「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

オーディオ談義~スーパーウーファーの使い方~

2011年07月31日 | オーディオ談義

7月23日(土)の午後はかねて予定された、大宰府のMさんと筑後地方〔福岡県)のKさんがお見えになる日。

お二人ともたいへんなオーディオの猛者である。およそ4年振りのご来訪で、当時の我が家はウェストミンスター(タンノイ)のボックスに、JBLのウーファー(130A)をぶち込み、中高域は「アキシオム80」を平面バッフルに収めたシステムだった。

そのときには面と向かっておっしゃりはしなかったが〔音質が)「散々な出来」というのは雰囲気で分かっていたが、その後ウンともスンとも音沙汰なし、一度も聴きに来ようとされなかったことでも十分裏づけされた。

「いい音」とは、リピーターを増やして人を自然と呼び寄せるものだからである。

今回のご訪問はKさんが「羽毛の枕」をSPボックスの吸音材に使ってみようかとのことで、すぐに調達可能な別府市内の量販店に代りに申し込んであげたのがきっかけ。

その数40個!さぞやスケールのでっかいSPボックスなのだろう。ちなみにKさんは筋金入りのウェスタンの愛好者。

前日の金曜日に量販店から、「そろいました」と連絡があったのですぐに出かけて行って引き取り、車庫の空いたスペースに山積みしておいた。

    

羽毛の吸音材といえば、名古屋のメル友のYさんからもつい最近問い合わせがあったばかり。吸音材にするまで長時間の工程があるが、時間をかけただけの成果があるのは間違いなし。

さて、当日は予定どおり14時頃にご到着。ひと通り、システムの説明をして早速試聴開始。

ソースは強烈な大太鼓の低音が入った「春の祭典」(ストラヴィンスキー作曲、ゲルギエフ指揮)。                

        

「どうです、昔日の自分ではありませんぞ!」と、開始早々強烈なストレートを見舞ったつもりだったが、Mさんからそれ以上の強力なカウンターパンチが返ってきた。

「低域がゴチャゴチャしていて聴きづらい。第一、スーパーウーファーの位相が合ってないし、ボリュームも大きすぎる。

20ヘルツ付近をスーパーウーファーで直接出そうなんて思うのが間違いで、その辺はうまくハモらせて倍音として出さなくてはいけない」。

相変わらずズケズケおっしゃるMさんだが、何せ知識も経験も自分よりはずっと豊富な大先輩。

ご意見を尊重して、
すぐにスーパーウーファーの位相を切り換えるとともに、ボリュームを3時の位置から12時へと絞って再度試聴。

「ほ~ら、良くなった」とMさん。

たしかに低域の量感はそのままに質感が目に見えて向上したのには驚いた。

通常、高域への倍音は意識するものの、最低音域への倍音は完全に盲点だった。改めてハーモニーの重要性を認識したがこれは本日一番の収穫。

それからはこの際とばかり、アキシオム80用の真空管アンプを交代させながらご意見拝聴。

当初はウェスタンの300Bアンプで鳴らし、次にPX25アンプ。アメリカ対イギリスの対決だったがどうやら引き分けに終わった。

自分は渋いブリティッシュ・サウンドのほうが好みだが、ジャズとかボーカルなどは本場のアメリカ勢が俄然元気になる。

最近全面改修をしたばかりの「VV52B」アンプも是非試したかったが、17時近くとなりとうとう時間切れ。後日の楽しみとなった。

帰り際にMさんから「前回に比べると随分良くなっているよ。ここまでくると、もっと可能性があると思ってつい真剣になって言わせてもらったよ。」と、たいへんありがたい言葉をいただいた。

最後に家内も動員して4人がかりでKさんのクルマに40袋の羽毛枕を詰め込んだ。

Kさんは大きなお寺のお住職さんだが、クルマ一杯の羽毛枕に「いつのまにか布団屋さんに鞍替えしたかと思われますね~」。

吸音材の作業が完了したら是非Kさん宅へ「ウェスタン16Aホーン」の試聴に行かねばと大きな楽しみが増えた。

 


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オーディオ談義~「蘇った真空管アンプ」~

2011年07月28日 | オーディオ談義

「オーディオ」というと、真っ先に思い浮かぶのは何だろうか。

人によって、スピーカー(SP)だったり、アンプだったり、あるいはレコード・プレーヤーだったりするかもしれない。

まあ、音質に決定的な影響を与えるという観点からすると「SP」と「アンプ」に指を屈するのは間違いなし。

あるオーディオ雑誌に、人間にたとえるとするならスピーカーは顔や姿にあたり、それに精神を吹き込むのがアンプとあったがどうだろうか。

「当たらずといえども遠からず」といったところかな。

端的に言えば、双方に気を配って「両雄並び立たせる」のがオーディオというわけだが、オーディオマニアを大別するとおよそスピーカー派とアンプ派に大別されるような気がする。

これまでのお付き合いさせてもらった方々のうち、本格派と目される方は全てSP派である。

湯布院のAさん、杵築のMさんしかり。

自分の場合、別に意識することはなかったが結果的に見るとどうやらアンプ派に区分されるようだ。

とにかく、質のよさそうな好みのアンプを見ると、つい手が出てしまう。

つまり、惚れっぽくて飽きやすいタイプ!(相手が人間でなくてよかったあ~。)

とうとう溜まり溜まって現在の手持ちは真空管アンプが5台(全てパワーアンプ)、トランジスターアンプが6台(全て同一機種でスペアを含む)という盛況。

ただし、真空管アンプについてはつい先日のブログにも書いたとおり、いずれも「帯に短し、たすきに長し」。

エース不在というのが悩みの種、どのアンプにしても何かしら欠点を持っている。

出力菅が良くても、出力トランスが良くない。両者とも良くても、今度は「回路」が悪いといった調子。

真空管アンプは有名な出力管だけにこだわるのではなくて、総合力で性能が問われなければならないと、ようやく分かってきたのが近年なのだからまったく情けない限り。

また、100万円以上の完全無欠なアンプを思い切ってドカンと購入すればそれで済むものを、度胸が無いため〔もちろんお金も無い!)中途半端なアンプに終始してしまった。

現在、所持している真空管アンプは全て三極管のシングルで出力管ごとに挙げるとPX25が2台、WE300B(モノ×2台)、2A3、VV52B。

さて、おそらく自分だけかもしれないが、オーディオにも「当たり年」と「そうでない年」があるように思う。

自分自身、意外とゲンをかつぐタイプなのを自覚しているが、今年は完全な「当たり年」。

「ウーファー4発」への挑戦、「真空管式チャンデバ導入」の大当たりなど次から次にホームラン。

麻雀と同じでツキまくっているときに勝負に出るのが
勝ち続けるコツでタイミングを逃すと簡単に運が戻ってこない。

そこで、この際これら5台のアンプの再編成にチャレンジすることにした。


その第一弾が「VV52B」という真空管を使ったアンプの改修。

初段管「ECC82」,第二次増幅管「(ML4」,出力菅「VV52B」、出力トランスは「テクトロン」というラインアップ。

この出力管は三極管には珍しく出力が軽く15ワット以上も出るという代物で15年以上も前に、とある「ペンション」を営む工房から購入したもの。

     

