「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

指揮者という仕事~その1~

2020年08月10日 | 音楽談義

つい先日の「田園」(ベート-ヴェン)の試聴で二日がかりで10名を超える指揮者の演奏を聴き比べたが、高名な指揮者が必ずしも曲風にマッチしているとは限らなかったりで、相性の良し悪しが実に興味深かった。

クラシック音楽の楽しみは楽譜は同じなのに指揮者の解釈次第でどうにでも味付けされるところにあるが、アドリブ主体のジャズではとてもこうはいくまい。


そもそも、指揮者っていったいどういう役割を果たしているんだろうという率直な疑問が湧いてくる。



「指揮者という仕事」(シャルル・ミンシュ著、春秋社刊)は、指揮者からの視点で自分の仕事を分析したものでなかなか興味深かった。

著者のミンシュは昔ボストン交響楽団を指揮していた高名な指揮者(1891年~1968年)であり、小澤征爾氏の師匠だった人である。

さて、この本を一通り読んで後半にさしかかったところ、この本の翻訳者福田達夫氏が付録として巻末に「指揮者とは何か」と題して一文をよせられていた。むしろこちらの方が分りやすかったのでまとめてみた。

☆ オーケストラにおける指揮者の存在

「悪いオーケストラはない、悪い指揮者がいるだけだ」と言った人がいる。逆説的には「良いオーケストラはない、良い指揮者がいるだけだ」といえる。とにかく指揮者とオーケストラは昔からセットにして考えられてきた経緯がある。

ほんの一例だが、

フルトヴェングラーとベルリンフィル、同様にトスカニーニとNBC、アンセルメとスイスロマンド、オーマンディとフィラデルフィア、バーンスタインとニューヨーク、セルとクリーブランド、ライナーとシカゴ、ミンシュとボストン、ムラヴィンスキーとレニングラードといった具合である。

両者の結びつきの主な理由としては「常任指揮者であれば、楽員の採用も含めてオーケストラの運営に関与し得意とする曲目を繰り返し演奏させることで望む響きのイメージと音楽の解釈を楽員の意識に浸透させているから。」と考えられる。

☆ 指揮の始まり

音楽において指揮することはいつから始まったのか。古代ギリシアでは合唱や器楽のリズムは鉄片をつけた右足で大地を踏み鳴らすことで指示したと伝えられる。

そして音楽の発展とともに全体をまとめるために本格的な指揮が必要となり、ヨーロッパでは、初期中世の教会で、聖歌を歌う際に合唱の長が左手に棒を持ち右手を使って歌手に指示したという。

16世紀から17世紀にかけては声楽的な編成にしばられぬ器楽オーケストラが誕生し全体に目を配る指揮者の役割が一層重要となってくる。

☆ 拍子とりから音楽の指揮へ

この指揮棒はおそらく太く長く重い棒であり、床を打って鳴り響く音で拍子をとってい指揮の歴史を顧みるとき必ず取り上げられる挿話がある。それは指揮棒で一命を落とした音楽家の話である。

17世紀フランスのリュリは国王の病気平癒のための「テ・デウム」を指揮している最中に指揮棒で左足の小指の爪を誤って打つが手当てが悪かったので壊疽になり、一命を落とす。

当時の教会の薄暗い照明のもとでは、指揮棒が見えにくいこともあってやむを得なかったのだろう。ロンドンにおいても同様で舞台上の一隅の席で机をたたいて拍子を取っていた。

しかし、イタリアやドイツでは違っていた。

まず、イタリアでは指揮の仕事をつとめるのは普通二人で、一人は鍵盤楽器(チェンバロ)の席で伴奏とともに歌手を担当し、もう一人はヴァイオリンの首席奏者でオーケストラを取り仕切った。

ドイツ・オーストリアでは鍵盤楽器奏者が指揮を取るのが普通だったが、ヴァイオリンの首席奏者が指揮するやり方も行われていた。

☆ 近代指揮者の誕生

18世紀ヨーロッパ音楽(モーツァルトの時代)の大きな変化は、オーケストラが肥大化したことである。当時(1777年)のウィーン宮廷のオーケストラの編成は次のとおり。

ヴァイオリン15、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス3、管がフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット各2、これに鍵盤楽器奏者2名と打楽器奏者などで全体で40名前後の規模である。

