あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

破滅の王

2020-05-31 09:39:00 | 

 舞台は満州事変後の中国上海。京都帝国大学医学部を卒業した宮本敏明は24歳で、政治とは関係なく、中国人と共同で研究する自由な雰囲気の上海自然科学研究所へ細菌学科研究のため渡りました。当時、石井四郎帝国陸軍軍医中将のもと、細菌戦研究がなされていた満州では兜製薬の研究所員、元軍医の真須木一郎が「キング」と名付けられた治療法もワクチンも存在しない細菌兵器を開発し、真須木一郎が「キング」を持って失踪した中、論文の一部が上海にある日本総領事館から宮本の手元に届けられました。その理由は治療薬の開発に着手して欲しいためでした。真須木の「キング」開発の目的は

 「人類共通の敵に立ち向かうために、一切の利害関係を棚上げにし、戦争を中断し、死に物狂いになって努力する過程で、人類は真の意味で国境を超え、民族の差異を超え、共に手をとって前へ進む存在に生まれ変わる可能性がある。そのとき、有史以来初めて、この地上から戦争というものがなくなる」

というもの。「キング」を地上に撒くことによって、人類は滅びるかもしれないが戦いは止む。その後は冒険小説と医療の場面が続き、終戦を迎えます。

 今回の新型コロナウィルスがどのような経緯で発生したのかは現段階では不明ですが、細菌兵器でないことを祈り、また、世界の科学者が今後も倫理を失わないで欲しいと思い、読了しました。

『破滅の王』(上田早夕里著、双葉文庫、本体価格800円)

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父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。

2020-05-28 17:09:19 | 

 新型コロナウィルス感染拡大で、人の命も経済もガタガタになろうとしているし、先行きが全く見えない状況です。どこの国も国民や産業、医療、教育、文化などへの補助金や無利子の融資など、通常の予算とは別の枠組みで巨額の補正予算が組まれています。経済のことがよくわかっていないと、こんなことして大丈夫なの?って思うのは不思議ではありません。そこで、経済学者で、ギリシャの財政危機の折の財務大臣だった著者が娘に語る調子で経済を扱う本書の一読をお奨めします。

 狩猟採集から定着農業に移行したことがすべての始まりだったこと、地主が農地を農民に貸し、生産物を納めることになり、つまり、地代を借金することで成り立っていた、これが銀行の出現につながり、銀行にお金を貸す国の中央銀行の存在が明確になり、労働、金融と話題は広がっていきます。

 第8章 人は地球の「ウィルス」か? ー 宿主を破壊する市場システム の冒頭で、映画『マトリックス』でのセリフが紹介されています。

 「この地球の哺乳類はどれも環境と調和し、自然と均衡していくもんだ。それなのに、お前ら人間ってやつはそうしない。・・・じつは同じパターンのやつらがほかにもいる。何だか知っているか?ウィルスだよ。人間は、この地球の悪い病気、ガンなんだ。」

 現在、人間は新型コロナウィルスと闘っていますが、宿主である地球から見れば、同類であり、自分たちの行動を再考せよ!と果たし状をもらっているのかもしれません。コロナ対策ですべての産業がストップし、地球環境が改善された通り、理性ある経済を進めないと人が住む場所を失いかねません。

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ヤニス・バルファキス著、ダイヤモンド社、本体価格1,500円)

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フルライフ

2020-05-26 17:06:02 | 

 100年寿命の時代にフルライフ(充実した人生)を実現するために、戦略的な時間の使い方を予防医学研究者が考察した1冊。様々な問いを立てることによって、より良い時間戦略を提案しています。

 まず、「フルライフはWell-DoingとWell-Beingの重心を見つけること」がフルライフの時間戦略としています。「よくやること」と「よくすること」のバランス、つまり、仕事ばかりではなく、いかに自分の存在を考え、そして、実現するか。まずは、職場でのWell-Beingはどうか?また、1日から100年という時間でどこに重心を置くかについても興味深い考えを展開しています。

 最後には、真のWell-Beingへの洞察では、自分らしさの追求が必要であり、そのためには、道元の「自己をならうというは、自己をわするるなり」言葉から、「自分を忘れること、自分から離れること」、執着を手放したところにあるものこそが真のWell-Beingとしていることを知り得たことだけでも本書の読む意味があります。

『フルライフ 今日の仕事と10年先の目標と100年の人生をつなぐ時間戦略』(石川善樹著、ニューズピックス、本体価格1,800円) 

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かたづの!

