あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

宇宙のみなしご

2019-04-26 15:33:37 | 

 中学2年生の陽子と、中学1年の弟リンの両親は印刷会社を経営しており、仕事が忙しくて夜の帰りが遅いだけでなく、会社で徹夜というあります。幼いころからいたずらばかりしていた、この姉弟、その夜を二人で他人の家の屋根に上って楽しむという、発見されれば犯罪になる無茶をしていました。

 陸上部のリンは、同じ部で、陽子と同じ組の七瀬さんー陽子と七瀬とはそれほど仲良くないーと付き合い始め、リンが七瀬さんに屋根上りの話し、3人で上っている姿を、同じ組のキオスクに発見される。キオスクはみんなからいじめられているが、陽子にだけは話しかけてきます。

 次回は4人で上る約束をしましたが、キオスクは怖くて上れず、翌日から不登校に。挙句の果てに自殺騒ぎもお越し、学校でも大問題に。陽子がキオスクの家に訪れ、キオスクの胸の内を訊き、彼も元気に。もう一度、4人で屋根上りを、そして、陽子の家でやることにしました。ここでのキオスクの一言が効きますねぇ。

 「ぼくたちはみんな宇宙のみなしごだから。ばらばらに生まれてばらばらに死んでいくみなしごだから。自分の力できらきらと輝いていないと、宇宙の暗闇にのみこまれて消えちゃうんだよ、って。でもさ、でも、ひとりでやってかなきゃならないからこそ、ときどき手をつなぎあえる友達を見つけなさいって、富塚先生、そう言ったんだ。手をつないで、心の休憩ができる友達が必要なんだよ、って。」

 宇宙のみなしごの人間、一人で生きていけない、いじめを受けても乗り越える、そのためにも友の存在は不可欠です。最後の最後でジーンときましたね。さすがは第33回野間児童文芸新人賞、第42回産経児童出版文化笑受賞作品です。

『宇宙のみなしご』(森 絵都著、角川文庫、本体価格440円)

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海の見える丘

2019-04-22 15:22:50 | 

 昨年、兵庫県書店商業組合で講演会をしてくださった、くすのき先生。懇親会の時に、大人向けの絵のない短編集を書いているとおっしゃておられました。絵本作家であるという強い先入観を払しょくする、読者を真綿で包むような、とても清々しい物語ばかりです。

 物語が始まる冒頭、「人は、自らの人生を俯瞰するとき そこに何を見るのでしょうか。」と問いかけています。そして、

 海の見える丘   -「幸せ」は 自分が決める

 少年の太鼓    -「希望」は 伝えられる

 星のなる木    -「豊かさ」とは 何か

   のら猫のかみさま -「優しさ」は 受け継がれていく

   あたたかい木   -「生き方」が 人生になる

と5つの話が続きます。

 それぞれの物語の副題はよき人生に対する、自らの考え方をまとめるテーマになっていますね。私は、冒頭の問いに対して、家族、友、仕事、地域でどうかかわって生きていくか、そして、そこに「優しさ」「幸せ」「恕」があれば、棺桶に入るときに「いい人生だった」と言えるかなぁと思います。だからこそ、「あたたかい木」のように、日ごろの生き方こそがその人の人生を規定し、その存在を際立たせると考えます。何度でも読み返したい作品です。

海の見える丘 あなたの未来へ贈る 5つの物語』(くすのき しげのり著、星の環会、本体価格1,300円)

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人生に、上下も勝ち負けもありません

2019-04-21 14:59:35 | 

 老子は難解で理解しがたい。しかし、精神科医院を訪れる患者さんには老子の言葉がまさに打ち出の小槌の如く、妙に心に刺さる。精神科医の著者は患者さんの悩みに合わせて、老子の言葉を選定し、それを即座に思い出せるように、「〇〇の思想」と表現しています。

 例えば、他人と比べ、「自分は何も残せていないなぁ~」と悩む人には、「昆布の思考」を提示しています。これは、「昆布の味だ」と言われるよりも、「なんかおいしいね」と言われることのほうが素敵だということです。昆布という功績を残すのではなく、存在そのものがえぇ味出していると自ら評価することです。

 このように32の思考を提示してくれている本書は読む精神安定剤です。それは、人間は人と比べて、焦り、落ち込み、羨む状態に陥ります。しかし、著者は「ジャッジフリー」である老子の言葉を薬として飲ませてくれます。その効用は、「無為自然」、つまり、比べるよりも自然の状態が素晴らしいという教え。有名な「上善如水」の通り、水は気体にも固体にも成り得るし、その力は集まると岩をも穿ち、大海に至れば、多くの生物の宝庫にも成り得る。水は下に下に流れるさまは謙虚でもあり、一滴でも喉を潤すことができます。視点を変えれば、評価なんて意味のないこと。人間も自然の一部ですから、自然に学べというのが老子の知恵です。