これだけ大きくなると響きに厚みと色彩が加わり、当然の成り行きで通奏低音の役割を担っていた鍵盤楽器が無用の長物になっていった。かわりに、ヴァイオリン奏者が指揮者の役割を担うようになった。

次の「指揮者とは何か~その2」では己の曲を指揮するベートーベンの詳しい様子を見てみよう。

以下、続く。

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最高の職業とは

2020年08月08日 | 独り言

連日の猛暑の中、昨日(7日)は久しぶりに「紙とインク」の匂いを吸わせてもらおうと図書館へ行ってきた。             

             

例によって雑学大好き人間なのでアトランダムに10冊選んだ。

今回の注目の1冊は、(写真の)上段中ほどの文庫本「銀の匙(さじ)」(中 勘助著、角川文庫)。明治時代に書かれた本である。

この本にまつわる経緯を記してみよう。

ずっと以前のことだが新聞の「死亡告知覧」(朝刊)に次のような記事が載っていた。非常に興味が持てたので切り抜いて保管しておいた。

灘中・高「伝説の教師」

橋本 武さん(神戸市の灘中学・高校の元国語教師) 11日死去 101歳

京都府生まれ。21歳から71歳まで教壇に立ち、小説「銀の匙(さじ)」を3年かけて読ませる独特の授業法で知られ、「伝説の国語教師」と呼ばれた。

以上のとおりだが「未来への豊かな可能性を秘めた多感な若者たちに文学を素材にした授業を50年間に亘って行うなんてとても素敵なこと。こんな仕事にずっと携わっていたら心穏やかに101歳まで長生きできるはずだよなあ!」。

とは、この記事を読んだときの感想である。

文部省が定めた教育課程にしばられない私立学校ならではの実践的な授業だろうが、爾来、教科書代わりになったというこの「銀の匙」を一度読んでみたいものだと思っていたので、今回、図書館でたまたま見つけたときはまったくラッキー!

本書の裏表紙に次のような解説があった。

「書斎の本箱に昔からしまってあるひとつの小箱。その中に、珍しい形の銀の小匙があることを私は忘れたことはない。その小匙は小さな私のために伯母が特別に探してきてくれたものだった。

病弱で人見知りで臆病な私を愛し、育ててくれた伯母。隣に引っ越してきた“お恵ちゃん”。明治時代の東京の下町を舞台に成長していく少年の日々を描いた自伝的小説。夏目漱石が“きれいだ、描写が細かく、独創がある”と称賛した珠玉の名作。」


さて、この「伝説の国語教師」にちなんで、似たような話としてつい思い出したのが“クラシック音楽の化身”ともいえる「五味康祐」さんの著作の中の一節である。

「もし自分(五味さん)が音楽教師なら授業時間のすべてを使って“宗教音楽”を生徒に唄わせる」という“くだり”が、たしか「西方の音」か「天の声」のどちらかにあったはず。

宗教音楽と言えば五味さんの場合に思い浮かぶのは「マタイ受難曲」(バッハ)か「メサイア」(ヘンデル)のどちらかなので、項目を目当てにこの二冊の本をザットめくってみるとすぐに該当箇所が見つかった。
                   

「天の声」の
100頁の中ほどにこうある。(抜粋)

「重ねて言う。(メサイアは)素晴らしい音楽である。私が中学校程度の音楽教師なら授業時間のすべてをこの“メサイア”第二部にあるいくつかの合唱曲を生徒に唄わせ続けるだろう。退職するまでそうして、私は、音楽教師たる天職をまっとうしたと思うだろう。」

はたして自分が選んだ職業が正しかったのかどうか、もっと“やりがい”のある職業が別にあったのではないかと、誰しもが晩年になって思うことだが、地位や名誉、そして金儲けなどは論外として「人の心を揺り動かす」「後世への影響力」という面からすると教育者というのは最高の職業のような気がする。それに、ホンネと建前を使い分けしなくて済む唯一の職業でしょうよ。

「人づくりは国家百年の大計」とは月並みな言葉だが、教育の意義は極めて大きいし、携わる教育者の責任も重大だ。

とはいえ、ネットでは「先生によるトイレでの盗撮」「覚せい剤の使用」「先生同士のいじめ」など、この種の話は後を絶たない。

ごく一部なんだろうけど、やれやれ!(笑)

