「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

「傾国のスピーカー」とは

2020年02月25日 | 「傾国のスピーカー」シリーズ

今回からこのブログに新たな「カテゴリー」を創設しました。

名付けて「傾国のスピーカー」シリーズです。命名の由来については末尾で明らかにします。

今後「AXIOM80」関連の記事が多くなると思いますが、すべてこの「カテゴリー」にぶちこむ予定です(笑)。

さて、去る2月16日のブログ「振るいつきたくなるような美音とは」の最後に次のような拙文を記載していたのをご記憶だろうか。

「最後に、全国の「AXIOM80」のファンの皆様、この空前絶後のユニットについて、これを機会に使い方のノウハウなど(このブログが)ぜひ意見を寄せ合う場になるといいですね。

これよりももっと巧い使い方をして、「魅力的なサウンド」を出している方がきっといらっしゃるはずだし、「雄大なスケール感」は無い物ねだりにしても「リアリティ、透明感、色気」においては「世界有数の音」と言っても過言ではないでしょうからさらに極めていく価値が大いにありです。

メールのあて先は「自己紹介欄」にありますので、気が向いた方はどうかお気軽にどうぞ~。」

これまでにこういう呼びかけを再三にわたって実施してきたが反応となると皆無といっていいほどだったので、今回も内心あまり期待していなかったところ、とてつもなく大きな魚が網にかかったんですよねえ。おっと、魚扱いにしてごめんなさいね(笑)。

別府から「豊予(ほうよ)海峡」
を隔ててお隣の「四国」の方からメールをいただいたもので仮に「S」さんとしておこう。ご本人のご了解のもと、メールを紹介させていただきます。

「今回のaxiom80 の記事 行間から悲鳴のようなものが聞こえ 同じaxiom80の同好(病)者の一人としていたたまれず 相哀れむ気持ちで 初めて慣れないパソコンでメールなるものを


axiom80は 「デザインの現場」(1995年4月)掲載の「荒木 博志」氏作のスピーカー(一つ目小僧みたいなヒト型)で初めてその姿を知りました 

(このスピーカーは俳優の佐野史郎さん所有 北原照久さんも別のユニットで似たようなものを作ってもらったとか) 

まさに音を出すためのキカイといった武骨なカタチ 一目ぼれです 

25年ほど前 当時はインターネットが普及していなかったので雑誌の広告を頼りに電話で購入 「ちょうど今いいのがありますよ」と


送られてきたものは2個とも銀色のバックプレートに旧ロゴ 一個は木製の桶のケース入りの最初期版

恐る恐る結線してテバルディのオペラアリアを
  魂を奪われました

裸で鳴らしただけなのに自分が理想とした声が前触れなく出てきました 

お察しの通りこの瞬間が自分の原点であり悲劇(喜劇)の始まりです 肝心のエンクロージャーは長岡氏の本を参考に憑りつかれたように設計しました  

ARUを付けるのが常識でしたが直感からバックロードしかないと

フロントにはショートホーン  作った後に出版されたステレオサウンド別冊のコーネッタに感じが似ていてびっくりしました 

出来上がったのが写真のスピーカー 片側だけで80キロ以上 若かったので作れましたが 同じものはもう二度と作りたくありません 

現時点での結論(現状)ですが

ユニットはバッフルにネジ止めせずフェルトがバッフル裏に接するだけ
そのため マグネットを固定する重量のある支えを制作し エンクロージャー内の棚に免震ゲルをはさんで固定しています