音質自体には不満は無かったものの、写真中央の電源トランスが時間の経過とともに手がつけられないほど熱くなるのには閉口した。

冬なら絶対、暖房器具になると思うほどで、夏はもう部屋中が暑くなってしまうのでこの時期はまず倉庫で眠ってもらっている。

何とかこの電源トランスを熱くならないように出来ないものかというのが15年来の悩み。しかも近年左チャンネルから”ジー”という継続的な雑音が絶えない。

経年劣化もあるし、ツキにも恵まれているしでいよいよ修理の到来である。

メル友でこれまでバッファーアンプの改造をしてもらった奈良県のMさんに厚かましく相談を持ち込んだところ、「労多くして功少なし」、おそらく気乗り薄だったと思料されるがボランティア精神で何とか引き受けていただくことになったのが6月下旬。

修理の内容をメールで詳しくやりとりしながら、無事修理が完了して戻ってきたのが7月23日(土)。およそ1ヶ月間、みっちり面倒をみてもらった。

その内容だが、初段管のソケットが腐食して黒ずんでボロボロだったそうで金メッキの新品のソケットに交換。取り付け場所も音声信号の入り口とセットで改造。

         

次に、肝心の音質対策はリップル除去とデカップリングの作用が共用されていたのでB電源の分割とスプラーグ(コンデンサー)の追加で対応。

また、電源トランスの熱対策は抵抗とヒートシンクの追加で解決。

なお、このアンプは極めて重量級でくれぐれも「腰を痛めないように」と申し上げておいたが、やはりあまりの重さに閉口されたようで、結局左右出力トランスの2個をアンプから外され、奥様と二人掛かりで一階から二階に運ばれた由。

奥様までご迷惑をおかけしてまったく申し訳なし。

実はこのアンプを送付するときも、とても一人では持ち上げきれないので、とうとう割高〔100円!)になったがヤマトさんに連絡して自宅に直接来てもらったほど。

さあ、いよいよ楽しさと緊張が入り混じる試聴のときがやってきた。23日(土)の16時前後のこと。

現用のウェスタン300B(モノ×2台)を外して電源、音声、SPコードの接続を無事完了。

いつもの事ながら心臓の鼓動が早まる。

はじめにボリュームを小さめにして低域用アンプとのゲインの差を確認しながらチャンデバ付属のアッテネーターで調整し、頃合を見てていよいよ本格的な音出し。

いやあ、何という澄んだ響きなんだろう。しかもウェスタン300Bのときにみられた線の細さが無し!

(通常ウェスタンの300Bはそういうことは無いのだが、我が家に限っては回路とか出力トランス(タムラ)のせいもあってちょっと”おとなしすぎる”のだ。)

一気に5台のアンプの中でエースに躍り出た感じだが、一方では名三極管にみられるビロードの光沢のようなあの独特の艶は感じられない。それを近代管に求めるのは酷というものだろう。

なお2時間程連続して試聴しても電源トランスが「人肌の温もり」になっているのには大いに感激した。

これで15年来の悩みが見事に解消。

これから奈良県の方向には足を向けて寝られない。

ただし、この一連の「好事」はまだまだ簡単に終わらせるわけにはいかない。

(誰だっ、「好事魔多し」なんて言うのは!)

実は、第二弾として別のアンプ(PX25)の「ウルトラC」級の秘策がもう一つ待っている。

それは蓋を開けてのお楽しみ・・・。
 


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オーディオ談義~オーディオ訪問記~

2011年07月23日 | オーディオ談義

先日(7月7日)に我が家に試聴に見えた大分市のEさん。

そのときに大いに気に入られたのがアンドラーシュ・シフ(ピアニスト)によるベートーヴェンのピアノソナタ「30番~32番」。

輸入盤のためご近所のCD店で調達が叶わず、ネットによる注文の依頼を受けていたが、ようやく19日(火)に「HMV」から我が家に到着。

そこで20日〔水)の午前中にEさん宅へ試聴がてら持って行ってあげた。

クルマで1時間ばかりのところの所でご近所に家が無いので気兼ねなく大きい音で試聴できるのがうらやましい。

すぐに専用のオーディオルームに通されたがアッと驚いた。        

       

まるで竹林に迷い込んだ感じで、「こりゃあっ」、と思わず絶句。

丁度我が家と同じくらいの部屋(およそ20畳)のシステムと正対した側に所狭しと並べられた「切り竹」のオンパレード。

「一体、どうしたんですか?」

「なーに、近所の山から竹を切ってきて並べただけさ」。

「ルームチューニング」にかけてはEさんの右に出る人はいないと思っていたが、見るからに音の反響が良さそうなので感心した。

「いい音がしそうですね~」としばし見入った。30年間以上も毎日数時間、何らかのオーディオ実験を繰り返しているEさんの努力にホントに頭が下がる思い。

しかも、ほとんどお金をかけないのが特徴で、何かしら身近な生活の材料をうまく工夫して使ってある。

たとえば自分が現在使っていて、大いに重宝しているスピーカーのインシュレーターも、大きなネジの先を旋盤で削り取ったものをいただいたもの。


         

システムのほうは2台の真空管アンプを駆使して、アルテックの「A5」を愛用しておられる。

         

低域用のアンプは「EL34」のパラプッシュで出力100ワットの代物、中高域用はウェスタン300Bのシングルでモノラルの2台。 

                 

このウェスタン300B(アメリカ)は30年間この方、毎日数時間鳴らしても一切故障知らずというから驚異的な球の寿命に驚く。整流管は同じくウェスタンの274Bだそうでこれも長寿命。

名三極管としてウェスタン300Bと並び称される「PX25」(イギリス)を自分は愛用しているが、これまでにもう5本ほどツブしているので音質は別として、耐久性はまるっきり違う。

