「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

Yの哀しみ

2024年05月20日 | 独り言

アルファベットの「Y」という文字を見ると大のミステリーファンの一人として、ついエラリー・クィーンの「Yの悲劇」を連想する。

いちばん最後になって「ありえない犯人」の実像が示され、誰もがギャフンと納得せざるをえないその緻密な論理構成はまことにミステリーの金字塔にふさわしい。

それはそれとして、今回は同じYでも
「Yの哀しみ」という遺伝子の話。

「ご承知のとおり男性はXYの染色体(女性はXXの染色体)を持っているが残念なことにそれは基本仕様ではなく、生まれたときに片方にそのY遺伝子という貧乏くじを引かされたばかりに女性よりも短命になっている」という話である。

「光文社」に「本が好き」という月刊誌がある。(現在は廃刊)
      

本誌に「できそこないの男たち~Yの哀しみ~」(36頁)というのがあった。著者の福岡伸一氏は青山学院大学理工学部(化学・生命科学科)教授。

2022年の時点で日本人男性の平均寿命(生まれたばかりの男子の平均余命)は81.05歳であり、対して女性の平均寿命は87.09歳で、ゼロ歳の時点ですでにおよそ6年もの差がある。

「女性の方が長生きできる」
この結果はすでに人口比に表れている。現在、日本では女性の方が340万人多いが、今から50年たつとその差は460万人にまで拡大するとのこと。

男女数の差は年齢を経るほどに拡大する。80歳を超えると男性の数は女性の半分になる。100歳を超える男性の数は女性の5分の1以下にすぎない。中年以降、世界は女性のものになるのである。

どうして男性の方が短命であり、女性のほうが長生きできるのだろうか。諸説ある。

 
男の方が重労働をしているから
☆ 危険な仕事に就くことが多いから
 虐げられているから
 
男の人生の方がストレスが大きいから

いずれももっともらしい理由だが、6年もの平均寿命の差を生み出す理由としては薄弱である。

著者が着目したのは上記の理由がいずれも環境的要因に限られていることで、むしろ「
生物学的な要素」
に原因があるのではと焦点を当てて検証が進められていく。

その結果、世界中のありとあらゆる国で、ありとあらゆる民族や部族の中で、男性は女性よりも常に平均寿命が短い。そして、いつの時代でもどんな地域でも、あらゆる年齢層でも男の方が女よりも死にやすいというデータが示される。

結局、生物学的にみて男の方が弱い、それは無理に男を男たらしめたことの副作用
とでもいうべきものなのだという結論が示される。

その証として、取り上げられるのが日本人の死因のトップであるガン。

ガンは結構ポピュラーな病だがそれほど簡単にできるものではない。細胞がガン化し、際限ない増殖を開始し、そして転移し多数の場所で固体の秩序を破壊していくためには何段階もの「障壁」を乗り越える必要がある。

つまり多段階のステップとその都度障壁を乗り越えるような偶然が積み重なる必要があって、稀なことが複数回、連鎖的に発生しないとガンはガンにはなりえない。

それゆえに、確率という視点からみて
ガンの最大の支援者は時間
であり、年齢とともにガンの発症率が増加するのは周知のとおり。

もうひとつ、ガンに至るまでに大きな障壁が横たわっている。それが個体に備わっている
高度な防禦システム、免疫系
である。

人間が持つ白血球のうちナチュラルキラー細胞が、がん細胞を排除する役割を担っているが、何らかの理由でこの防禦能力が低下するとガンが暴走し始める。

近年、明らかになってきた免疫系の注目すべき知見のひとつに、性ホルモンと免疫システムの密接な関係がある。

つまり、主要な男性ホルモンである
テストステロンが免疫システムに抑制的に働く
という。

テストステロンの体内濃度が上昇すると、免疫細胞が抗体を産生する能力も、さらにはナチュラルキラー細胞など細胞性免疫の能力も低下する。これはガンのみならず感染症にも影響を及ぼす。

しかし、テストステロンこそは筋肉、骨格、体毛、あるいは脳に男性特有の男らしさをもたらすホルモンなのだ。

男性はその生涯のほとんどにわたってその全身を高濃度のテストステロンにさらされ続けている。これが男らしさの魅力の源だが、一方ではテストステロンが免疫系を傷つけ続けている可能性が大いにある。