2020-05-24 15:30:53 | 

 女大名で有名なのは井伊直虎ですが、もう一人います。慶長19年(1614年)、八戸根城南部家20代・直政が不審な急死、幼少の嫡男・久松も同じく原因不明の死を遂げ、殿様になるべき男性がいなくなりました。直政の妻、祢々(ねね)は、三戸南部利直(祢々の叔父)が二人を毒殺させたと断定し、抵抗を始めます。利直は祢々に適当な婿を付け、八戸も手に入れようとするも、祢々が出家し尼となり、清心尼と名乗り、第21代の女大名に就きました。

 その後も、利直からの無理難題は続き、八戸から遠野へ移封させるという手荒い仕打ちを受けました。彼女の中でこれが最大の窮地となりましたが、持ち前の積極性と忍耐力でこれを乗り切ります。彼女の手腕は、揉め事が起きても、不戦を貫徹します。「やらなくても利が得られるならやる必要はないし、やって利が得られないなら絶対にやってはならない」という、戦国後の平和へのシナリオを描き続けました。

 一角のニホンカモシカが直政と祢々になつき、カモシカの死後も角だけは残され、「片角」さまと呼ばれ、宝とされてきました。この物語は、この「かたづの」がストーリーテラーになるという、歴史ファンタジーです。遠野に移ったこともあり、「かたづの」の語りも意味を深めています。

『かたづの!』(中島京子著、集英社文庫、本体価格760円)

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読書嫌いのための図書室案内

2020-05-24 15:00:25 | 

 高校2年生になった荒坂浩二は図書委員になりました。楽できるだろうと思いましたが、初めての委員会での自己紹介で、彼だけが好きな本を紹介できませんでした。なぜなら、読書嫌いだから。18年間発行していなかった図書新聞を再刊行する編集人に司書の先生は浩二を指名しました。読書に親しんでいない彼が書いた新聞なら、図書館に来ない人にも図書館の利用、すなわち読書への好奇心を起こさせると考えたからです。彼だけなら心許ないため、同じクラスの藤生蛍も選ばれました。蛍は本の虫。

 図書新聞には3名の読書感想文を載せることになりましたが、浩二の同級生の八重樫君、美術部の緑川先輩、そして、生物の樋崎(ひざき)が寄稿を了承してくれましたが、3人とも条件を提示してきました。彼らの読書感想文とともに、ストーリーは3人の課題を解決していきます。 

 物語の展開の中で、なぜ読書をするのか、そして、読書感想文を書くことの意味などに言及しています。読書については、

「この世にある物語は、すべて予言の書になり得る」

「幾通りもの経験をシミュレートできる」

「物語は人生のカタログ」

「現実を生きるための情報を与えてくれる」

 

 であり、読書感想文については、

「書き手本人が自分を見直したり前に進んだりするきっかけになる」

「自分の心を晒す行為に近い」

としています。

 

 そして、読書嫌いの浩二も蛍や3人の読書感想文に感化されて、図書館の本を借ります。浩二の新しい高校生活、人生への扉が開かれました。

 

『読書嫌いのための図書室案内』(青谷真未著、早川文庫、本体価格700円)

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文身

2020-05-16 15:35:40 | 

 戦後に生まれた兄弟。兄は普通の子どもで世の流れに身を任せれば良いと考え、弟は秀才で自立心旺盛。公務員の父が彼らに付けた名前は、兄が庸一、弟が堅次。凡庸の「庸」と、堅く生きろの「堅」の名付けに弟は猛反発するが、言っても聞く耳を持たない父や母に対し、自分の生き方を追求するため、中学2年生に偽装の自死を敢行。これには兄が共謀したが、弟のシナリオ通りに生きたスタートでした。

 高校を卒業した庸一は弟の住む東京で就職。弟はアパートに引きこもり、作家になるべく原稿を書きまくる。兄の私小説として、作品を書き上げ、兄は出版社へ原稿を持ち込む。兄は原稿通り、つまり、弟のシナリオ通りに生き始めることになりました。庸一の性格とは真逆の好色、酒好き、暴力癖のある破滅的な生き様の小説は多くの反響を受け、文壇に登場し、本の売り上げも好調を博します。その内容は徐々にエスカレートし、庸一は虚構か現実か、どちらで生きるのか揺れ動くが、優秀な弟の書いたなりで生きることが庸一の生きる道と信じます。

