のホーンに見えます。ということは、250Hzカットオフの500Hzクロスで使用される設計でしょうか。 

続編の時には、テクニクスのドライバーについても見せていただけると幸いです。業務用途のドライバーか、昔のハイエンドシステムのドライバーでしょうか。
 
いずれにしてもスピーカー絡みの記事は参考になりますし、本当に楽しいです。ありがとうございます。 
 
ここのところ、4ウェイのシステムでクラシック音楽(ワンポイントマイク録音)の音場再生を試みていました。結果は、広く、深い音場感は得られるのですが・・・何か”腑”に落ちません。 
 
以前から感じていることですが、ステレオ左右のスピーカーの後方に広がる音場はオーディオ独特のもので、コンサートホールでの響きはこのような音場感は出さない・・・ということです。
 
そう思ってしまうと、音場型のスピーカー配置で聴く音楽が遠くへ遠くへと行ってしまう、音量を上げても基本は変わらない。フォルテでも音が前に来ない。”腑”に落ちないのはこの辺のことか・・ 
 
そこで、音場の確認のためにコンサートに3回行ってきました。
 
私は地元のコンサートホールで最前列、後席、2階席等いろいろな席でクラシックを聴いてきましたが、最も好みに合うのが2階の前方席でした。
 
その2階最前列でも、音楽は目の前まで迫ってきます。 
 
一方、コンサートホールでは、音場はステージの壁の後には広がりません。演奏者の遠近もオーディオほどは出ません。音はいい意味で混じりあってホール空間全体を満たします。 
 
オーディオ黎明期から言われている「後方への音場」とは、オーディオ独自の再生芸術なのだと思います。
 
当方としては、この芸術を否定する気は全くありません。ただ、自分の好みでないことがわかってきただけのことです。 
で、変更です。変更前にどんな置き方だったのかは省略します。
 
ユニットの向きを同一方向縦一列にしました。左右のSPはリスナーに向けました。
 
SPを置く位置は、左右の壁には近いのですが、後方の壁からは150㎝程離れています。(JBLの周りを空けておきたい。快調なJBLへの影響を排除) 
 
この状態での音場です。
 
スピーカー後方の音場感は半分ほど残しながら、リスナー側への音場がぐんと広がりました。これなら”腑”に落ちます。コンサートのエネルギー感が出ています。 
 
しばらくこの方向で調整してみます。では失礼いたします。ウッドホーンの誘惑~その3~待ってます!」

以上のような内容だったが、「I」さんの実体験に基づくご意見には随分考えさせられた。

実は、我が家の場合の「いい音」の条件というのは、まず音場がスピーカーの後方に広がってステージ(舞台)が出来ることが第一で、これに周波数レンジと分解能が「そこそこ」伴ってくれれば言うことなし。

これは、コンサートのエネルギー感を重視される「I」さんの考え方とはまるっきり違う。

したがって、もし「I」さんが我が家の音を聴かれたら、「コンサートホールではこんな音はしない」と、きっとガッカリされるに違いない。

あくまでもコンサートホールの音の再現を目指すのか、それとも家庭の中で独自のミニチュアの世界を目指すのか、この辺は、いいも悪いもなくオーディオに対する各自の求め方が違うとしか言いようがないが、どうやら滅多にコンサートに行きもしない独善的なクラシック音楽愛好家の虚構の世界の方が「分」が悪そうな気がしている。

何といっても多勢に無勢ですからね~(笑)。

これは、当然このブログのスタイルにも及んでくる話で、いつも、くどいように「この内容は独断と偏見に基づいていますよ」と、繰り返しお断りしている理由の一つには、(ブログの内容に)普遍性を求められるとちょっと困ってしまうと思っているからである。

なお、ご要望があったテクニクスのドライバーの画像を紹介しておきます。大きさと重さはJBL375ドライバーとどっこいどっこいです。

         

以上、「I」さんのおかげで「ウッドホーンの誘惑~その3~」が登載できました。どうもありがとうございました。

次の取り組みは「~その4~」ですが、このウッドホーンと裸の「AXIOM80」(500ヘルツ~:平面バッフル付き)との試聴比較を仲間と一緒にぜひやってみたいですね。

はたして「鬼が出るか蛇が出るか」~(笑)。

最後になりましたが、ふと思い出しましたので某老舗のオーディオメーカーが掲げている「原音に近づく正しい音とは」を紹介しておきます。

これが、まさしく「I」さんが指摘された「オーディオ独自の再生芸術」なのかもしれませんね。

1 ボリュームを上げてもうるさくない音で会話が楽にできる。

2 音は前には出ない。後方に広がり自然に消える。


3 音像は左右後方に定位し、左右フラットに定位しない。

4 小さな音でも明瞭度が下がらない。


5 スピーカーの近くでも離れても後方でも音質、音圧の変化をあまり感じない(音は波紋である)

6 音は思っている程、迫力、パワー感のあるものではない。


7 試聴上、歪(物理特性ではない)が小さくなると音像が下がり、音階、楽器の音色が正しくなる。

8 
長時間聴いても疲れない。連室でも音が邪魔にならない。


 
 

オーディオの一寸先は闇

2017年09月19日 | オーディオ談義

「お久しぶりで~す、お元気ですか?システムを一新しましたので、ご都合がよろしかったら試聴にお見えになりませんか。」

と、クルマで10分ほどの所にお住いのYさんに連絡したのは厄介な18号台風が過ぎ去った昨日(18日)の昼下がりのことだった。

すると「そうですね~、行ってみましょうか。」

Yさんの場合、ご用事がある場合を除いて前向きの回答の確率がおよそ100%なので大いに助かる(笑)。


今回は、我が家が抱えている二つの課題についてYさんのご意見をぜひ参考にさせてもらおうという魂胆である。

 
新しい3ウェイシステムの試聴について

 あまり
うまく鳴ってくれない「AXIOM80」対策の相談

結果的には、この積極性が功を奏することになるのだから、やっぱりオーディオの一寸先は闇だった(笑)。

まず1から。

               

聴いてもらったのは、ブルックナーの交響曲第8番(チェリビダッケ指揮:伝説のリスボンライブ版)とマーラーの4番(ゲルギエフ指揮)だった。

「音にゆとりが感じられますし、スケール感も凄いですね。膨大な情報量を隅々まで再現していて、チャンデバと2台の真空管アンプが能力をフルに発揮している印象です。とてもいいですよ。」