海外の画像にマグネットを固定する金具と一緒に写ったaxiom80を見たことがあります おそらく吊るか支えたのではないかと

裸で鳴らすのが素直ですがaxiom80はちゃんと低音も出してくれているので 出ないと諦めて低域をカットするのは疑問です

コイルやコンデンサーを介さずストレートに繋ぐべきかと

バックロードの開口部に首をつっこんでみると ちゃんと低音を出してくれています

その低音は「いかにも」ではなく 人によってはボリュームの足りないものかも知れませんが まぎれもなくaxiom80の品位ある低音です

axiom80
の繊細さにはリボンツイーターが合うように思います

パイオニアの「 PTR-7」をウエスタンのオイルコンデンサ 2μ と板抵抗併用のネットワークで300Bシングルで控えめに高域を少し足すほうが音がすっきりするようです

axiom80への結線は太いケーブルよりは細いもの(Westernの16GA)が合いました

アンプは300Bシングルで聞いていましたが
音がややぼやけるようで

マランツ8を3結にしたら静寂感と繊細さが出てきました

30Wが18Wになりますが十分すぎます

CD
はあまり聞いてなかったのですがDenon DCDS-1にマランツのライントランスLT-1をつないでT型アッテネータで57db落としてMarantz♯7のマイク入力へ

上げて下げてまた上げてと笑われそうな使い方ですが不思議とこれが一番アナログに近くなりました

今後も何かと変更すると思いますが現時点での使い方です

axiom80はどこかを変えてもすぐ反応するので  深みにはまると終わりがないのはよくご存じかと思います いろいろ勉強させられ そして散財させられる

「傾国のスピーカー」です 

長々と駄文 釈迦に説法 ご容赦ください」





以上「原文そのまま」です。

AXIOM80のことを
「傾国の美女」
ならぬ「傾国のスピーカー」とは言い得て妙ですね。

なにしろ(鳴らし方に)「正解のない」スピーカーなので、オーディオ人生が傾いてしまうほどのインパクトを持っていることは確かです(笑)。


それでは、次回以降にこの「使い方のノウハウがいっぱい詰まった」内容を研究材料にさせていただくとしましょう。

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美を求める心

2020年02月23日 | 独り言

昭和の時代に活躍した評論家「小林秀雄」さんのエッセイに「美を求める心」というのがある。

「絵画や音楽をどう鑑賞したらいいのか」について、若い人向けに書かれた本だが、その一節に次のような言葉がある。

「美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に解るという事は、こういう沈黙の力に堪える経験をよく味わう事に他なりません。

ですから、絵や音楽について沢山の知識を持ち、様々な意見を吐ける人が、必ずしも絵や音楽が解った人とは限りません。」


噛み砕いて言えば「絵や音楽は頭で理解するものではないし、言葉で表現するものでもない。ただ、ひたすら見つめ、そしてじっと耳を澄ませながら対象と虚心坦懐に向き合いなさい」。

誰にでも「美を求める心」があると思うが、
たとえば自分の場合に当てはめてみると、「美しい調べと音」を日夜追いかけているつもりだが、それを
どう表現すれば読者にわかってもらえるんだろうかと思うことが再々ある。

言い換えると、「こんなことを言葉遊びしてもしょうがないんだけどなあ」、と虚しくなる気持ちがまったく無いと言えば嘘になる(笑)。

それに引き換え「聴覚」に比べて「視覚」に訴えるものは恵まれている。何しろ対象が豊富だし、一目見るだけでわかりやすいし広く共感を得やすいのが特徴だ。

たとえば美しい写真、絵画、そしてふるいつきたくなるような美人・・。

高校時代の同窓生カメラマン「T」君が撮影した「羽を広げたメジロ」。



絵画では、江戸時代に活躍した浮世絵師「歌川広重」の名作「蒲原 夜の雪」が一番好き。



夜にかけて雪がしんしんと降り積もるこの情景をじっと見つめていると、何だか魂が雪景色の中に吸い込まれそうな感覚を覚える。

そして「美人」。ようやくお目当ての本題に辿り着いた(笑)。

映画女優では若い頃の「若尾文子」が究極の美形だと思っていたが、ちょくちょく「ミステリードラマ」などに出演している「笛木優子」には思わず息を呑み言葉を失ってしまうほどの衝撃を受けた!



すると、つい先日のネットで「第一子出産」の記事が躍っていたので、フ~ン。


しかし、こういう女性を伴侶にすると疲れそうな気がするので「高嶺の花」として見ているのが一番だと思うんだけどなあ(笑)。

さて、皆様にとって「追い求めている美」があるとすればそれは何でしょう?

