「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

ワクワクドキドキ→到達感

2022年05月21日 | オーディオ談義

今年(2022年)の2月に投稿したブログ「音楽が脳にもたらす効果」をご記憶だろうか。

高齢者にとって恐怖の的である「認知症」予防のためのノウハウを記載したものだが、その一部について再掲すると次のとおり。


「脳の健康維持のために欠かせないのが毎日の30分の有酸素運動とともに、知的好奇心が挙げられている。

たとえば探究心、冒険心、追求心などワクワク、ドキドキが脳の中の神経伝達物質であるドーパミンを活性化させて脳全体をとても元気にする。

したがって知的好奇心を大いに刺激する趣味を持つことは脳にとって素晴らしい効果をもたらす。」

というわけで、毎日のようにああでもない、こうでもないとワクワク、ドキドキしながら「オーディオ道」に勤しんでいることの言い訳にしておこう(笑)。

で、前々回のブログ「浜の真砂は尽きるとも・・」からの続きです。

当初は「JBLの175ドライバー」の音を聴きたいという単純な発想から出発したが、そのうちにエスカレートしてしまい、とうとう最後は本人からして予想だにしない方向へ進んでしまったのでその経緯を記録しておくとしよう。



この画像のようにありふれたスタイルで完成を見たシステムだが、
オーディオ仲間から「(ネットワークで)コイルを使用しているせいか音が不自然に聴こえます」という指摘を受けた。

とても信頼のおける「耳の持ち主」なので、一理ありそうだとさっそくコイルを外して「スーパー12」(ウェストミンスター内蔵)をフルレンジで鳴らしてみた。



この「スーパー12」は口径30cmだがたしか周波数特性は2000ヘルツあたりから「だら下がり」になっていたはずだがと記憶を呼び起こした。

で、それに応じて「175」のローカット周波数を1500ヘルツから5000ヘルツあたり(-6db/oct)に設定した。コンデンサーはウェスタン製のオイル・コンデンサー「5μF」(ブラックタイプ)を使用。



ちなみに、人間の可聴帯域は「20~2万ヘルツ」とされているが、人間の耳にとって一番敏感な周波数帯域は下記の画像のとおり「4000ヘルツ前後」とされている。つまり一番小さな音圧でもよく聞こえる周波数のことである。



で、このあたりに(両方のユニットの接点となり音が薄くなる)クロスオーバーを設定するのが理に適っているということになるのだが、はたしてどうなんだろう。

ちなみに、あのタンノイの同軸2ウェイはクロスを1000ヘルツに設定してますね。それがどうしたと言われても困るんだけど~(笑)。

理屈の方はさておき、実際に聴いてみなくちゃ分からんとばかりに試してみるとコイルを挿入した時よりもはるかに自然なサウンドになったことに驚いた!

必要悪のコイルを外して聴けるのなら、それに越したことはないと小躍りしましたねえ。

そして、じっくりいろんな音楽ソフトを聴いているうちに「175」にはまったく不満を感じなかったものの、ふと思いついてコーン型ツィーターの「スーパー3」(口径10cm:自作の後面開放型箱内蔵)に代えてみることにした。悪ければ元に戻すだけのことで手間の方も実に簡単で5分もあれば充分。

代えた理由を強いてあげれば「スーパー12」も同じワーフェデール製だし、しかも両方とも強力な「赤帯マグネット」の持ち主なのでハーモニーがうまくいきそうだという予感がしたから。



で、実際に「音出し」したところ、いやあ・・、こんなに鮮烈で艶やかな高音域は聴いたことが無いと思うほどのサウンドが展開した!

管楽器の開放的な響きはさすがに「175」に一歩譲るものの、弦楽器となると断然こちらの方が上質で濡れたような響きが実に好ましい。ボーカルも実にリアルで実在感がある。

全体的なハーモニーも両ユニットとも同じワーフェデール製だけあって完成度がすこぶる高い。

というわけで、この「コーン型ツィーター」をすっかり見直したが、この長く保有している「スーパー3」では初めての成功体験なので、やはり組み合わせるアンプ(71Aシングル)が良かったのだろう。

ちなみに「WE300B」アンプや「PX25」アンプなどを使ってもこうはいくまいと思っている。なぜなら、これらの名球の真骨頂は「中音域」にあり、高音域だけの真っ向勝負では「71A」のスピードに負けるから。