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メーカーの技術を信頼する人、しない人

2020年08月06日 | オーディオ談義

作家の村上春樹さんによると「世の中には2種類の人間がいます。カラマーゾフの兄弟を読んだことのある人と読んだことの無い人です。」とのことだが、ものごとを二分法で単純化すると非常にわかりやすいですね。

これをオーディオに当てはめてみると「世の中には2種類のオーディオ愛好家がいます。メーカーの技術を信頼する人と信頼しない人です」(笑)。

つまり、メーカー既成のシステムを後生大事に守り続ける「オリジナル守旧派」と、それに飽き足らずに「自作したり改造する派」に分けられるというわけ。

これはあくまでも経験から踏まえた推定値だが、その比率となるとおよそ「7:3」ぐらいかなあ。メーカーの技術を信頼する人が圧倒的に優勢だと思っている。

そして、その劣勢の3割の部分に与しているのが我が家のオーディオである。それもアンプに留まらず、スピーカーの分野まで及んでいるのだから何をかいわんや(笑)。

なにしろ現在活躍している4系統のスピーカーとも、すべてオリジナル仕様を変更しているので典型的な「メーカー不信派」に属しているといえるだろう。

もちろん胸を張って自慢できるような話ではないので念のため。

これまで「スピーカーだけはメーカーの技術を信頼してできるだけ弄らないようにしています」という声を聞くことが度々あったし、ずっと以前にも、とある熱心な愛好家(関西)から次のようなご忠告をいただいたことがある。ちょっと長くなるがご紹介しよう。
                                   

「オーディオに日夜努力されている〇〇さん(自分のこと)には、非常に言いにくいのですが、今回のブログを拝読して私は次のような感想を抱きました。

メーカー既成のSPシステムをいじってユニットを入れ替えるのはあなたの趣味ですから仕方ありません。

また、あまり器用でないため怖さのあまりメーカー既成のスピーカーシステムを触(さわ)りきれないでいるブログ読者のために、実験して公開してくださるのですから読み応えはあると思います。

しかし、私は日頃から一流メーカーの技術屋さんには一目も二目も措いております。簡単に改造しようとはとても思いません。たしかに中には、ひどいメーカーもありますが、それは時が自然淘汰してくれているように思います。

ここで、「一流メーカー」の定義についてちょっと補足しておきますと、名前だけで有名なだけなのか、真に一流なのかという点については世間が名器とし(名曲と同様に)、自らの感性で名器と判断したメーカーの技術屋さんという意味ですから、念のために申し添えておきます。

ちょっと話が逸れますが私は『情熱の真空管アンプ』の著者「木村 哲」氏のホームページの文章に心から賛同しています。

結局は、(聴く人間に)「美的感受性」がなければ高額なオーディオ装置を手にして高いから素晴らしい音がする、程度のマニアになってしまうと思います。

長い文章ですので別添資料としますが、趣味の奥深い到達点の本質、根本をついていると思いますのでぜひご覧になって参考にしてください。

(該当箇所は、”私のアンプ設計マニュアル雑学編”「19良い音のアンプやオーディオシステムを実現するには」です。) 

とにかく、繰り返しになりますが私は明らかにコストダウン目的と考えられるもの以外は改造しないことにしています。(特にスピーカーシステム)

スピーカー・システム(五味康祐氏は特に一体であることの意味を込めてスピーカー・エンクロージャーと謂ってます)は、スピーカー+音響設計+木工技術=スピーカー・エンクロージャーと考えております。

(昭和54年発行の”TANNOY”(ステレオサウンド)の五味康祐氏の”わがタンノイオートグラフから"はその意味でたいへん賛同できる文章です。)        

したがって、メーカーが自信を持って世に送り出した製品はもう再来などあり得ないわけです。もし、あるメーカーのスピーカー・システムの音に賛同出来ないのであれば、自作設計し自分の理想とするものを追求すべきでは、と思いますが。」

以上のとおりだが、いやあ、まったく「ご高説」のとおりです。

こういう直截かつご親切な提言をいただくと、まことに清々しく、ありがたく、いたく感じ入ったことだった。

自分のブログは机上の空論が嫌いなのでひたすら「リアリティ」をモットーにしているのは日頃からの読者ならお気づきのとおり。

実際に見聞し、体験し、感じたことをありのままに文章に移し替える作業をしているだけだが、中にはこうして個人の「美的感受性」にまで言及したうえで、メーカーの意図をきちんと思いやり、尊重する「ご意見」もあるわけだ。