どうかもったいぶらずに気軽に教えてくださいな~(笑)。

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JBLユニットの追放劇

2020年02月21日 | 「傾国のスピーカー」シリーズ

タイトルにある「追放」という言葉はちょっと語感が強すぎる気がする。

これまでJBLユニットには散々お世話になっておきながら「その言い草は何だ、この薄情者め!」と謗られそうだが、いくら考えてみてもほかの言葉が思い浮かばない。どうせ相手は人間じゃないし、まあいっか(笑)。

さて、「AXIOM80」の2発体制にしてからおよそ1週間余りだが、性懲りもなく飽くなき探求が続いている。まだまだ「発展途上」の感は拭えない。

読者から「いい加減にしろ!」とお叱りを受けそうだが、実はオーディオの面白さは完成形にあるのではなくその過程にあるとは思いませんかね(笑)。

それでは、本題のJBL機器の一斉追放について記してみよう。

まず、

 JBL「D123」 → 「AXIOM150マークⅡ」へ

「ウーファーとして使っているD123も悪くはないのですが、AXIOM80と同じグッドマンということで「AXIOM150マークⅡ」(以下「マークⅡ」)をぜひ聴いてみたいですね。」と、オーディオ仲間。

そこで「ああ、お安い御用ですよ」とご本人の面前で交換した。



バッフルへのネジ止め作業は不要で、木製の植木鉢の中のユニットをそっくり交換するだけだから実に簡単。10分ほどで左右両チャンネルの作業を終了し一緒に耳を澄まして聴いてみた。

担当する周波数帯域は「125ヘルツ」(-18db/oct)以下と、まさにギンギラギンの低音域である。

「D123のときと比べるとさすがにグッドマン同士だけのことはあります。音色が合ってますよ。こちらの方がより自然です。もう低音域用の「AXIOM80」(復刻版)は不要でいいかもしれないと思わせるほどです。」

そうですか・・・。

「喜ぶべきか、悲しむべきか」、まるで「to be、 or not to be」のハムレットみたいな心境になった(笑)。

選択肢の質が向上するのはいいことだが、その一方では重量級の大きなアルニコマグネット付きの「マークⅡ」を、たったの「125ヘルツ以下」で使うのは何だか勿体ないというか申し訳ないというか。ま、出番があるだけいいかな・・。

と、心が千々に乱れる中で「D123」はあえなく追放処分となった。これまで、どうもありがとさん。

そして、次のターゲットはJBL「075」だ!

 JBL「075ツィーター」 → 「デッカのリボンツィーター」へ

「AXIOM80の音色からいくと、075よりもむしろデッカのリボンツィーターの方が合うように思いますけどねえ」と、大のデッカ好きの仲間がさらに追い打ちをかけてきた。

「それは分かってますけど、デッカは既にウェストミンスター(改)の方で活躍していますから・・」と、思わず逃げ腰に(笑)。

そう、どうしても二者択一になってしまう。「両雄並び立たず」とでも言おうか。

つまり「雄大なスケール感」が売り物の「ウェストミンスター」と「胸にキュンと来る切なさと色気」が売り物の「AXIOM80の2発体制」のどちらを我が家のエースにするかということに尽きてしまうのだ。

となると、やっぱり年甲斐もなく「色気」の方が大切なんですよねえ!(笑)

というわけで、涙を呑んで「075」を追放して「デッカ」を載せてみた。



もちろん駆動するアンプの方も「71A(レイセオン)シングル」から、「2A3シングル」へ交換。能率の低いデッカはパワー感のある真空管アンプじゃないとうまく鳴ってくれないのが難点。

ちなみに、リボンツィーターのいいところはどんなスコーカーに対してもごく自然に音が溶け込むところにある。音色が実に自然なのである。これは使ったことがある人じゃないと分からない。