アメリカとイギリスの軍事力の違いの象徴かもしれない、な~んて。

オーディオマニアは「ウェスタン」という言葉におしなべて弱いのもよく分かる気がする。

さて、Eさんのお好きなジャンルはもうスピーカーからお分かりのようにジャズ主体だが、今回のベートーヴェンのピアノソナタのようにクラシックもときどきといったところ。

さっそく、ジャズを聴かせてもらったが、いかにもアルッテクらしい音のヌケの良さで、まったく振るい付きたくなるような音。

2年ほど前にもこの部屋で試聴したことがあるが随分と響きがまろやかになっている印象を受けたのでこれは聴取位置の背後にある「竹林」の成果なのは間違いなし。

我が家にも「竹林」を置けないものかと一瞬、頭をよぎったがスペース的に無理だろうし、それにカミさんが、「見かけ」が悪いと猛反対するに決まっているしなあ~、ヤレヤレ。

ジャズの次にクラシックを聴かせてもらったが、日頃我が家のウーファー4発を聴き慣れているので、さすがにちょっと低域不足を感じた。

気心の知れたEさんなので、ためらいなく「スーパーウーファーを使ったら」と持ちかけたところ、以前導入したけれどどうしても低域に違和感を感じて手放されたとのこと。

Eさん得意の粘り腰で、もっと研究してみる余地があったような気もするが。

後日、湯布院のAさんと話したときにアルテックの「A5」は構造上、低域が出にくいとのことだったが、その欠点を上回るほどの音の「切れ味」はなかなか捨て難い。

2時間ほどお邪魔して帰宅の途についたが、改めて「ルームチューニング」の重要性を思い知らされた今回のオーディオ訪問だった。

 


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読書コーナー「世界の首脳ジョークとユーモア集」~

2011年07月19日 | 読書コーナー

欧米ではユーモアが紳士としての大切な品質証明となっており、危機的状況になったときに機知を発揮したり、精神の余裕、フレキシビリティを持つことが深い意味を持っている。

そうした人間的なキャパシティの面からすると日本人は国際的に見て”もうひとつ”といった感があるそうだ。

「世界の首脳・ジョークとユーモア集」(2008.11、中公新書)  

                      

著者の「おおば ともみつ」氏は元大蔵省国際金融局長、財務官として数多くの国際舞台に立たれた方でその辺の豊富な経験を生かした著作。

そのうち、いくつか紹介。


☆ 「ご安心ください」

2004年初め、ワシントンで作られたのが次のジョーク。

米、仏、日の三人の首脳が、地中海の小島で余人を交えずに会議を開いていた。そのとき、米国土安全保障長官が「テロ」の危険度を最高レベルの「赤」にした。三人の首脳はテロリストに襲われることを恐れ、補佐官に助けを求めることにした。

米大統領は首席補佐官に電話した。補佐官は冷静に答えた。「大統領、ご安心ください。デルタ・フォースと海兵隊のヘリコプターを送りました。まもなく着くでしょう。ですから心配しないでください」。

仏大統領もパリの補佐官に電話した。補佐官が報告した。「大統領、ご安心ください。ワシントンで国土安全保障長官が「赤」を元に戻すよう、抗議の大デモ隊を組織しました。ですから心配しないでください」。

日本の首相も補佐官に電話した。補佐官が答えた


「総理、ご安心ください。既に貴方の後任を用意しました。ですから心配しないでください」。
 

 (2011.7.19現在)

それにしても「菅」さんの粘り腰には驚嘆する。これまで見られた他の二世議員の”ひ弱さ”とはまるっきり縁遠い。しかし、明治維新を成し遂げたのは20代~30代の若者たち。そろそろ老害を自覚して引退してもらわないと~。

☆ 「言い訳は日本人の美徳?」

 

「欧米人はジョークでスピーチを始める。日本人は言い訳でスピーチを始める」と言われる。

英国のチャールズ皇太子が「世界で一番古い職業は・・・」といって一呼吸おき、聴衆が皇太子の口から「売春」という言葉が出るのかと息をのんだときに、「わが王室もその一つですが」と続けた話はそれをよく表している。

日本の皇室では、さすがにこのようなスピーチはお目にかかれないだろう。

☆ 宮澤家の会話

元首相の宮澤喜一氏(故人)の令嬢は米国の外交官と結婚している。英語に堪能な宮澤家の人々の間で次のようなユーモアが創られたという。

双子の兄弟が生まれたとき、兄の名前をピーターにした。弟の名前をどうしたらいいか。
「リピーター」
にすればいい。

☆ 容易なる決断

自分の息子がどういう職業に向いているか知りたい男がいた。

ある日、聖書と一ドル紙幣とリンゴ1個を置いた部屋に息子を閉じ込めた。帰ってきたときに、息子が聖書を読んでいれば聖職者にしよう、リンゴを食べていれば農夫にしよう、一ドル紙幣をもてあそんでいれば銀行家にしようと決めていた。

帰ってみると、息子は聖書を尻の下に敷き、一ドル紙幣をポケットに入れ、リンゴはほとんど食べ尽くしていた。

そこで親父は息子を「政治家」にすることにした。

 洋の東西を問わず「政治家」のイメージは大体似たようなものとみえる。

しかし、先日(6月19日)のBSジャパンの番組「われらの時代」で若手代議士の小川淳也(民主党)氏と西村康稔(自民党)氏の討論の模様を観ていたら、国政への真摯さが伺われ、実にハツラツとしてさわやかな印象を受けた。

こういう政治家もちゃんといるので一概には否定できないと思ったが、代議士先生は当選回数を重ねるごとに尊大になっていく傾向があることも事実。

「嫉妬と怨念」が渦巻き、「百鬼夜行」とまで言われる政界だが、杉の木のようにまっすぐに伸びて欲しいものだ。


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オーディオ談義~永遠に”けり”をつけられない世界~

2011年07月15日 | オーディオ談義

ウーファーを4発にしてから早くも1週間あまり、”またぞろ”オーディオの虫が蠢きだしていろいろと実験をやってみた。

とにかくボックスの中のウーファーの間に分厚い仕切り板を入れてそれぞれを個室にしているので随分と応用が利く。

分かりやすいようにまず写真を掲載しておこう。

          