 悩み事があれば、それに合う老子の調剤があなたを待っています。

『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』(野村総一郎著、文嚮社、本体価格1,350円)

 

 

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新しい時代のお金の教科書

2019-04-20 15:41:32 | 

「お金って何?」と質問された時、あなたならどう答えますか?余りにも身近過ぎて、頭が真っ白になりそうですね。お金の起源、その定義、その正体、お金の変遷に影響を与えた4つの変化、最後にお金の未来を読めば、お金との付き合い方もわかります。

 物々交換からお金が生まれたと信じ切っていましたが、実は、個人や組織間のモノの動きを記すこと、つまり、「記帳」がその始まりでした。また、お金の価値はそれを「信用」してくれる母体とどれだけ使われているかという汎用に位置づけられています。当たり前ですが、私がお金を発行しても何の価値もなく、ただの紙切れでしかありません。国の信用が必要であり、逆に国に担保がなくなれば、財政危機が起こることも現実にあります。

 しかし、ビットコインなどの仮想通貨が誕生し、インターネット上では母体が国ではない仮想通貨なら、通貨危機の国でもATMで引き出せることも実際起きています。このように、お金が変遷しつつあります。この場合のように、「国家から個人」に信用が移りつつあり、経済においては「モノからコト」へお金が移動し、社会でもシェアリングも発生し、お金は「タテからヨコ」へ、ブロックチェーン技術の発展で「空間から時間」へ移動していってます。

 お金の未来像は実感が湧きませんが、人間生きている以上は、最終的には「信用」がすべてであり、また、諺の通り、「時は金なり」の如く、時間を重要視しなければなりません。お金との付き合いはどう生きるかが最大のキーワードになると、読了してみてわかりました。

『新しい時代のお金の教科書』(山口揚平著、ちくまプリマー新書、本体価格780円)

 

 

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ある町の高い煙突

2019-04-17 16:33:10 | 

 新田次郎さんの気象庁がらみによる情報から書かれた公害小説。

 公害は加害者と被害者がなかなか折り合えない場合が多いですね。しかし、日立の銅山による煙害問題は、鉱山会社と、農林業に携わる地域住民との確かな信頼関係の下、10年という長い年月は必要ながら、当時での世界一高い煙突建設とその稼働で解決しました。主人公である関根三郎が「勇気」と「忍耐」を常に保持した結果でしょう。公害を除去し、三郎はみよと結婚するにあたり、鉱山会社からのお祝い品がとても清々しいというか、三郎や彼の住む入四間村の住民の期待や予想を超えた品でした。それは、前年の山火事で焼失した山の苗木、杉苗16万本でした。粋なことをするなぁ~日立も。煙害が晴れるだけでなく、晴れやかなエンディングで気持ち良い読了でした。

『ある町の高い煙突』(新田次郎、文春文庫、本体価格750円)

 

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人が集まる会社 人が逃げ出す会社

2019-04-12 15:58:49 | 

 社労士の著者は、就業規則を作成を手伝い、会社経営や各社の課題解決に役立つツールとして運営していたが、経営者を含め、働く人の幸せに寄与しているのか疑問を抱いた時に、人生の多くの時間を奉げる会社生活が幸せかどうか、またどういう会社ならそれを感じることが出来るかを考えられました。その結論が、従業員も顧客も、

 「人を集める会社」は「人間らしい心を感じられる会社」であり、「人の心を温める会社」と呼び、

 「人が逃げ出す会社」は「人間らしい心が感じられない会社」であり、 「人の心を冷やす会社」

としています。利益第一ではなく、利益は重視しながらも、会社の理念、例えば、会社に関わるすべてのステークホルダーを大切にしていくなどの価値観に第一義を置く会社は前者にあたるのです。

 昨今の働き方改革も、そのやり方によっては、人の心を冷やすことに繋がり、社内ルールの在り方には十分に注意を施すことを訴えています。スタッフの良心が活かされる仕組みを構築していく必要、さらには、温める会社経営者の共通項まで書かれています。

 一書店の経営者としても、「人の心を温める独立書店」として運営していく心構えを強くしました。

『人が集まる会社 人が逃げ出す会社』(下田直人著、講談社+α新書、本体価格820円)

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「みんなの学校」が教えてくれたこと

2019-04-11 16:16:05 | 

 著者の木村先生がNHKラジオに出演されていたのを配達中に聴き、これは読んでおきたいと思いました。「みんなの学校」って、先生、生徒はもちろんのことながら、保護者、卒業生、地域の人々などが自分事の学校と思い、自主的に学校に関わっていく、そんな小学校、大空小学校はとても興味深く感じました。