今回も極めて個性的ともいえる「AXIOM80」にも、とても相性が良かった。

しかも、クロスオーバーを「8000ヘルツ」から「6000ヘルツ」にしてデッカの出番を増やしたところ、さらに艶と輝きが増したのだからたまらない。

「やっぱり思ったとおりでした。音色は同じイギリス勢で統一しないと・・」と、満足げな仲間。

しかし、可哀そうなのは大切なデッカを奪われたウェストミンスターである。仲間が辞去した後で、さっそくいろいろ試してみたところ「スーパー3」(ワーフェデール:赤帯マグネット付き)がとても良かった。

こちらも「オール・イングランド」である。



「むしろデッカよりもいい」と自分に言い聞かせたのは言うまでもない。

これで今晩は枕を高くして眠れそう(笑)。

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奇想天外な発想

2020年02月19日 | 「傾国のスピーカー」シリーズ

「奇想天外」という言葉がある。広辞苑によると「普通の人の思いもつかない考え」とある。

常識にとらわれず、各自が勝手に良かれと思って自由奔放に取り組む「オーディオの世界」こそ、「奇想天外な発想」が十分存在していいのではないかと常々思っている。

つまり、オーディオは「何でもあり」だ。なにしろ誰にも迷惑はかけないんだから(笑)~。

今回はその「奇想天外な発想」の一端に触れてみよう。

1 SPユニット「AXIOM80」にTRアンプを使う

この度の「AXIOM80」の2発使用はアタリだった。明らかに「理想のサウンド」に向けて手ごたえを感じたのである。

さあ、いよいよここからが正念場である。さらに磨きをかけていかねばと気を引き締めている今日この頃だが、いつのまにか自然と頬が緩んでくる~(笑)。

そういうオーディオ三昧の中、チャレンジしてみたのが低音域用の「AXIOM80」(復刻版)に手持ちのTRアンプを使ってみようという発想である。

「真空管アンプ」時代の名器とされる「AXIOM80」にTRアンプを使うなんてと眉を顰める向きが多いことは承知の上だが、「~250ヘルツ」までを担当する「AXIOM80」(復刻版)に使用するのなら、半分頷かれる方もいいるかもしれない。

なぜなら中高音域の「倍音成分」の再生は「真空管アンプ」の独壇場だが、こと低音域に限っては「ダンピングファクター」に優れた「TRアンプ」の方が一枚上との考えはずっと変わらない。

こういうことがあろうかと、2年ほど前にオーディオ仲間から譲ってもらった「TRアンプ」が1台、倉庫の片隅でひっそりと鳴りを潜めてきたがいよいよ満を持しての登板である。



左横にあるのは「インピーダンス変換用」のトランスである。暴走してSPユニットを壊さない対策だが、これがあるので安心して使えるのはありがたい。

実際に鳴らしてみると、さすがにパワーが豊かなTRアンプである。チャンデバのボリュームをほんのちょっと上げるだけで「爽やかで吹き抜けるような低音」が出てきた。「これで決まり!」と、ひと安心(笑)。

2 クロスオーバーを「250ヘルツ」 → 「125ヘルツ」へ

これは「奇想天外」というほどではないがウーファーに底板を抜いた木製の植木鉢を活用するという点では該当するかもしれない。



現在、「250ヘルツ」以下の低音域用に使っているJBLの「D123」(口径30センチ)だが、めったに出番がやってこないとはいえAXIOM80(最初期版)との繋がりはどうなんだろうかとやや気になっているところ。

自分だけの判断では心もとないので近隣のオーディオ仲間に応援してもらうことにした。フルートの名手だけあってとても耳の鋭い方である。

部屋に入ってシステムをご覧になるなり開口一番「もはや1発のときのAXIOM80には戻れないんですか」と、残念そうに洩らされた。よほど(1発のときへの)執着がおありになるようだ。

「いいえ、元のバッフルを保管していますのでいつでも簡単に戻れますよ」と、安心してもらった。

最初からこういう保守的な姿勢では先が思いやられると不吉な予感がしたのは言うまでもない(笑)。

それでは、結果的にいろいろとコメントをいただいたので紹介しておこう。本人ではなくて第三者の発言の方が信用度が高いでしょうよ(笑)。

「JBLの「D123」を低音域「~250ヘルツ」に使うのはそれほど違和感はありませんが、AXIOM80らしい「細身の音と透明感」の印象が薄くなりますね。

AXIOM80らしさを残したいのであれば(チャンデバの)クロスオーバーを「125ヘルツ」にして使うほうがいいような気がします。」

成る程!

