「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

読書コーナー~世界新資源戦争~

2007年09月29日 | 読書コーナー

2007年9月28日(金)付けの朝刊では、一面トップの見出しでミャンマー軍事政権が反政府デモを封じ込める武力弾圧を一段と強化し僧侶1500人以上を拘束するとともに、集まった市民らを自動小銃などで強制排除したと報道。

少なくとも10人が死亡し、そのうち1名は残念なことに日本の報道カメラマンが流れ弾に当たって死亡したとのことで同胞として実に悼ましい出来事。

そもそも、今どきのアジアで軍事独裁政権が存続していること自体が不思議だし、しかも国際世論を無視してこのような強圧的な姿勢を取れるだけの背景があるはずだと思っていたら、タイミングよく
「世界新資源戦争」(2007年7月9日、阪急コミュニケーションズ刊、著者:宮崎正弘)にその大きな理由が掲載されていた(96頁~99頁)。要約すると次のとおり。

孤立するミャンマーの現実。日本があれほど独立に貢献し親日感情があふれるミャンマーの軍事政権は「反米」であり、米国主導で経済制裁がなされているが、それにもかかわらず今のところ経済繁栄を謳歌している。

なぜか?。

それは中国、タイ、インド、ロシアが逆に支援しているからで、理由は資源外交にある。ミャンマー沖合いに噴出する天然ガスは世界第10位の埋蔵があるというが、この開発権を中国とインドが抑え、次いでロシアが同国内の地区の石油とガス鉱区開発の権利を抑えこんだ。

いずれも国連のミャンマー制裁決議に反対するか棄権した国々である。

このうち
中国の関与が際立っているようで上述したガスの開発権とともに中東からの石油をミャンマーに陸揚げし、南北に縦断して中国雲南省に達するパイプラインを現在建設中である。

しかし、「中国の経済植民地」といわれるミャンマーも国際的なバランス感覚には富んでおり、もう一つの峻険な山岳地帯を西へ通過させるパイプラインの敷設権をインド資本に与えている。

こうして中国とインドを意図的に競わせる状況の中に強引に割り込んできたのがロシア。武器輸出を交換条件にオフショア地区の石油、ガス鉱区権を得た。

しかも、これらに加えてメコン・デルタ流域の経済的覇者である隣国タイも黙ってはおらずミャンマーへの経済投資額1位を占めている。

こうした巧みな資源外交を後ろ楯にして、ミャンマーの軍事政権は存続し、国内反政府勢力に対して強硬な態度で臨んでいるというわけ。

同日(28日)付の夕刊では、米が追加制裁として「ミャンマー軍事政権幹部14人の米国内にある資産凍結と取引停止」を発表したが果たしてどこまで効果があるのだろうか。

「石油の一滴は血の一滴」にならって過去の争いの歴史が現在でも深く潜行した形で繰り返されている。ミャンマーの例はほんの一例にすぎず、世界中で石油、ガス、ウランなどのエネルギー源を求めて国際間の熾烈な戦いが行われている。

したがって、すべての国際社会のバランスは
資源の獲得競争というフィルターを透すと真相が見えてくる仕組みになっており、イラク戦争もしかりである。

本書の副題は「中国、ロシアが狙う新・覇権」となっているが、国土も人口も桁はずれな
大国「中国、ロシア」の傍若無人な資源外交の展開を詳しく分析しており、新たな視点から見た最新の国際情勢に触れる思いがした。構成は次のとおり。

プロローグ  欧米メジャーの凋落、中露イランの勃興
第1章     プーチンのロシアは資源株式会社
第2章     ”資源爆食怪獣”中国の迷走
第3章     資源国の反米包囲網
第4章     日本を巡る資源戦争
第5章     パイプラインの国際政治学
第6章     中国エネルギー外交の限界
エピローグ  日本の資源戦略を論ず

本書を読んだ後に、石油、ガス、ウランなどのエネルギーに替わって、環境と調和し誰もが利用できる新しいエネルギーの創造が可能になったときに初めて人類は真の平和を手に入れることができるのかもとしばし考えさせられた。

なお、資源戦争で連戦連敗の日本については一貫して悲観的かつ閉塞的な著述だが一筋の光明を見出す貴重な提言が最後に記されていた。

「アジアにおける資源戦争の元凶は中国だが、省エネと環境技術で世界一の日本の技術供与なくして今後の中国は立ち行かない。この切り札をどのように有効に行使していくのか、日本の長期戦略が喫緊事である。」とのことだった。

      

 


 




 