いくら個人的な日記風の「ブログ」とはいえ、公開する以上はある程度慎重にならねばとつくづく感じたことだった。

とはいえ、「ブログは当たり障りのないことを書いてもちっとも面白くありませんよ。たとえ常識外れの低次元のことでも自分の信念のもとで思い切ったことを書かないとあなたの個性がうまく出せませんよ」という別のご意見もあることもこれまた事実である。

ウ~ン、なかなか世渡りが難しい(笑)。


また「高額なオーディオ装置を前にして、”高価だから素晴らしい音がする”程度のマニア」とは、これまた実に手厳しい表現。

こういう言葉を聞かされると、音楽好きではない人間が見てくれだけの高級装置の前で自慢げにしているのを見聞すると、その人物まで何だか卑しく見えてくるから不思議だ。

そういえば「粗にして野だが卑ではない」(石田礼助氏)という名言がある。


しかし翻って「お前はどうなんだ?」と問われると、若かりし頃に脛に傷を持つ身としてあまり偉そうなことは言えない(笑)。

そこで冒頭の命題の件に戻るとすれば、「メーカーの技術を信頼しない」というよりも「メーカーの技術以上にいい音を出して見せる」という気概を持っているとだけ言い訳させてもらおう。

と、ここで締めるつもりだったが
「九仞の功を一簣に虧く(キュウジン ノ コウヲ イッキニ カク)」ことが起こった。

昨日(5日)のこと、ツィーターの選別に迷ったので次男坊にあたるグッドマンの「トライアクショム」(口径30センチ同軸3ウェイ)を久しぶりにオリジナルのフルレンジに戻して聴いてみたところ、これまでの3ウェイで聴いていたときよりもずっとバランスがいい! 

駆動したアンプは「PX25シングル」で同じイギリス勢のせいか相性がとても良かった。このアンプは整流管を「WE422A」(1957年製)にしてから見違えるほど元気溌溂になって連日うれしい悲鳴を上げている。



ギャフン、ツィーターなどの要らんものをくっつけて逆に音を悪くしていたのはどこのどいつだ!(笑)

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素敵なオーディオ愛好家

2020年08月04日 | オーディオ談義

オーディオ愛好家にとって一つや二つぐらいは「どうしても忘れられない音」がきっとあるはずだと思っている。

そこで、つい先日のブログで広く募集させていただいたところ、東京都青梅市にお住まいの方からメールをいただいた。仮にWさんとしておこう。

この拙いブログを毎回ご愛読されているそうで、もし何がしかのお役に立てているとすれば、筆者にとってもこの上ない喜びです。

何しろ、(このブログを)「読んでやる」という高姿勢の人が圧倒的に多いですからね。癪に障るけど(相手を)選別してのブラインドは無理だし、ま、いっか(笑)。


それでは、差支えない範囲でブログ投稿へのご承諾を得たので以下のとおり紹介させていただこう。

「ブログを約2年前の2018年9月ごろから拝見し、楽しく勉強させていただいております。

私はWと申します。東京都青梅市というコロナ禍の新宿区歌舞伎町とはほど遠い、多摩川の比較的上流で、水も空気も電気も澄んできれいな環境で楽しく暮らしております。

現在62才で、仕事は民間を56才定年卒業後⇒民間、国の非常勤職員、市の非常勤職員で週に4日を消費生活相談員をしております。

元々、企業の消費者相談部門の仕事が長く、クレーム対応を
しておりましたので(廻りは嫌がる仕事でしたが)、その延長で何とか仕事を続けることができており、今ではクレーム発生元のいわくつきの業者が多数存在していることに薄謝しております。

ところで、2年前にタンノイモニターシルバー15インチの2個セットを幸運にも手にすることができました。



なじみの悪店主にそそのかされて、サラリーマンでしかない私と十分知っていながら、
マランツ#7の1万4千番やらタンノイの英国オリジナルコーナーヨークなど、良い物だと見て分かる品物を見に来い、見に来いと誘因します。悪い業者ですが店舗注文の場合は、クーリングオフ規定は使えません。

