朝焼けが空を焦がす、
天気が目まぐるしく変わる秋の空、
名残の小振りとなった朝顔が一輪、
寂しげな朝の日、
朝靄に富士が微かに姿を見せる、
いずれ清々しい朝の空に雄姿を現す前触れ、
本日は打って変わって、
すじ雲とヒツジ雲が広がる秋の空、
モコモコ、
校舎の上に、
椿の実と種が、
柿がたわわ、
額縁を変えた礼拝堂、
附けたり
横浜英和小学校
小学校だより
4月
心も新たに(新年度を迎えて)
校長 磯貝 曉成
3月から4月,
卒業式そして入学式と別れと出会いの日々が交差します。
在校生は,それぞれ学年が上がり,日増しに一人ひとりの個性が育っていきます。
子どもたちの関心事が自分のことだけでなく同心円状に外へと広がっていき,
教師にとっても,保護者にとっても,子どもの昨日と今日の違いに驚く日々を経験します。
子どもたち自身も,友だち同士において,周りの友だちへの気遣いの大切さを心に知らされていきます。
4月から,一人ひとりにとってさらに豊かな学校生活が始まりますことを切に祈っています。
末尾になりましたが,この4月から横浜英和小学校の校長を務めさせていただきます磯貝曉成と申します。
京都で生まれ,同志社大学大学院を修了後,静岡市の静岡英和学院女子中学校・高等学校で聖書を教え,
その後,宝塚市に関西学院初等部の立ち上げに参画し,初代初等部長として第一期の卒業生を送り出しました。
その後,キリスト教学校教育同盟に移り,小学校から大学の教職員の研修の企画運営を行ってきました。
そしてこの4月に,求められて横浜英和小学校に参った次第です。
木々と草花に囲まれた,丘の上の美しい学校。春休みに出会う生徒の一人ひとりの皆さんから受けた挨拶の爽やかなことが印象に残りました。
不思議な導きにより,横浜英和の小学生の皆さまとこれより学校生活を共にすることとなりましたことを心よりうれしく思っております。
子どもたちを通しての保護者の皆さまとの出会いをも大切にしたく思っております。よろしくお願いいたします。
5月
就任の日を振り返って
磯貝 曉成
プレーデーが思い出を残して終わり,連休の最中。
このひと月を振り返る。児童や生徒の登校していない初春の日,百数十段の階段を上る。
山茶花の植え込みのある塀が左側に続いていた,右手の急坂に木々が茂る。上りきると,左手の大きな桜の木から薄桜色の花びらがひらりと風に舞う。
目の前に淡いベージュの校舎が左右に広がる,小学校正門。
大いなる期待と一抹の不安を胸に,所定の靴箱に靴を入れて上履きに履き替える。
それから瞬く間に日が過ぎて行った。
始業式に入学式,職員会議にPTA各種委員会,教職員との顔合わせに児童たちとの出会い,
突然新しい世界に放り出された新任教師と同様にあたふたとして日々を過ごす。
早朝のキャンパス見回りで黒リスを見つける。リスの住まうキャンパスに来たことに感動。
どんぐりが数多落ちていたにもかかわらず,そのすべてが齧られた後の皮だけだったので不思議に思っていたが,納得する。
蒔田の丘,森に囲まれたキャンパスに心躍る。
春の気候の移り変わりに,花々も移り変わっていく様子をカメラに撮り,ブログ(「横浜英和季節だより」)に乗せる。
横浜英和学院のスクールモットーは「心を清め 人に仕えよ」とある。
初等教育への思い,見えないものに心を傾け,夢を育む学校でありたい。
そのためにも確かな学力と豊かな情操を育む学校でありたいと願っている。おおよそ140年前に創立され伝統に培われてきた学校,横浜英和学院。
6月
水無月の日々に思うこと
磯貝 曉成
青紫の紫陽花の花が,新緑の蒔田の丘に彩りを添える頃となりました。
新しい年度となって早や2か月が過ぎ,子どもたちも新しい学校生活に慣れてきたのかと思います。
横浜英和学院のスクールモットーは「心を清め 人に仕えよ」とあります。
わたくし自身,12年前の2006年に関西学院初等部の創設に関わった折,
本館校舎の礎石に「見えないものに心を傾け,夢を育む学校」と刻みました。
聖書の言葉として選んだのが,「わたしたちは見えるものにではなく,見えないものに目を注ぎます。
見えるものは過ぎ去りますが,見えないものは永遠に存続するからです。(コリントⅡ4:18)」でした。
確かな学力とその学力を用い得る豊かな情操を育む学校でありたいと願ってのことでした。
横浜英和小学校の責任者として赴任して思ったことは,この学校に関西学院初等部と共通した優しい香りを感じるということです。
言うなれば学校のあるべき姿として願っていた「学校の香り」を,ここでの日々の学校生活に感じるのでした。
過日には,2年生の自然学校に参加しました。
1泊2日の短い自然の中での生活でしたが,これが引率ということを忘れるほどにこころ楽しい時間を過ごしました。
これまで様々な学校の様子を経験しましたが,多忙な学校生活にも関わらず,自分の居場所を見つけたような心地よさを感じる日々を送っています。
7月
朝のあいさつから,新たな一日が始まる
磯貝 曉成
今日この頃を半夏生と言うそうですが,今年は早々と梅雨が明け一年のちょうど半分に当たる時期となりました。