いつも辛口に終始するYさんからこんなに褒め称える言葉が聞けるのも珍しい。1時間ほど聴いてもらったが、最後に「チャンデバにボリュームが付いているので、DAコンバーターからプリアンプを経由せずにパワーアンプに直結してみても面白そうですね。」と一言。

成る程!そのうち試してみよう。

次に、いよいよ懸案事項の2へと移った。

「どうしてもAXIOM80がうまく鳴ってくれないので困ってますよ」と泣きついたわけだが、しばらく耳を澄ましておられたYさんが次のように述べられた。

「たしかにサ行(サシスセソ)がちょっとキツイですね。これはSPケーブルに原因があるような気がします。何しろ古いユニットですし、製作当時の平凡な撚り線の方が合っているような気がしますよ。」

つい最近のブログでも述べたように「AXIOM80」ほどデリケートなユニットは滅多にない。駆動するアンプはもちろんRCAコードからSPケーブルまでありとあらゆるものにケチをつけてくるのにはほんとうに参ってしまう(笑)。

対策として4つほど手立てを講じて「万策尽きた」と勝手に思っていたわけだが、Yさんのご指摘で、エッ、まだあったんだと驚いた!

先入感がない白紙状態からの他人の意見は完全な盲点を突いてくる!

現在SPケーブルに使っているのは「LANケーブル」だが、JBL「D123」の口径30センチでは完璧といっていいほどの鳴りっぷりなので、その性能を露ほども疑わなかったが、そういえば独特の構造とツクリを持つ古典派タイプの「AXIOM80」には合わないのかもしれない。

思いたったが吉日で、Yさんの目前でごく普通の「撚り線」ケーブルを引っ張り出して接続してみたところ、何と見事にサ行のキツさが低減したのである。

点数にたとえるとこれまで70点だったのが80点まで向上した感じで、これには心の底から驚いた。

と同時に、ナ~ンダと自分の考えの至らなさに、もうガックリ(笑)。

ただし、後日、この「撚り線」ケーブルでJBLの「D123」を聴いたところ音がやや籠った印象を受けてサッパリだった。試しに「LANケーブル」に代えてみたところ、クリアで輝きのある音に大変身で断然こちらの方がいい。LANケーブルがもたらす鮮度はやっぱり凄い。

結局「AXIOM80」と、「JBL」とでSPケーブルを使い分けすることにしたが、面倒だけど仕方がない。

ところで、Yさんが辞去される際にポツリと洩らされた。

「真空管アンプで聴くと歌手の声の湿り気の具合がとてもいいですね。長年、TRアンプを使ってきましたが代えてみたい気がしています。250という真空管がありますが、どんな風でしょうか?」

「250ですか!製作期間が短かったので有名ではないですが、知る人ぞ知るたいへんな名管ですよ。音にウルサイYさんにはピッタリだと思います。

しかし、なかなか古い球なので程度のいい物が手に入らないようです。オークションで購入するのは慣れないとちょっと危険でしょう。そのうち、古典管に詳しい北国の真空管博士に訊いてあげますからしばしお待ちください。」

Yさんはメチャ高価な海外製のTRアンプ(マークレヴィンソン)を使っておられるが、そのYさんでさえこうして真空管アンプに興味を示されるのだから、真空管アンプ・ファンとしては味方が増えて心強い限り(笑)。

話題のついでに、その真空管アンプについて、久しぶりに「71Aプッシュプルアンプ」を登場させてみよう。

          

オークションで信じられない安値で落札し「北国の真空管博士」から昨年(2016)の1月に大改造していただいたアンプである。

パーマロイ・コアのインターステージ・トランスが回路に組み込んであり、出力トランスはあの有名な「ピアレス」で、とても由緒正しい部品が使ってある。ナス管がズラリと並んだ様(さま)もなかなか壮観である。           

右側の4本が前段管の「27」(メッシュプレート)だが、全体的に少し音が硬い印象を受けていたのでこのところ遠ざけていたのだが、思い当たる節があって右端の一次管の2本を「ARCTURAS」の「127」(ブルー管)に代えたところ音がとても柔らかくなって全体的に音に艶が出てきたのには驚いた。

博士が大好きな「ブルー管」の良さはつとに耳にしていたが、たった2本で全体の音質が激変するんだから真空管アンプはやはり奥が深い。これも一寸先は闇だ(笑)。

プッシュプルアンプ独特の音を押し出す力もあって、さっそく「AXIOM80」を鳴らしてみたが、重心の低さはWE300Bシングルアンプに優るとも劣らずで、もしかしてこれが我が家のベストアンプかもしれない。

3ウェイシステムの低音域用に使うか、それとも「AXIOM80」用に使おうかと真剣に思案中(笑)~。

 

 

 


肺炎がイヤなら喉を鍛えなさい

2017年09月17日 | 読書コーナー

およそ1月前のお盆のときのこと。

帰省した娘とのウォーキングが済みフラリと立ち寄った書店で、センセーショナルなタイトルが気になって購入したのが次の本。

           

そのうち読もうと机の上に置いたまではよかったが、次から次に図書館から借りてきた本の返却期限に追われてとうとう目を通すヒマがないまま1か月近くツンドク状態に。

ところが、つい先日四軒隣りの86歳になるお婆ちゃんが亡くなられた。いつもニコニコして愛嬌が良くてお会いするたびに挨拶を交わしていたのでショック。前日まであれほどお元気だったのに信じられない~。

お通夜に出席させてもらったが、ご遺族のご挨拶の中で死因が判明した。「誤嚥性肺炎」だった。

「水や食べ物、胃食道逆流物(*)などが誤嚥によって肺に入ってしまい、細菌が繁殖して炎症を起こすことで起こるのが誤嚥性肺炎」とのこと。

そういえば、6年前に94歳で亡くなった母も誤嚥性肺炎を起こして深夜に救急車のお世話になったことがある。幸い一命を取りとめたが入院期間が2週間にも及ぶほどの重篤な病気だった。

高齢者にはポピュラーな病気のようで、身につまされ意を決して前述の「肺炎がイヤなら喉を鍛えなさい」に目を通した。

備えあれば憂いなし!