今回のモニターシルバーは、既に同SPユニットをお持ちの千葉のお医者様が、店主を通じて英国からオリジナルオートグラフの愛妻を迎え入れた際に、箱は欲しいが邪魔になった子供は要らぬと、お金持ちは下々の迷惑は顧みず、私に引き取らせた次第です。

その後は、箱を探してもらいましたが良いものがなく、私が半年後にオークションでアメリカタンノイのウインザーGRFを見つけ、店主にSPユニットを入替てもらいました。

ところが、ウインザーGRFinモニターシルバーは高域のある帯域にきついアクセントがあり、ヴァイオリンの高い音域がキーキーと金属音が出てしまい、いわゆるいぶし銀の音かとは思いましたが、納得できませんでした。

当時マークレビンソンと予備のクレルのプリ・パワーでしたので、その帯域をいなすようにしながら、倍音の鮮烈さは残したく、再び球のパワーアンプを探していたところ、ヴィンテージオーディオブログの「音楽&オーディオの小部屋」に辿り着きました。

そこでは8月頃に、テレフンケンRS289が凄いアンプだと紹介されていました。1942年製のナチスドイツの送信用真空管に惹かれて、10月過ぎに板橋商会さんに問合せをし、借りて視聴したところ返せなくなりました。

私の実家は新潟県の魚沼米のコメ作り農家で、次男のため東京さ出てきてつい居ついてしまいました。

製作者は同じ
新潟県六日町のチューブオーディオラボという個人メーカーと聞き、オーナーのKさんにお会いし、人柄にも製品にも惹かれました。

私は単線好きで銀線好きなのですが、ヴィンテージ半田で配線が単線だと聞き、購入をお願いしました。

アナログ盤命で、クラシック6>ボーカル2>ジャズ2を、12畳弱の寝室兼用の洋室で楽しんでいます。 

女性ボーカルは、ジョーンバエズが好きでよく聞きます。

部屋のサイズからベストなSP1台を選び、複数の音楽ジャンルを聞くため、色気+鮮烈+質実剛健+音場感を求めています。

そのためにはオーディオはメカトロニクスの総合力なので、拘りは設置時の防振強化、電源強化、部屋の音響づくりですが、最終的に求める音像と音場感を追求すると、音の良いオリジナルアナログ盤にはどうしてもかなわないので、越えられない壁を感じております。

オーディオは17才のときバイトでプレイヤーなどを1つづつ購入していったのが始まりで、音楽は中学生のころ聞いたカーペンターズのスーパースターやヘドバとダビデのナオミの夢なので、これまでが長いです。

文が少し長くなりすぎましたので、中途ですがまた送ります。

本日メールをお送りしたのは、上記のテレフンケンRS289を知るきっかけが主さまのブログでした。遅くなりましたが、お礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました、やはり良いアンプです。」



これに対し以下のとおり返信。

「メールありがとうございます。また拙いブログに目を通していただき感謝です。

毎日飽きもせず音楽、オーディオ、読書などに明け暮れていますが、こうして見知らぬ方とやり取りができるのも楽しみの一つです。

わたしの記事が参考になれば幸いですが、「RS289」アンプは凄いアンプでしたがお値段が折り合わず涙を呑みました。正直
うらやましいです。



スピーカーを始め、何から何まで超一流の製品を使われ、さぞやいい音が出ていることでしょう。近隣に在住していればいの一番に駆け付けるのですが残念です。

今後ともどうかよろしくお願いします。

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オーディオって「楽しんでなんぼ」でしょ

2020年08月02日 | オーディオ談義

つい先日のブログで紹介したように我が家の4男坊にあたるJBLの2ウェイシステム「LE8T+175ドライバー」。



品の良さを売り物にする「イギリス系」の3兄弟に取り囲まれて「多勢に無勢」のなか、何とかその個性を存分に発揮させてやりたいという思いが人一倍出てきて、「手がかかる子供ほど可愛い」を実感している(笑)。

本来は「LE8T」(口径20センチ)はフルレンジなので一発で鳴らしてもいいのだが、同じJBLの「175ドライバー」の使い道がほかにないものだから900ヘルツ(-6db/oct)あたりをクロスオーヴァーに設定して2ウェイ仕様にしている。