子どもたちにとっては,4月から始まった学校生活の日々が瞬く間に過ぎ去り,
ゆっくりと自分の生活を振り返る間もなかったのではありませんか。ご家庭で,少し立ち止まって夏休みを前に,
これまでの来し方の反省をするのもよろしいかと思います。
過日は2年生の自然教室(1泊2日)で富士山麓に行ってきました。
そこは私の静岡英和女学院中高奉職時代に何度も研修会等で行ったところでした。
懐かしい思いとともに,今回は森の中を歩いたり,霧の草地を横切ったり,高い木に登ったりと,
子どもたちと実に楽しい時間を過ごすことができました。この7月の21日~24日(3泊4日)には,
4・5年生の自然学校に教員全員が参加します。信州の黒姫での生活です。子どもたちによる計画で進められます。期待が大いに膨らみます。
先日,理科の実験(4年生の電流と6年生のブタの心臓観察)をほんの少し手伝いました。子どもたちとの出会いが直接できて,
これまた楽しい時間でした。
毎朝小学校の正門前で,子どもたちの登校を迎えますが,
気持ちの良いあいさつでうれしくなることもあれば,長い百段階段を上り切ったところでのことからか,
あいさつの返ってこないこともあり,その時にはどうしたのかと思ってしまします。
小学校の正門を通る多くの中高生もまたあいさつは様々です。
子どもたちにとっても,それぞれ思い思いの気持ちを抱えながら一日が始まるのでしょう。
気持ちを新たにがんばってみましょう。
ある方の言葉ですが,その学校の実情は,その学校の児童・生徒の「あいさつと服装そして校内の清掃」を見れば大方が分ってくると言います。
確かにそうかもしれません。
あいさつ(おはよう,さようなら,ありがとう,ごめんなさい,またねなどなど)・
服装(制服を清楚に着こなすこと)・
清掃(自分のロッカー机の整理整頓,隅々の掃き・拭き掃除,ごみを落とさない,見つけたら拾う)を、
学校と家庭で自然なこととして小学生の時に身に着けたいものです。
今日この頃を半夏生と言うそうですが,今年は早々と梅雨が明け一年のちょうど半分に当たる時期となりました。
子どもたちにとっては,4月から始まった学校生活の日々が瞬く間に過ぎ去り,
ゆっくりと自分の生活を振り返る間もなかったのではありませんか。
ご家庭で,少し立ち止まって夏休みを前に,これまでの来し方の反省をするのもよろしいかと思います。
過日は2年生の自然教室(1泊2日)で富士山麓に行ってきました。
そこは私の静岡英和女学院中高奉職時代に何度も研修会等で行ったところでした。
懐かしい思いとともに,今回は森の中を歩いたり,霧の草地を横切ったり,高い木に登ったりと,
子どもたちと実に楽しい時間を過ごすことができました。この7月の21日~24日(3泊4日)には,
4・5年生の自然学校に教員全員が参加します。信州の黒姫での生活です。子どもたちによる計画で進められます。期待が大いに膨らみます。
先日,理科の実験(4年生の電流と6年生のブタの心臓観察)をほんの少し手伝いました。
子どもたちとの出会いが直接できて,これまた楽しい時間でした。
9月
夏の体験に,心躍り新たな出発を
磯貝 曉成
異常とも思える日本列島の今夏の気候,温帯モンスーン気候帯として覚えた日本の気候帯も,
今では亜熱帯モンスーン気候帯になってきているといわれる。気候が変われば生活様式も自ずと変化していく。
この夏休みの間に学校では,礼拝堂の改修工事が進められていた。特に屋根の改修が目を見張る美しさに変わっていた。
秋の快晴の空の下,真っ白な十字架に淡いコバルトブルーの屋根の色合いが横浜英和の校風を表すかのように輝いている。
わたくしごとで恐縮ですが,蝉しぐれを聞くと,京都での遠い子供の頃の夏休みを思い出す。
その郷愁からかクマゼミ,アブラゼミの騒々しいとも思える鳴き声が,今も心躍らせる。
柿の木の林や杉林から聞こえてくるヒグラシの潮騒にも似た鳴き声はことのほか心に沁み通ってくる。
夏休みが始まってすぐに,4年生5年生の自然学校に出向いた。
わたくしはそこで初めてセミの羽化を目の当たりにした。5年生の一人が,「見て,見て,こっちだよ」と呼んでくれた木に走り寄ると,
今まさに蝉の殻が割れ,蝉の誕生の瞬間だった。二人して固唾を呑んで見守った。
驚くばかりの光景が刻々と移り変わっていく。そして見た,まさに広げられたばかりの羽の色を。
神々しいばかりの誕生の瞬間の羽の色。やがて羽が乾くにつれて羽の色も変わっていく。
見つめていた私たち二人は互いに見つめ合い,満足気に頷いたのでした。(詳細は「横浜英和季節だより」に掲載)
しかし,地下から何年ぶりにか出てきた蝉のすべてが,夏の空に飛び立つのではなく,
殻からうまく出られずにそのまま死んでいくセミも少なくないことを子どもたちと見つめた。
言葉には出さないけれど,ひしひしと命の尊さを蝉は語りかけてくれるのでした。
自然学校では,襖を隔てて3泊を共に過ごした5年生の男の子たちが,わたくしをも仲間に入れてくれ実に楽しく過ごした日々でした。
この気持ちを大切に9月からの学校生活を始めようと願っている。
皆さまの夏休みはいかがだったでしょうか。