というわけで、「71Aアンプとスーパー3」のコンビは、我が家の「黄金の組み合わせ」として永遠に愛用しようと固く心に誓った次第。

結局、最後はいつものように自画自賛になってしまったが「ワクワクドキドキ → 到達感」に繋がれば「これが一番の認知症対策」と思っているのでどうか悪しからず(笑)。


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読書コーナー~スターリン回想録~

2022年05月19日 | 読書コーナー

「スターリン回想録~第二次世界大戦秘録~」(山田宏明 著)。
                       

こういう地味なタイトルの本が本屋さんに置いてあったとしても、いったいどれだけの人が実際に手に取って興味を示すことだろう。

そういう意味ではこれはまさに図書館に置かれるのにふさわしい本で、つい手に取って読んでいるうちに惹き込まれてしまった。まさに「掘り出し物」とでもいうべき力作だった。

スターリンといえば、第二次世界大戦当時のソ連の最高指導者として、また誰からも恐れられた独裁者として保身のためにライバルたちを次から次に粛清したことくらいしか知らないが、本書はそのスターリンの目を通して第二次世界大戦時の首脳たちの駆け引きの全容を明らかにしたもの。

日本そして欧米諸国の視点からの「大戦論」は多いが、ソ連という当時の独特の位置付けにあった国から見た「大戦論」は極めてユニークで「眼からウロコ」の連続だった。

「歴史は現代を写す鏡」という言葉があるが、折しも現在はウクライナ紛争の真っ最中だ。

ロシアの侵略はどんなに弁明しようと言い訳できないが、旧ソ連邦の解体時の「歪」が一気に噴出したと言っても決して間違いではないだろうし、さらにまた2014年の「クリミア半島」への侵攻があまりにもうまくいき過ぎたことが遠因となっているのも否定できない。

その点、戦国時代の猛将「武田信玄」はうまいことを言っている。

「戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分は驕りを生ず」

で、本書では当時のアメリカが参戦した主な理由として、自国の将来の権益を守るため、太平洋を隔てて対峙する日本が中国や東南アジアに進出してこれ以上の大国にならないように防止するためだったこと(「オレンジ計画」)などが明らかにされている。

結局、戦争に勝利して「超大国日本」の実現阻止には成功したものの、代わりに台頭した中国との関係に苦慮する現在のアメリカを見ていると、はたしてその戦略が長期的に見て正しかったのかどうか、まだ歴史の審判は下されていないように思える。

また日本の天皇制についても敗戦の責任論も含めて、日本独自の奇妙な統治システムに関して随所にその在り様が率直に展開されている。中にはこういう記述もある。(141頁)

「400年も続いた徳川封建支配体制の時代には、天皇の存在すらほとんどの国民は忘れていたのに、明治維新によって歴史の屑籠から引っ張り出され、教育と洗脳で“世界に冠たる王室”に祭り上げられてとうとう戦争遂行の理論的支柱にまでなってしまった。~中略~。

こんなものを担いで戦争遂行を正当化したこと自体が日本という国が“帝国主義国にもなれない二流国家”の証明なのだ。」
と、いった具合。


ただし、本書はスターリンが実際に回想したものではない。毎日新聞の記者として34年間もの経験を生かした著者が「もし実際にスターリンが生きていたらこう言っていただろう」という推論に基づくものだが、豊富な資料に裏付けされているために内容に説得力があり、もしスターリンが生きていたら「ウン、その通りだ」というに違いないと思わせるものがある。

末尾の「歴史の勝者は誰か」(216頁)で、俺(スターリン)はこうつぶやく。

「第二次世界大戦とは、そして20世紀とは何であったのか。~中略~。俺の存命中の出来事ではなかったのだがソ連という国は結局消滅してしまったのだから、俺は敗者だったのだろうか。我が国が無類の勇気を発揮し命を削って戦った独ソ戦とは何だったのか。歴史の勝者は誰なのか。時の移ろいのままに、すべては無に帰すだけなのか。俺には分からない。」

ちなみに、第二次大戦中最も悲惨で残酷な戦いといわれている独ソ戦の犠牲者はソ連側2700万人、ドイツ側830万人とされており「これだけの犠牲を払ってナチズムを退治したのだから世界はもっとロシアに敬意と感謝の念を払ってもいいはずだ」という声が聞こえてきそうだ。