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釣り紀行♯15~夕まづめ近くに良型が~

2007年09月27日 | 釣り紀行

9月25日(火)、朝のNHKテレビでは”富士山頂に初雪”と報道している。中秋の名月にしては早すぎる冷え込みだが、これはあくまでも日本一高い山の上での話で、平地での日中はまだまだ暑さが残っている。

また、今日は福田内閣の組閣の日。所詮は1億2千万分の1の小さな存在に過ぎないが閣僚の顔ぶれには大いに興味がある。夕刊を楽しみにして、前回(9月20日)からまだ4日しか経っていないが、3連休明けの25日に釣行してみた。
天気もいいし、潮の満ち込みもよいし、新しい仕掛けを早く試してみたいのも理由のひとつ。

今日は大潮の2日目で干潮は12時30分。前回の釣行では午前中が全然釣れなかった。魚の食い気がなかった理由は冷たい潮流が流れ込んだ夜間の冷え込みで海水温が下がったのいずれかと推測したが、どちらにしても今日は午後の満ち込み一筋にかけてみた。

したがって、自宅出発はいつもより4時間遅れの10時。今回から釣具店を替えたのでO市のY釣具店に立ち寄り解凍したエサを手に入れて、現地到着は12時10分。クルマの中で軽い昼食をとっていつものF波止に上る。

釣り開始は、ちょうど干潮時の12時30分。相変わらず広い波止には誰もいないが、風が結構強い。マキエが向かい風になってなかなか飛ばない。水とパン粉を加えて粘り気を増したらようやく距離が出だした。

しかし、折角工夫した新しい仕掛けの方はこの強風のためまったく使いものにならない。やはり、仕掛けは机の上でいくら考えても限界がある。これまでの経験で現場の感覚が大切だと骨身に沁みて分かっているのに
何度でも同じ過ちを繰り返す懲りない自分がいる。


快晴で海水温も上昇気味のようなので、結局、これまでの無難で堅実な仕掛けに戻すことにした。せっかく波止まで来ているのに仕掛けを初めから作り直したので相当の貴重な時間をロス。

しかし、マキエ開始後すぐにクロが活発に動き出した。
”今日もそこそこいける”との確信のもとに、ひとまず安心して竿を振った。

いつもどおり順調に推移したが
初秋の時期はつるべ落としで暮れやすく、すぐ暗くなる。

16時ごろからウキが随分見づらくなるがそれと引き換えに良型が警戒心を解いて次から次に海面に湧いてきた。思わず高まる心臓の鼓動とともに、竿が弓なりになって糸がビュン、ビュンとうなる。続けざまに10匹前後はいっただろうか。手ごたえ十分、やはり夕まづめが近くなると型が良くなる。これこそ釣りの醍醐味で今日は快心の釣りだった。

マキエがすっかり無くなって、納竿は16時40分。結局、最後の40分間が勝負だった。
自宅到着は17時55分で、いつもより3時間遅れなので腹がペコペコ。釣り道具洗いは翌日回しで、急いで薄暗い中でフラッシュをたいて魚の写真だけ撮った。

その後は、「西の関の秘蔵酒」を冷で一杯やりながら刺身と焼き魚を堪能しつつ、竿から伝わってきた手の痺れ感覚を憶い出しながらこの世の天国気分を味わった。やはり刺身は日本酒の冷が合う。

釣りは味覚を含めて五感をフルに刺激し身体感覚を伴うところが他の趣味とは明らかに一味(ひとあじ)違っている。        

                  

と   き     2007年9月25日(火)、快晴、海上風強し

と こ ろ     Y半島F波止

マキエ       クロ用(オキアミ小粒2角、グレパワー、パン粉1袋)
           エサ取り用(ジャンボ2角、米ぬか1袋)

釣   果     クロ55匹、アジ6匹、ハゲ3匹

メ    モ    夕まづめに近い時刻にポイントを置いた釣りを
           ウキはむやみに取り替えないこと 

 

 




 


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独り言~介護~

2007年09月23日 | 独り言

健康管理の一環として約2ヶ月に1回定期健診を受けているが、9月上旬の血液検査の結果では懸案のコレステロール値が212となっていた。

5月初旬が282、7月初旬が232、そして今回が212ということで順調に下がってきており、これでようやく基準値(上限220)内に納まったわけで、処方された薬を全然使わずに食生活の改善だけでここまできたので言うことなし。

ただし、食生活といっても卵の摂取を控えめにし、釣ってきた魚を根気よく食べていただけなので大したことはない。

しかし、唯一気になったのが医師から鉄分が不足しているとの指摘を受けたことで、やや貧血気味とのこと。それほど偏った食事もしていないし、恒常的に出血している箇所もないのでこれはどうやら体質のようだ。