近年とみに忘れっぽいので要点をメモしておこう。

 日本人の死亡原因は1位「がん」、2位「心臓疾患」、3位「肺炎」だが、このうち誤嚥性肺炎で命を落とす高齢者が多くなっている(4頁)。

また、2011年度、誤嚥による窒息事故の死亡者数「4816」人は、交通事故による死者数「4611」人より多くなった。(196頁)

 食べ物を呑みこむ行為はわずか0.8秒と一瞬のうちだが、その間に「喉頭を上げる」「気管の入り口を閉じる」「食道を開く」「食べ物を食道へ送り込む」という絶妙な連携プレイを行っている。しかし、ほんのちょっとしたタイミングのズレが起こるとうまくいかない。歳をとればとるほどズレが起こりやすい。(6頁)。

 極めて難しい手術を無事乗り越えたにもかかわらず、療養中に免疫力や喉の筋肉の衰えにより「誤嚥性肺炎」でアッサリ命を落とす例が極めて多い。

 飲み込む力は鍛えることができる。まず普段からしっかり声を出す習慣をつけておく。「カラオケ」「おしゃべり」「笑い」の3つが重要。(79頁)

女性と違って高齢の男性に比較的患者が多いのも「定年後になっておしゃべりが少なくなったから」という報告がある。

 8つの「のど体操」、誤嚥を防ぐ食べ方、などが詳細に紹介してある。

以上、実際に多くの症例に当たったお医者さんが書いた本なのでなかなか説得力があった。

この中で比較的身近で取り組みやすいもののうちから生活習慣として次の二つを実行することに決めた。

まずは簡単な「のど体操」、そして「カラオケ」。

カラオケといっても専用のセットは持ってないので、CDを利用して歌手と一緒に歌うことにした。

このCDは現役時代にお付き合いの「飲み会」の席で歌わざるを得なかったので、仕方なく歌詞を覚えるために独自に編集したもので、10曲以上収録しているが、音痴ではないものの下手なのはたしかで、素面ではとても人に聴かせられたものではない(笑)。

1 襟裳岬(森 進一)  2 北国の春(千 昌夫) 3 ヘッドライト・テールライト(中島みゆき) 4 裏町人生(大月みや子) 5 夢の途中(来生たかお)

朝食前に、これら5曲を続けて歌うと、じっとりと汗ばんでくるのでとてもいい喉と肺のトレーニングになっているが、ただ気になることが一つある。

「下手な歌 → ぬか味噌が腐る」という妙な言い伝えがある。なぜか?

「音楽は人間だけが理解し味わうものではない、という説がある。牛にモーツァルトを聴かせると牛乳の出がよくなるとか、植物の成長が早まるとか…。

つまり音楽というのは芸術の中でも最もプリミティブにして、万物に影響を与える普遍性を帯びているのだ。

当然微生物に対しても、音楽は効果を有するであろうことは容易に推測できる。そこへ持ってきて、下手な歌を味噌の中のバクテリアに聴かせた日にゃあ、どういうことになるか、想像できるだろってなもんだ。」
だそうだ。

道理で、最近「ぬか漬け」が不味くなったのはこのせいだったのか!(笑)

 


ウッドホーンの誘惑~その2~

2017年09月14日 | オーディオ談義

前回からの続きです。

オーディオ仲間のご好意により「大型ドライバー+ウッドホーン」の試聴に恵まれたので、さっそく試すところまで記しておいた。

システムがガラリと変身したので結線が済んで最初の音出しのときには「いったいどんな音が飛び出してくるんだろう?」と、いやがうえでもハラハラドキドキする。これもオーディオの醍醐味のひとつ。

緊張の一瞬だが、一同固唾を呑んで(出てきた音に)耳を澄ましたところ、期せずして「なかなかいいじゃない!」と、声が上がった。

自分でも、一聴しただけで「これはいけそうだな。」と直感した。オーディオは多分に感覚の世界なので初印象はとても大切。ほら、「一目惚れ」という言葉もあることだし~(笑)。 

それからは本腰を入れてクラシックから歌謡曲まで次から次に聴いてみたが、音質に不自然さが無く何といっても500ヘルツ以上の情報量が飛躍的に増えた印象を受けたので、これまでのサウンドがいかに控え目に終始していたかがよく分かった。

万事控え目な人間には「おとなしいサウンド」が似合っているが、この辺でガラッと豹変するのも面白いかもしれない。まさに「君子豹変す」(笑)。

チャンデバ1号機が合格したことを一同確認してから、今度はチャンデバ2号機を使ってクロスオーバー2000ヘルツで聴いてみた。これもなかなか良かったが、自分にはちょっと音像がデカ過ぎるような印象を受けた。何だか歌手の口元が大きくなるような感じといえばいいのだろうか。

ウェストミンスターの箱はクロス1000ヘルツが前提なので、一緒に試聴していたMさんに「このチャンデバですが折角ですからクロス2000ヘルツを1000ヘルツに変更できませんかね?」

「ああ、できますよ。8か所ぐらいの素子を代えるだけで済みます。次回来たときにやってあげましょう。」

「助かります。是非、お願いします。」

クロス500ヘルツと1000ヘルツのチャンデバが2台あればその日の気分次第でずいぶん遊べそうだ。

いずれにしても、このウッドホーンには大きな将来性を感じたので「しばらくお借りしてじっくり聴いてみたいのですが・・・・」と、Kさんにお願いしたところ「いいですよ。しばらく聴いてみてください。」と、ご快諾を得た。

丁度昼食時になり、2時間ほどでお二人とも辞去されたので午後からは独りでさらに試聴を続けた。

今度はジャズで「ビッグ バンド」(カウント・ベイシー)を聴いたところ、明らかに高域不足であることが判明した。そりゃそうですよねえ、JBL「375」をツィーター無しで聴くようなもんだから~。

クラシックやボーカルでは誤魔化しがきいてもジャズともなると、これはイケマセヌ。やはり試聴盤にジャズは絶対に欠かせない。

そこで、ためらうことなくJBL「D123」(口径30センチ)に使っていた「075」ツィーターを投入した。

このシステムを名実ともに我が家のフラッグシップ(旗艦)モデルにしようという決意の表れでもある(笑)。ただし置き場所ともなると、ウッドホーンの脇しかない。ほんとうは「縦一文字」がいいのだが・・・。

              