で、「20世紀の歴史に対する一つの見方」として多角的な歴史観を養う意味で、こういう地味な本にぜひ脚光を浴びてもらいたい気がする。


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浜の真砂は尽きるとも 世にオーディオの種は尽きまじ

2022年05月17日 | オーディオ談義

去る土曜日の午後(14日)、久しぶりに(40日ぶりくらいかな~)、近くにお住いのオーディオ愛好家「Y」さんに来ていただいた。

3月~4月にかけての心臓のカテーテル手術後の自粛やゴールデンウィークには娘が帰省したりしてなかなか日程の折り合いがつかなかった。

そして、今回来ていただいた目的はこのほど改造してもらった「71Aアンプ」の「1号機」と「2号機」の凄さを実際に体験していただこうという虫のいい魂胆だった。

これまでの経験上、こういう謙虚さに欠ける不純な動機の時はおおむね期待外れに終わるのが関の山だが(笑)、今回はどうやら目的を果たせたようだ。

「71Aという真空管は音声信号に対するスピードが速いですね、それにとても素直で繊細な音質です!思い切ってインターステージ・トランスを外した改造がうまくいきましたね。」と、Yさん。

「よくできた回路だとインターステージ・トランスは必ずしも必要ではないようですよ。音が伸び伸びとしてきました」

それでは当日の状況を振り返ってみよう。

最初に聴いていただいたのはこのほど新装なった「ウェストミンスター+175ドライバー」。



ウェストミンスター(1000ヘルツ以下)には「2A3シングル」アンプを、175(1000ヘルツ以上)には「71Aシングル2号機」をあてがった。



たまたまYさんが持参されたCDがジャズ・サウンドだった。



「いいですねえ!さすがにJBLの175だけあってジャズにはもってこいで、シンバルの響きが見事です」

と、ここまでは良かったのだがクラシック音楽に代えてから様相がおかしくなった。「どうもハーモニーが不自然のような気がします。ネットワーク用として使ってあるコイルのせいじゃないでしょうか」とのご指摘。

「まあ、1つのスピーカーシステムで万能というわけにはいかないでしょう。どうしても音楽ソースに対して得手不得手がありますからね~」

で、早々に切り上げて次のスピーカーに移った。

「デッカのリボン型ツィーターを聴かせていただけませんか」「ハイ、いいですよ」



フルレンジで鳴らしている「スーパー10」(ワーフェデール:口径25cm)にはアンプ「071シングル1号機」をあてがい、デッカには「71Aシングル2号機」をあてがった。



「これは素晴らしいサウンドですね。デッカがスーパーツィーターとして見事に利いてます。071アンプとスーパー10の組み合わせも言うことなしです。スーパー10はコーン型なのに赤帯マグネットのせいかホーン型のように音が飛んできますね。こういう音を聴くと、つくづくオーディオはスピードだと実感します」と、満足この上ないご様子。

2台の71A系統のアンプを十分に堪能していただいてから最後に、Yさんお好みの真打「AXIOM80」(オリジナル版)の登場となった。



駆動するアンプは「071シングル1号機」を選択。前段管が「AC/HL」(英国マツダ:初期版)なので、こちらのアンプの方が太めの音が出て「AXIOM80」と相性がいいような気がする。

で、試聴結果だが、これ以上(絶賛の嵐に)「屋上屋を重ねることもあるまい」(笑)。

今回は3時間あまりの試聴だったが「ウェストミンスター+175」に若干の問題点を遺しながら、メデタシ、メデタシのうちに大団円を迎えた。

で、Yさんが辞去された後に近所をせっせとウォーキングしている最中に「ウェストミンスター・・」について、ふとアイデアが浮かんだのでさっそく試してみることにした。

「浜の真砂(まさご)は尽きるとも 世にオーディオの種は尽きまじ」(笑)

以下、続く。


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「指揮者」と「演奏者」の間の「以心伝心」

2022年05月15日 | 音楽談義

モーツァルトの演奏に定評がある指揮者カール・ベーム(1894~1981)。



まるで大学教授みたいな風貌だが、彼の指揮したオペラ「魔笛」〔1955年〕は今でも愛聴盤だし、ほかにも「レクイエム」、「フィガロの結婚」などの名演がある。

その彼に次のような逸話が遺されている。

あるときブルックナーの交響曲を暗譜で指揮していた彼は思い違いをして、ここでチェロが入ってこなければならないのにと思った〔錯覚した)のだが、その瞬間(チェロのほうを向いていた分けではなかったのに)ひとりのチェロ奏者が間違って入ってきた。