鉄分ぐらいは欠けていてもなんてことはないようだが、用心しないと人間の脳に影響を与えるものらしい。

というのは、8月下旬に母を病院に連れて行ったときのこと、診察の際に主治医から鉄分が不足していると指摘され、何気ない言葉の中にこれまで取り扱ってきた症例からみて鉄分が不足している患者は認知症の比率が高いとの気になる言葉があった。

これを覚えていたので、まだまだ認知症にはなりたくないので、医師から鉄分の錠剤を朝、夕1日2回分処方してもらった。薬嫌いの自分だが、これは珍しくまじめに服用したが、鉄分の錠剤は胃を悪くするようで、1週間ほどで中断のやむなきに至った。もともと胃腸が弱い自分には合わないようで、やはり食物から地道に摂る以外に方法がなさそう。

さて、話が変わって母の話だが最近とみに記憶力が弱ってきた。まず、日付と曜日、それに時間の観念が随分薄らいできている。ときどきはあらぬ妄想を口走ったりするし、感情の起伏も激しくなった。年齢がもうすぐ91歳になるので仕方がないとは思うが、そのくらいの年齢でも元気な方は結構世の中にいる。

大変な読書好きで、80歳台前半まで、毎週図書館から借りてくる本を楽しみにしていたのだが、ここ4,5年は全然読もうとせず、どうも根気というか集中力にも欠けてきたように思う。日常の話し相手になってやるのも根気が必要で大変。

近々、病院で脳のCTや血流検査を行う予定だが、他人事のように思っていた介護の問題がまさか我が身に降りかかってくるとは予想だにしなかったことで、何よりも自分のオフクロに限って安心と考えていたので少なからずショックを受けているところ。

9月22日のネットのニュースでは2006年度の高齢者虐待件数が年間1万2575件、そのうち半数(51%)が息子・娘による虐待で、認知症患者に対する在宅介護の難しさが家族を追い詰めており、その実態が浮き彫りになっているとのこと。(厚労省発表)

身につまされる話だが、もちろん母親という世界中でただ一人の存在なので子供の立場からすると、どんな状態になっても長生きしてもらいたいが、自分自身の身に置き換えた場合に健康な状態ではない場合の長生きが一人娘にどういう負担をかけるのかなどと考えると、元気なうちにポックリいくのもいいものだなとつい思ってしまう。


 


 


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釣り紀行♯14~粘り勝ち~

2007年09月21日 | 釣り紀行

朝晩はめっきり涼しくなったが、日中は何だか蒸し暑い日が続いている。19日(水)夕刻の天気予報では、20日(木)は夏型の気圧配置となり真夏並みの暑さで熱中症に注意といっている。どっこい、夏はまだまだ終わっていない感じだが、果たして海上ではどうだろうか。

前回の釣行(9月12日)以来、1週間ぶりの釣行となった20日は潮が3日連続の小潮のあとの長潮で干潮は9時前後。午前から午後にかけて満ち込み一筋で潮の状況はF防波堤にとって好条件のようだ。

自宅を6時に出発、エサを予約(6時で確約)していた釣具店に到着したところ何とまだ店を開けていない。結局15分間ほど待たされてやっと開店。通勤ラッシュを避けるために折角早起きしたのに、釣具店がこのザマではあきれてモノが言えない。これからこの釣具店では絶対にエサの予約をしないことを心に決めた。無意味な
待ち時間は本当に腹立たしい。

朝からこんな状況では今日1日が思いやられる。何だか不吉な予感がする。結局、現地到着はクルマが多かったせいで8時35分。

釣り開始は8時50分からで、いつもどおり始めはマキエに専念。ひたすら30分ほど続けるもエサ取りの小魚は湧いてきたが肝心のクロは全然影も形も見せない。根気よく3時間ほど続けるもクロは食い気を見せず、12時前後で釣果は5匹前後留まり。

海上では風が吹きぬいて随分涼しいが、明らかに夏の盛りのクロの動きとは違う。

調子に乗って、偉そうに
「クロ釣りのノウハウ」なんか書くから釣れないのだと思わず自虐的になる。たしかに、これまでの人生経験で、釣りに限らず慢心、増長すると不思議にロクなことがない。

場所替えするか、あるいはマキエを捨ててすごすごと退散するかと一瞬頭の中をよぎったが、待てよ、午前中は夜の冷気で海水温度が下がりすぎてクロが元気を失くしているのかもしれない、太陽の日差しで海水温が暖かくなる午後まで待ってみようかと粘り強く待ったのが結果的には正解だった。