ウーファー4発を仮に下から順に1,2,3,4と番号を打っておく。ちなみにSPコードは4本とも全て同じ銘柄(ベルデン)で同じ長さ。

まず、3つのスタイルで実験。アンプのSP端子から目印をつけたSPコードを引っこ抜けばいいだけなので実に簡単。

Aスタイル   1+2+3+中高域ユニット

Bスタイル   2+3+4+中高域ユニット

Cスタイル   1+2+3+4+中高域ユニット

ウーファーは同じ3発なのにAスタイルとBスタイルでは音がかなり違ってくるのが面白い。

Aのほうが響きが豊かになって明らかに聴きやすい。ウーファーの3発が中高域のユニット(アキシオム80)とうまく溶け合う印象を受ける。「もうこれで充分、ずっとこのまま聴いておきたい」と思うほど。

それに比べてBはやや音の響きが薄くなり、全体的に小じんまりとなって窮屈になる印象を受ける。おそらく4と中高域のユニットが距離的に近いため相互の音域が干渉し合うというのが自分なりの勝手な見立て。

普通は音源がまとまったほうがいいはずだが不思議。

どこかおかしいのかもしれない。もしかすると4と中高域のユニットの位相合わせに問題が。

まあ(振動面を)cm単位で合わせているものの、この辺の帯域では高域と違ってそう神経質にならなくてもいいはずだし、
SPコードとアンプのプラス、マイナスの接続を間違えたわけでもなかろうが。

とにかく、釈然としないが3発で鳴らすのなら今のところAスタイルが良かった。

次に本命のCスタイルの「ウーファー4発+中高域ユニット」との比較。

一聴した途端に音が分厚いと感じた。中域から低域にかけての厚みがなんともいえず心地よい。音の重心がドッシリと根を張った感じで全帯域が完全なピラミッド型。

いかにも湯布院のAさんが好みそうな音。 

音のバランスと分解能という面からするとAスタイルもなかなか捨て難いが、Cスタイルを聴いた直後では、ちょっと中低域が薄く感じて物足りないかなあ。

結局、オーディオ的に聴くにはAスタイル、音楽的というか実在感を優先すればCスタイルといったところ。

どんなに気に入った音でも毎日聴いていると次第に飽きてくるのが通例なので、その日の気分によって適当に切り替えて聴けるのは実にありがたい。

さらにCDソースの録音だってマチマチなので相性を探るのも面白い。

ジャンル的にいえばボーカルや室内楽はAスタイル、大編成のオーケストラあたりになるとCスタイルということになろう。

「春の祭典」(ストラヴィンスキー)の大太鼓の迫力は、明らかにCスタイルの方に軍配が上がり、内臓の奥の方までズシンと響いて来るようで別格。

まあ、好みもあるので最終判定は試聴に見えるお客さんに判断してもらうのも一興か。

なお、ウーファー4発で鳴らした場合、それなりにスーパーウーファーの方もボリュウームを上げてやらないと低域のバランスが取れないのが興味深かった。

次に「音声ケーブル」の実験。

周知のとおりケーブルといっても安いものから高価なものまでピンからキリまでいろいろある。

ケーブルによって音質はたしかに変わるがあくまでもシステムとの相性次第のもので、ケーブルが音質を支配するなんて意見にはあまり組したくない。

所詮はアクセサリーの域を出ないと思っているが、これは高級なケーブルにはまったく縁遠い人間の僻みかも。

今のところ半年ほど前にオークションで購入した安物の「ベルデン」のケーブルを愛用している。最初1ペアだけ購入したが、変なクセがなくて素直な音質だったので気に入って追加で3ペア購入した。

        

一方、ひと昔前に購入したPAD(ピュアリスト・オーデォ・デザイン、今でもこのメーカーあるのかな?)のケーブルもなかなか捨て難い味がある。

        

値段的には当時の価格でベルデンの6倍近くしたものの性能的にみると値段の差はほとんど無いに等しい。

このケーブルも4ペア所有しているので全部で8ペアあり、自在に使い分け可能。

あっちこっち、付けたり外したり、ときには差込不十分で「ブー」とSPから出る巨大なハム音に悩まされながらの実験だった。

この「ブー」音は何度聞いてもいつも肝を冷やす。SPが壊れるんじゃないかと慌ててアンプのスイッチを落とすの繰り返し。

まったく涙ぐましい努力(?)である。

結論からいえば、両者を適当に使い分けるのがベターだった。

パワーアンプにつなぐ最終的なケーブルは「PAD」が良く、前段というか途中というか、たとえばDAコンバーターからバッファーアンプなどへの接続は「ベルデン」が良かった。

「ベルデン」はSPコードでも重宝しており実に良心的(安価)で大好きなメーカーだがここでも大善戦である。

ただし、性能というよりも我が家のシステムと相性が良かったというべきだろう。

とにかく、こんなことを朝から晩までやって、オーディオマニアの一日(12日)は終わっていく・・・。

まあ、「永遠に”けり”がつけられない世界」だが、誰かオーディオ以上に面白いことがあったら教えてくれ~!



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音楽談義~CDのコピー盤、国内盤、輸入盤~

2011年07月12日 | 音楽談義

先日(7月7日)、我が家に試聴に見えられた大分のEさんとOさんのお二人。

2時間半の間、いろんな曲目を聴いていただいたがそのうちの1枚が、お気に入りの「アンドラーシュ・シフ」(ピアニスト)によるベートーヴェンのピアノ・ソナタ「30番~32番」。

この演奏を1ヶ月ほど前に最初に聴いたとき32番の第二楽章のところで涙が止らなくなったが、そのときの感動を大事にしようとそれ以来、(32番は)聴いていない。

どんな名演奏でも耳に馴染んでしまうとインプレッションが希薄になってしまうのを恐れてのことで、「好きな曲ほど頻繁に聴いてはいけない」という、まことに
切ないジレンマだが折角の機会なので今回は特別。

「これがベーゼンドルファーの音色ですよ」と紹介したところ、お二人とも異口同音に「素晴らしい。スタンウェイよりも中高域の音色に艶があるようでこちらのほうが断然好みです」。

「CD番号を教えてくれませんか・・・。コピーは無理ですよね」と遠慮がちのEさん。

ここまで言われて断われるほど自分は強い人間ではない


「いいですよ、コピーしましょう。しかし、これほどの名曲・名演をコピー盤で鑑賞するとなるとこれからずっと損をすると思いますよ。コピー盤は音質がガクッと落ちます。念のため後でオリジナル盤と比較試聴してみましょうかね。」

ちなみに、コピー用の機器はパソコンの外付け専用CDドライブでは定評のある「プレクスター」で、読み取り速度は10倍速(4倍まで可能)、書き込み速度は8倍速(2倍まで可能)に設定した。