あとから、ベームが「さっき君だけ間違えて入ったね」と尋ねると、当のチェリストはこう答えたという。

「マエストロが
入れ”
と思っていらっしゃるような感じがしたものですから」と。

まさに「以心伝心」、指揮者と楽員がいかに目に見えない糸で結ばれているか、やはり余人には計りかねるところがあるものだ。


以上の話は次の本に掲載されてい
たもの。

「音楽家の言葉」(三宅幸夫著、五柳書院刊) 

             
    

文脈から推察すると人間の感覚が研ぎ澄まされ、指揮者と演奏者が深い信頼関係で結ばれると、
「以心伝心」
でこういうテレパシーまがいの神業のようなことも可能になるという実例として挙げられていた。

ベームの「思い違い」から出発した話なので当然ベーム側から洩らされた話だろう。

しかし、この「以心伝心」というのはちょっと”出来すぎ”のように思えてどうにも仕方がない。

部外者にはどうでもいいことだろうが(笑)、少しこだわって「ホント」説、「偶然」説の両面から勝手に考察してみた。

 「以心伝心」ホント説 

ベームの棒の振り方はほとんど目につかぬほど小さかったので慣れない楽員たちを大いにまごつかせたという。

ウィーンフィルのチェロ奏者ドレツァールは言う。

「彼はオーケストラの玄人向きの指揮者だ。あまり経験のない若い楽員向きではない。彼の指揮に慣れているものは、ほんのわずかな棒の振り方と身振りだけで、さっとついて行くことができた。いつもごく小さい身振りに終始し、もし大きくなったとしたら、絶望の表現だった。」

テレパシーまがいの以心伝心の背景にはベームの極めて微妙な指揮棒の動きがあった。楽員たちは常に彼の指揮棒を注視しているのでどんな細かなクセも分かっていた。

したがってベームの思いが指揮棒に微妙に表出された途端、チェロ奏者が同時にその動きに無意識のうちに反応してしまったという説。


 「以心伝心」偶然説

ベームは随分厳しい指揮者だったらしい。演奏中、鵜の目鷹の目で楽員たちのミスを見張っているので、若い楽員たちはそれにびびってしまう。

一度でもミスした犯人は決して忘れずいつも「ミスしたら承知せんからな」と言わんばかりに相手をにらみつけるので、よけい相手は不安になる。するとそれによってまた新たなミスを犯す危険が生ずる。

むずかしい箇所にさしかかると、ベームの顔が不安感で引き歪む。ほんらいならこういう箇所でこそ楽員たちに安心感を与えるべきなのだが、新入りの楽員たちは彼の顔つきにおびえて、ミスを犯す危険が絶えなかった。

それでますます指揮者は腹を立て、激しくわめき、罵りちらす結果になる。ベームは権威を保つことにこだわり、相手にやさしくすればすぐ付け上がると考えるタイプなのでそんな用心が演奏の最中に隠せなくなる。

ウィーンフィルの首席チェロ奏者ヘルツァーが新入りのときの始めての練習で例によってべームからいびられ(ベームは新入りをいびる癖があった)、何と同じ箇所を11回も演奏させられたという。

12回目になるとこの箇所を一緒に弾かねばならないヴィオラ奏者がまず抗議した。ヘルツァーの隣のチェロ奏者もこの嫌がらせに文句をつけた。するとベームはかんかんになってピットから出て行ったという。(「指揮台の神々」より)

こういう風だから指揮者と演奏者の間に「以心伝心」が成り立つはずもなく、演奏者側の単なる言い訳に過ぎない説。


結局、最終的な真実のありようは不明だが、
こういう「以心伝心」まがいの深い信頼関係が楽員との間に結べる指揮者として思い浮かぶのは、古今東西を通じてあの「フルトヴェングラー」ぐらいではあるまいか