13時ごろから、やっとクロが食い気を見せ始めた。それもなかなかの型で、これまでのこの波止ではいちばんの良型が次々に上がる。これでやっと愁眉が開いた。

結局、納竿は14時30分でこの1時間半が勝負だった。クーラー4分目でクロが40匹、小型のチヌが1匹、アジが7匹の釣果だった。

今日は
粘り勝ちの一言。しかし、マキエの打ち方を変えたりウキの種類、ウキ下の調整、釣り針、エサのつけ方、ヨリモドシの取替え、錘の打ち方を変えたりするなど、持てる限りのノウハウを駆使して本当に疲れた。

とにかく、このF防波堤では間違いなく秋が半分以上来ている。これからは午前中は望み薄で午後の釣りに期待するしかなさそうで、仕掛けのほうも大幅な変更が必要。

               

と   き   2007年9月20日(木)  海上ときどき風強し

と こ ろ   Y半島F防波堤

釣り時間   8時50分~14時30分

潮        長潮(干潮9時)

釣   果   クロ40匹、アジ7匹、小型チヌ1匹

メ   モ    仕掛けの反省点多し




 


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釣り談義~クロ釣りのノウハウ~

2007年09月17日 | 釣り紀行

先日、自分のブログを見ている知人から、”クロという魚はそんなに簡単に釣れるものですか、年中釣れるものですか”という問いを受けた。

何しろ釣行のたびに、約50匹前後コンスタントに釣っているので自然に尋ねたくなる疑問だろう。

自分の記憶では、初期のクロ釣りではせいぜい1日で10匹釣れればいい方で、今のように沢山釣れだしたのは独自の仕掛けを工夫したときから。

したがって
、”慣れてしまうと簡単ですが、それまでに結構ノウハウを身につける必要がありますよ”という返事をしておいた。結局、20年近いクロ釣り経験を踏まえての現場を通じてのノウハウである。自分の釣り方はどんな釣り雑誌にも書かれていないはずだし、同じような釣り方をする人も全然知らない。

その「ノウハウ」とは次のとおり。

①独特の仕掛け

重めの飛ばしウキと2連玉ウキの選択、極端に短いウキ下、極小の「道糸、ハリス、ガン玉、釣り針」

②マキエの種類と打ち方

本命用のクロとエサ取り用の小魚との2種類のマキエ(当然中身が違う)を準備して、お互いをできるだけ切り離すように距離をとってマキエを打つ。したがって、大量のマキエを準備。

③頻繁に仕掛けを変化させる

魚は結構学習能力があるので、頻繁に目先を替えてやる必要がある。たとえば、ウキ下の長さ、ガン玉の数と位置など。

④長竿の使用

エサの投入をマキエを打ったところにできるだけ正確に、しかも遠くに打ち込むため、リールのベールを起こさずにアンダースローで投入する。したがって6m以上の長竿が有利。

⑤予備の仕掛けの準備

釣り場での時間を有効に活用するため、大量の仕掛けを前もって準備しておき、少しでも傷んだら即交換する。したがって、事前準備に丸1日以上かける。

といったところだろうか。とにかく、この釣り方で
いちばん肝心なのはクロをマキエに狂わせて海面に浮き上がらせることで、釣りはそこから始まる。

ただし、以上の釣り方は6月から10月前半ぐらいにかけての比較的暑い時期のもので、やや冷え込む11月以降から厳寒の2月ぐらいにかけてはまったく違う釣り方になる。

また、3月から5月にかけてはクロはほとんどいなくなるので年中釣れる魚でもない。

いちばんおいしいくて値打ちのあるのは寒グロといって厳寒期のクロで海苔を主体に捕食するので臭みがなく、刺身は絶品である。一度食べるとヤミツキになること請け合い。

しかし、なかなか数が釣れない。しかも深場を探るのでついチヌ(黒鯛)と同時並行の釣りとなり、二兎を追うものの類でいい結果が得られない。冬季は海上の風も強くなり釣りづらい。

11月以降にクロを沢山釣るのは本当に難しく、どういう風に釣るかこれが本当の腕の見せどころで、おそらく釣れないだろうと半分諦めているが今から釣り場所に合ったエサの種類や仕掛けを工夫しなければと思案中。

                          
          飛ばしウキ(左)と当たりウキ        予備の釣り針つきハリス









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釣り紀行♯13~大漁は続かず~

2007年09月13日 | 釣り紀行

朝晩めっきり涼しくなって、就寝のときに毛布が1枚から2枚となった。日中もようやく暑さが薄らぎはじめ、ひときわ高くなった曇がちらほら垣間見えて秋めいた天候になりつつある。