 学校の、「たった一つの約束」は、「自分がされていやなことは、人にしない、言わない」です。これは、まさに論語の基本

  其れ恕(じょ)か。己の欲せざる所、人に施すこと勿(な)かれ。

です。思いやりのある人に育てる方針が真っぶれていません。

 また、子どもたちには主体性を持たせるにはいかにすれば良いかを考え、子どもたちに対応しています。その主体性とは、「自分で気づく、考える、人に伝える」です。大人と同じテーマを考える、本音でぶつかり合うなど、子どもの成長のためには、「大人が変わる」必要を訴えておられます。また、子どもたちの声を聴く姿勢は大変重要です。先入観は捨て、目の前の子どもの一瞬から学ぶ大人、先生がいれば、子どもたちは安心して主体性を発揮するでしょう。

 現在の学校観についての考察がとても心に残りました。「最近の学校はとても頑丈な『スーツケース』のよう」、つまりは大人が子どもを決められた枠内に納めようしていることに対し、大空小学校は『風呂敷』を目指し、風呂敷からはみ出そうが、包めれば良い、子どもたちの多様性を重視する姿は理想像です。

 この小学校の物語を読めば読むほど、日本の社会が歪んできているからこそ、素敵に感じるのではないか。また、どんな組織も大空小学校を参考にして変化を遂げなければなりません。

『「みんなの学校」が教えてくれたこと 学び合いと育ち合いを見届けた3290日』(木村泰子・島沢優子著、小学館、本体価格1,400円)

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アンフォゲッタブル

2019-04-10 17:38:52 | 

 神戸・垂水在住の松宮さんの新刊です。ジャズ、造船と、まさに地元本です。日本初の潜水艦を造った会社で、設計士を勤め上げた男とその妻が、 ミュージシャン志望の保険外交員をする若き女性と、ジャズで親交が深まり、 ジャズミュージシャン志望の女子高生たちに興味ある、トランペットを吹くのが趣味の、怪しげな仕事をする元不良ともジャズでからみあう物語。

 第一の感想はジャズが聴きたくなりました。この物語はジャズに彩られて展開するストーリーです。読書を中断して、ユーチューブでチェックしないと、先へ進めない、その曲を知らないと、ストーリーに乗れないような気がしました。

 第二の感想は「伝統」は大切だと感じました。ジャズや造船における神戸、ジャズクラブを継続していくことなど、どんなに細々とも続けていく。そうすることによって、ページが刻まれていきます。

 第三は、人生はやりたいことをやるって素晴らしいという感想。夢に邁進する人は瑞々しく、フィクションでも十分に素敵な存在です。死を意識して、残しても仕方ないお金は他人の夢や志に捧げる美しさ。自省してみて、自分はどうかなぁと顧みることが出来ました。

 地元の物語をもっと深めたいと思われる方は、5/5(祝)午後7時より、井戸書店にて、松宮宏先生のトーク&ミュージックイベントを開催します。詳しくは、井戸書店HPまで。

『アンフォゲッタブル  はじまりの街・神戸で生まれる絆』(松宮宏著、徳間文庫、本体価格880円)

 

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逝きし世の面影

2019-04-01 17:29:46 | 

 朝日新聞による、「平成の30冊」にも選定された1冊。江戸、明治期の日本の文明とは何だったのか?開国することはやむを得なかったとは言え、日本の良き文明の消えゆくことの意味は何かを問うています。

 江戸、明治期に訪日した欧米人の手記、日本、また日本人に関する内容を読み込んだ著者は、項目ごとに考察し、彼らの感じたこと、考えたことを整理しました。例えば、第二章「陽気な人びと」では、「日本人はたしかに満足しており幸福である」とか、第三章「簡素とゆたかさ」には、「ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が、社会の隅々にまで浸透している」や、第四章「親和と礼節」には、「『挙動の礼儀正しさ、他人の感情についての思いやり』は、日本人の生まれながらの善徳である」など、欧米人の目から見て、日本人は幸福な人生を歩む人種として捉えられています。

 日本は、欧米諸国から開国を要求され、さもなければ植民地支配への道が待っているため、開国し、富国強兵・殖産興業することにより、自立した国家になることを目指しました。当時の日本の支配層は文明的劣等感を持ち、欧米人の日本への眼差しは「恥」としか考えられなかったようですが、文明的優越感のある欧米人は、科学技術の発展により、 自ら喪失したものを日本に発見したこと、つまりは、近代西洋文明への反省の念を持っていました。文明化は、人間の人生を考える上で良いことなのかどうか?

 これから繰り広げられる科学技術の発展は本当に必要なのか?人間、地球、宇宙にとってもどういう意味を持つのか、考え続けていかなければなりません。

『逝きし世の面影』(渡辺京二著、平凡社、本体価格1,900円)

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