何という両刃の剣の上を男は歩かされているのだろうか。

以上が「Yの哀しみ」の概略。

ホットニュースになるが、本日(5月20日付)ネットによると次の通り。

「調査の結果、全犬種の平均寿命は12.69歳、混血犬が12.71歳、全猫種が11.18歳、混血猫が11.12歳であった。
犬種別では、小型犬の平均寿命が最も長く13.53歳、次いでトイ犬(とても小さい犬種)が13.36歳、中型犬が12.70歳、大型犬が11.51歳、超大型犬が9.51歳と、体格が大きくなるほど平均寿命が短くなる傾向が明らかとなった。

性別による違いも見られ、雌犬の平均寿命は12.76歳、雄犬が12.63歳と、雌の方がわずかに長寿であった。猫では、その差がより顕著で、雌猫が11.68歳、雄猫が10.72歳と、約1歳の開きがあった。」

つまり、犬や猫もメスの方が長生きなのだ!


話は戻って、結局「男性がなぜ女性よりも早死に?」の理由は「男性に生まれたばかりにYというありがたくない染色体を無理やり持たされ、男らしさを発揮した挙句に早死に~」というのが結論だった。

ただし、私見だが同じ男性でも当然のごとくテストストロンの量にきっと濃淡の差があるはず~。

たとえば濃いタイプは筋骨隆々として野性味あふれた男らしい人物、その一方淡いタイプは「柳に風」のような細身の神経質そうな人物に色分けされ、前述した論調によると前者は「太くて短い」人生に、後者は「細くて長い」人生とに分けられそうだ。

そして、クラシック音楽ファンともなるとその性質上どうも後者のタイプに分類されるような気がする・・、ほら体育会系の筋骨隆々としたタイプがクラシック・ファンというのはイメージとしてどうしても湧きにくいし、そもそも
スポーツ選手でクラシック音楽ファンって思い当たりますか?

結局、人生は「太くて長~い」のが一番いいにきまっているのだが、 あちら立てればこちら立たず どうも ままならない のが残念~(笑)。



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人生に欠かせない3S(スリル、サスペンス、スピード)を求めて

2024年05月19日 | 独り言

「毎日が日曜日」の人間にとって、オーディオほどヒマつぶしに持って来いの趣味はないと思う・・、何しろ弄るところが山のようにあるんだから~(笑)。

現役時代は仕事に追われて時間が取れず「音楽7:オーディオ3」ぐらいの割合だったが、退役後に時間が自由になるとそれが一気に逆転して「音楽3:オーディオ7」といったところだろう。

もちろん時間的にはという意味であり、意識的には相変わらず「音楽7:オーディオ3」のままなのは言うまでもない。

いずれにしても、取り立てて刺激のない生活の中でシステムのどこかを弄ったときの音の変わり様が「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク」とさせてくれて、退屈感を覚えないところがとてもいい。

スリル、サスペンス、スピードは人生に欠かせない「3S」(スリーエス)だといつも思っている。

ちなみに、スリルとサスペンスのどこが違うのかといえばミステリー小説でいえば「真犯人を追い詰めていくのがスリル、最初から犯人が分かっていて逆に追い詰められていくのがサスペンス」だそうだ・・、ホントかいな?(笑)

そして、スピードとは何ごとにつけ「レスポンスの速さ」ですね~、オーディオも最後は「音速」が決め手ではないでしょうか・・。

とはいえ、はたして常に変化を求めることがいいことなのか、悪いことなのか、それは諸説あるところだろう。

有名なダーウィンの「進化論」の中に「強いものが生き残るとは限らない、賢いものが生き残るとは限らない、ただ(環境に適応して)変化するものだけが生き残る」という趣旨の言葉があるそうだが、まあ、我が家のオーディオはこの言葉に背中を押されるように「変化を良し」としているだけ・・(笑)。

そういうわけで今年に入って丁度半年ほど経ったので、改めて確認する意味で、時系列でオーディオの「劇的な変化」に絞ってピックアップしてみると・・、

☆ 「LS7シングル」アンプの誕生



「71Aシングル」アンプが2台あったので、そのうちの1台を出力管「LS7」(英国:GEC)に改造してもらったところ、これが大当たり!