12日(水)は前回の釣行(9月4日)から数えてちょうど1週間が経過。運動ジムも定休日だし、潮風に当たって海の匂いを嗅ぎ、魚の顔でも見に行ってみるか(魚にとっては随分迷惑なハナシ!)ということで前日の11日昼過ぎからそそくさと準備にかかる。

潮の方は大潮の3日目で、良し悪しの判断は定かではないが前回、小潮にもかかわらず波止の突端に場所を移動して大漁だったので、柳の下で2匹目のどじょう狙い。

ただし、潮はともかく満ち引きの時間は絶対に考慮に入れざるを得ない。干潮が14時とのことで”下げ(引き潮)7分、上げ(満ち込み)3分”のセオリーに合わせて、現地到着をいつもより3時間遅れの11時とし、釣りのヤマ場は12時から16時前後と踏んだがさて計算どおりにいくだろうか。

当日は朝から快晴で、出発は8時45分なので随分と楽である。遅れて到着しても、平日の波止には誰もいないことが確実なのでこういう贅沢ができる。

現地到着は結局10時35分。通勤時の早朝よりも随分クルマの流れが良くて予定よりも早く到着。予想どおり、誰もいない広い波止の上を海鳥が低空飛行をしている。釣り開始は10時50分。

波止の突端は結構風が強く、涼しいかわりに向かい風になって竿が振りずらい。マキエも遠くに飛ばすことができず、手前に落ちてエサ取りがすぐ食べ尽くしてしまう。クロの食い気もないようで動きが鈍く始めからどうもリズムが悪くて全体的にしっくりこない。

早くも”今日はハズレ”の予感がする。これまでの経験で最初の30分ぐらいでおよそ見当が付く。

干潮が14時のところ、ようやく13時ぐらいから食いが立ってきた。以後15時30分まで、入れ食いとまではいかず、ぼちぼち来たがやはりいまひとつリズムに乗れない。とにかくクロの食い気が無くて、型も悪く手の平未満のサイズがやたらに多くて3匹に1匹はリリース。

この波止はこれから付き合いが長くなりそうなので、今日は潮の種類、干満の状況と釣果との関連とをじっくりと見極めるいい機会になった。

この波止の突端の場合は、大潮はあまり良くない、引き潮は悪くて満ち込み向きのようだ。

結局のところ釣果は正確に数えた結果、大小織りまぜてクロが51匹、アジの中型が10匹前後だった。型は全体的に今ひとつ。マキエの最後の一投でこの日いちばんの大物が来たのは皮肉。マキエがすっかりなくなって納竿は15時30分。

やはり、前回に続いての大漁の連荘は適わなかった。魚の食い気の有無はとにかく永遠のミステリー。
                          


と   き     2007年9月12日(水)、快晴、海上風やや強し後弱まる

と こ ろ     Y半島F防波堤

釣り時間     10時50分~15時30分

潮         大潮 (干潮:14時)

釣   果     クーラー4分目、51匹、あじ中型10匹

メ   モ      この波止は大潮を避けたほうが可。
           マキエ(エサ取り)用のバッカンを新調のこと
           錘(じんたん7号)補給のこと
           釣り針は伊勢尼3号に固定のこと
           道糸は1.5号に変更のこと




 


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オーディオ談義~複製盤の音質♯2~

2007年09月09日 | オーディオ談義

2007年8月24日付けのオーディオ談義で「複製盤の音質」を取り上げたが、その後気付いたことがあるので追加。

前回はオリジナル盤とコピーした盤とではどのように音質が違うかというテーマのもとで、全体のニュアンスとしてはあまり変わりはない、少なくとも音楽鑑賞はコピー盤でも十分という内容だった。

ところがである。現在2日に一回程度通っている運動ジムでエアロバイクの間にヘッドフォーンでオリジナル盤とコピー盤を聴き比べしたのだが、この携帯型CDプレーヤーで聴く限り随分と音質が違うのに驚かされた。

オリジナル盤は鳥の羽毛のような微妙な毛羽立った音を感じさせるが、コピー盤は無味乾燥の平板な音で、ただ音が鳴っているだけという感じで少しも音楽の楽しさが伝わってこない。

試聴盤は有名なドミンゴの”ラテンソウル”だが、この傾向はボーカルの場合が一層顕著のようである。

したがって、オリジナル盤とコピー盤とではまず使用するCDプーヤー次第で随分と音質が違うということを付け加えねばならない。前回のブログで拙速かつ簡単に結論を出しすぎたようだ。