       

1枚を作成する所要時間は、およそ20分程度だからかなり念を入れてのコピー。

CDのジャケットもきちんとカラー印刷してあげた上で、コピー盤とオリジナル盤との比較試聴に入った。

なお、CDトランスポートは「ワディア270」、DAコンバーターは「ワディア27ixVer.3.0」のクロック・リンクのコンビ。今や旧式の感は否めない。

始めにオリジナル盤、次にコピー盤の順番で曲目は30番の第一楽章。

「こりゃあ全然ダメだ。艶のない音質でまったく聴けない」とOさん。Eさんも「やっぱりなあ~」と嘆息。「そうでしょう」と我が意を得たりの自分。一方的にオリジナル盤に軍配が上がった。

それでも(各自の)装置によりけりかもしれないと、Eさんは(コピー盤を)大切に持って帰られたが、3日後の10日の日曜日に電話がかかってきた。

「CD店に行って検索してもらったけど、輸入盤なのでCDのジャケットに書いてある番号では読み取り不能でねえ。悪いけどネットで注文してくれませんか。Oさんも是非欲しいそうなので2枚お願いします。」

70歳以上の方ともなるとパソコンをされないのも無理はない。

「ハイ、いいですよ。CDが到着したら試聴がてら届けてあげます」。

こういうときは「アマゾン」よりも「HMV」のほうが早いだろうと、ネットでチェックしたところすぐに発見、さらに同じ画面の下には何とシフによるモーツァルトの「ピアノ・ソナタ全集」があるではないか。

この愛してやまないモーツァルトの名品をベーゼンドルファーの音色で聴けるなんてと小躍りしたのは言うまでもない。

喜び勇んで「買い物カート」に一緒に入れた。


すぐにHMVからメールが入ってきて出荷目安はおよそ2週間後の7月23日。

ところで、Eさんからのお電話のついでに「あれからちょっと音像定位がおかしかったので、アキシオム80が入ったSPボックスをウーファー4発の上に載せてSPユニットを縦一列に配しましたよ」と言ったところ「それは良かった。縦一列の配置にするのは基本中の基本ですよ」。

「エッ、それが分かっているのならあのときの試聴中にあっさりアドバイスしてくれたらよかったのに」と思ったが、すぐに「やはり無理だよね~」と思い直した。


マニアにとってオーディオ(=音質)は人格にも匹敵するほどの大切な存在、それを滅多にない”よそ様のお宅”での試聴のときにあからさまに欠点を本人の面前で指摘するにはよほどの勇気がいる。勇気というか厚かましさというか・・。

自分だって他人の装置を聴かせてもらったときに「ここがおかしいので、こうしたら」なんて口が裂けても絶対言わない。まあ、マナーみたいなものだと心得ている。ただし、日頃から親密で気心が知れていて、よほどの間柄なら別の話。


たしかオーディオ評論家の加銅鉄平さんの著書だったと思うが、「よその家で聴かせてもらって音が良くないと言うのは、あなたの子供はバカですねと言うのと同じだ」と書いてあるのをずっと昔に見た記憶がある。

まあ、常識的にはそういうことだろうが、実はこの「遠慮」が永遠に真実を知る機会から遠ざけられた「裸の王様」を増やしている一因ともなっている。

複雑怪奇なオーディオの世界を一人で立ち向かうには、よほどの人は別にしてやはり限界があるように思う。

基本的には自己満足の世界だからあれこれ他人の意見に右顧左眄(うこさべん)する必要はないのだが、まっとうにオーディオを極めようとするのなら遠慮会釈なく欠点をズバズバ指摘してくれる友人を持つこともひとつの得策。

しかし、言われ様によっては随分と腹が立ってムシャクシャするのもたしかなところだが・・・。

おっと、今回の話題はCD盤の音質だった。

次は国内盤と輸入盤について。

10年以上も前に購入したCBSソニーのバッハの「フランス組曲」(国内盤:グレン・グールド演奏)だが、どうも音質がよろしくない。明らかに縮こまったような印象を受けてまともに聴く気にならない。

          

マスター録音に問題があると思い、ずっと放ったらかしにしていたのだが、半年ほど前に奈良県のMさんからお借りした「イギリス組曲」(輸入盤)を聴くと明らかに音質に月とスッポンみたいな差がある。

そこでもしやと思い、アマゾンで輸入盤を注文したところ3ヶ月ほど経ってからもう忘れた頃の3日ほど前にやっと到着。1枚が1、000円未満の廉価盤(2枚組)だったが音質は断然こちらのほうがいい。

         

念のためオーディオ仲間の湯布院のAさんにも聴いていただいたところ、「明らかに違います。同じ演奏なのに輸入盤のほうが圧倒的に音響空間が広く聴こえます」と太鼓判。

CDソフトのミキシング加工がこうもデタラメではどんなにシステムのほうを改良したってまったく無意味。CDソフト業界(特にソニー)はまるでどうかしていると痛感。

これからCDを購入するなら輸入盤だと改めて肝に銘じたが、CDでさえこんな調子だからレコード盤になるともう「
推して知るべし」なのだろう。

近年の天井知らずの(輸入盤の)高値にマニアの悲鳴が聞こえてくる~。



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オーディオ談義~「音像定位」~

2011年07月09日 | オーディオ談義

長年オーディオをやってて、「自分はどうしてこうも駄耳なんだろう」と思うことがときどきある。

今回がまさにそうだった。

ウーファーを4発にしてその迫力に酔い痴れていたところ、大分のオーディオ仲間のEさんとOさんのお二人が「聴かせてくれ」とご来訪。

「どうぞ、どうぞ」。7月7日(木)の午後のことだった。

試聴盤として持ってこられたのが童謡歌集。ボーカルを聴けば装置の良し悪しが分かるとのことで、歌手の口の開け閉めが目に見えるようになれば合格とのこと。

ほかにもいろいろと聴いていただいたのだが、その迫力には感心されるものの、お二人ともどうも落ち着かなくて浮かぬ顔。

要は、装置に対して真正面の位置で聴くといいのだが、ちょっとでも横にずれると左右のバランスがくずれて音がゴチャゴチャしてる感じということらしい。

いつも一人で聴いているので、真正面からしか聴かないが、そう言われてみてちょっと横にずれて座って聴いてみると「成る程」と思われて、たしかにご指摘のとおり。

「これは、ちょっと問題あり」。どこに原因があるのかなあ?