「マイカ・コンデンサー」を使ってローカットし、オーディオ戦線に投入した。接続はSPターミナルを使ってシンプルに締めて圧着するだけ。

すると「しめた、音に輝きが出てきたぞ!」

中小型システムにもいいところが沢山あって大好きだが、やはり大型システムでないと出せない音があることを改めて痛感した。

たとえば以前クラシカ・ジャパンで録画した「マーラーの4番」(ゲルギエフ指揮:於ロンドン・アルバートホール)を聴いて唖然とした。

          

ミニチュアの舞台から大きなコンサートホールに変身した印象で、何という雄大なスケール感だろう。やはりマーラーを聴くのなら「でっかい箱」の方が絶対いい


けっしてローエンドまで伸びているわけではないが、音にゆとりがあるので何時間聴こうと耳が疲れず、このところ少なくとも(4番を)毎日2回以上は聴いているのだから世話はない(笑)。

さらに、もっと欲が出てきたので今度は駆動する2台のアンプを一新して我が家のエース級を投入した。

まず、500ヘルツ以下には低音域の質感が一番優れた「2A3シングル」(フランスのVISSEAUX)を起用し、中高音域にはとっておきの「171シングル」を持ってきた。

         

ところで、どんなシステムでも聴きこんでいくと何らかの欠点が見えてくるものだが、このシステムははたしてどうなんだろう。

実は、本日(14日)の時点で既に10日ほどが経過しているのだが、強いて言えばやや乾き気味の音になるのかなあ・・・。

ジャズばかり聴くのならまったく言うことなしだが、クラシックとなるともっと湿り気というかシットリ感が欲しい気もするが、贅沢をいえばきりがない。

Kさんによると久しぶりに電流を通したそうなのでドライバーのエージングを続けるともっと良くなるのかもしれない。

それはさておき、昔と比べて今回の3ウェイがうまくいった要因をいつものように「独断と偏見」にもとづき分析してみると、

1 「2ウェイ・チャンデバ + ツィーター」の編成がウェストミンスターにマッチしていた

2 中高音域に71系アンプを活用した

3 プリアンプ1号機(ムラードのECC83×6本)の活用

4 お借りしたウッドホーンとドライバーの性能がGOOD


といったところかな。

まあ、自分で勝手に「うまくいった」と思い込んでいるだけだが(笑)。

夏もようやく終わり、これから涼しくなって本格的な「オーディオ・シーズン」を迎えるのでしばし、楽しませてもらうことにしよう。

ただし、何よりも留意しておくべきはウッドホーンが借り物であるということで、俗な言葉だが「横恋慕」もほどほどにしておかないと、後になって肘鉄を喰わされたときにショックが大きくなる~(笑)。

Mさんと
Kさん、今回はどうもありがとうございました。こういう機会をいただいて心から感謝しています。

昔も今もオーディオ仲間に支えられてばっかりだなあ~。

 


ウッドホーンの誘惑~その1~

2017年09月12日 | オーディオ談義

つい先日の日本経済新聞に「60歳からの手ぶら人生」というベストセラーが紹介してあった。日経新聞は論調が自分の波長に合うのだろうか、共感できる記事がとても多い。

          

記事の趣旨は「定年後は人生の縮小期だから持ち物や人間関係を整理し、身軽に人生を楽しもう」ということで、根が信じ込みやすい性質(たち)なので、自分もこれから見習わねばと素直に思った。

もちろんオーディオだって「持ち物」の一環だから例外ではなく、これから「縮小期」に向かわねばと内心決意していたところ、その矢先にたいへんな誘惑が待ち受けていた。

オーディオ仲間のMさん(大分市)から「Kさんが素晴らしいウッドホーンを持ってますよ。昔、自作されたそうでテクニクスの大型ドライバー付きです。現在遊んでいるし、置き場所にも難儀されているようなので一度試聴してみませんか。」

「ウッドホーンですか・・・。チャレンジしてみるのも面白そうですね。」

「縮小期」に向かって進むはずなのに、舌の根も乾かないうちにこの有様だからまったくどうしようもない人間だ~(笑)。

とはいえ、「まだ枯れるのは早過ぎる、もう一花咲かせてみたい。」という山っ気が心のどこかにあるのかもしれない。いずれにしろ、こちらから持ちかけた話ではないので首尾よくいくかどうかはその時点では半信半疑だった。

実はウッドホーンには苦い経験があった。

その昔、JBLの「375ドライバー + ウッドホーン」をメインに使ってマルチ・チャンネル・システムを試みたことがあり、しばし甘い夢を見させてもらったが長期的には失敗に終わり、375やウッドホーンがあっさりオークションの露と消えたのはまだ記憶に新しい。

敗因の第一はウェストミンスター独特のフロント・ホーンが邪魔して、どうしても低音域と中高音域とのユニットの繋がりが滑らかにいかなかったことにある。

とはいえ、今回は当時と状況が相当変わっている。何といっても「LCネットワーク」から「2ウェイ・チャンデバ」に変身しているし、駆動するアンプだってかなり質的に向上している。

スピーカーシステムの編成にあたり「LCネットワーク」がいいのか、「チャンデバ」がいいのか、いまだに論争があるところだが我が家の置かれた環境では明らかにチャンデバの方が好みである。

中低音域のスッキリ感というか明瞭さにその根拠があるが、そうはいっても実際にやってみなくちゃわからんというのが正直なところだ。

MさんとKさんが大型のウッドホーンを持参されたのはご連絡があってから数日後のことだった。

一目見て自作にもかかわらずその精巧なツクリに驚いたが、テクニクスのドライバーの大きさと重量にもビックリ。とても自分の腕力では無理なので加勢してもらってようやくウェストミンスターの上に載せた。

                           

なかなかピッタリ収まって、まるでわざわざ誂えたみたいだ。見かけ上では、まず合格(笑)。      

現在はチャンデバ3号機を使ってクロスオーバー「5000ヘルツ」の2ウェイで聴いているが、いくらなんでもこんな大きなホーンを5000ヘルツ以上で使っても意味がないので、とりあえずチャンデバ1号機に代えてクロス「500ヘルツ」で試聴することにした。

その後で、今度はチャンデバ2号機を使ってクロス2000ヘルツでも実験してみることにしよう。ウェストミンスターの箱はそもそもクロス1000ヘルツを前提にして作られているのでこちらの方がマッチングする可能性は高い。