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「巨視的なサウンド」 VS 「微視的なサウンド」

2022年05月14日 | オーディオ談義

前々回の記事「たまには掟破りもいいだろう」の続きです。



久しぶりに登場した「大型スピーカー」と「175ドライバー」(JBL)の組み合わせである。ウェストミンスターをサブウーファー用以外に使うのは数年ぶりかな。

結果から言えば、いつものように自画自賛になるがその豊かなサウンドに痺れてしまった(笑)。

大編成のオーケストラ、たとえばブルックナーの「8番」(チェリビダッケ指揮:リスボンライブ)やワーグナーの音楽などにはもってこいだろう。

ただし、そこに辿り着くまでに紆余曲折があったので忘れないように記録しておこう。

何しろスピーカーはアンプ次第で生きもすれば死にもするので非常に気を使わざるを得ない。

で、まず「175」を駆動するアンプだが初めから「71Aシングル・2号機」に固定した。



わずか1ワット足らずの小出力だが「108db」とメチャ能率の高い「175」を駆動するのにはもってこいのアンプで、何しろボリュームの位置が10で全開のところを5前後で済むのだからありがたい。

それにアンプの出来がいいせいか、柔らかい音が出るのでヴァイオリンなどの弦楽器にも十分対応できるし、もちろん管楽器系は言わずもがなで飛び抜けていい。

また、これまで「175」を使うときは超高音域の不足を感じることがあったのだが、このアンプだと微塵もそういう気を起こさせないのでおそらく優秀な周波数レンジの持ち主なのだろう。

で、問題は1000ヘルツ以下を担当する「ウェストミンスター」用のアンプである。

ウェストミンスターの長大なバックロードホーンの空気量を(ユニットの背圧で)軽々と動かすとなるとかなりのパワーが要りそうである。

まず候補として4台のアンプでトライしてみた。なお、「WE300Bシングル」と「PP5/400シングル」はフルレンジ用として温存しておくことにしよう。

言い換えると「1000ヘルツ」以下だけを担当させるのにはもったいない(笑)。

で、最初にトライしたアンプは「071シングル」1号機だったが音の質感はこれが一番だったが、いかんせん小出力のため音の押し出し感というか重量感がやや不足気味で、実に惜しい!

ボーカルなんかはもってこいなんだけどなあ・・。ときどき気分転換用に使うことにしよう。点数としては85点。



次は、「2A3シングル」の登場だ。



出力管は定評のある「VISSEAUX」(フランス製:刻印)である。出力は2~3ワット程度だが、どちらかといえばやや重心が下がったアンプなので今回のケースではもってこいだろうと予想していたが、案の定の出来栄えで、パワー不足をまったく感じなかった。表現力も直熱三極管だけあって瑞々しい、点数は90点。

3番目に登場したアンプは「6AR6シングル」。



軍事用のレーダーに使用されていた「WE350」の系譜を持つ「6AR6」(5極管:楕円プレート)だが、これを「三極管接続」にするとあの英国の名管「PX4」とそっくりの特性になるという触れ込みだったが期待に違わぬ音だった。品が良くて奥行感のある音となるとこれが一番で点数は92点。

ただし、このアンプはフルレンジ用として別途使いたいところ。

そして最後に登場したのが「EL34プッシュプル」。



出力が30ワットクラスと我が家で一番の力持ちだが、やや中高音域の品位に欠けるところがあるので日頃は「低音域専用」に使っているが、今回は1000ヘルツ以下の受け持ちなので十分いけそうだという予感がしていた。

で、さすがに重量感と情報量はこれが一番だったが、ボリューム調整には細心の注意が必要でちょっとでも上げ過ぎると全体的に音の品位が落ちてくる。危険指数を含めて点数は87点。

結局、「1000ヘルツ」以下を駆動するアンプはメインが「2A3シングル」で、副として「EL34プッシュプル」に落ち着いた。

全体的なサウンドの印象としては、やはり大きなSPボックスの持つ豊かさとゆったり感はとうてい得難いもので、有無を言わさず強引にねじ伏せられた感じ。

とはいえ、微視的なサウンドの「AXIOM80」や「スーパー10」も魅力十分で使わずにおくにはとうてい忍びない。

で、結局、我が家のオーディオは「巨視的なサウンド」(森を見て木を見ず)と「微視的なサウンド」(木を見て森を見ず)の両方を「その日の気分次第で」行ったり来たりしながら終局を迎えるんだろうなあ(笑)。


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