現在では「AXIOM80」を鳴らすには欠かすことのできないアンプとして」君臨している。

☆ 「口径25cmのユニット」の活躍



何しろ、れっきとしたアルニコ・マグネットを持った「口径25cm」のユニットをたったの3000円程度でオークションで手に入れたのだから特筆すべきこと! 性能も期待に違わずJBLの「175ドライバー」とセットで2ウェイシステムとして大活躍中。

後で素性が判明した・・、「デンオンVSー270」のウーファー部分であり製作時期は1972年頃だから今から50年ほど前の代物・・、当時はオーディオ全盛時代だったので、メーカーも緻密な仕事をしていたと見える。

☆ プリアンプの真空管「E80CC」のブランドを代える



口を酸っぱくして言うようだが、プリアンプに使う真空管はシステム全体の命運を左右するほどの鍵を握っている。左側の「TUNGSRAM」(ハンガリー)からノイズが発生しだしたので、真ん中の「フィリップス」に代えたころ、あっと驚くほどの変わり様・・、透明感をはじめ何から何まで良くなったのには心底驚いた!

そして最後は・・、

☆ AXIO80へのウッドホーン取り付け



ウッドホーン取り付けの効果となると、あの独特の「神経質」さをはじめ「七難」をすっかり消し去ったというところだろう。

「七難」・・、「女性の色の白さは七難隠す」の七難とは次を言う。


・一難「 顔立ちの不味さ」 ・二難「 性格のキツさ」 ・三難「 生活の乱れ」 ・四難「 老いの恐怖」 ・五難 「運の悪さ」 ・六難 「色気のなさ」 ・七難 「みすぼらしさ」

つい話が横道に逸れてしまったが(笑)、ウッドホーンを取り付けてから早くも1週間以上経つが、一向に飽きもこず深~く聴き入っている!

こんなことは極めて珍しい・・、ぼちぼちほかのスピーカーを処分しようかな~。


いかんいかん・・、肝心の「3S」のネタが無くなるぞ~(笑)。



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旋律だけはどうしても譲れない

2024年05月18日 | 音楽談義

村上春樹氏に関する新刊「村上春樹研究」を一読したところ、ご本人のジャズへの傾倒ぶりがひとしきり記載されていた。



肌合いが違う作家なので小説の方はあまり読む気がしないが、エッセイなどにおける「音楽についての的確な表現力」については、一目を置かざるを得ないので常に気になる存在ではある(笑)。

そして、この人はいったいクラシック派なのか、ジャズ派なのかずっと気になっていたが本書により氷解した。

圧倒的なジャズ派なんですねえ~。

手持ちのレコードはジャズが7割を占めているそうだし、文章を書く時にも一にリズムを重視し、次がハーモニー、そして即興性を盛り込むようにして完結させているとのこと。

クラシック愛好家として言わせてもらうと、音楽の3要素の一つとして欠かせないメロディ(旋律)ではなくて即興性というところに良きにつけ悪しきにつけ彼の本質が垣間見えるような気がする・・。

仮にクラシックが「ウェット」でジャズを「ドライ」だとすると、彼の小説も本質的には「ドライ」なので肌合いが違う原因がようやく分かった・・、もちろん私見ですよ~。
(以下、クラシック愛好家を「ウェット派」、ジャズ愛好家を「ドライ派」と呼称しよう)


さて、ときどき、このブログの読者層が「ウェット派」か「ドライ派」かを想像してみることがある。

現在の読者を1日当たり仮に1000人だとするとそのうちウェット派は200人ぐらい、ドライ派が500人ぐらい、そして音楽なら何でも好きという日和見タイプが300人といったところかな。つまり「2:5:3」というわけ。

もちろんあくまでも想像の域を出ないが、搭載しているブログの内容に応じたアクセス数から推し量ったものだから全然根拠が無いわけでもない。

言い換えると、このブログのセールスポイントは「実践的なオーディオ実験」にあるとみている・・、もちろん、大した内容ではありませんよ~(笑)、で、ドライ派はウェット派に比べて圧倒的にオーディオ愛好家が多いのでこの5割説の根拠にもなろうというものです。

そういうドライ派の中で息の長い交流をさせていただいているのが「I」さんである。

折にふれ、ブログのネタにさせてもらいたいへん感謝しているが、このたびジャズのアーチストについて興味深い情報を得られたのでご了解のもとに掲載させてもらおう。

実を言うと、これまでジャズは芸術よりも娯楽に近い存在だと思っていたが、少なくとも認識を改めようと思った次第(笑)。

それでは以下のとおり。

ジャズの話題に便乗して、好みのジャズ(奏者)について白状させてください。

学生運動最後の時代が自分の大学時代と重なり、その頃にジャズを聴き始めています。思想的にジャズが扱われる時代でしたが、そのようにジャズを聴いたことはありません。もっと個人的な芸術表現として聴いてきました。