2時間半ほど試聴して帰られたが、疑念は晴れぬまま。

そうすると、湯布院のAさんが、丁度大分にご用事があったとかでその帰りの午後6時過ぎ、お立ち寄りになった。

歌劇「マクベス」(ヴェルディ作曲)を聴かせて欲しいとのことで、じっと目を瞑って聴かれていたAさん。

やおら、「どうも”音像定位”に問題があるようです。この前聴かせていただいたジャズのときは気付きませんでしたが、「マクベス」を聴くとよく分かりました。

歌手がステージ(舞台)の上で歌っているというイメージがどうしても湧いてきません。

これは「アキシオム80」(中高域用)をウーファーの横に持ってきたのが原因だと思います。いっそのこと、アキシオム80をウーファーの上に載せたらいかがでしょう。」

エッ、想像もつかないご提案にビックリだが、実験は大好きなので「やってみましょうか」と二人で「よっこらしょ」と持ち上げて直に載せてみた。

すぐに試聴すると「随分良くなりました。これでバッチリ問題解決です。広い部屋ならともかく、やはりスピーカのユニットは縦一列の配置に限りますね。何といっても音像定位が第一です。」

盲点だった。中高域のユニットは耳の高さの位置で聞くのがいいと思っていたので、ツイそのことにとらわれてしまった。

タンノイがあのふやけたような低音と伸びきらない高音(ゴメン!)なのに、それを補って余りあるようになぜこんなに長い生命を保っているのかようやくその秘密の一端を知る思いがした。

低音から高音までを同じユニット(同軸)に収めてあるので、「究極の音像定位」を実現していることにあった。

定位がこれほど重要とは思わず、つい音の迫力に負けてしまった自分がつくづく情けない。

しかし、試聴盤に真っ先にジャズを持ってきたのが悪かったのかもしれない、な~んて別のせいにしたりして。

とにかく翌日は起きると、改めてSP台の製作に取り掛かった。

アキシオム80をウーファーの上に直に載せるのはやはり気になる。

きちんと寸法を測って、量販店で材料をひとまとめで購入し、すぐにペンキ塗り。

幸い梅雨時にもかかわらず、8日はお天気だったので1時間ほどで乾いた。

このところのネジ絞め作業で右手首が痛いが「いい音」のためにはそういうことは言ってられない。

ようやくドリルを駆使して出来上がり。何と午前中一杯かかってしまった。

      

午後からは仕上げの段階。一人でアキシオム80の入ったSPボックスを下ろしたり載せたりするのはとても無理なのでAさんに応援を頼んだところ、ありがたいことにすぐに来ていただいた。

およそ30分ほどで力仕事が終了して完成した全景が次のとおり。


     

早速「マクベス」を聴いたところ、音響空間が広大になる中できちんと歌手たちが地に足が着いて歌っている印象。

部屋のどの位置で聴いても違和感がまったく無くなった。

フ~ッと、思わず深いため息が出た。

あとは地震対策。システムがこれだけ高くなるとやはり倒壊の危険性があって無視できない。当地も南海地震が今や遅しと虎視眈々なのでユメユメ油断は出来ない。

壁板に大きなネジをねじ込んで、大きな号数の太い透明の釣り糸で固定することにした。

それにしても、今回は独りではおそらく気付いていなかっただろう様々な弱点を、いろんな方から教えていただいてまったくオーディオ仲間はありがたいもの。

感謝、感謝・・・。


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オーディオ談義~「終着駅?」~

2011年07月07日 | オーディオ談義

「ウーファー4発はしばらく先の話」と前々回のブログに登載したところ、「そんなこと言わずになるべく早くやれ!」と督促(?)する方がお二人。

うち、お一人は湯布院のAさんで、「3発か、それとも4発を容れたボックスを作ろうか、どちらか迷っています。○○さん(自分のこと)の結果を見て判断しますので、なるべく早く実験を頼みますよ」。

ちなみに、Aさんはこのウーファー(SLE-20W)を12本購入されている。「フォステクス(日本のメーカー)もこんなに熱いユニットを作ってた時期があったんだな~」と、しみじみ述懐される。

強力なアルニコマグネットとエッジレスという独特の”つくり”は音声信号へのシャープな反応に絶大の効果を発揮し、同種のユニットと比較するとたしかに群を抜いている。

もう一人は富山県のHさん。

高性能のアッテネーターや真空管式のチャンデバを作ってもらい大いに感謝の一言だが、「実はエッジレスのユニットにはたいへん興味があります。もう○○のユニットを10本以上集めました」と言われるほどのエッジレス・ファン。

したがって今回の実験にも多大の興味を示されており、「ウーファー4発とアキシオム80のともにエッジレスのユニットの組み合わせの結果を大いに楽しみにしてます」とのこと。

以上、ここまで期待されて”知らん振り”をするのは男がすたるというもの。

もう、やるしかない!

覚悟を決めて未知の領域へと力強く第一歩を踏み出すことにした。

まずはHさんが教えてくれた「アキシオム80」を容れるSPボックスの裏蓋の補強から開始。

「SPボックスの補強次第でガラリと音が変わりますよ」とのことで、材料をかき集めて裏蓋の内側を定在波を防ぐために変則X型で強力ボンドとネジで木材をねじ込んだ。

      

これに勢いを得て、月曜日(4日)の午後4時くらいからいよいよ本格的な作業の開始。

一番の課題ともいえる駆動用のパワーアンプの対策は1端子に2発接続の4Ω負荷(出力:160W)で何とかいける見通し。

「な~に、簡単に済むさ」と思っていたが、いざやり始めてみるとどうして、どうして。

まずボックスを”どっこらしょ”と裏返しにしてツイこの前入れた仕切り板を見たところ、何とネジで固定していたほうの反対側がグラグラしていた。

又釘を打ち付けて固定していたのだが、ボックス内の音圧エネルギーは想像以上の物凄さで、絶え間ない振動の連続によって又釘が緩くなってふにゃふにゃ状態。

「これはあかん」と手元にあった8個の留め金で左右両チャンネル合わせて4本の仕切り板をガッチリ固定。これでビクともしなくなった。

こういう予想外の作業が入ったものだから、とうとう夜の10時までかかっても7割くらいの仕上がりで、ついに翌日に持ち越し。

翌日はかなりのトランス状態だったとみえ午前3時ごろに自然と目が醒めてすぐに作業続行。ゴソゴソと2時間ほど這いずり回ってようやく完了。

あとはカミさんが起きてくるのを待って、4発入りのボックスを起こすのと、アキシオム80が入ったボックスを持ち上げてSP台に載せるだけになった。

いつものように5時半頃に”のこのこ”と起きてきたカミさん。フッフ、飛んで火に入る夏の虫。

「またね~」と、シブシブながらも二人で”よっこらしょ”。どうにかうまくいってご覧のとおり。
            
    