アンプは「~500ヘルツ」に「WE300Bシングル」をあてがい、「500ヘルツ~」を小出力の「6SN7プッシュプル」を充ててみた。

さあ、いよいよ音出し~。

一同、固唾を呑んで耳を澄ましたところ・・・・。

以下続く。


 


オークション情報~2017.9.10~

2017年09月10日 | オークション情報

オーディオ愛好家なら興味の的であるはずのオークション。

このところ記憶がすぐに飛ぶようになったので(笑)、興味のある出品を忘れないようにブログに登載して記録しておくことにした。

新しくカテゴリー「オークション情報」を設けたのでよろしく~。

まずトップバッターはこれ。

☆ WESTERN ELECTRIC 300B(1988年製)

         

説明文は次のとおり。

知り合いから委託して出品しました、当方真空管に対しての知識が殆どありません、真空管にはWESTERN Electric MADE IN U.S.A 8813 300B と書いて有ります。 

動作確認を実施しておりませんがヒ-タ-の導通は確認しました、動作特性等不明の為ジャンク扱いとします、輸送中の事故以外はノンクレ-ム.ノンリタ-ンにてお願いします。」

以上のとおりだったが、落札価格は結局「164、000円」だった。もちろん、自分は同じ1988年製を持っているので高みの見物だった。

(1988年製の)程度のいいものなら相場が「30万円」前後なので、もし程度が良ければこれはたいへんなお買い得品。

おそらく「ジャンク扱い」とあるので、到着して万一音が出なかったりしてもクレームが利かないところがネックとなって価格が伸び悩んだに違いない。

今回の場合、寿命の目安となる測定値も付いてないし、かなり博打の要素が高いオークション。

まさに「ハイリスク ハイリターン」だろうが、WE300Bの長寿命と頑丈さはつとに有名なので「ミドルリスク ハイリターン」ぐらいかもしれない(笑)~。

次はこれ。

☆ Goodmans グッドマンズ フルレンジユニット AX10M80

         

中古の機器を大量に扱う専門業者からの出品だった。「音出し良好」とあったが、何とも冴えない国産の箱に入っていたので、どうせ「復刻版」だろうと思ったら、ユニットの画像を観て驚いた。

自分が持っている「最初期版」とほとんど変わらないではないか!

「AXIOM80」の詳細については福岡市在住の「S」さんが詳しいが、マグネットの後ろの部分がなだらかに丸みを帯びているのが特徴だし「WEMBLEY MIDDX.」の印字もそう。復刻版はここが「HAVANT HANTS」となっている。

30万円以下ならお買い得だと思っていたら、落札価格は「258,000円」だった!


復刻版ならせいぜい15万円前後といったところなので、初期版と見破った入札者の方は実に目が高い。

ただし、このユニットをうまく鳴らそうと思ったら塗炭の苦しみを味わうことになるのでよほどの覚悟が必要になる。

かなりの方々がうまく調教できずに仕方なく手放す破目になると聞いているが、その一方、転売目的で落札されたのならとてもいい買い物をされたことになる。

はたして真相はどちらなんだろう?

次はこれ。

☆ TANNOY タンノイスピーカー ⅢLZペア

          

上記の「AXIOM80」と同じ中古専門業者による出品なので、スタート価格は1000円なり!

個人の出品ならとてもリスクが大きくて狂気の沙汰だが、大量に荷を捌く専門業者ならではの設定価格だ。

つい1000円に釣られて色気を出すのだが、今や鵜の目鷹の目のオークションなので、やっぱり落札価格がそれ相応に落ち着いてしまうのが何とも忌々しい(笑)。


今回の「ⅢLZ」の落札価格は「138,000円」だった。

ひところは20万円以上していたのでこれもお買い得品になるのだろうが、説明文の中に「音は出るがスイッチ類が不能」とのことなので完品ではなく、それが(落札価格が)伸び悩んだ理由だろう。


自分であれば、このスイッチ類は「百害あって一利なし」で、音を悪くするだけなので配線を切断してハンダ付けで直結にしてしまうが、「それもタンノイの音づくりの一環だ」と言われればそれまでだし、完品を尊ぶ方々にはきっと大切な存在に違いない。

日本人の潔癖性にも通じる話だろうし、オーディオは気分的なものが影響することもたしかなので、その気持ちは分からないでもないが、別にオリジナルや見かけに拘らない実利主義の自分には無縁な話だ。

なお、この「ⅢLZ」は以前所有していたことがあり、40年ほど前に「下取り品」の露と消えたがいまだに手放したことを後悔している逸品である。

振り返ってみると、何よりも音に気品があったし、典型的なブリティッシュ・サウンドだったという気がする。

若気の至りで、ただ、ひたすら低音域のパワー感を求めていたあの頃は、ほんとうに未熟だった。

「後悔先に立たず」とは、このことだ(笑)。


 

たった一枚のCDが巻き起こした大騒動~最終回~

2017年09月08日 | オーディオ談義

前回からの続きで、今回が最終回です。

下記のうち1と2の対策は前回述べたので、今度は3と4の対策へ移ろう。

1 相性のいいパワーアンプを見つける

2 スピーカー周りの作業をする

3 プリアンプの真空管を代える

4 サランネットを取りつける

まずの対策から。

プリアンプに使っている真空管はどういうブランドを挿し込んでいたのか、すっかり忘却の彼方だったので天板を開けて引っこ抜いてみると、何と「東芝」さんの「12AX7」(3本)だった。

国産では「東芝」さんの真空管はとても評判がいい。個人的にも、いかにも日本製らしくツクリが緻密だし故障が少なく生真面目な再生音というイメージを持っている。

しかし、パワーアンプもスピーカーも海外勢なのでやっぱり相性というものがある。

そこで手持ちの「ムラードのECC83」(増幅用2本)と「テスラのECCー803S」(バッファー用1本)に差し替えてみた。

すると・・。

完全とはいかないまでも、キンキン感がかなり収まって聴きやすくなったのには思わず拍手(笑)。

微小電流を扱うプリアンプだが、きちんとした音声信号を確保しておかないと、良い部分も悪い部分も後々パワーアンプで盛大に増幅されていくのだからユメユメおろそかに出来ない存在だ。

もちろんこれはCDトラポやDACなどの前段機器にも同様のことが言える。まあ、言わずもがなだが(笑)。

これでかなり改善されたが、まだまだ~。

最後の対策として4が登場。

SPユニットをカバーする「サランネット」もかなり効果があった。そういえば、イギリスのスピーカーはアメリカと違って「サランネット」を被せて聴くものが多い。私見だが高音域をやや強めに出してサランネットでカバーして聴きやすくするというポリシーではなかろうか。