娯楽でなく芸術として聴いていますので、ジャズ奏者に求めるものは、けっして偉そうに言うわけではないのですが「創造性・・探求性?」そして「矜持」です。

好きな(リスペクトする)奏者

<ピアノ>

バド・パウエル(比類なきドライブ感)

セロニアス・モンク(笑みがこぼれます)

ウィントン・ケリー(最高のハードバップピアニスト)

ビル・エバンス(ジャズピアノの・・・何と言ったらいいかわかりません)

<トランペット>
マイルス・デイビス(ウエイン・ショーターが参加する前までが帝王)

ブッカー・リトル(夭折が本当に惜しい)

ウィントン・マルサリス(批判にめげず頑張ってほしい)

<アルトサックス>

エリック・ドルフィー(早死にが悔しい。少なくともあと数年だけでも生きていてほしかった)

オーネット・コールマン(1964年のヨーロッパ・ツアーまでが眩しい)

<テナーサックス>

スタン・ゲッツ(うまい!それだけで凄い)

アーチー・シェップ(70年以降もいい演奏をしている稀有な存在)

<ベース>

ポール・チェンバース(はずせない)

(以下3人は白人。表現力が尋常ではない)

スコット・ラファロ、ニールス・ヘニング、ウルステッド・ペデルセン ジョージ・ムラーツ


<ドラム>(ドラムには関心が薄いのですが、強いて言えば)

フィリー・ジョー・ジョーンズ(上質な縁の下の力持ち)

ジミー・コブ(上に同じ)

トニー・ウイリアムス(超人なのに縁の下の力持ち)

偏ってますねえ(笑)

時代は1950、60年代がほとんど。楽器はアコースティック。ジャズ史的にいうと、ハードバップ・モード・フリー・ウルトラモダンになります。

ジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズが入っていないのが不思議に感じられると思いますが、この二人へのコメントは不遜になりますので差し控えます。

以上のとおりだが、「I」さんのジャズとオーディオへの熱意にはいつも敬意を抱いている。

ところで、クラシックの場合は作曲家をはじめ指揮者や演奏家など好みの対象が広範囲に広がるが、ジャズともなると演奏家だけに収斂されていくのが特徴のようだ。

それだけ許容範囲が狭くなるというのか、ジャズファン同士の「口角泡を飛ばす」議論の要因にもなりそうな気がしている(笑)。

ちなみに、我が家ではときどきコルトレーンを聴いてみるのだが、どうもサッパリで皆が言うほどピンとこない。

   

素人なりに、この疑問を率直に「I」さんにぶつけたところ次のような返信があった。 

「コルトレーンについては私もそう思います。バップ、フリー等何を聴いてもピントきません。
 
とんでもなく尊大なことを言いますが、コルトレーンはジャズの勘所が判っていないのではないかと・・・私、死刑ですね(笑)
 
逆に勘所だらけで、それがくどくなっているのがロリンズかなと・・・2回目の死刑です。
 
コルトレーンはヴィレッジバンガードを良く聴きますが、実はドルフィーを聴くためです。
 
好きな演奏もあります。セルフレスネス(LP)のマイ・フェイヴァリット・シングスです。コルトレーンを聴いている人なら持っている1枚だと思いますので、機会がありましたら聴いてみてください。「おんなじヤー」かもしれませんが(笑)。」

以上、ドライ派は「演奏家」に対する熱の入れ様が一段と「ヒート・アップ」しているような気がします~。

最後に、「村上春樹研究」を通じて、ウェット派はとうていドライ派になれそうもないことを改めて痛感した・・、音楽における「旋律」だけはどうしても譲れないところだからね~、小説だってホロリと琴線に触れる ところがなくちゃねえ・・、と思うんだけどどうかな~(笑)。



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薄氷を踏むような人生

2024年05月17日 | 独り言

このところ、テレビの「モーニングショー」「アフタヌーンショー」では水原氏の裁判(アメリカ)の話題で持ち切りだ。

水原一平さん・・、MLBで大活躍している大谷選手の通訳を務めながら、その一方では賭博にのめり込み、同選手の銀行口座から無断で25億円余りの金額を引き出していたという。

いずれ発覚して大騒動になることは分かりきっているのにどうして・・、まったく不可解で 
魔がさした としか思えない。

これに関して、ふと20年ほど前の出来事を思い出した。

「県職員が強姦未遂」・・、 ちょっと信じられないような事件で、都会と違って田舎では公務員はそれなりの位置づけだし、ましてや率先して法律を遵守するべき立場にある公務員がなんてことを・・! 