ちなみにアンプやスピーカーの置き場所は振動防止のためすべて直にコンクリート打ち。

すっかり隠れてしまったウェストミンスター(タンノイ)が可哀想。上部に載せたLE85(JBL)のウッドホーンが丸見えなのでまあ良しとするか。低域ユニットの指向性は甘いし、どうせふやけた低音だからあまり気にしないことにした。

さ~、どんな音がするかなあ。

今回はいつもと違って期待よりも不安のほうが強い感じ。それはそうだろう、十分満足している音をあえて変えるんだから「欲張りすぎて、そら見たことか」と徒労に終わる可能性だって大いにある。

最初に聴いたのがホリー・コールの「テンプテーション」。2トラックの「Train Song」と3トラックの「Jersey Girl」に切れがよくて重量感たっぷりの低音が入っている。

オーディオマニアならゾクゾクすること請け合い。

早朝6時ぐらいからの試聴だが、”向う三軒両隣”とは日頃から仲良くしているので、つい甘えて「このときぐらいは騒音条例の適用フリーでお構いなしとさせてもらおう」と勝手な独り言。

いやあ、部屋中にみなぎるエネルギー感がスゴイ!

ウーファー3発と4発とではこれほどまでに違うのかと思うほど、まるで別次元の世界でスケール感が違う。ただし、中高域とのバランスを考えて低域のボリュームを以前よりもマイナス2.5db絞った。

なお、4発にするとスーパーウーファーは不要になるのではと考えていたが、40ヘルツ以下まで低域が伸びるわけではなく、およそ受け持ち範囲の40~200ヘルツ間の音圧が増加するだけで、スーパーウーファーは従来どおり必要だったのは特筆しておかねばならない。

とにかく、4発ウーファーの物凄い風圧に早朝からすっかり酔い痴れてしまった。未知への挑戦だったがやっぱり思い切ってよかった~。

それと余禄みたいな結果になったが「アキシオム80」に従来の神経質さが無くなり、”ふっくら”として”ゆったり”鳴ってくれるようになった。

ボックスの容量がおよそ1.5倍になったこと、ウーファーと同じボックスだったことからくる共振という宿命から解放されたことが一因だろう。

これで低域から高域まで「鬼に金棒」。


早速、Aさんに連絡をとってみると、丁度仕事がてら別府の近くに行くので、午後6時過ぎにお伺いしますとのこと。

そして、「まるでウェスタンの15Aホーンを聴いてる感じで音が厚いです。これは明らかに「箱庭の音」ではありませんね。音に実在感が出てきました。

低域の質感がいかに重要かが改めて分かります。一番お金を掛けるべきところです。それとアキシオム80に(コーン紙特有の)”紙くささ”が無くなりましたね。あとは低域と中高域のユニットの振動位置をきちんと合わせるぐらいのものですか」

これで、やっと我が家のオーディオも「終着駅」に近づいた気がする。

良し悪しは別として「細部に亘っていろんな”こだわり”と”ノウハウ”がぎっしり詰まったシステム」だがこれまでの長い、なが~い「道のり」を考えると実に感慨深い。


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読書コーナー~暴走老人~

2011年07月05日 | 読書コーナー

 ここ数年、高齢者の犯罪が急増している

 脳や生理だけでは説明できない感情爆発の増加

 
コンビニにたむろする孤独な年寄り

 バカ丁寧化する接客現場で何が起きているか

 過剰な「感情労働」を求める笑顔社会

ブックカバーに記載された以上の見出しに「成る程」と共感を覚え、つい”つられて”読んでしまったのが次の本。

「暴走老人!」(2007年8月、文藝春秋社)
  

             

著者の藤原智美さんは芥川賞受賞作家。

本書は「加速する一方の老人社会でいま何が起こりつつあるのか」について、老人特有の時間の観念、所在空間、やり場のない感情の処理の面からその本質を分析した実に興味ある内容だった。

構成については、「
序章 なぜ”新老人”は暴走するのか」に始まり、「第1章 時間」、「第2章 空間」、「第3章 感情」に分かれている。 

本書ではこのうち第1章「時間」に全体の半分ほどの頁数を割いてある。

若者の凶悪犯罪の減少とは反対に「いい歳をした」危ない大人が増えている。2005年刑法犯で検挙された者のうち65歳以上の高齢者は数にして46,980人。平成元年にあたる1989年は9,642人だから、わずか16年で約5倍の増加。

この間の高齢者人口の増加が約2倍だから5倍というのはこれをはるかに超えた数字であり、しかも増加傾向はさらに加速気味。

「分別があってしかるべき老人」がときに不可解な行動で周囲と摩擦を起こすあるいは暴力的な行動に走る。著者はこうした高齢者を「新老人」呼ぶ。

暴走事例 1

身なりもよく品のいい老人が確定申告の長い順番待ちのあと、やっと自分の番になったところ係員の応対に突然怒鳴りだして周囲の空気を一瞬にして凍りつかせた。

暴走事例 2

病院の順番をめぐるトラブルで口の利き方が悪いというだけの理由で若い女医が胸ぐらをつかまれ顔を殴られた。

暴走事例 3

自動販売機の前で60歳の男がタバコを買おうとしていた。後ろには70歳の男が待っていたが、前の男の動きがのろく感じられたのだろう、70歳の男が「タバコを買うのが遅い」と文句をいった。言われたほうも言い返しケンカが始まった。結果は70歳の男が殴られて死亡(2006年10月4日北海道函館市)

”いい歳をした”大人が公道で殴る蹴るの暴力をふるい合う、そんな光景は誰も見たくないはず。見ず知らずの者同士の偶発的なぶつかり合い、そして騒動の中心になる新老人。

この3つの暴走事例の共通となる原因は既にお気づきのとおり「待つこと」にある。

「待つこと」がなぜ、老人たちをこれほどまでに苛立たせるのか。

本書ではこの「待つこと」(41~61頁)について、新老人の心理を解剖するための象徴的な事例として重点的に取り上げ、次のとおり詳細に分析している。

1 「待つ」から「待たされる」感覚へのシフト

これまでも「待つこと」は嫌われる一面がたしかにあったが、逆に「待つ」時間があってこそ場合によっては幸福感、自分を取り戻す時間があることも事実。
しかし、近年あらゆるものがスピード化することにより「待つ喜び」が失われてきている。