「サランネット」なんて、どうせ見かけだけだろうと甘く見ていたが、高音域のキンキン感を収める重要な役割があるんだとようやく納得。「今ごろ気付くなんて何だ」と笑われそうだが(笑)。

サランネットとしてクルマの日除け用に内部のウィンドウにくっつけるネットがたまたまあったので、マジックテープで「AXIOM80」に取りつけてみた。

             

我ながら凄い名案に、つい酔い痴れてしまったほどだが肝心の効果といえば悪くはないが決め手というほどでもなかった(笑)。

以上、全体的にみてこれら4つの対策でおよそ7割くらいはキンキン感が収まったような気がするが、あとの3割が問題で完璧とまではいかず、とうとう万策尽きてしまった。

けっして逃げるわけではないが、実際に身近で聴くヴァイオリンの音色はややキンキンしたところがあるし、「アルベ・テレフセン」の演奏を目の前で聴いたことがないので何とも言えないが、むしろこれが本来の音かもしれない。しかし自分はオーディオで調教された聴きやすい音の方が好きだ。

いつの日か「AXIOM80」から「ふっくらとしてやや重心が下がった音」が聴けることを今後の宿題としておこう。

なお、拙い経験上の話だが今回のように一枚だけのCDの再生に拘ると他のCDにはあまり応用が利かないケースが多々ある。

たとえばジャズの名盤とされる「サキソフォン・コロッサス」(ソニー・ロリンズ)がそれで、まず相当に録音感度が低いしモノラル盤とあってなかなか満足のいく再生が難しい。

とりわけシンバルをうまく鳴らそうと思ったら高域のレベルを相当あげなければいけないが、ツィーターをそのレベルに合せると、ほかのCDが何ともおかしな音になる。結局、両者が折り合うポイントを見つけて妥協するのが常だった。

そもそもCD盤というかレコード盤でもそうだが、それぞれ一枚、一枚の収録された録音状況(音質の鮮度や周波数レンジ)に違いがあって、画一的に再生できないところに根源的な難しさが横たわっている。

ましてや同じタイトルのCDやレコードでさえも外国版と日本版では音質が違うのだからリスナー側からするとたまったものではない。

これらの違いにまともに対応しようと思えばオーディオの迷路を彷徨い歩くのが関の山だが、とはいっても、一方ではオーディオの妙味はその辺にあるような気もする。


以上、たった一枚のCDが巻き起こした大騒動」に振り回された2日間だったが、なかなか楽しませてもらった。

何しろ1円もお金が掛からなかったんだからね~!(笑)




たった一枚のCDが巻き起こした大騒動~その2~

2017年09月06日 | オーディオ談義

前回からの続きです。

日頃愛用しているスピーカー「AXIOM80」だが、たった一枚のCDでメチャご機嫌が悪くなったのでひたすら赦しを乞いながら(笑)、以下のように4つの対策を講じてみた。

1 相性のいいパワーアンプを見つける

2 スピーカー周りの作業をする

3 プリアンプの真空管を代える

4 サランネットを取りつける

ここまでは前回記述したとおりだが、それではまず1の対策から。

はじめに、ヴァイオリンのキンキンした響きはパワーアンプとの相性が大きな原因だと睨んだ。とにかく繊細極まる「AXIOM80」はアンプを選り好みするので有名なユニットである。


4台の真空管アンプがとっかえひっかえ登場した。それぞれに個性があって捨て難いものばかり。

「エレハモの300Bを使ったシングル」、「171シングル」(インターステージトランス入り)、「2A3シングル」、「PX25シングル」

それぞれのアンプで電圧増幅管、出力管、整流管などを交換しながら「AXIOM80」との相性を確認するのだから簡単にはいかず、みっちりとまる1日かかった。

結果から言えば
、いずれも「無念の討ち死に」で、比較的GOODだったのは「171シングル」だったが、それでもあのキンキン感がどうにも収まらなかった。

        

このアンプの構成は電圧増幅管は「MH4」(メッシュプレート)、出力管は「171」(トリタン・フィラメント)、整流管は「OK-X 213」(メッシュプレート)と、1930年代製造前後のメッシュプレートの清澄感をもってしても(キンキン感を)克服できない
のだからどうやらアンプの責任(相性)ではなさそうだ。

1がダメなら次の対策は2。

次に「AXIOM80」を収めている自作のエンクロージャーに疑惑の眼を向けた。このエンクロージャーは自作してから半年あまりだが、やっぱり自己流の限界かなあと思うことが再々あるものの、逆に言えば「手がかかる子供ほど可愛い」存在だ(笑)。

いつも、めげることなくあれこれ手立てを講じているが、まずは「羽毛の吸音材」の量を増やしてみた。

吸音材の量は増えすぎると音に精彩がなくなり、足りなさすぎると音が粗くなるのでベストポイントが必要だが、こればかりはいろいろ取り換えて実際に試聴するしかない。

はじめに吸音材を増やして試聴してみると、キンキン感は少し収まったものの、肝心の溌剌とした元気が無くなってしまった。

これはアカン。「角を矯めて牛を殺す」という類である。

次にダメ元で「目の粗い敷物」をエンクロージャーの底部に設けた「ARU」(音圧調整器)に被せてみたところ、なかなかの効果があった。                                

この状態で「ライムライト」を聴いてみると、「おお、かなり良くなったじゃない」。明らかに低音域の量感が増してきたのである。

そもそも低音域と高音域は繋がっていて、いくら高音域がキンキンいっても低音域の量感が増してくると目立たなくなるものだ。したがって高音対策は低音対策でもある。

ほら、日本の「対アメリカ外交」は「対中国外交」でもあると「禅問答」のように云われるが、その表裏一体の関係と似たところがある。

おっと、また口が滑ってしまった(笑)。

スピーカー周りの作業としてはほかにも、「AXIOM80」を取りつけたバッフルの6本のネジをユルユルに取りつけて、板の振動を増やすことにしたがこれも悪くはなかった。