はたしてこれでいいのかどうか諸説あるところだろうが、な~にオーディオって「楽しんでなんぼ」でしょ。おっと、これは人生でもまったく同じことがいえそう。

英語では「Many laughter, Happy life」というそうですよ(笑)。

いずれにしても、何とかベストの音が出せるようにいろいろ組み合わせを施している毎日だが、ようやくひとまず目途がついたので、ここでシステムの「上流から下流」までの一貫した流れの中で節目節目に選択した機器を後日のために記録しておくとしよう。

✰ DAコンバーターの選択



我が家には2台のDAコンバーターがあって、「エルガー プラス」(dCS:英国)と「HD-7A192」(フェイズメーション:国産)だが、前者は中低音域の情報量に一日の長があり、後者は中高音域の繊細感に秀でている。

口径20センチの「LE8T」は低音域の量感にそのものにハンディがあるのでここは圧倒的に「エルガー プラス」の出番となる。

もはや20年ほど前の時代遅れの製品で「16ビット、44.1KHz」だし、昨今のハイレゾ音源は「24ビット、192KHz」以上だからスペック的にはショボいが、オペアンプなどの周辺部品によほど優秀なものを使っているとみえて、いまだにその存在価値にいささかの翳りも見せない。

数年前に中古で手に入れたが、何しろ発売当時の定価は「250万円」ですぞ!

ときどきレコード愛好家の中には「CDの音は聴けない」なんて”うそぶく”人を見かけるが「貴方はいったいどういうDAコンバーターを使ってそう言ってるんですか」と言いたくなってしまう。まあ、別にいいけどね(笑)。

✰ プリアンプの選択

4台のプリアンプのうち一番相性が良かったのが「マランツ7」型(BRIMAR=STCの12AX7を3本使用)だった。なにしろ「LE8T」の能率が低い(89db)のでゲインの高いプリアンプの出番となる。

✰ パワーアンプの選択



能率の低い「LE8T」には、パワー感のあるアンプが必要なので「300B」アンプ(画像右)をあてがうことにした。

そして能率の高い「175」(108db)にはどんなアンプを持ってきてもOKだけど、やはりベストは繊細な持ち味で音が荒れない71系の「171シングル」(画像左)で決まり~


✰ ネットワークの選択

通常の市販のSPでは箱の中に埋没させられてまず陽の目を見ない「ネットワーク」だが、音質に多大の影響を及ぼすので、ゆめゆめおろそかにできない機器である。

しかも、ときには部品次第でアンプを換えた以上の効果が出ることもあるので研究し甲斐がある。オーディオの究極の楽しさはネットワークにありと思うことが度々あるほどだ。

ただし、市販のスピーカーをそのまま使う方にはまず縁のない代物である。

今回はクロスが900ヘルツなのでそれにふさわしいコンデンサーとコイルを準備した。

まずは、「175」に対して900ヘルツあたりでローカット(-6db/oct)できるコンデンサーを二組用意した。



左側が大型(業務用)の「22μF」、右側がウェスタン、サンガモなどの有名ブランドをパラって「32μF」に仕上げたもの。

周波数早見表によると「175」のインピーダンスが8Ωだから、前者で「900ヘルツ」、後者で「650ヘルツ」あたりのローカットになる。

この二組を使ってどちらがいいかテストしてみたところ圧倒的に「22μF」の方が良かった。すっきりした爽やかなサウンドがまるで別次元のものになる。

「まるで弁当箱みたい」とは、仲間の評だがこのくらい優秀なコンデンサーは世界広しといえどもそうはあるまいと思うほど切れ味がよろしい(笑)。

次に、「LE8T」を900ヘルツあたりでハイカットするコイルについて。



左がムンドルフ(ドイツ)のゼロ抵抗コイル「8.1mh(ミリヘンリー)」、右が「SOLO」の銅箔コイル「2.7mh」。

周波数早見表だと「LE8T」が16Ωだから前者で「350ヘルツ」前後、後者で「950ヘルツ」あたりのハイカットになる。

低音域の伸び具合はムンドルフに一日の長があるが、数字的なマッチングを考慮して「銅箔コイル」を使うことにした。ムンドルフ製の「2.7mh」があればベストだが、人生の残り時間を考えるともはや買い直すほどの根気はない(笑)。

結局、以上のとおり初めからお終いまで一貫して「選択、選択、そしてまた選択」のオンパレードだった。これも人生と同じですね。

けっして自慢できる話ではないが、ボケ防止にはいいかもしれませんよ(笑)。

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