事件の概要はこうだ。

容疑者(当時46歳)は ジョギングがてら午後6時頃に市内の大学建物に侵入。女子大学生を殴ったり床に押さえつけるなどして暴行、脅迫して乱暴しようとしたが未遂に終わった疑い。

被害女性からの届出を受けた県警が聞き込みなどの捜査を進めた結果逮捕に至る。本人は容疑を認めている。二人に面識はなかった。

こういう破廉恥罪で逮捕されるぐらいなら、むしろ役人にはつきものの汚職の方がまだマシというか 品がいい というものだろう(笑)。

ところが・・、容疑者の普段はとても評判がいいものだったのである。


「熱心な仕事ぶりだった」「信じられない」県庁の同僚らはそろって言葉を失った。G容疑者は部の主管課に在籍し予算編成から県議会対応など重要な業務をこなしており46歳で課長補佐級なので出世の方も順調そのもの。

さらにG容疑者を擁護する話が続く。以前同じ職場だった男性職員は「仕事ができるからこそ現在のポジションを任せられている。上司や同僚に対してはっきり物が言えるタイプで人望も厚かった」。

自宅近くの女性は「地区の体育部長などを務めていた。真面目な人柄で犯罪をするような人にはとても見えない」。

「魔がさした」のかもしれないが、なんとも愚かなことをしでかしたものである。本人にはまったく同情の余地がないが、被害者と犯人のご家族の心痛はいかばかりかと察するにあまりある。その後の風の便りでは離婚して消息不明だという・・、そりゃそうだよねえ。

さて、この手の犯罪については比較的寛容な態度で受け止めたり、あるいは厳しく断罪してみたりといろいろ個人差があると思うが、今回のケースはたまたま運悪くエアポケットに落ち込んでしまった可能性が高い。

 関連して、丁度「世界文学は面白い」(奥泉光×いとうせいこうの対談)という本を読んでいたら次のような話が掲載されていた。(102頁)



 「電車に乗っているとき、ふっと横に座っている女性のミニスカートの中に手を入れちゃったとしたら、俺の人生、終わるんだなあって。そんな欲望があるわけではないのに、何となく手を入れちゃったとしたら・・。」

男性諸氏にこういう思いをしたことがない方がいるとしたら、そういう人はまず「聖人君子」に近い存在だろうが、同時に無味乾燥で面白みのない人だと思う(笑)。

おそらくこの世には「大過なく人生を終える」人たちが大半だろうが、そういう人たちは一歩間違えばというスリリングな機会がたまたま無かったというだけ、言い換えれば好運(?)に恵まれただけで実は危険と隣り合わせの「薄氷を踏むような人生」だったのではなかろうか、なんてつい思ってしまうわけ。

何かの本(たしか小題が「時空を駆ける遺伝子」だったと思うが)で、長い目で見ると人間の肉体なんかは「一時的な仮の乗り物」に過ぎずDNA(遺伝子)こそが何代も続いて生き抜いていく本来の主役だという説を読んだことがある。

冒頭の公務員の事例では、本能としてできるだけ広く自分のDNAをばらまきたかったのかもしれない・・、もちろん許されることではないが(笑)。

それにつけても、犯罪者のうち地域社会で日頃から評判がよく「まさかあの人が・・」という犯人像が非常に多いような気がする。

それだけ日常的に抑圧されたものがあって何かを契機に爆発してしまうのかもしれないが、そういうものを発散する機会、たとえば趣味に熱中するなんかは非常にいいことだと思う。

ゴルフでもいいし、「音楽とオーディオ」でも何でもいい。

そして、後者は相手が要らず手軽に楽しめるし点がいいし、「好きな音で好きな音楽」を聴くといろんな欲望や怨念が全てとは言わないけれど一時的にも昇華できるところがいい。