 「人間は虚構がなかったらいきていかれへん。どんな厳しい状況でも、無意識のうちに虚構を作ってはそれで命をつなぐやろ。頑張って真実だけの世の中にしたところで、絶対誰かは真実に見せかけた虚構を作るんや。それやったら最初から虚構と共存していくしかない」

 70歳を過ぎた庸一は末期のがんになり、堅次に余命幾ばくもないことを告げる。最後の作品を渡され、その通りに生きながら、故郷の駅のホームで死んできます。葬式も終わり、庸一の娘の手元に原稿が届きます。虚構か現実なのかが最後の最後であやふやになり、最終行で…。

 人は自分の思いで生きているようで、結局はこう生きたらいいよという世の同調圧力に屈しているのか。それなら、その圧力に反した生き方ができるのか?それを考えさせられた1冊でした。

『文身』(岩井圭也著、祥伝社、本体価格1,600円)

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うめももさくら

2020-05-12 17:07:04 | 

 神戸の作家さんなのですぐに読みました。

 シングルで二人の娘を育て、借金せな仕方ない生活を送る一家の物語。運送屋さんの事務をしていたママはおでん屋で佐々木君と出会い、結婚。おでん屋のおやじの家の裏山でテント生活をしていた佐々木君は所帯を持って、サラリーマンになるが、二人目の娘を身籠っているときに、テント生活へ逆戻り。離婚後は、ママは山の住宅へ引っ越し、営業補助の電話勧誘の仕事に就くも、ストレス一杯でやるせない毎日。子どもたちへも十分なことをしてあげれなく、ダメママに陥りそう…。

 そこで目にするのは海。お父さんとベランダから眺めていた海の記憶とともに、お父さんの言葉も。

 「許すっちゅーのは人生で一番大きな冒険やしな。」

 海はすべてを飲み込んでくれる存在。つまりは許してくれる。海を視界に入れたら、再出発できるのかなぁと思いながら読了。地名は出てこないながらも、神戸色たっぷりのストーリーです。

『うめももさくら』(石田 香織 著、朝日新聞出版、本体価格1,800円)

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また、桜の国で

2020-05-10 11:12:37 | 

 GWに高校時代の同級生とZoomで同窓会をしました。遠くはルーマニアからも参加してもらえました。その時に思ったのは地理的な疑問。ルーマニアってどこや?たまたま本書を読んでいる最中だったので、ポーランドの南東であることを再確認しました。

 ポーランドとは「平原の国」の意味。農耕をしやすい地は両側の大国である、ドイツ、ロシアから度々支配される歴史を有していました。日本のように海に囲まれた地とは真逆な地勢です。その地の日本大使館に、1938年10月、外務書記生・棚倉慎は着任。ナチス・ドイツがひたひたと侵攻を画策し、自ずと緊張する状況下、シベリアに住んでいたポーランド孤児たちが日本を経由し祖国へ帰った一人であるカミルと慎の子どもの頃の出会い、そして、慎がロシア人の父と日本人の母の子であるという人種に対する思いが底辺にあって、ナチスに対する、独立を胸に立ち上がるポーランド市民へ惜しみない協力、さらには蜂起軍の一員として戦場に立つ。

 「人が、人としての良心や信念に従ってしたことは、必ず相手の中に残って、倍になって戻ってくる」

 「ポーランドから見る世界は、過酷かもしれないがきっと美しい」

 敗れた側の当事者として、その事実を伝えることは無駄にはならず、政権側から語られる歴史だけを信じてはならないことが重々わかりました。

『また、桜の国で』(須賀しのぶ著、祥伝社文庫、本体価格960円)

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任せる技術

2020-05-07 17:20:32 | 

 「任せるよりも自分でやったほうが速い」って言いてしまえば元も子もなし。任せないと人材育成は計れない。また、任せないとずぅーと自らが仕事しなければならない。働き方改革は自らにも施さないと…いけません。

 著者・小倉広さんの経験に基づく、「人を育てる任せる 7つのポイント」から詳細に、その考え方、ノウハウが満載しています。上司、部下の関係は信頼できるものであり、その原点に立って、上司は「口出しをガマンする」「定期的にコミュニケーションする」など、細心の注意をしながら、部下が主体的にやろうとするように導く、これこそが任せる極意でしょう。この本は任す方も任される方も読めば、相互理解が図れます。

『任せる技術』(小倉広著、日経ビジネス人文庫、本体価格800円)

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