とはいえ、やっぱりキンキン感が完全に収まったわけではない。まだまだ物足りない。

次にいよいよ後半の2つの対策へ移ろう。

以下、続く。



たった一枚のCDが巻き起こした大騒動~その1~

2017年09月05日 | オーディオ談義

オーディオ機器というのはやっぱり毎日使ってやらないとご機嫌が悪くなるようだ。

先日、お客様が試聴にお見えになったので久しぶりにといっても1週間ぶりぐらいだが、CDを聴いていただこうと「CDトランスポート」のスイッチを入れて(CD盤を)CDトレイに載せたところなかなか読み込んでもらえない。

小さな表示板に「NO DISK」と表示されたままでウンともスンともいわない。流石にお客さんを目の前にして少々慌てた。

焦りながら何度かCDを出したり入れたりを繰り返すとようやくご機嫌が直ってくれたが、その後は快調に作動したのでメカの故障ではなさそうで、まずはひと安心。いきなり電流が舞い込んできたのでビックリしたのだろう。

このところテレビ画像を通じての音楽鑑賞が増えたことにより、CDから段々遠ざかっていることに遠因がある。

「ひかりTV」(NTT系~光回線)、「仲間のCD1200枚を収納したハードディスク」、「クラシカジャパンの録画ディスク」と3種類もある。

何しろリモコンのボタン一つで次から次に曲目を選択し再生できるのだから、便利なことこの上ない。CDよりも少々音質は劣るのだろうがそれほど目立って劣化するわけでもなく、つい手軽さの方が優先する。

「悪貨は良貨を駆逐する」(?)

今回の件で大いに懲りたので「これからは1日に一度はこまめにCDトラポの電源を入れよう」と、固く心に誓った。

したがって、このところ昔のCDを引っ張り出して聴くことが多くなったが、そのうちの一枚がコレ。

          

「北欧のリリシズム」という形容がふさわしいヴァイオリニスト「アルベ・テレフセン」(ノルウェー)の「Intermezzo」。

「Intermezzo」とは、存知の方も多いと思うが英和辞典によると「間奏曲、独奏用の小曲」とあり、文字どおり12曲の小曲が収められているが、このうちの第2トラックの「ライムライト」(チャップリンの映画のテーマ曲)が絶品だ。

この世のものとは思えないような優雅でむせび泣くようなヴァイオリンの音色が美しい旋律とともに音響空間にフワッと広がって漂う様にただただウットリした記憶がある。ジャケットの画像から見てヴァイオリンはおそらく「ストラディヴァリ」ではなかろうか。

若かりし頃、PCM放送(衛星デジタル)でこの曲を聴いてゾッコンとなり、八方手を尽くしてようやく手に入れた輸入盤(現在廃盤)である。

さあ、ヴァイオリンとくれば当然のごとく「AXIOM80」の出番だ。

ワクワクしながら耳を澄まして聴いてみるとこれがガッカリ。ヴィオリンの音色が濡れるどころかキンキンしてとても聴けたものではない。

こんなに再生が難しいCDだったかなあ?これでは昔のシステムの方が良かったぞ~!(笑)

以前と違ってシステムの周波数レンジが広がったことにも一因があるのかもしれない。


それにしてもあまりにも極端なので、何か対策を講じなくては。

それからは悪戦苦闘の毎日で、振り返ってみると4つの対策を講じる羽目になった。

ざっと挙げてみると、

1 相性のいいパワーアンプを見つける

2 吸音材、ARUの調整などスピーカー周りの作業をする

3 プリアンプの真空管を代える

4 サランネットを取りつける

いずれも例によって「独断と偏見」に満ちているが(笑)、具体的な処方と効果については次回で述べるとしよう。

とても一筋縄ではいかない「AXIOM80」がはたしてご機嫌を直してくれたのだろうか。



 


気になったオークションの出品物

2017年09月03日 | オークション情報

前回に続いてオークションがらみの話題を一つ。

落札する気は毛頭ないにしてもとても気になる出品物がたまにある。

☆ ヴァイタボックスCN191コーナーホーン

つい先日、出品されていたのがこれ。

          

ずっと昔から憧れのスピーカーだった「CN191コーナーホーン」だが、もはや我が家では置き場所に困るし、ただただ指をくわえてみているだけの存在だが、はたしてどのくらいのお値段で落札されるんだろうかと興味津々。

さぞや高値が付くだろうと思いきや、落札日前日まで10万円以下のお値段に終始していてとても複雑な心境になった。

喩えて言えば、昔好きだった女の子が今や見る影もなく落ちぶれて落魄(らくはく)の一途を辿っている印象といえばいいのだろうか。「何か自分に出来ることはありませんか」と申し出たいくらい(笑)。

しかし、落札時刻まじかになるとみるみる入札価格が高騰して、結局最終的な落札価格は152万9、200円なり。

「やっぱり高根の花だった、落ちぶれた姿を見なくてよかった!」と、ひと安心(?)

想像するに、これだけの高額を出せるとなると日本人ではないだろう。おそらく高級ブランドのオークションによく見られる「為替危機に対する予防対策」の一環というような気がする。

「赤い靴 履いてた 女の子」ではないが、
異人さんに連れられて海を渡る可能性があるというのも、これはこれでちと淋しい気もするが仕方がない(笑)。

ところで、先日「北国の真空管博士」にオークションの相談に乗ってもらったときの話だが、現在海外のオークションでは「古典管」がたいへんな高騰をしているそうで、今となっては一番安いのは日本のヤフオクとのことだった。

今がチャンス、欲しい古典管を見つけたらさっそく行動に移しましょう(笑)。

次の出品物はこれ。

☆ dCS(イギリス)の「CDトランスポート」と「DAコンバーター」

ホッともホット、落札日はつい昨夜(9月2日)のことだった。

    

左側がCDトラポの「ヴェルディ」で、右側がDAコンバーターの「エルガープラス」

現在、自分が所有している同一の機器がはたしてオークションでどのくらいのお値段で取引されるものなのか、とても無関心ではおられない(笑)。

落札価格が高くても安くても自分にはいっさい関係がないが、やっぱりお値段が高く付いた方が心理的に得した気がして気分が高揚しようというものだ。

さっそく、今朝のこと目覚めてからパソコンを開いて調べたところ、落札価格はCDトラポが「382,000円」、DAコンバーターが「323,000円」だった。

安すぎっ!