それに、もうひとつ、オリジナル盤からコピーする先のCD-R盤の種類によっても随分違いがある。

知人にさしあげたブルーヴェルベット(ボビー・ヴィントン)の場合はCD-R盤がパソコン用のデータ保存用だったのだが、プレーヤーとの相性もあるのだろう、音楽が頻繁に途切れて針飛びがするそうで、そこで今度はオーディオ専用のCD-R盤で別の曲をさしあげたところ、針飛びが非常に少なくなったとのこと。

以上のように、複製盤の音質はCDプレーヤーによって違うし、またCD-R盤の種類によっても違うのでケースバイケースで一概にどうこうと断定するのは無理があるようだ。

ところで、我が家のCDプレーヤーはワディア社(アメリカ)製である。一体型ではなくて、回転部分及び信号を渡す役目のCDトランスポート(WADIA270)とデジタル信号からアナログ変換するDAコンバーター(WADIA27ixVer3.0)の二つの機器に分かれている。

決して自慢するわけではないが、まず性能は世界トップクラスといっても過言ではないと思っている。清水の舞台から飛び降りるような思いをして購入したが性能対価格比からいけばむしろ安い買い物かもしれない。

このワディアのコンビの特徴は、ジッターの発生を根本的にシャットアウトするために、光ケーブルでクロックを共有し完全に同期性を確保していることにある。

さらに、自然関数を用いた一種の予測計算ソフト「デジマスター・ソフトウェア」でディスクに記録されたデジタル信号を、独自のアルゴリズムによって補間し、サンプルとサンプルの間を滑らかなカーブで結ぶことで、元のアナログ波形に限りなく近い音楽波形を再現している。

その様子は、パソコンのプリンターに搭載されているアウトラインフォント(文字の輪郭を滑らかにする機能)に譬えられる。

知人のAさんからは「極めてレコードに近い音」、またMさんからは「さすがにワディアだ」とお墨付きをいただいている代物だが、これでコピー盤を聴くとあまりオリジナル盤との差を感じなかったのでつい前回のようなコメントとなった訳である。

話は変わるが、オーディオはこのワディアのような音の入り口部分、微小信号を増幅するアンプなどの中間増幅部分、そして変換する出口のスピーカー部分に大別されるがどこかが不完全であれば、どこかが欠けた音になるのは自明の理。

我が家の場合は、入り口部分はOKなのだが、中間増幅部と出口部分はまだ十全ではないと思っている。納得のいく音になるまでには、まだまだ道遠しである。

                          
                WADIA27ixVer3.0                            WADIA270

 


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釣り紀行♯12~波止の突端で大漁~

2007年09月07日 | 釣り紀行

9月4日(火)の夕方の地元NHKの天気予報で、現在の空の状態は残暑の雲と初秋の雲が凌ぎあっている状況でこれを”行きあいの空”といっていた。最近よく見かける”にわか雨”はこれが原因とのこと。

夏と秋が同居した不安定な天候のもとで、潮の状況も小潮の3日目であまり良くないが前回(8月27日)からかなり経過し、魚が恋しくなったので9月5日(水)、思い立って釣りに行ってみた。

予報では遠く、伊豆諸島の沖に迫った台風9号の影響がこの地まで押し寄せて波のうねりが出て来るとのことで海水をかき回して魚の食い気が増すかもというまったくの素人考えによる期待も入っている。

場所はいわずと知れたY半島のF防波堤。この場所は連続4回釣行した結果、前回感じたことだがこれまで通算して200匹以上を釣り上げたのでクロの数が少なくなった感がするし、魚の方にも仲間が次々と釣られることで学習能力を向上させてきて若干スレてきたように思う。5回目の釣行となる今回、釣果が上がらなければ次回では場所替えとの考えもちらほら湧いてくる。

現地に到着したのは、7時35分。相変わらず広い波止は誰もいないが、今日は思い切って釣り場所をいつもの場所から波止の突端部分に替えてみた。

クロは汐通しが良いところを好むのを思い出したのが原因。突端部分は潮の流れが複雑にぶつかり合うところで変化があるところ。しかし、海底の根の所在がわからないのである程度博打でもある。

しかし、これが何とズバリ的中。最初の30分間ほどはマキエに専念したがそれからは次々にクロが湧きあがるように出てきた。それも防波堤にしてはまあまあの型ぞろいで、手の平サイズ未満のリリースは5匹に1匹程度。