そして、いずれ 天命 が尽きるとき
にどなたか熱心な方がシステムを引き継いでくれれば、「ありふれたDNA」を残すよりもずっと有意義のような気がしている今日この頃だ(笑)。



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真空管アンプに必要な「対決の構図」

2024年05月16日 | オーディオ談義

「AXIOM80」にウッドホーンを取り付けてからルンルン気分の毎日が続いている。以前にも増して「ええ音楽やなあ・・」とウットリしながらクラシックを聴く機会が多くなった。

もちろん自己満足に過ぎないけどね~(笑)。

いろいろと理論的には 問題があるかもしれない と脳裡の片隅で常に身構えながら自問自答しているのはたしかである。オ
ーディオは 一筋縄ではいかない ことをこれまで嫌というほど経験してきたから~。

で、その第一の課題はホーンの出口の音流の乱れが挙げられる。いろんな資料で指摘されているし、まったく目に見えないだけに始末が悪いが、違和感があるかないか 耳ひいては脳 を最大限に働かせる必要がある。

試しにJBLのホーンのようにハチの巣型(左側)を参考に、メチャ細かい網目を持った金網をホーンの出口に二重に張ってみた。見かけなんてどうでもよろし~(笑)。

        

一聴して、お~、なかなかいいじゃないか! 心なしか音が柔らかくなった感じがする・・(笑)。

これで「音流の乱れ」は素人なりにひとまず解決といこう。


次の課題は組み合わせるアンプだ。

めちゃデリケートな再生を誇る「AXIOM80」だけに、アンプ次第でころっと音が変わる、それはもう面白いくらいに・・。

今のところ我が家には9台の真空管アンプがあるが、つい先日の「AXIOM80を聴かずしてオーディオを語ることなかれ」(13日付)で述べたように、(AXIOM80に)ホーンを付けた途端に「お金のかかったアンプ」が軒並み総崩れの事態へ~。

ホーン効果により「AXIOM80」の能率が向上し、アンプ側の高出力(といってもせいぜい5ワット程度だが)が、かえって仇となっている感じかな。

言い換えると、10の能力を5割程度以下しか発揮できないためにオーバーパワー気味になって いびつな音 になっている・・。

その点、出力1ワット前後の低出力アンプたちが水を得た魚のように生き生きとしてきたのはご愛敬~、ほら、控えの選手たちが一軍に上がってきて延び延びと躍動している感じかな(笑)。

そして、そのうち目下のところこれら3台のアンプたちが しのぎ を削っている。



左側の2台は折に触れ紹介してきたと思うので、割愛することにして今回の 掘り出し物 はいちばん右側のアンプだ。

その概要は出力管「6SN7」をパラレル接続したもので、たまたま「TRIAD」(アメリカ)の出力トランス(プッシュプル用)が手に入ったので、数年前に知人に急遽組み立てもらったものだが、パワー不足でなかなか本格的な出番がやってこなかった。

前段管は「6SL7」(GEのニッケルプレート)、出力管は「6SN7」(アメリカ:レイセオン)、そして整流管は「GZ32」(英国:ムラード)という陣容。

極めてシンプルな構造で出力は1ワット未満だし、 お金がもっともかかっていない アンプだが実にしっくりくる・・(笑)。

これで、実力伯仲のアンプが3台揃って安心して音楽に浸れるなあ。

安心?

というのも、周知のとおり、真空管は消耗品なので使えば使うほど老年期にさしかかって能力が衰えてくるが、「姥捨て山」に行かせるタイミングが実に計りずらい、それに加えて音がいいとされる「ナス管」はもはや製造不能なので二度と手に入る可能性が薄い。

ちなみに、画像の真ん中に位置している「LS7」アンプはナス管だけど、1970年代前後のST管はオークションにもよく出品されているが、これが古い「ナス管」となると、もう滅多に見かけない・・。

このアンプはナス管じゃないと音色も半減、値打ちも半減するのに・・、したがって後生大事に使ってま~す(笑)。

そういうわけで、真空管アンプの場合「理想的な球」が枯渇して手に入らない恐れがあるので、1台に絞って使うのはたいへん危険である、せめて同クラスのものを2~3台揃えておくと安心~。

いわば「対決の構図」として、「三つ巴の戦い」なんて理想的だとおもうんだけどなあ~(笑)。



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