たとえば、”もういくつ寝るとお正月”と待ち望む感覚、携帯電話の普及によって喫茶店の待ち合わせが激減し待つ間の感情の揺れ動きが無くなったこと、あるいはメールが手紙を衰退させ時間をかけて返事を待つという気持ちのゆとりを失わせたことなど。

しかも、この従来とは違う生活スタイルが無意識のうちに中高年を戸惑せ、さらに不可解なことに、「待つこと」が加速度的に省かれてきているにもかかわらず私たちは「待つこと」のストレスから解放されず、むしろ「便利」になればなるほど「待つ」ことから「待たされる」感覚へとストレスが膨張していく。

2 変容する時間感覚

生物学者の柳澤嘉一郎氏は現実の時間表示と人間の体内時計とが一致しない説を提唱しており、端的にいうと高齢者の場合は酸素消費量の違いにより子供に比べて現実の時間が早く感じるとのこと。

身体の感覚が現実の時間に追いつかない、そのような焦燥感が、新老人の場合たまたま予期せぬ「待たされる時間」に遭遇すると、自分を見失うほどの怒りへと転化する。

3 現代の富とはモノではなく時間

時給、月給、年俸など収入が時間の単位で計算される現代社会では、時間のコントロールが最大のテーマであり、時間を私物化し、いかに自己中心的に組み立てられるか、それが権力に直接つながっている。

たとえば極端な話だが100万円をある人は半年間の労働で手に入れる、またある人はマウスのワンクリック、1秒で手に入れたとする。両者の問題点は手に入れた100万円ではなくて、明らかにそれを要するためにかかった時間にあり、結局のところ時間は「現代の富」を象徴している。

したがって、「待たされること」は自己への時間的侵略、時間的暴力とみなし、力関係における敗北感のもとで新老人たちの感情爆発が誘発されている。

以上のとおりだ
が、自分は1、2、3すべてに納得できるので、どうも暴走老人の潜在予備軍のような気がする。

身近な例を挙げると、駐車場の出口で前のクルマが料金の精算に時間をかけたりしていると、思わずイライラして(クルマの窓を開けて)「何モタモタしてるんだ、早うせんかい!」と怒鳴りたくなることがしばしば。

もっと「待つこと」に寛容にならなければと反省。

第2章、3章は長くなるので省略。

P.S

 折りしも昨日(7月4日)、夕方のテレビで松本復興相が「待たされた」と怒って、宮城県知事を叱責しているシーンがあった。

お役所の世界では、たとえどんな理由があろうと大臣を待たせるなんて「狂気の沙汰」でしかないが、穏やかな人なら「県庁を訪ねて待たされたのはこれが初めてだ」ぐらいの表現で、やんわりと皮肉るのだが。

すぐにキレル松本氏も「暴走老人」の一員か!  
 


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独り言~「勝ったときの次の試合はGKを代えるな」~

2011年07月02日 | 独り言

本の題名はもう忘れたが「勝ったときの次の試合はぜったいGK(ゴールキーパー)を代えるな」(サッカー)という格言(?)を見かけたことがある。

どちらかといえば理論的というよりも、勢い、リズムさらには「縁起」までをも含めた言葉だろう。

さて、我が家のオーディオ装置。

先日の27日(月)、久しぶりに入院中の母の見舞いがてら我が家にやってきた長兄。

「ちょっと聴かせてくれ」というのでメインシステムの「アキシオム80」を鳴らしてあげた。

「ほぉ~、お前のオーディオはときどき逆に悪くなったりするのであまり当てにしてなかったが今度ばかりは脱帽だ。

聴いてて実に気持ちがいい。これまでいろんなお宅で聴かせてもらったけど、これ以上の音はまだ聴いたことがない。

K市の○○美術館の副館長がオーディオマニアなので今度案内するからよろしくな」
と、のたもうた。

身内とはいえ、日頃、歯に衣を着せない長兄からの賛辞に思わず頬がゆるんだが、まさに自他ともに認める絶好調のオーディオ装置。

とはいえ”時の流れに身を任せ”ながら着々と次の「ステージ」へと歩みを進めている。

現在のウーファー3発から4発にすることで「アキシオム80」が弾き出されるため、そのためのSP台とSPボックスさえ完成すればいつでもゴーサインが出る。

SP台は早々と作ってしまったので残るはSPボックスの「密閉型」への改修作業だけだった。

SPボックスの木が堅すぎて家庭用のドリルでは歯が立たないので、29日(水)に専門の業者が強力な電器ドリルを持ってくる予定だったが、SPを作業場へ持って帰っての改修へと変更。

そちらのほうが作業がやりやすいそうで、7月1日の夕方、きちんと仕上げて持ってきた。

        

さ~て、これで準備万端すべて整った。

その気になれば「半日」もかからずにSPの入れ替え作業が終わるわけだが、ちょっとここにきて逡巡。

冒頭に掲げたような「格言」もあることだし、長兄の追い討ちも加わっている。

「調子のいいときはいろいろと変えないほうがいい」。

充分満足しているシステムを今さら”いじくる”必要があるんだろうかと、何だか複雑な心境に~。あまり急ぎ過ぎてもねえ。

まあ、ダメなときは元に戻せばいいとは思うものの、せっかく手がけた作業を「ハイ、そうですか」と元に戻すのも考えるだけでちょっと億劫。

昔、刑罰の一つとして営々として積み上げた土嚢をわざと壊して翌日また同じ作業をさせる、終わるとまた壊して翌日も同じ作業を繰り返し・・・というのがあったそうだ。「完成させる喜び」を永遠に奪った実に意地の悪い拷問。

そこまではいかぬとしても一旦やり遂げた作業はしばらくそのままにしておきたいのが人情というもの。

どうやら新たなシステムは、体力とともに精神的なタフさも求めているようで、この辺で”ひと呼吸”おくのもいいかもしれない。

それに、あまり調子に乗ると「オーディオの神様」が怒って天罰が下るかもしれない。不満があって代えるのならともかく~。

梅雨末期の雨模様の中「雷サマ」が多発している今日この頃、比較的高台にある我が家付近は雷の名所になっていて、連鎖的な被害を受けることがしばしば。

いっそのこと、誰かが試聴してボロクソに貶してくれると”ふんぎり”がついてすぐに作業に取り掛かるのだが・・・。

 


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