ハッキリとは覚えてないが2年前に自分が手に入れたときと比べると、両方合せて20万円ぐらい安くなっている。

こういうときは2年間の楽しみ賃と思えばいいのだろうが、その価格に見合った音を出せたかどうかというとハッキリいってNOだ。

よしッ、これからせっせと努力して「いい音」を出して元を取り戻そうと気合を新たにしたところだ(笑)。

 

 


オークションでの掘り出し物

2017年09月02日 | オークション情報

今やネットオークションは、それ無くしてはオーディオが成り立たない程の存在感を見せているが、とりわけ比較的古い真空管やSPユニットを愛用している我が家では必須の存在となっている。

常に相場より安くて程度がいい「掘り出し物」を求めて、毎日のようにパソコンでチェックしている。常時「ウォッチリスト」に登載している件数は20件ほどだが、なかなかお値段が折り合わず涙を呑むことが多い(笑)。

ところでオークションを利用したことのある方ならご存知のことだろうが、落札した商品は別途保存でもしない限りネット上では3か月経過で自動的に削除される。

肝心の品物は現実に手元にあるのだから別にかまわないが、心理的には何となく淋しいし、解説文がすっかり消え去るのもちょっと困る
。そこで最近、特に印象に残った「お買い得品」をこの際ブログに残すことにしてみよう。

この3か月を振り返ってみると、丁度「10件」落札していた。

いつものように真空管からSPユニットまで様々だが、何しろ顔の見えない相手から購入したとあって、クレームが利くように到着時にすぐに性能を確認することにしているがいずれもまともな品物ばかりだった。

これまでも、ほとんどそうだったから、オーディオ愛好家にまず悪人はいないと思っていいようだ(笑)。

それではこの3カ月の間で、「得した買い物」とやらを挙げてみよう。

☆ TUNGSRAM HL4 (MH4同等管) ナス管 

         

オークションでの商品説明はこうだった。

当方の試験機による測定結果は下記の通りです。Ep=200V、Eg=-3Vのとき・Ip=6.2mA、gm=3400μmho
(注:実測値につき多少の誤差はご容赦下さい)。

タングスラム製(ハンガリー)とあるが、当方が持っている「AC/HL」(英国マツダ)とソケットからツクリまで外見上はそっくりである。

大いに食指をそそられるが、肝心の測定結果を見ても素人の当方にはサッパリなのでこういうときは「北国の真空管博士」にお訊ねするに限る。こう言っては何だが自分が知る限り日本有数といってもいいほどの真空管(古典管)の専門家である。

どんな真空管でも型番を言うだけで、固有のプレート電圧やμ(ミュー:増幅率)などの数値がスラスラッと出てくるのだから凄い。それに、以前ダメになった「WE300B」真空管を独自の秘法で直してもらったことがあるので知識と実践が兼ね備わった稀有の方である。

この出品物に対して、博士のご見解はこうだった。

「これは本家本元の英国マツダ製と同じです。HL4とありますがAC/HLと同等品です。通常1万円以上は軽くする代物ですから、それ以下ならたいへんなお買い得品ですよ。」

我が家では真空管アンプの電圧増幅管として「AC/HL」の使い道はとても多い。スペアとして持っておいても損はしないので、お値段次第で落札しようと即座に決めた。

7000円スタートのところ現在のところ入札は一件も無し。

おそらくあまりポピュラーではないタングスラム製ということで敬遠されているに違いない。シメシメ~(笑)。

そしてとうとう落札時刻まで一件も入札なしで最終的に「7000円」で自分が落札した。1本だけだが、真空管は消耗品だからこれからは「AC/HL」を安心して使える。

無事に到着したのですぐにテストしたところ、音質的には既存品とまったく遜色なし。さっそく博士に事後報告したが、ほんとうにラッキー!

☆ 新品未使用品!スーパーメタルトップ搭載!ダイワ DXR 1-52SMT 

いったい何のことかと 首を傾げる向きもあろうが、魚釣りに使う「竿」のことである。

「オーディオ」と「読書」、そして「魚釣り」は永遠の趣味といっていいが、若い頃はいつも週末にクルマで2時間ほどの県南地方に釣り紀行だった。今年も涼しくなった秋口ぐらいから久しぶりに釣りに行こうと張り切っている。

都会と違って田舎に永住しようと決意をしたのも、「マンション暮らしだと満足にオーディオが楽しめない」ことと「海が近くて混まないのでいつも釣りが出来る」ことが大きな要因だった。ちょっと動機不純かもねえ(笑)。

さて、オーディオの道具の花形は何といっても「スピーカー」だが、釣りの道具の花形といえば「竿」である。性能のいい竿ともなると、とても「しなり」の力が強いので大きな魚でもすぐに海中から抜き上げられるのがいい。釣果にも大きく影響する。

今でも釣り仲間のA君とは情報交換をしているが、竿が古くなったので「最新の性能のいい竿があったらぜひ教えておくれ」と頼んだところ「ああ、それなら“がまかつ”のインテッサかダイワのDXRなら間違いないよ~。」

インテッサは本格的な磯釣り用だし、メチャ高価なのでアッサリ諦めて波止場にも使える「DXR」に狙いを絞ったところ、運よく引っ掛かったのが次の画像。

                

商品説明にはこうあった。

メーカー希望小売価格(税込):66,960円 

長竿を思わせる安定した操作感「先短胴長設計」。金属穂先の柔軟性と高感度を生かし、重量というデメリットを極力打ち消すために採用された「先短胴長設計」。

♯3~5の太い節を長くすることで全体に張りがある先調子になり、ダイレクトな操作性と逞しいバットパワーが与えられた。穂先が短く胴~元の節が長いため、5.2mでも感覚的には長尺ロッドに近いフィーリングが得られるのが特徴。
 
◆全長:5.20m ◆継数:5本 ◆仕舞寸法:120cm ◆自重:230g ◆先径:0.60mm  ◆元径:17.8mm ◆錘負荷:1~3号 ◆適合ハリス:1~3号

《商品の状態》
◆新品未使用品です。
◆付属品は画像に写っている物で全てです。
◆保証書は未記入状態です。

性能は折り紙つきなのであとはお値段次第だ。何しろビンボー人だし「3万円」なら超お買い得だがと淡い期待とともに入札に参加したところ、何と予想外にも見事に落札。

無事到着してすぐに検品したがキズ一つなかった。

よしっ、「宝の持ち腐れ」にならないように、ぼちぼち仕掛けの準備に取り掛かるとしよう(笑)。