実は、今回の実験でクロスオーバーを「125ヘルツ」にするか「250ヘルツ」にするかで、サウンドは天と地ほどに変わることに驚いた。この辺りの周波数帯域はサウンドの命運を握る一番重要な要素ですな。

「今頃気付いたか」と、笑われそうだが(笑)。

以下、続く。

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ソプラノ歌手「ミレッラ・フレーニ」の訃報

2020年02月18日 | 音楽談義

つい先日の日経新聞に載っていたソプラノ歌手「ミレッラ・フレーニ」の訃報記事が目に留(と)まった。オペラファンとして残念なことだが84歳なら天寿を全うしたと言えるかもしれない。



ヴェルディ、プッチーニなど主にイタリア歌劇で活躍し「フレーニ抜きではスカラ座は成り立たない」と、専門誌に書かれていたのを見たことがあるほどの一時代を画した名歌手である。

彼女の十八番(おはこ)といえば、オペラ「ラ・ボエーム」(プッチーニ)の中で最も有名な曲として知られる「わたしの名はミミ」。

たしか収録されていたCDを持っていたはずだがと探してみたら、ありました。

第3トラックに収録されていたので、久しぶりにじっくり耳を澄まして聴いてみた。いかにも声量豊かで、大きな歌劇場向きの遠くまで届くような張りのある歌唱力というのが第一印象だった。

オーディオでいけばウェスタンの「555+ホーン」のような音ですかな(笑)。

彼女の声質はやはりドラマティックな場面でここぞとばかり朗々と謳いあげてくる「イタリア歌劇」に合っている気がした。

ちなみに、人生を狂わされてしまったほど大好きな「テバルディ」にも同じ曲があって、この際とばかり聴き比べてみた。

スピーカーは「AXIOM80」の2発入り!

溢れる涙を流さずに聴いてはいられない人生最高の至福の時間である(笑)。

その結果、「力強さ」では前者、「抒情性」では後者に軍配が上がった。

さて、フレーニの歌唱力は分かったが、ときに可憐さが求められるモーツァルトのオペラではどうなんだろう?

彼女がオペラ「魔笛」の王女役(パミーナ姫:ソプラノ)となって録音したCD盤があってもついぞ不思議はないが、これまで一度もお目にかかったことがない。

ほかのCD盤に「フィガロの結婚」第3幕から「スザンナは遠いのね・・・」が収録されていた。



やっぱり、モーツァルトにはちょっと声質が強すぎるかなあ・・・。

「困ったときは、とにかくその対象物を細分化せよ」ということわざがある。

そこで「ソプラノ」(女性の歌う高い方の声域)を細分化してみると、次のとおり。

 コロラトゥーラ・ソプラノ → 最も高いソプラノ(夜の女王役)

 スーブレット → 最も軽いソプラノ

 リリック(抒情的)・ソプラノ → その次に軽いソプラノ(パミーナ役)

 リリコ・スピント → その次に軽いソプラノ

 ドラマティック・ソプラノ → 最も重量級のソプラノ

(スーブレット以下の区分は、音色と音質の差であり、音域はあまり関係ない)

ひとくちにソプラノといっても、ご覧のとおりいろんな種類があるが結局、フレーニは「ドラマティック・ソプラノ」ということに尽きるようだ。

やはり、家庭のオーディオ・システムでひっそりと聴くにはもったいない、大きな舞台で実演で聴けば聴くほど光り輝く歌手だと思う。

長年、花形役をこなし、沢山の人たちに音楽を聴く喜びを与えたのだから声楽家冥利に尽きるのではあるまいか。

どうか安らかにお眠りください。合掌

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