エサ取りの小魚の数も半端ではなかったが、クロの数と勢いの方が優った。錘(じんたん7号)を付けたり外したり、果ては付ける位置を変えたりしてクロの目先を変えながら5時間、結局、今年いちばんの大漁となり快心の釣りとなった。

これだけ釣れれば完全に満足。マキエが無くなる最後の最後まで釣りまくった。面白いことに満ち込みの終わりになるほど型が良くなった。大型クーラー8部目程度、80匹前後は釣っただろうか。納竿は13時25分。

同じ波止でもちょっと場所を替えただけでこの有様で、やはり釣りは場所の選定が一番である。これまで潮の状況や満ち引きを念頭においていろいろ対策を考えてきたがどうも関係ないようで、これまた釣りのミステリーに出くわした思いである。

なお、台風9号の影響による”うねり”らしきものはまったくなかった。それに海上は結構涼しくて、熱中症には程遠く水の補給はペットボトル1本半で済んだ。

また、油断して防波堤から海中に転落するとお陀仏の可能性があるので安全対策として今回から新たにエアベスト(救命胴衣)を購入して着用することにした。仕事中ならともかく遊びの最中に亡くなるのはミットモなくて完全な自己責任。

今の製品は便利が良くて、海中に落ちた瞬間に炭酸ガスボンベが反応して膨張(浮力10.8kg:がまかつ製)するようになっており、実にスリムで着やすい。(写真)

                       

と き    2007年9月5日(水)   快晴・無風

ところ    Y半島F防波堤

釣り時間   8時~13時25分

潮       小潮(干潮時:7時前後)

マキエ     オキアミ(小粒)1角、アミ3角、パン粉1kg、グレパワー1袋

釣  果   80匹前後、(手の平~足の裏サイズ)

メ  モ    今日は錘(じんたん7号)を打つ位置(釣り針上2cm)がよかった
        次回は水汲みバケツを忘れないように! 


 

 

 


 


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魔笛談義~オペラ「魔笛」への思い入れ~

2007年09月03日 | オーディオ談義

知人のMさんはジャズやポピュラーを聴かない生粋のクラシック・ファンだが、主なレパートリーはバッハなどのいわゆる正統派で、オペラについては、まずもって歌詞の意味を把握できないということで、これまでずっと敬遠されてきたご様子。

それでも、自分の熱意に根負けされたのだろう、「魔笛」のサバリッシュ指揮1972年盤を先日購入されたとのことで、早速、電話で試聴後の感想をお尋ねしたところ、
「”何だか盛り上がりのないオペラ”との第一印象を受けた」との率直なお答え。

”天国的な名曲ばかりで素晴らしかった”との感想を期待していた自分は思わず肩透かしをくらった思いがしたが、何回も聴けばその良さが分るでしょうと申し上げる一方でMさんほどのクラシックの素養がある方でも”馴染みにくさ”とはあるものだなと改めて思った。

自分は
魔笛の世界に入り込みすぎているので、初めて聴く人がどのような感想を洩らされるのか客観的なコメントに大いに興味があるところだが、やはり、残念なことにこの作品は一度聴いて簡単に好きになれるほどの万人向きではないとの感を一層強くした。

しかし、実をいうと、Mさんがいう
”盛り上がりのないオペラ”という感想は約25年前に自分が魔笛を最初に聴いたときがそうだったからよく共感できるのである。最初がそういう印象だったので、良さがすっかり分らず、以後月日が経ってこれほどまでに自分がのめり込む状況になるとは想像だにできかったこと。

以前にも書いたことがあるが、音楽は一度聴いて好きになる曲と何回も聴いて好きになる曲と二通りある。魔笛は確実に後者だと思うし、通常モーツァルトの後半期の音楽は当時の聴衆にとっても分りにくかったとされている。

自分の見方では魔笛という音楽は正面から身構えるとスルリと逃げられてしまう印象が強い。なにせ2時間30分の長大なオペラだから、よほどの人でない限り、嫌いにはならないまでも、退屈感を覚えるはず。おそらく初打席の打率でいえば1割(10人に1人)ぐらい気に入る人がいれば上出来ではなかろうか。

「個人にとって本質的なものに出会うためには固有の道筋がある」
(「音楽との対話」粟津則雄氏著、176頁)というのが音楽鑑賞の常道とは思うのだが、このブログをきっかけに魔笛を一度聴いてみようかと思われる方が万一いるかもしれないので、あえて留意してほしいポイントを羅列すると次のとおり。(余計なお世話かもしれないが・・・)

名曲には違いないがやはり指揮者、歌手たちによってかなり完成度が違う。慎重に盤を選択して一流の演奏から入って欲しい。

※小林秀雄氏の「作家志願者への助言」にはこうある。

「質屋(現代風には骨董屋)の主人が小僧(従業員)の鑑賞眼教育をする時に、まず一流品ばかりを毎日見せることから始めるという、一流のものを見慣れると二流、三流はすぐ分る。この直感的な尺度が後年いちばんものをいう。しかし、
二流、三流から入ると一流は分らない

はじめから全体を好きになろうと期待しない方がいい。どこか一箇所でも耳に残る旋律や、あるところの転調がもたらす感触などが気に入ると、それが糸口になって段々と全体が好きになるもの

なるべく始めは友人、知人から借りる、公共施設で聴く、あるいは○○○してもらった盤から入る(金銭の負担がプレッシャーにならないという意味合いであり、お金が有り余っている人は別)

といったところだろうか。

とにかく、魔笛に親しむコツ(クラシック音楽全般にも共通するが)としてはどんな形であれ何回も聴くことが全てという気がする。肩のこらないBGM風に聞き流すことからの出発でもよく、たとえば本を読みながら、あるいはクルマを運転しながら、イヤホンで運動しながらでも聴く。

少々くどいようだが、この作品がレパートリーに入るとモーツァルト観が変わってくるし(彼の音楽は結局のところオペラに尽きる!)、何物にも代えられない世界が広がる。簡単に捨て去るには絶対に惜しい作品という気がするのだが・・・・。

               
   魔笛CD21セット         DVD13セット        CDライブ9セット
                         




 


 


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読書コーナー~作家城山三郎の「人間とは」~

2007年09月01日 | 読書コーナー

                                                                                                                                                                             2007年3月に惜しくも亡くなった作家の城山三郎さん。(享年79歳)。その城山さんが書いた「落日燃ゆ」(1974年刊、毎日出版文化賞、吉川英治文学賞)は昭和の激動期を「自ら計らわず生きた」悲劇の宰相広田弘毅の生涯を描いた傑作だった。読後、とても感銘を受けたことをよく覚えている。

「嬉しうて、そして・・・」(2007年8月18日、文芸春秋社刊)はその城山さんの足跡を克明にたどった最新の遺稿集である。

いろんな雑誌に掲載されたコラム風の感想を一つにまとめたもので本書の構成は次のとおり。
Ⅰ 私の履歴書
Ⅱ 政治とは
Ⅲ 経営とは
Ⅳ 人間とは
あとがき(井上紀子)⇔城山氏の次女
年譜
初出一覧

感心したのは「あとがき」(295頁~301頁)での井上紀子さんの筆致で、さすがに作家の娘さんである。城山さんが亡くなる直前の姿を通じて見事なまでにその人となりを表現しており、この数頁だけでこの本を読む価値ありと思わせてくれた。

「人に対する尽きることのない好奇心」「読者を僕の宝と称していたこと」「昔から、これが好きでねえ、何度も読んでいるんだよと持ってきたのが”ダブリン市民”(ジェームス・ジョイス)」など、興味は尽きない。

年譜(302~314頁)がまた実に詳しい。城山三郎とはペンネームで本名は杉浦英一。小学校の時から優等生で作文が得意だったこと。膨大な著作の中で創作活動のピークは40代~50代だったことがよく伺われる。

最後に、城山さんはいい言葉に出会うとメモをとったそうで、Ⅳ「人間とは」(201頁~207頁)の中からそのいくつかを紹介。

「担雪埋井」(たんせつまいせい)

人の努力というものは、井戸の中へ雪を放り込んで埋めるようなものだ。そんなものをいくら運んでも溶けてしまって、井戸はちっとも埋まりません。人生というのはそういう姿をしたものです。

「和気、勇気、根気」

サラリーマンの心得は、みんなと仲良くして、勇気をもってことにあたり、しかも根気が必要。やはり最後は根気です。夏目漱石の有名な言葉があります。「人は才能の前には頭を下げないが、根気の前には頭を下げる」。

※この漱石の言葉は、自分も好きでよく覚えている。新人作家に激励の手紙を送った中の1節で、この新人作家が誰だったか今となってははっきり憶い出せない。たしか、芥川龍之介だったと思うのだが・・・。

「三風五雨」

人生を10としたら、3日は風が吹いて、5日は雨、晴れの日はせいぜい2日ぐらい。人生なんてのは風が吹き荒れて当たり前、雨が降って当然、そう思っていれば辛い辛いと嘆くことはない。いいことばかりではない、それが人生というものです。
     
 


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